第69話:天才であるが故の孤独って奴だな
はいはい黒子のバスケのパクリパクリ。
マッチョに対して、自分を特別扱いしないで欲しいと懇願した静香。
だが静香の願いも虚しく、この桜花中学校のバドミントン部においても、またしても静香は『天才であるが故の孤独』を味合わされる羽目になるのである。
静香の実力が他の部員たちよりも遥かに抜きん出てしまっているせいで、静香の全力プレーについていける部員たちが、部内に誰1人として存在しないからというのも、理由の1つなのだが。
問題なのは、そこではないのだ。
小学生の頃に所属していたバドミントンスクールの生徒たちと違い、この桜花中学校のバドミントン部の部員たちの多くが…バドミントンに対して全く真剣に打ち込んでいないのである。
静香が汗だくになって必死にランニングや筋トレなどの基礎練習に打ち込んでいる最中、多くの部員たちがヘラヘラ笑って談笑しながら、明らかに手を抜いて基礎練習に取り組んでいたり。
それに基礎練習が終わった後の、実戦形式の練習においても。
「ひいっ!?」
コギャル先輩が静香のスマッシュをまともに打ち返そうともしないばかりか、静香のスマッシュの威力に完全にビビってしまい、無様に尻もちをついてしまったのだった。
唖然とした表情で、静香は同級生の女子の手を借りて立ち上がったコギャル先輩を見つめている。
「ちょっ…!!朝比奈さん!!アンタ私を殺す気なの!?」
「殺す気って…佐々木先輩、今のスマッシュも取れないのですか?」
昨日一緒に練習した事で、静香は部員たち全員の実力を大体は把握している。
だからこそ静香はコギャル先輩の実力を考慮して、敢えてギリギリで取れるような威力と速度に調整してスマッシュを打ったつもりなのだ。
そして静香のこの目利きは決して間違ってはおらず、確かにコギャル先輩が全力を出していれば、間違いなくギリギリで返せていたスマッシュだったのだが。
「…あのね朝比奈さん。この際だから、はっきりと言っておくけどさ。」
コギャル先輩が静香に対して不服そうな表情で、とんでもない事を口走ったのである。
「多分、他の皆も同じだと思うんだけどさ…少なくとも私はね、アンタと違って本気でバドミントンをやる気は無いの。」
「…はああああああああああああああああああああ!?」
全く予想もしなかったコギャル先輩の言葉に、唖然とした表情になってしまう静香。
そりゃあそうだろう。本気でバドミントンをやる気が無いって。この人は一体何を言っているんだと。
じゃあこの人は一体何の為にバドミントン部に入ったのか。バドミントンをやる為にバドミントン部に入ったのではないのか。いや普通ならそうだろう。
そんな静香の全く持って正論過ぎる疑問に対し、コギャル先輩が口にした言葉は…またしても静香の想像の斜め上を行く代物だった。
「だって何でもいいから取り敢えず部活をやっとけばさ、高校受験の時に内申で有利になるじゃん。だから部活なんて別にどこでも良かったんだよね。それでたまたま人数が少なくて楽に入れたのが、バドミントン部だったってだけの話。」
日本では野球とサッカーが『国技』と呼ばれる程の人気のスポーツだとされており、そのいずれもが国内にプロリーグが存在し、しかも国際大会でも代表チームが数多くの実績を上げている。
それ故に全国のどこの学校でも毎年のように、新入生の野球部とサッカー部への入部希望者が殺到しているのだが。
だからと言って特定の部活動に志望者全員を入部させてしまえば、その部活動が人数過多でパンクしてしまうだけでなく、他の部活動が人数不足で活動に支障が出る事態にもなりかねないのだ。
だからこそ大抵はどこの学校でも、部活動の入部人数に制限を設けていたり、入部希望の部活動を生徒たちに複数回答して貰ったり、あるいは強豪校になるとスカウトした生徒しか入部を認めないなんて事例もあったりするのだが。
このコギャル先輩がバドミントン部に入部したのは、日本ではマイナーな競技であるが故に、入部志望者が少なくて楽に入れたからなのだ。
それ故にコギャル先輩は静香と違い、本気でバドミントンをやろうなんて微塵も思っていないのだ。
