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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第6章:静香過去回想編
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第75話:誰よりも貴方に見届けて欲しかった

 神様は一体どこまで静香を苦しめれば気が済むのか。

 静香は沙也加の道場で必死に汗を流しながら、夢幻一刀流の修練にいそしむ間に、4人の姉弟子たちとすっかり姉妹同然の仲になり、いつの間にか互いに苗字ではなく名前で呼び合う関係になっていた。

 佐那もすっかり静香に懐いてしまったようで、静香の事を「静香お姉ちゃん」と呼び、毎回静香が道場に訪れる度に、笑顔で静香にくっつくようになっていた。

 静香も佐那の事を、まるで手間のかかる妹でも出来たかのように、修練の合間を見て笑顔で構ってあげたのだった。

 そんな仲睦まじい愛弟子たちや娘の光景を、穏やかな笑顔で見つめる沙也加。


 桜花中学校バドミントン部では自身のあまりの強さ故に、周囲から完全に孤立してしまい、四面楚歌の状態になってしまっていた静香だったのだが。

 この道場に通うようになってから静香は、ようやく本当の意味での『家族』を見つける事が出来たのかもしれない。

 そして時間が空いた時に、たまに静香の様子を見に来てくれている太一郎とも…。


 「太一郎さんは今度の妹さんの春休みに、確か有休を取って家族3人で旅行に行かれるんでしたよね?」

 「うん。真由と母さんと3人で、1泊2日で下呂までね。」

 「下呂ですか。いいですね。」

 「お土産買ってくるから、楽しみにしてなよ。静香ちゃん。」


 修練の休憩時間に、互いに身を寄せて座りながら、そんな他愛のない話を笑顔でする静香と太一郎。

 あの日、スーパーで自分の命を救ってくれた、静香にとってのヒーローである太一郎。

 そんな太一郎に対して静香は、別に恋心を抱いているという訳では無い。

 そもそも歳が10歳も離れているし、恋心などという陳腐な感情では無いのだが…それでも凄く信頼出来る、背中を預けられる男性だというのは感じていた。

 もし私にお兄様がいたのなら、きっとこんな感じなんだろうなぁ…と。


 そんな太一郎や姉弟子たち、沙也加や佐那との穏やかな時間。

 こんな日々がずっと続けばいいのにと、静香は心の底からそう思う。

 いつか静香が中学や高校、大学を卒業して立派な社会人になった後も、こうして皆で集って穏やかな時を過ごす事が出来たらと。

 それなのに一体どうして、この穏やかな日々がこんなにも残酷に、あっさりと崩れ落ちてしまうのか。

 運命の神様とやらが本当に実在するのであれば、一体静香の事をどれだけ苦しめれば気が済むのだろうか…。


 3月下旬、終業式を終えて中学3年生への進級が目前に迫った静香は、相変わらずバドミントン部の練習には顔を出さず、いつものように沙也加の道場に足を運んだのだが。


 「静香ちゃん!!大変なの!!さっきスマホのニュース速報でやってたんだけど…!!」

 「どうしたんですか?瞳さん。」

 「太一郎さんが…太一郎さんがぁっ!!」

 「…え…?」


 次の瞬間、大粒の涙を流しながら姉弟子が語ったのは…まさしく静香たちにとって、あまりにも残酷な一言だった。


 「…太一郎さんが…死んだ!?」


 慌てて静香が自分のスマホでニュースアプリを開き、速報コーナーを確認すると…確かに姉弟子が言っていたように、下呂での交通事故の記事が記載されていたのだった。


 岐阜県下呂市において、大型トラックと自動車による追突事故が発生。

 自動車は原型を留めない程までに大破。自動車に搭乗していた愛知県在住の渡辺瑠璃亜さん、渡辺太一郎さん、渡辺真由さんの3人の死亡を確認。

 警察はトラックを運転していた会社経営の坂本良太容疑者を、道路交通法違反と過失致死運転の現行犯で逮捕。

 事故の原因は坂本容疑者の信号無視、速度超過、荷物の過剰積載による物だと判明。

 坂本容疑者は容疑を認め、仕事の納期に間に合わせる為に急いでいたと供述。


 「…仕事の納期に間に合わせる為って…!!そんな…!!」


 ショックのあまり静香は、左手のスマホを床にポトリと落としてしまったのだった。

 そんな事の為に、この男は…信号無視や速度超過、過剰積載などをやらかしたのか。

 そんな事の為に、太一郎たちは…理不尽に命を奪われてしまったと言うのか。

 

 「どうしてそんな事でぇっ!!何の罪も犯していない太一郎さんたちがぁっ!!殺されなればならないのですかぁっ!?」

 「静香ちゃん…!!」

 「うわああああああああああああああああああああああ!!」


 まるで何かにすがるかのように姉弟子の身体をぎゅっと抱き締めながら、静香は大粒の涙を流して号泣したのだった…。

 その後、渡辺家には他に親族がいないという事で、沙也加が代わりに太一郎の葬儀を近くの葬儀屋で執り行う事になり、告別式では多くの来訪者が3人の死を惜しみ、涙を流した。

