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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第1章:幼年期編
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第7話:じゃあ、会いに行こっか

 六花、お疲れ様。

 その後も六花たちに対して横暴な態度を改めなかったシュバルツハーケンの新監督は、首脳陣から


 「よくもチームを最悪の状態にしてくれたな。」


 などと酷評された挙句、シーズン途中の7月に解任されてしまった。

 だがその後に就任した新監督も、指導者としては無能な人物で問題行動を起こしまくり、就任から僅か1ヶ月の8月に解任。

 こうしてシュバルツハーケンはシーズン中に3人も監督が就任し、選手たちに余計な混乱を引き起こしてしまうという、極めて異例の事態へと陥ってしまう。

 その3人目の監督にしても条件面の交渉が難航した事で、正式な就任が9月中旬までにずれ込んでしまっており、シュバルツハーケンは1ヶ月近くもの間、監督が不在のままシーズンを戦わなければならなくなるという非常事態に陥ってしまった。


 そんな中でも六花は孤軍奮闘して連勝に連勝を重ね、遂には3人目の監督が就任した直後の9月中旬、前人未到の10年連続10度目の優勝を達成。

 まだシーズン最終戦まで3週間も残した中での、ぶっちぎりの優勝…そのあまりの圧倒的な強さによって、六花はまさに名実共に、スイス国内において教科書にまで名前が載ってしまう程の「伝説」として、後世まで名を残す事になるのである。


 そして優勝した直後に行われた記者会見において、六花は大勢の記者たちに一斉にフラッシュを浴びせられながら、穏やかな笑顔で真っ直ぐに記者たちを見据えていた。

 毎年のように行われる、最早恒例行事と化してしまった六花の優勝会見。

 だが今回に限っては、いつもとは全く様子が違っていた。

 六花が今、ここで語る内容…それはスイスの…いいや、世界中のバドミントン界を震撼させてしまう程の代物なのだから。


 「既に一部の週刊誌において、情報が漏れてしまっているようですが…今ここで私の口から正式に発表させて頂きます。」


 全く何の迷いも無い力強い瞳で、六花はしっかりとした口調で、はっきりと告げたのだった。

 

 「私、藤崎六花は、来月のシーズン最終戦をもってシュバルツハーケンを退団し、現役を引退します。」


 記者たちのカメラのフラッシュが、より一層激しさを増す。

 六花が言っていたように既に一部の週刊誌から情報が漏れていたとはいえ、10年連続優勝を成し遂げた直後の、まさかの引退発表だ。

 どうせ週刊誌が流したデマだろ…そんな事を考えていた記者たちも多かったようだが、他でも無い六花本人が自らの口から引退を宣言してしまったのだ。

 多くの記者たちが戸惑いを隠せない中、六花はとても穏やかな笑顔で記者たちを真っすぐに見据えている。


 「プロリーグ創設以来、誰も成し遂げる事が出来なかった10連覇…私自身、この過酷なプロの世界において、まさかここまでの偉業を成し遂げられるとは…プロ入りした当初は思ってもみませんでした。正直1年や2年でクビにされる事も覚悟していましたから。」


 バドミントンの本場・スイス。その競技人口も競技レベルも日本とは比較にならない。

 何しろプロリーグが存在し国技と言える程までに人々に普及しているスイスと違い、日本では野球やサッカーが盛んな国でバドミントンは比較的マイナーな競技であり、プロリーグが存在しないのだから。

 オリンピックや世界選手権などの国際大会に出場する日本人は、誰もが働きながら片手間でクラブチームでバドミントンをやっている社会人か、あるいは大学での部活動としてバドミントンをやっている大学生…つまりはアマチュアの選手たちなのだ。


 それ故にスイス国内において、日本を「所詮はバドミントン後進国」などと馬鹿にする者たちも決して少なくない。実際に日本は国際大会において、特に目立った成績を残せていないのだから。

 そんな中で日本人である六花が、スイスの過酷なプロの世界で16年間も現役を続けられただけでも「偉業」だと言えるのに、さらに10年連続優勝までやらかしてしまったのだ。

 六花自身も、自分がやらかしてしまった事に対して、正直驚いているのだが。

 

 「それでは只今より、記者の皆さんからの質疑応答の時間とさせて頂きます。ただし藤崎選手のスケジュールの都合により、現時刻より30分が経過した時点で打ち切りとさせて頂きますので、ご了承下さい。」