それどころか本当は部活動自体やりたく無かったのだが、それでも取り敢えず何でもいいから部活動をやっておけば、高校受験の時の内申で有利になる。
だからこそコギャル先輩は、「取り敢えず」バドミントン部に入ったのである。
「だからさ。練習ではその怖い球、もう二度と私に打たないでくれる?もし万が一私がアンタとの練習で怪我でもしたらさ、アンタ責任を取ってくれるの?」
「…分かりました。」
とても悔しそうに歯軋りしながら、それでもコギャル先輩に対して反論せず、ラケットを握る右手に力を込める静香。
そんな静香の何ともやり切れないといった様子を、マッチョが厳しい表情で見つめていたのだった。
昨日の練習の後、自分に対して特別扱いは一切しないで欲しいと、そうマッチョに懇願した静香だったのだが…現実はどうだ。
静香と、他の部員たち。
バドミントンの実力も、バドミントンに対しての意識や姿勢も、両者との間に早くも大きな隔たりが出来てしまっているのだ。
勿論部員たち全員が、コギャル先輩のように全くやる気が無く、ただ内申に有利になるからとか、あるいは放課後の暇つぶし、遊びのつもりで部活動をやっているだけだという訳では無い。
静香のように真剣に全国を目指し、本気で練習に取り組んでいる者たちも存在しているのだが。
そんな彼らでさえも、全員が静香よりも遥かに劣る実力しか無い為、誰も静香の全力プレーについて来れないのだ。
それ故に今の静香は部内において、完全に孤立してしまっている状態なのである。
「天才であるが故の孤独って奴だな。これは早急に何とかしてやらなあかんが…しかし一体どうすりゃあいいんだ…?」
こんな時、最強の指導者である美奈子や六花ならば、静香の孤立状態を解消してやるだけでなく、他の部員たちの事も上手く導いてやれるのだろうが。
この2人と違い、指導者としては平凡な人物であるマッチョでは、この状況を早急に打破する事など到底無理な話だった。
バドミントン部に天才少女が入ったと、校長に監督として雇われた際に周囲の教師たちから聞かされた時は、マッチョも意気揚々とした物なのだが。
それがまさか蓋を開けてみれば、よもやこんな事態になってしまうとは。
「もうこうなったら、俺が朝比奈の練習相手を務めてやるか?その方が…。」
「増田監督。校長先生がお呼びです。朝比奈さんの件について話があると。」
そこへ1人の若手の女性教師が、マッチョに話しかけてきたのである。
「え?俺にですか?しかも朝比奈の件で?」
「はい。なんかよく分かりませんが、至急校長室に来て欲しいとの事で…。」
「分かりました。すぐに行きます。」
何だかよく分からないが、取り敢えずマッチョは練習中の部員たちに呼びかけたのだった。
「お前ら、済まないが校長に至急の用件で呼び出されてな。今日は時間になったら各自整理体操と片付けをして、あとプロテインを飲んで上がってくれ。」
「「「「「要りません!!」」」」」
「それじゃあな、お疲れさん!!」
慌てて校長室へと向かうマッチョだったのだが、しかし静香の件で話があるとは一体どういう事なのだろうか。
静香は周囲への気配りが出来る真面目な子だから、何かしらの問題行動が発覚したから謹慎処分にさせろとか、そういう話ではないと思うのだが…。
「校長、増田です。」
「よく来てくれたね増田君。入りなさい。」
「はい、失礼します。」
そんな疑問を抱いたまま校長室の扉をノックしたマッチョは、校長からの呼びかけによって校長室へと入っていく。
そして椅子にどっかりと腰を下ろして、先程までノートパソコンでデスクワークを行っていた校長の前に歩み寄ったマッチョは、少し緊張しながら校長を見つめていたのだが。
「忙しい所をわざわざ済まなかったね。」
「その、朝比奈について話があると伺ったのですが。」
「うむ。早速だが単刀直入に言おう。」
だが次の瞬間、校長は…誰もが想像もしなかった、とんでもない事をマッチョに対して言い出したのである。
「朝比奈君を今後3年間、例え何があろうとも、他の部員たちが何を言おうとも、ダブルスの選手として必ず大会に出場させなさい。」
