第76話:本当によく頑張ったな
中学3年生になった静香。
こうして静香は中学3年生に進級し、始業式も滞りなく終了。
静香にとっての中学生活最後の1年が、今こうして始まりの時を迎えたのである。
そしてこれが、静香にとっての転換期。
最高のダブルスのパートナーとして巡り合えた詩織との、運命的な出会いと理不尽な別れ。
そしてまたしても周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果、絶望のあまり黒衣に呑まれてしまった静香の、中学生活最後の物語なのである…。
「皆、聞いてくれ。今日から新しくバドミントン部に加わる5人を紹介するよ。まずは入学早々に入部届を出してくれた、1年生の新入部員が4人と…お父さんの仕事の都合で転入してきた、3年生の月村だ。取り敢えず自己紹介してくれ。」
始業式が終わった後に、昼食を挟んで午後から早速開始された、桜花中学校バドミントン部の部活動。
その部員たちの中には即座に入部届を担任の先生に提出し、今日から早速バドミントン部の練習に参加する事になった5人の姿があった。
「河合麗奈と言いますわ。皆様、今後ともよろしくお願い致しますの。」
1年生とは思えないような威風堂々とした笑顔で、2、3年生たちを見据える麗奈。
「河合は去年行われた小学生の全国大会で、シングルスで見事に優勝を成し遂げた程の実力者だ。」
マッチョの言葉に、おおっ…!!と、部員たちが感嘆の声を上げる。
職員会議の時に麗奈の担任の教師から聞かされたのだが、麗奈はその小学生離れした強さ故に『小学生最強』などと周囲から絶賛されていたらしい。
まさに『天才』と呼ばれた静香と同じ…だが静香は『天才』であるが故に部内において完全に孤立し、『天才であるが故の孤独』を味合わされる結果となってしまい、最終的にマッチョの勧めもあって部活動を休養する事になってしまった。
その静香は、今日も練習に参加していない。
この麗奈にも、静香と同じ苦しみを味合わせる訳にはいかない…そんな決意を胸に秘めていたマッチョだったのだが。
「つつつつつつつ月村詩織と言いまぶえっ(泣)!!」
噛んだ。
「と、取り敢えず落ち着け月村(汗)!!」
マッチョの言葉に、部員たちが一斉に和やかな雰囲気になってしまったのだった。
なんかもう泣きそうな表情で、詩織は恥ずかしさのあまり顔を赤らめてしまったのだが。
「月村は、うちでの活動は夏の大会が終わるまでの僅かな期間になるが、小学校の頃からバドミントンをやっていた経験者だそうだ。これまではダブルスで試合に出てたらしいが…。」
「ま、増田監督!!わ、私はシングルスでの出場を希望します!!」
突然詩織がマッチョに対して、とても真剣な表情で訴えたもんだから、マッチョは思わずびっくりしてしまった。
詩織のこの、妙に鬼気迫るというか、焦りのような表情は何なのか。
「そ、そうか。まあ、お前が希望するなら、それはそれで別に構わんが…。」
これまでずっとダブルスで試合に出ていたと聞かされていたのに、何故詩織がこんなにも真剣な表情で、シングルスに出たがるのか…マッチョにはよく分からなかったのだが。
まあ事情はよく分からないし深く詮索するつもりは無いが、他でも無い詩織本人がシングルスに出たいと言っているのだから、マッチョは監督として詩織の意志を尊重するまでの話だ。
そして他の3人の1年生の自己紹介も無事に終わり、いよいよ本格的に練習を開始する事になった。
この5人以外にも、どこの部活に入るか決める為に、取り敢えずバドミントン部の見学に訪れた大勢の1年生たちが、練習が始まるのを今か今かと待ち続けている。
「さてと。それじゃあ早速、準備運動と柔軟体操を…。」
そんな1年生たちの注目の視線を一斉に浴びながら、マッチョが部員たちに呼びかけた、その時だ。
「すみません皆さん、校長先生に呼び出されて遅くなりました。」
ジャージ姿の静香がラケットを手に、威風堂々と姿を現したのである。
「なっ…朝比奈!?」
まさかの静香の登場に、驚きの表情を隠せないマッチョ。
2、3年生の部員たちもまた、静香の姿に驚きと戸惑いの声を上げている。
無理も無いだろう。これまで静香は去年の8月の全国大会が終わってからというもの、半年以上も全く部活に顔を出さなかったのだから。
事情を知らない1年生たちは、突然先輩たちが大騒ぎになったもんだから、一体何が起きたのかと一斉に「?」という表情になったのだが。
「お前、もう練習に出ても大丈夫なのか!?」
「はい、お騒がせしました。今日から本格的に復帰します。」
何の迷いも無い力強い瞳で、マッチョを見据える静香。
その静香の威風堂々とした姿を一目見ただけで、マッチョは一瞬で理解したのだった。
しばらく会わない間に静香の身体が、随分と鍛えられているという事を。
それもマッチョが静香に勧めたように、ただ静養しているだけでは到底有り得ないようなレベルでだ。
一体静香は、この半年以上もの間に何をやっていたのだろうかと…思わずそんな疑念を抱いてしまったマッチョだったのだが。
「そうか。それじゃあ新入部員たちに改めて紹介しておこうか。ちょっとした事情があって去年の8月から部活を休んでいた、3年の朝比奈静香だ。」
それでも今は監督として、1年生たちに静香の事を紹介しなければならない。