 太一郎には既に事故死した父親がいると住職から聞かされたので、3人の遺骨はその父親の墓と一緒に納骨される事となった。

 4人の墓の前で両手を合わせ、冥福を祈る静香たち。


 そして静香は心の中で、太一郎に強く誓ったのだった。

 いつか必ずプロのバドミントン選手になって、大活躍してみせます…と。

 その為にも静香は、維綱を必ず自分の物にしてみせる。

 その強く揺るぎない決意を胸に秘め、静香は…。


 「行くよ!!静香!!」

 「はい!!お願いします!!奈津美さん!!」


 始業式を明日に控えた、沙也加の道場。

 沙也加の許可を得て道場に設置して貰ったバドミントンのコートの中で、静香はいつものように姉弟子に、維綱の…というかスマッシュの練習の手伝いをして貰っていた。

 この半年以上もの間、静香は血の滲むような修練の結果…と言っても中学生活を送りながらの片手間での修練ではあるが…とにかく少しずつだが維綱のコントロールのコツを掴みつつあるのだ。

 そして今日、その静香の努力が、遂に身を結ぶ事になるのである。


 「…夢幻一刀流奥義!!」


 以前、太一郎が教えてくれた、拳銃に弾丸を込めるイメージ。

 それを頭の中で思い浮かべながら、静香は姉弟子が高々と放り投げてくれたシャトルを見据えた。

 弾丸をバレルに装填するイメージで、ラケットに『気』を込める。

 そして姉弟子の後方のラインギリギリに、まるで拳銃の照準を合わせるかのように狙いを定め…。

 

 「維綱ぁっ!!」


 シャトルに向かってラケットを力強く振り絞り、バレルから解き放つ!!


 「ぬあああああああああああああああああっ!!」


 その瞬間、静香のラケットから放たれた『閃光』。

 果たして静香が放ったスマッシュは…白銀の輝きを放ちながら精密無比の精度で、物凄い威力と速度でラインギリギリに突き刺さったのだった。


 「…で…出来た…!!」


 これがバドミントンの試合だったならば、間違いなく静香の得点となる一撃だ。

 半年以上もの血の滲むような修練の果てに、遂に静香は維綱を自分の技として身に着ける事が出来たのだ。

 その事に姉弟子たちも佐那も大喜びして、一斉に静香に抱き着いて祝福した。


 「…太一郎さん…!!私は、誰よりも貴方に見届けて欲しかった!!」


 姉弟子たちの優しい温もりに包み込まれながら、大粒の涙を流す静香。

 そんな静香の姿に感極まった沙也加もまた、思わず目にうっすらと涙を浮かべてしまったのだった。


 「よくやった。君は本当によくやったよ。静香。」

 「はい…!!沙也加さん…!!」

 「今の君ならバドミントンの選手として、必ず大成する事が出来るはずだよ。どうか私にも見せておくれよ。君が見事に成し遂げてくれた、バドミントンと夢幻一刀流の融合…その先に待ち受ける、希望に満ち溢れた君の未来を。」


 そう、静香はバドミントンの選手だ。

 マッチョの勧めもあって、心の静養と気持ちの整理の為に半年以上も休んでしまったが、それでも今の静香は桜花中学校バドミントン部の一員なのだ。

 そしてプロのバドミントン選手になるという静香の夢を叶える為にも、いつまでも太一郎の死を悲しんでばかりはいられない。

 

 「沙也加さん。私、明日の始業式からバドミントン部の練習に復帰します。」


 静香が本来戦うべき戦場は、道場ではなくコートなのだから。

 静香が本来持つべき武器は、刀ではなくラケットとシャトルなのだから。

 大粒の涙をユニフォームの袖でぬぐった静香は、何の迷いもない決意に満ちた瞳で沙也加を見据えたのだった。


 「本当にいいんだね?無理はしなくてもいいんだよ?」

 「私ならもう大丈夫です。それに校長からも、しつこく催促を受けていますから。」

 「分かった。なら行っておいで。そして何があっても絶対に忘れるんじゃないよ?今の君は決して1人じゃないって事を。ここにいる皆も、私も佐那も、君にとって掛け替えの無い『家族』なんだって事を。」

 「はい!!」


 これまでの静香は、そのあまりの強過ぎるバドミントンの実力、そして身勝手な大人たちのエゴに振り回され続けた結果、桜花中学校バドミントン部において『天才であるが故の孤独』を味わされ続けてきた。

 そしてこれからも桜花中学校バドミントン部での活動において、静香は夏の大会を終えて引退するまでの間、ずっとそれを味わい続ける事になるのだろう。

 何故なら半年以上もの夢幻一刀流の修練の果てに、今の静香のバドミントンの実力は、あの時よりもさらに『強くなってしまった』のだから。


 だがそれでも今の静香は、もう1人では無い。

 こんなにも掛け替えの無い、静香の事を大切に想ってくれている『家族』がいてくれるのだから。


 「皆さん、これまでの私へのご指導ご鞭撻、本当に有難うございました!!」


 その嬉しさと感謝の気持ちを胸に秘め、沙也加たちに深々と頭を下げた静香。


 「これからも遠慮せずに、いつでもうちに遊びに来てくれていいからね?歓迎するよ?」

 「はい!!沙也加さん!!」


 顔を上げた静香は、とてもすっきりとした笑顔で、沙也加と佐那、姉弟子たちを見つめたのだった。

 次回、復活の静香。

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