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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第6章:静香過去回想編
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第71話:もう誰にも頼れない

 四面楚歌静香。

 かくして校長の身勝手なエゴのせいで、強制的にダブルスのレギュラーになってしまった静香は、コギャル先輩とペアを組んで6月からの地区予選大会に出場する事となった。

 だが校長もコギャル先輩も理解していなかったのだが、バドミントンにおけるダブルスというのは、静香1人だけがどれだけ突出していようが、それだけで簡単に勝てるような甘い競技ではないのである。


 校長がそれを理解せず、シングルスだと隼人と当たるからという安直な理由から、静香を安易にダブルスに出場させてしまった事。

 さらに自らパートナーになる事を申し出たコギャル先輩が、本来ならば大会に出場出来るようなレベルの選手では無かった事。

 これらの要因が重なってしまった事で、静香は圧倒的な強さを見せつけながらも、イライラを募らせる結果となってしまうのである…。


 そして迎えた地区予選大会1回戦。

 静香とコギャル先輩の対戦相手は、名古屋地区の強豪・浄水中学校において、1年生ながらもレギュラーの座を勝ち取った、山下太一&山下泰二の双子の兄弟のペアだ。

 『天才』朝比奈静香、まさかのダブルスでの出場。

 静香がどのようなプレーを見せるのかと、多くの観客が静香に対して、期待の眼差しを見せていたのだが。


 「1-0!!」 


 試合開始直後、静香の強烈なスマッシュが、太一の足元に情け容赦なく突き刺さる。

 それを静香の後方からコギャル先輩が、ニヤニヤしながら見つめていたのだった。

 あの日、静香との実戦形式での練習において、あまりの威力故に恐怖すら感じてしまった静香のスマッシュ。

 だが実際にダブルスのパートナーになってみると、これ程心強い存在は無い。

 これなら楽に大会に勝てると…そんな甘い事を考えていたコギャル先輩だったのだが。


 「やるな朝比奈!!だがこれはシングルスではなくダブルスだ!!ダブルスにはダブルスの戦い方って物があるんだよ!!」

 「くっ…!!どっちが太一でどっちが泰二なのか、全然見分けが付かない!!」

 「俺が太一だ!!」

 

 太一と泰二の息の合った連携プレーにどうにか追従し、必死にシャトルを拾う静香。

 だが、肝心のコギャル先輩はというと。


 「佐々木先輩!!スマッシュが来ます!!任せましたよ!!」

 「えwwwwwちょwwwwwwまwwwwww」


 全く追従出来ず、それどころか静香の後方でヘラヘラ笑いながら、ただオロオロしているだけだったのである…。


 「1-1!!」

 

 そんなコギャル先輩の無様な姿を、驚愕の表情で見つめる静香。

 最早コギャル先輩は、ダブルスのパートナーとして静香を支えるどころか、完全に静香の足を引っ張ってしまっているだけだった。

 その残酷な事実に、静香は思わず歯軋りしてしまう。 


 「大した事無いぞ!!行ける!!朝比奈は確かに脅威だが、パートナーの方はズブの素人だ!!あの金髪を徹底的に狙えば勝てるぞ!!」

 「おっしゃあ!!」

 「食らえ!!これが俺たち兄弟の!!」

 「「ブラザーコンビネーションだ!!」」 


 勝ち誇った笑顔で息の合った連携プレーを見せながら、コギャル先輩にスマッシュを浴びせまくる太一と泰二。

 そう、ダブルスというのは、必然的に弱い方が集中的に狙われてしまう物なのだ。

 そんなコギャル先輩を庇うかのように、静香は必死にスマッシュを拾い続けのだが…。


 「佐々木先輩!!」

 「えwwwwwwひいっwwwwww」

 

 何とコギャル先輩は、静香が拾い損ねたスマッシュをラケットで返すのではなく…あろう事かスマッシュの威力に完全にビビってしまい、シャトルの斜線上から逃げ出してしまったのである…。

 