 六花が一通り自らの想いを語り終えた後、チームのマネージャーが記者たちに高々と宣言したのだった。


 「では、藤崎選手に質問がある方は挙手を。」


 マネージャーが呼びかけた瞬間、記者たちのほぼ全員が一斉に挙手をし、一斉にカメラのフラッシュを浴びせながら六花を質問攻めにしてしまう。


 「今回、突然の引退発表でしたが、チームから慰留はされなかったのでしょうか?」

 「されました。まだまだやれるだろう、チームとして絶対に必要な戦力だから辞めるなよ、と。」

 「それなのに引退を決断した最大の要因は、やはり娘さんなのでしょうか?」

 「そうですね。彩花は来年、中学3年生になります。高校受験を控えた大切な時期ですから、私が傍にいて支えてあげないといけないと思ったのが最大の理由です。」

 「チームからは引退を受け入れて貰えたのでしょうか?」

 「はい。娘の為だと告げたら、渋々ながらも何とか理解して頂けました。」


 そう、六花の行動理念の原動力となっているのは、全て「彩花の為」だ。

 プロのバドミントンプレーヤーとして弱肉強食の過酷なプロリーグで戦ってきたのも、彩花を食べさせる為の生活費を稼ぐ為。

 日本政府から何度も要請があった、オリンピックや世界選手権大会などといった国際大会への出場を頑なに固辞し続けてきたのも、彩花の面倒を見なければならなかった為。

 そして今回の引退もまた、彩花が来年中学3年になって高校受験を控える大切な時期だから、彩花の傍にいて支えてあげないといけないと思ったから決断したのだ。

    

 「引退を決めたのは、いつ頃からなのでしょうか?」

 「8月に優勝へのマジックナンバーが点灯した辺りからです。16年間ものプロ生活の中で沢山稼がせて頂きましたし、彩花の将来の事を考えたら、もう今年限りでいいかなと。」

 「娘さんには既に引退の報告をされたのでしょうか?」

 「はい。もう今年限りで辞めるからねって、自宅の近くのファミレスまで彩花と一緒に外食に行った時に、はっきりと伝えました。」


 引退の情報が漏れたのは、恐らくその時なのだろう。

 全く記者というのは、本当にどこにいるか分からない物だ。それを考えたら六花は思わず苦笑いしてしまったのだった。


 「娘さんからは、どんな言葉を掛けて貰えましたか?」

 「今までよく頑張ったね、偉いねって、笑顔で頭を撫でて貰えました。」

 「娘さんからは引退を反対はされなかったのでしょうか?」

 「されませんでした。お母さんが自分で決めた事なら文句は無いよって、そう笑顔で言ってくれました。」


 残した成績が成績なだけに、六花自身も彩花に引退を反対されるのではと思っていたが、彩花は意外とあっさりと六花の引退を受け入れたようだ。

 それは他でもない彩花自身が、六花が今まで自分なんかの為に、必死になって頑張ってきたのを間近で見続けてきたのだから。

 その六花が自らの意思で引退したいと言い出したからこそ、彩花は六花の意志を尊重し、六花に対して目一杯の感謝の心を示したのだ。


 「今後については、どうなさるおつもりなのでしょうか?」

 「まだシーズンは終わっていないので、シーズン終了までは残り試合をチームの為に全力で戦います。その後は取り敢えず今年一杯は彩花と一緒にゆっくり休んで、就職活動は来年から行おうと考えています。」

 「藤崎選手の生まれ故郷である、日本に戻るという選択肢はあるのでしょうか?」

 「それも含めて現在は全くの白紙です。ですが今は来年になるまでは、あらゆる誘いを断るつもりです。彩花の為に時間を頂きたいですから。」


 あの桜花とかいうクソBBAからは引退後に東京で一緒に暮らそうなどと誘われているが、少なくとも今の六花にとっては絶対にそれだけは嫌だった。

 その後も六花は色々な質問を記者から浴びせられ、嫌な顔1つせずに穏やかな笑顔で答え続けたのだが。


 「それでは現時刻をもって30分が経過致しましたので、質疑応答はこれで終了とさせて頂きます。皆様、本日はお忙しい中をお越し頂き、誠に有難うございました。」

 