自分の勧めもあって半年以上も練習を休んでいたとはいえ、静香は立派なバドミントン部の仲間なのだから。
「朝比奈はダブルスの部門で、全国大会2連覇を成し遂げた程の実力者だ。今年の大会にも校長の方針でこいつだけは特例として、既にダブルスのレギュラーに内定しているんだが…。」
「増田監督。異議を申し立てますわ。」
だがそんなマッチョに対して、麗奈が真剣な表情で食って掛かったのだった。
「朝比奈先輩が一体どのような事情があって、半年以上も練習を休んでいたのかは存じ上げませんが…そのような無責任な人を無条件でダブルスのレギュラーにするなど、そんな事が許されるとでも本気で思いまして?」
それだけマッチョに告げて、とても不満そうに静香を見据える麗奈。
確かに麗奈の言っている事は正しい。100億%間違ってはいない。
事情を知らない1年生である麗奈にしてみれば、他の部員たちがレギュラーを目指して必死になって頑張ってるのに、全国大会を2連覇したとはいえ1人だけ無条件で試合に出られるなど、到底納得が行かなくて当たり前だ。
そんな麗奈の鋭い眼光にも全く怯む事無く、静香は真っ直ぐに麗奈を見据えていたのだが。
「あ、いや、まあ、確かにお前の言う通りなんだがな。しかしこれは今言ったように校長の方針でな…。」
「いいんですよ、増田監督。河合さんの言っている事は至極当然の事です。」
当事者であるが故に麗奈の不満を深く理解している静香が麗奈の前に歩み寄り、突然麗奈に対してこんな提案をしたのだった。
「では河合さん。今から私とシングルスで試合をしませんか?」
そう、同じバドミントンプレイヤー同士、バドミントンでの揉め事はバドミントンで決着を付ける。
麗奈が静香の実力を疑問視しているのなら、実力を理解して貰う。
白黒付けるのならば、確かにこれが一番手っ取り早い。
「私が河合さんに負けた場合、私は皆さんと同じように部内対抗トーナメントでレギュラーの座を争う。これで文句はありませんか?」
「ええ、分かり易くて大変結構。全国大会2連覇だか何だか知りませんが、朝比奈先輩の自惚れた性根を叩き直して差し上げますわ。」
かくして静香と麗奈、マッチョの話し合いにより、試合は1セットの10点制で行われる事となり、マッチョが審判を務める事となった。
怪我の防止の為に準備運動と柔軟体操を入念に行った後、ラケットを手にコート上で握手をする静香と麗奈。
互いに全国大会優勝の実績を持つ、『天才』静香 VS 『小学生最強』麗奈の試合。
一体どんな壮絶な死闘になるのかと、部員たちも見学に訪れた大勢の1年生たちも、固唾を飲んで見守っている。
「ワンセット、テンポイントマッチ、ラブオール!!1年A組、河合麗奈、ツーサーブ!!」
「ふふふ、目に物を見せて…っ!?」
だがサーブの体勢に入った麗奈は、目の前の静香の姿に驚いてしまったのだった。
何故なら静香が今見せている構えは…これまで静香が試合で使用していたバドミントンの基本のフォームから、完全にかけ離れた代物だったからだ。
「な、何なんだ!?朝比奈のあの変則モーションは!?」
静香の事をよく知る2、3年生たちも、まさかの静香の構えに驚きを隠せないでいる。
夢幻一刀流をバドミントンに活かす為に、静香が沙也加との二人三脚の末に編み出した、静香独自の新たな右打ちの変則モーションだ。
バドミントンに限らず、どんな競技でもそうなのだが、日本人選手は『基本』に忠実であり、そこから大きくはみ出たプレーをする選手はほとんどいないとされている。
実際、静香も去年の夏の大会までは、こんな『基本』から大きくかけ離れた、変則モーションを使うような選手では無かったはずなのだが。
この半年以上もの間に、一体静香に何があったのかと…2、3年生の部員たちの誰もが、そんな驚きの表情で静香を見つめていた。
「フン、所詮はコケ脅しですわ。」
そんな静香の変則モーションを鼻で笑った麗奈が、静香に対して強烈なサーブをお見舞いしたのだった。
「見せてあげますわよ!!小学生最強と謳われた、この私の実力を!!」
果たして静香の鼻っ柱をへし折ってやろうと、麗奈が繰り出した一撃は。
「これが私の伝家の宝刀!!ロケットサーブですわ!!」
まるで宇宙に向けて放たれたロケットの如く、物凄い勢いで高々と打ち上がったのである。
「いやいやいやいやいや!!幾ら何でも高過ぎるだろ!?」
2、3年生たちが驚きの声を上げる中、体育館の天井スレスレまで打ち上がったシャトルは、天井ギリギリまで到達した後に向きを変えて急下降。
強烈なきりもみ回転が掛かったシャトルが、まるでバンカーバスターのように静香のネットギリギリに向かって、物凄い勢いと速度で落下したのである。
「おいおいおいおいおい!!あんなの返せる訳ねえだろおおおおおおおおおお!?」
ただでさえ天井ギリギリまで上がって視認が困難な上に、これだけの強烈なきりもみ回転が掛かっているサーブなのだ。
しかも着弾点がネットギリギリだ。並のプレイヤーならば返すどころか、まずラケットに当てる事すら困難を極めるだろう。
そう…。
『並のプレイヤーならば』。
「夢幻一刀流奥義!!」
だが相手が悪かった。そう、相手が悪過ぎたのだ。
ラケットに『気』を込めた静香が、何の迷いも無い力強い瞳で、シャトルに向かって高々と飛翔。
弾丸を拳銃に装填し、麗奈の足元に照準を合わせ…バレルから解き放つ!!