 「1-2!!」


 一体何をやっているんだと、唖然とした表情になってしまう静香。

 その無様な惨状に、何だか対戦相手の山下兄弟の方が、静香に同情すらしてしまう有様だった。


 「朝比奈。お前さ、何でダブルスなんかに出てるんだよ?しかもあんな素人同然のパートナーと一緒にさ。」

 「それは…!!」

 「ま、お前らの事情なんか、俺たちの知った事じゃないけどな。それでも俺たちにとっては正直ラッキーだったぜ。」

 「太一さん…!!」

 「俺は泰二だ。」


 双子の兄弟らしい息の合った連携を見せる山下兄弟とは対称的に、コギャル先輩が情けないせいで、完全に独りよがりなプレーになってしまっている静香。

 それでも静香は必死に善戦し、スマッシュを拾いまくるものの…。


 「佐々木先輩!!何ボサッと突っ立ってるんですか!?」

 「え!?きゃあっ!!」


 今度は静香とコギャル先輩が、正面衝突してしまう有様だった…。


 「どれだけお前が『天才』だと騒がれていようともな。」

 「ダブルスはお前1人じゃ。」

 「「出来やしないんだよぉっ!!」」

 

 揃いも揃って尻もちをついてしまう静香とコギャル先輩の目の前に、泰二のラケットから強烈なスマッシュが叩きつけられる。


 「1-3!!」

 「「この試合、楽勝だぜ!!」」


 互いに笑顔でハイタッチする山下兄弟を、立ち上がった静香が歯軋りしながら睨みつけている。

 これがシングルスなら、どちらも鼻くそをほじりながら楽勝で勝てる相手だというのに。

 それなのにコギャル先輩が静香の足を引っ張りまくっているどころか、完全にやる気が無いせいで、御覧の有様だ。

 何しろ自分に向けて放たれたスマッシュを返すどころか、ビビって逃げ出してしまう有様なのだから。


 私はシングルスで出たかったのに、どうしてダブルスに出る羽目になってしまったのか。

 どうしてこんな人と、ダブルスを組まされなければならなかったのか。

 これがシングルスだったら、こんな人たち瞬殺してあげるのに。

 

 そう…。

 静香1人だけで戦えば。 


 「ちょっと朝比奈さん!!もっとしっかりしなさいよね!!あの怖い球をもっと打ちなさいよ!!」


 どうにか立ち上がったコギャル先輩からの、自分の事を棚に上げた、あまりにも「お前が言うな」発言に…流石の静香も完全にキレてしまったのだった…。


 「だったら佐々木先輩は後ろに下がっていて下さい!!もうこれ以上は何もして頂かなくて結構です!!」

 「ひいっ!?」


 静香の怒鳴り声に、思わずビクッとなってしまったコギャル先輩だったのだが。


 「ここからは、私1人でダブルスを戦います!!」

 「…はあああああああああああああああああああああああああ!?」


 その静香の爆弾発言に、流石のコギャル先輩も唖然としてしまったのだった。

 1人でダブルスを戦うって。一体この子は何を言っているんだと。


 「もう誰にも頼れない!!こうなったら私1人で大会を勝ち上がってやる!!」

 「ちょ、ちょっと、朝比奈さん…流石にそれは…。」

 「邪魔だって言ってるでしょうがぁっ!!」

 「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 鬼のような形相になった静香に怒鳴り散らされたコギャル先輩は、慌ててコートの後方へと下がって行ってしまったのだった…。

 そして静香は鋭い眼光で歯軋りしながら、山下兄弟を睨みつけている。

 まさか、本当に1人でダブルスを戦うつもりなのかと…客席からどよめきの声が上がっていたのだが。

 

 「…朝比奈。何だか俺は、お前が可哀想になってきたわ。」

 「けどな。悪いが勝たせて貰うぜ。お前に同情はするが容赦はしねえよ。」

 「「勝負の世界ってのは、そういうもんだろ!?」」


 またしても息の合った連携プレーで、静香を翻弄する山下兄弟だったのだが。

 シングルスなら静香にとって、こんな連中など敵では無いのだ。

 コギャル先輩という邪魔者を、コートから追い出した静香は…。


 「…ぬああああああああああああああああああああああああ!!」


 まるでとがが外れたかのような鬼の形相で、絶叫し…暴れ回り…そして…。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、桜花中学校3年、佐々木一美&1年、朝比奈静香ペア!!ツーゲーム!!21-5!!21-3!!」

 「「そんな…馬鹿なぁっ!?」」


 本当に静香1人だけで、ダブルスの試合に勝ってしまったのである。

 客席から沸き起こるどよめきと、凄まじいまでの大歓声。

 まさに会場全体が、異様な空気に包まれてしまっていたのだった。

 