 マネージャーからの呼びかけの後も記者たちの質問は収まらなかったのだが、六花はマネージャーに促されて立ち上がり扉へと向かう。

 そして部屋を出る直前に深々と記者たちに頭を下げた六花は、随分と清々しい笑顔で頭を上げたのだった。


 それから六花は引退発表後も、シーズン最終戦までチームの為に、現役の選手として最後まで戦い抜いた。

 だが結果を残せなければ戦力外通告を受けるという重圧から解放されたからなのか、これまでと違って随分と活き活きとした笑顔で試合に望むようになっていた。

 六花が今まで忘れてしまっていた、バドミントンの楽しさ、面白さ。

 それを六花は引退を宣言して余計なしがらみから解き放たれた事で、プロ生活16年目にして、ようやく思い出す事が出来たのかもしれない。

 結局六花が引退発表後に残した成績は、18試合で16勝2敗という無茶苦茶な代物であり、それ故に最終戦を終えた後の引退セレモニーの最中においても、客席から


 「辞めないでくれよ!!」

 「まだまだやれるだろ!?」


 などといった悲痛の叫び声が飛び出す始末であった。

 そうしてシーズンが終了し、正式に現役を引退した六花ではあったのだが。

 案の定プロ、アマ問わずに多くのチームからの監督やコーチへの就任要請、テレビ局や新聞社からの解説者への就任要請、さらにはテレビ番組や講演会などへの出演要請など、色々な所からの仕事の依頼が殺到した。

 引退会見の際に、今年一杯はあらゆる誘いを断る、彩花の為に時間が欲しいと六花が語っていたにも関わらずだ。

 だが逆に言うとスイス国内において、それだけ六花の存在が大きくなってしまっているという事なのだろう。

 六花のスマホには毎日のように電話が掛かってきたのだが、それらを六花は全て拒否し、彩花の傍で静かで穏やかな日々を過ごしたのだった。


 そうこうしている間に六花が2カ月近くも専業主婦のまま、あっという間に来年になってしまったのだが。

 2023年1月。年末年始の大型連休が終わり、隼人と彩花の15歳の誕生日が2カ月後に迫り、シングルマザーなのにいつまでも専業主婦のままでは、彩花の為にどうなんだという事で、そろそろ六花が就職活動をしようかと考えていた矢先の事だ。


 「…国際電話?しかも知らない番号…。」


 彩花と一緒に夕食後のデザートを食べている最中に、またしても六花のスマホに電話が掛かって来たのだが…今度は日本からの国際電話だ。

 これまではスイス国内からの、仕事の依頼の電話ばかりだったのだが。


 「お母さん、誰から電話?」

 「分からないけど、ちょっと待っててね、彩花。」


 画面の緑色のボタンをタップし、スマホを耳に当てる六花。


 「はい、藤崎です。」

 『突然のお電話、失礼致します。こちらは藤崎六花さんのスマートフォンの番号でよろしかったでしょうか?』

 「はい、そうですが…どちら様でしょうか?」


 電話の主は、聞き覚えの無い若い女性からだった。

 あの桜花とかいうクソBBAからの電話ではなかったので、六花は正直ホッとしていたのだが。


 『申し遅れました。私はJABSジャブスの人事編成担当の柿谷と申す者です。』

 「JABS…あの日本のバドミントンの…。」

 『はい。この度は昨年現役を引退なされた藤崎さんに、是非とも我々JABSにお力を貸し頂きたいと思い、こうしてお電話をさせて頂きました。』


 一般社団法人JABS。

 Japan Association Badminton Systemの略称であり、日本政府によって立ち上げられた、バドミントンの普及、発展を目的として設立された組織である。

 また高校のインターハイや大学の大学選手権などといった大会の運営や、国際大会における日本代表選手へのサポートなども積極的に行っている。

 六花はこれまでずっとスイスでプレーしていて、国際大会には一度も出場した事が無かったので、六花にとっては今まで全く縁が無かった組織なのだが。


 この女性が言うには、現在日本ではスイスやデンマーク、イギリスなどの欧米諸国と同じように、バドミントンのプロリーグの設立を目指しており、早ければ来年の3月にはJABSの管理下の下で全国の主要都市に10チームが設立され、10月にはドラフト会議が行われる予定なのだそうだ。