「維綱ぁっ!!」
次の瞬間、静香のラケットから放たれた『閃光』。
果たして繰り出された静香の強烈なスマッシュは…白銀の輝きを放ちながら、物凄い威力と速度で麗奈の足元に情け容赦なく突き刺さったのだった。
「…な…!?」
唖然とした表情で、自分の足元に転がっているシャトルを見つめながら、その場に崩れ落ちる麗奈。
強い者程、相手の強さには敏感な物だ。
麗奈は静香の維綱を、一撃食らっただけで悟ったのだ。
自分が所詮は井の中の蛙だったという事を。自分の実力では静香には到底勝てないという事を。その残酷な現実を。
無理も無いだろう。これまで無敵を誇っていたロケットサーブを、こんなにもあっさりと攻略されてしまったのだから。
視認困難?ネットギリギリ?きりもみ回転?何それwwwww
そう言わんばかりの、圧倒的なまでの静香の一撃だったのだ。
「ラ…0-1!!」
マッチョのコールと共に、体育館が物凄い騒動に包まれてしまう。
「な…何なんだ!?朝比奈の今のスマッシュはぁっ!?」
「い、今、朝比奈先輩のラケットから『閃光』が見えた…!!」
「て言うか、なんかシャトルが光ってなかったか!?」
その場にいた誰もが大騒ぎになる最中、慌てて高台から降りたマッチョが、完全に戦意を喪失し憔悴した表情で崩れ落ちている麗奈に駆け寄り、助け起こしたのだった。
「もういい!!そこまでだ!!もう充分だろう!!河合も今の朝比奈の実力を充分に思い知ったよな!?」
マッチョは身勝手な大人たちのせいで自暴自棄になってしまった静香に対して、しばらく部活には来なくていいと告げた時…こんな事を静香にアドバイスしていた。
お前にも自分を見つめ直す時間が必要だと。
たまにはバドミントンを離れて、のんびりするのも悪く無いんじゃないのかと。
ところがどうだ。静香はのんびりするどころか、逆に半年前よりもさらに強くなっている始末ではないか。
日本代表に選ばれた事は一度も無いものの、毎年のように編成会議において、最終候補に名前が残り続けていた程の優秀な選手だったマッチョだからこそ、はっきりと分かる。
今の静香ならば今すぐに欧米諸国でプロ入りしたとしても、間違いなくチームの主力選手として大活躍してしまうという事を。
今の静香ならば欧米諸国の各国のプロチームから獲得のオファーが殺到し、数千万もの契約金と主力選手の証である1桁の背番号を提示されるのは、ほぼ間違いない。
それどころか、やがては六花のように億単位の年俸を稼ぐスター選手になる事さえも、決して夢ではないという事を。
「朝比奈。俺はお前が半年以上もの間、部活を休んでまで一体何をやっていたのかは、敢えて追及はしないよ。だけど、これだけは言わせてくれ。」
流派まではよく分からないが、恐らく静香は何らかの古武術を習っていたのだろう。
そしてそれをバドミントンに、上手く融合させる事に成功させたのだ。
先程の静香の変則モーションが、その全てを物語っていた。
敢えて口には出さなかったが、マッチョはそれを瞬時に理解したのだった。
「例え周りが何を言おうが、お前が半年以上も必死になって歩んできた道のりは、決して間違ってなんかいない。俺は今のお前のスマッシュを見て、それを確信したよ。」
静香の前に歩み寄ったマッチョは、穏やかな笑顔を静香に見せた。
「本当によく頑張ったな。俺には分かるぞ。プロテインを沢山飲んできたんだよな?」
「飲んでません。」
「そ、そうか…まあそんな事よりもだ。」
静香の左肩にポン、と軽く右手を乗せ、マッチョは力強くも優しさに満ち溢れた声で、はっきりと静香に告げたのだった。
「お帰り!!朝比奈!!」
次回は静香と詩織の、運命の出会いです。
…が、作者多忙につき、もしかしたら次回の掲載は遅れるかもしれません。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいますようお願い致します。