 「は、ははは…やるじゃん、朝比奈さん…。」

 「……。」

 

 引きつった笑みを浮かべながら静香に握手を求めたコギャル先輩だったのだが…そんなコギャル先輩を無視して、静香はクーラーボックスに入っているペッドボトルのスポーツドリンクを一気飲みする。

 静香は試合に勝ったのに、心も身体も全然満たされていないのだ。

 それは校長の身勝手なエゴのせいで、本来ならシングルスに出たかったのに、無理矢理ダブルスに出場させられたから。

 そして肝心のパートナーのコギャル先輩が、完全に静香の足手まといと化しているのをすっ飛ばして、やる気自体が全く無い選手だからだ。

 こんなの、静香でなくても、苛立ちを隠せなくて当たり前だろう。


 そんなイライラが募る静香に対して、他の部員たちは思わず声を掛けるのをためらってしまっていた。

 そしてマッチョもまた、本来なら静香を即座にフォローしてやらなければならない立場のはずなのに、一体静香にどう声を掛ければいいのか分からず、ただ戸惑いの表情で静香を眺める事しか出来ずにいたのだった…。


 その後も静香は、圧倒的な強さを見せ続けた。

 コギャル先輩があまりにも頼り無いもんだから、出場した全ての試合でコギャル先輩を後方に下がらせて何もさせず、全て静香1人だけの力で大会を勝ち上がったのである。

 地区予選でも、県予選でも…全国大会でさえもだ。


 そう…。

 『勝ち続けてしまった』のだ…。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、愛知県代表・桜花中学校3年、佐々木一美&1年、朝比奈静香ペア!!ツーゲーム!!21-7!!21-5!!」


 全国大会の決勝戦でさえも、静香はたった1人でダブルスを戦い、それでもぶっちぎりの強さを見せつけて優勝。

 コギャル先輩と一緒に表彰台の上に立ち、大会運営スタッフからトロフィーと金メダルを受け取った静香だったのだが…それでも心の中では物足りなさを感じていたのだった。

 無理も無いだろう。パートナーのコギャル先輩がアレなのも理由の1つなのだが…そのコギャル先輩がアレなのを理由にダブルスをたった1人で戦っても尚、全国大会を圧倒的な強さで『制してしまった』のだから。

 誰も静香に太刀打ち出来ない。誰も静香と互角に戦ってくれない。

 その物足りなさ、失望感。まさに静香が『天才』であるが故の悩みだと言えるだろう。


 もし静香がダブルスではなく、彼女の当初の希望通りにシングルスで出場していたら。

 県予選で隼人という最高のライバルと運命的な出会いを果たし、隼人との壮絶な互角の死闘に勝利するにしても敗北するにしても、今頃は静香の心は晴れ晴れとした物になっていただろうに…。

 そんな静香の失望など知らず、静香とコギャル先輩のペアが全国制覇したと、マッチョから電話で報告を受けた校長は…校長室で妖艶な笑顔で高笑いしていたのだった…。


 そして翌日の朝。

 滞在先のホテルで朝食を食べた後、東京駅に向かうバスに乗り込もうとした静香たちだったのだが。

 

 「全国大会を制したというのに、随分とご機嫌斜めなのね。朝比奈さん。」


 そこへ1人の年配の女性が、穏やかな笑顔で静香に話しかけてきたのである。

 いきなり面識の無い年配の女性にフレンドリーに話しかけられたもんだから、きょとんとした表情になってしまった静香だったのだが。

 

 「あの、貴女は…?」

 「自己紹介が遅れたわね。私はこういう者よ。」


 そんな静香に対して、礼儀正しく両手で名刺を差し出した女性。

 静香もまた戸惑いながらも、両手で礼儀正しく名刺を受け取ったのだが。

 