 そこでスイスで16年間プロとしてプレーし、前人未踏の10年連続優勝を達成し、名実共に伝説のバドミントンプレイヤーとして世界中に名を馳せた六花に、日本のバドミントンの未来の為に力を貸して欲しいとの事らしい。

 確かに六花ならば広告塔として、これ以上無い程の優れた人材なのだろうが…それでも六花には1つだけ懸念材料があった。


 「柿谷さん。私は今まで彩花の面倒を見る為に、ずっと国際大会への出場を辞退し続けてきました。そんな私に対して裏切者などと白い目を向ける方たちも、日本国内には大勢いる事でしょう。それでも私に日本に来いと仰るのでしょうか?」


 そう、六花には天皇皇后両陛下が直々にスイスに訪れて、六花にオリンピックへの出場を懇願してきた際、六花が今はシーズン中で、しかも彩花の面倒も見なければいけないからと事情を話して何度断っても、


 「国の為に、国民の為に、六花さんの力をどうか我々にお貸し下さい。」

 「彩花さんの面倒ならば、我々日本政府が責任を持って見させて頂きますから。」


 などと諦めずにしつこく食い下がって来た物だから、六花が物凄い剣幕で両陛下を怒鳴り散らして追っ払った経歴があるのだ(第3話参照)。

 この一件は日本でもニュースで特番が組まれる程の大騒ぎになり、ネット上でも


 「これは流石に両陛下が悪い。藤崎の都合とか何も考えてないだろ。」

 「いや両陛下に対して、何だあの無礼な態度は。」

 

 などと激しい賛否両論になってしまったのだが。

 その六花が日本に帰国してJABSに入社するとなると、果たして日本国内においてどれだけの騒ぎになってしまうのか。JABSに抗議の電話が殺到したりしないだろうか。それを六花は危惧していたのだが。 


 『そんな物は些末さまつな問題に過ぎませんよ。』


 それをJABSの女性は、とても穏やかな口調で否定したのだった。


 『現在我々日本は、バドミントンにおいては世界を相手に極めて厳しい戦いを強いられています。昨年12月に名古屋のドルフィンズアリーナで行われた、強豪デンマークとの親善試合においても、実に無様な結果に終わってしまいました。』

 

 その親善試合の事なら、六花も美奈子からLINEで聞かされていた。

 今年の2月に世界選手権が初めて日本で開催されるという事で、強化合宿の為にデンマーク代表が合宿地となる名古屋に訪れたのだが、折角の機会だからと愛知県の高校生と大学生による有力選手の選抜チームを編成し、親善試合を行ったのだ。

 だがシングルス5名、ダブルス3組によるいずれの試合においても、デンマークのプロの舞台で活躍する若手の代表選手たちを相手に全く何も出来ず、無様な惨敗を喫してしまったのだと。

 それこそ日本の選手たちに対して、客席からブーイングが飛んでしまう程までに。


 そう、世界を相手に苦戦を強いられている…学生とはいえ強豪デンマークを相手に何も出来なかった…それが今の日本のバドミントンの現状なのだ。

 その現状を打破する為には、バドミントンの本場・スイスのプロの舞台で戦い抜いた六花の力が絶対に必要だと…JABSの上層部はそう判断したのだろう。

 六花が国際大会への出場を辞退したとか、両陛下を怒鳴り散らして追い出したとか、そんな物はこの女性が言うように些末な問題でしか無いのだ。

 それに既に2024年のパリオリンピックが、もう来年の7月にまで迫ってしまっている。

 だからこそJABSは、もうなりふり構ってはいられないのだ。

 

 『今、若い世代の注目株として、全国中学生大会2連覇を圧倒的な強さで成し遂げた、平野中学校2年の神童・須藤隼人君が脚光を浴びています。ですが世界を相手に立ち向かうには、彼1人の力だけでは限界があるのもまた事実なのです。』