 聖ルミナス女学園バドミントン部顧問・鈴木光子


 差し出された名刺には、そう記載されていたのである。

 まさかの予想もしなかった名前に、部員たちが一斉に大騒ぎになってしまったのだった。

 無理も無いだろう。聖ルミナス女学園と言えば、まさしくバドミントンの名門だ。

 全国から多数の有力選手をスカウトし、毎年のようにインターハイに出場している、バドミントンをやる女子中学生なら誰もが憧れる強豪校なのである。

 その顧問を務める光子から、静香は名刺を受け取ったのだ。部員たちが大騒ぎになってしまっても仕方が無いと言えるだろう。


 「聖ルミナス女学園って…私の家の近くにある、あの全寮制の!?」

 「貴女の全国大会での試合を全て観させてもらったけれど、貴女は本当に素晴らしい才能を秘めているのね。だからこそ貴女は、もっと高いレベルの中でバドミントンをやるべきだと…そう私は思っているのよ。」

 

 トラブルを避けるために敢えて口には出さなかったものの、光子は桜花中学校のバドミントン部では、静香の成長をこれ以上は見込めないと感じているのだ。


 静香の素晴らしい才能を存分に引き出せず、完全に持て余してしまっているマッチョ。

 静香の全力プレーに、誰も追従出来ないチームメイトたち。

 そして極めつけはダブルスの試合において、完全に静香の足手まといと化してしまっていた、パートナーのコギャル先輩だ。


 ああ、勿体無い、本当に勿体無いな、と。

 こんな腐った環境の中で埋もれてしまっている静香が、本当に可哀想だと。

 本来なら今すぐにでも、光子は静香を聖ルミナス女学園にお持ち帰りしたいとすら思っているのだが。

 残念ながら静香がまだ中学1年生である以上は、それは叶わぬ願いだ。


 だが、今は無理でも。

 そう、静香が桜花中学校を卒業した後ならば。


 「単刀直入に言うわね。朝比奈さん。私は貴女を聖ルミナスにスカウトしに来たのよ。」

 「んなっ…!?私をですか!?」

 「どうせバドミントンをやるのなら最高の環境の中でやるべきよ。私に言わせれば貴女はまだ原石よ。これからの環境次第で白くも黒くもなってしまうわ。」


 そう、静香はまだ原石だ。桜花中学校なんかで埋もれさせてしまうのは本当に勿体無い、金の卵なのだ。

 そして聖ルミナス女学園という最高の環境の中でならば、静香という原石を白銀のダイヤモンドへと輝かせる事が出来るのだ。

 戸惑いの表情を隠せない静香を、光子が穏やかな笑顔で見つめていたのだが。


 「あのあのあの、私は朝比奈さんのパートナーの佐々木って言うんですけど、是非私も聖ルミナス女学園に…!!」

 「貴女に用は無いわ。」

 「んなっ…!?」


 この機を逃してたまるかと光子に自分をアピールしてきたコギャル先輩を、光子は全く相手にもせずに冷酷な瞳で一蹴したのだった。

 

 「貴女、大会で一体何をやっていたのかしら?ただ朝比奈さんの後ろで突っ立ってただけじゃない。」

 「そ、それは…。」

 「貴女のような全くやる気が無い子は、うちのチームには必要無いわ。」

 

 そんなコギャル先輩など完全に無視した光子は、今度は穏やかな笑顔で静香に向き直る。

 こんな馬鹿の事など、どうでもいい。光子が欲しているのは静香なのだから。


 「と言っても私は見ての通りBBAだから、貴女が入学する頃には既に定年退職しているけれど…それだけが本当に口惜しいわ。私があと1歳若ければ、貴女を私自身の手で指導する事が出来たのにね。」

 「は、はぁ…。」

 「それでも貴女が本気でバドミントンに取り組みたいと願うのならば、世界を舞台に戦いたいと願うのならば、卒業後は是非うちにいらっしゃい。貴女をスポーツ推薦で入学させるように、学園長に話はしておくわ。」


 今度は鞄から入学案内のパンフレットを取り出した光子は、それを静香に手渡す。


 「それじゃ、また会いましょう。朝比奈さん。いい返事を期待しているわ。」


 口をポカン( ゜д゜)とさせている静香に対して、光子は穏やかな笑顔で右手を軽く振って去って行ったのだった。

 残念ながら光子の願いとは裏腹に、後に定年退職した光子の代わりの監督として、黒メガネという最悪の人物が就任する事になってしまうのだが。


 何にしても、この光子との出会いが、静香が後に聖ルミナス女学園に入学し、隼人や彩花と運命的な出会いを果たすきっかけとなったのである…。

 そして、またしても大人たちの身勝手なエゴが…。

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