 そこへ突然隼人の名前を聞かされた六花が、とても穏やかな笑顔になる。

 美奈子から度々LINEで隼人の凄まじいまでの活躍ぶりを聞かされてきたので、六花は隼人が中学の全国大会を圧倒的な強さで2連覇した事自体は、既に知っていたのだが。


 『だからこそ今の私たちには藤崎さんの力が必要なのです。須藤君のような世界を相手に戦える優れた人材の発掘や育成、そして日本のバドミントン界の未来の為に。』


 電話の主が一体誰なのかと、一体どんな話をしているのかと、彩花がとても不安そうな表情で、じっ…と六花を見つめている。

 その彩花の不安を払拭する為に、六花がとても穏やかな笑顔を彩花に見せた。


 「すみません柿谷さん。少々お待ち頂けますか?」


 いずれは彩花と共に、隼人に会う為に日本に行くつもりだったのだが。


 「ねえ、彩花。」


 まさかこんなに早く、しかもこんな意外な形で、その機会が訪れる事になろうとは。


 「…隼人君に、会いたい?」


 六花の言葉で、不安そうだった彩花の表情が、ぱあっ…と明るくなったのだった。

 この六花のたった一言だけで、彩花は電話の内容を何となくだが悟ったのだ。


 「…うん!!会いたい!!ハヤト君に会いに行きたい!!」

 「そっか。じゃあ、会いに行こっか。」


 彩花に笑顔でウインクした六花が、とても穏やかな笑顔でJABSの女性に語りかける。


 「分かりました。今回の話は受けさせて頂きますが、2つ条件があります。私を名古屋支部に配属して頂きたい事と、転勤と長期出張は一切拒否するという事…この2点です。」

 『それは…今から上層部に相談してみないと何とも言えませんが…名古屋に何か思い入れでもあるのでしょうか?』

 「正確には稲沢市平和町にです。あそこには娘の大切な人が住んでいますから。」

 『成程、そういう事でしたか。今から確認しますので、少しお待ち頂けますか?』


 保留中を示す安らかなオルゴールの曲が、先程から六花のスマホに届いているのだが。

 六花が提示した条件に関して、上層部が難色でも示しているのだろうか。

 随分と長時間待たされているような気がしたのだが、やがてオルゴールの曲が途切れて女性が慌てて電話に出たのだった。


 『大変お待たせ致しました。藤崎さんの名古屋支部への配属と、あと転勤と長期出張の拒否の件ですが、上層部から何とか承諾を得られました。』

 「無理を言ってしまって本当に御免なさいね。」

 『いえ、元はといえば藤崎さんをお誘いしたのは我々JABSですし、何より私もシングルマザーとして、藤崎さんのお気持ちは充分に分かりますから。』


 これが一般企業であれば、転勤や長期出張が出来ないなんて面接で言おう物なら、業種にもよるだろうが面接官から白い目で見られてもおかしくない。

 それでも彩花に隼人と再会させなければならないのだ。JABSに入社するのであれば名古屋支部への配属は絶対に譲るつもりは無かった。

 それにシングルマザーである自分が彩花の面倒も見ないといけないのに、長期出張など到底出来る訳が無い。

 だが逆に言うと、そんな無理な条件を受け入れてでも、JABSが六花の力を欲しがっているという事なのだろう。


 その後も六花と女性との電話は続き、給料や休日などの条件面の調整は名古屋支部でやって欲しいとの事らしく、迎えを寄越すから飛行機のチケットが取れたら名古屋支部に連絡して欲しい、との話で落ち着いた。


 『では藤崎さんのご来日をスタッフ一同、心から楽しみにしております。』

 「はい。それではまたセントレア空港で。」


 通話を切って自分に穏やかな笑顔を見せる六花を、彩花がとても嬉しそうな表情で見つめていたのだった。

 いつになるか分からないと思っていた。だけどいつか絶対に会いに行くんだと、そう心に決めていた。

 だが、まさかこんなに早く、しかもこんな形で、隼人と再会出来る日が来ようとは。


 「彩花。明日から忙しくなるわよ?彩花のパスポートを作ったりとか、平野中学校への転入手続きとか、やる事なんて幾らでもあるんだからね?」

 「うんっ!!」

 

 満面の笑顔で、六花に対して元気よく返事をする彩花。

 だが隼人と再会する為に訪れた日本において、周囲の大人たちの身勝手なエゴのせいで、自分たちに襲い掛かる事になる悲劇を…この時の六花も彩花も、知る由も無かったのだった…。

 次回で幼年期編の最終話です。

 隼人に会う為にスイスを発ち、日本のセントレア空港に到着した彩花と六花ですが…。

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