「…はああああああああああああああああああああ!?」
全く予想もしなかった校長からの滅茶苦茶な指示に、思わず仰天してしまったマッチョ。
無理も無いだろう。いきなり何を言い出すかと思えば、静香をダブルスの選手として必ず大会に出場させろなどと。
「ちょ、ちょっと待って下さい校長!!一体どうしてそんな事を!?」
「先程、他の職員たちが興奮しながら私に語っていたのだがね。何でも朝比奈君はバドミントンの『天才』だとか騒がれているらしいじゃないか。小学生の頃は全ての大会で、ぶっちぎりの強さで優勝をかっさらったと。」
「それは…確かにそうなのですが…!!」
「私はバドミントンに関しては詳しくはないのだがね。それでも朝比奈君を試合に出せば、全国大会に出られる可能性が高いというのは明白ではないか。いや、それどころか、あわよくば全国制覇という可能性も…。」
妖艶な笑顔を見せる校長の姿に、戸惑いを隠せないマッチョ。
確かに校長の言うように、静香は過去に前例が無い程の凄まじい才能をその身に宿す、バドミントンの天才だ。
だが、だからといって、ダブルスの試合に必ず出場させろとか…そんな無茶がまかり通っていいはずがないだろう。
来月のゴールデンウィークから、選抜の為の部内対抗トーナメントが始まるというのに…これでは他の部員たちが決して黙ってはいないはずだ。
それにだ。
「いや、しかし!!朝比奈はシングルスでの大会出場を強く希望しています!!それを何でダブルスになんか!!」
そう、静香は昨日マッチョに対して、はっきりと宣言したのだ。
シングルスでの大会出場を希望すると。
マッチョは敢えて理由は聞かなかったのだが、恐らくは自分の全力プレーについて行ける部員が1人もいない事が、静香がシングルスを希望する理由の1つなのだろうが…。
「シングルスには、あの平野中学校の『神童』須藤隼人君が出るらしいじゃないか。先日のテレビのニュースで大々的に報じられていたし、他でも無い本人がブログで大々的に公言していたではないか。」
「そ、それは…!!」
それを校長は、問答無用で断罪したのである。
シングルスには隼人が出るから。たったそれだけの理由でだ。
「須藤君の実力がどれ程の物なのかは、私も知らないけどね。それでも県予選で須藤君と朝比奈君が潰し合うような事態になってみろ。朝比奈君が須藤君に負けて、我が校の全国大会出場の夢が断たれる危険が高くなるではないか。」
「それは確かに校長の仰る通りなのですが!!しかし!!」
「そんな危険を冒してまで、どうして朝比奈君をシングルスなどに出す必要があるのかね?朝比奈君がダブルスで試合に出れば、我が校が全国制覇を果たせる可能性がぐっと高まるではないか。」
「須藤という危険を避けて、安全を選べと言う事ですか!?そもそも実際に試合に出るのは朝比奈なんですよ!?その朝比奈のシングルスに出たいという希望を無視しろと仰るのですか!?」
「当たり前やろが。」
何のためらいも微塵も無く、校長はマッチョに対して断言したのだった。
結局の所、この校長は静香の事を、バドミントン部を全国制覇させる為の道具か何かだとしか思っていないのだ。
いや、あるいは静香が類稀なバドミントンの才能を『宿してしまっていた』せいで、校長は『もしかしたら全国に行けるかも』などという欲に目が眩んでしまったのか。
そういう意味では校長もまた、彩花の才能に心を奪われて暴走してしまった支部長と同様に、ある意味では被害者だと言えるのかもしれない…。
「ですが校長!!先日、他でも無い朝比奈本人が真剣な表情で、俺に対してこう言っていたんです!!どうか私を特別扱いしないで欲しいと!!」
それでもマッチョは真剣な表情で、必死に静香を守ろうとしたのだが。
「だから何だと言うのだね?」
「それだけではありません!!あいつを特別扱いしよう物なら、他の部員たちが朝比奈に対して、一体どんな感情を抱くのか…!!」
「私の言っている事が理解出来なかったのかね。増田監督。」
そんなマッチョの親心など知らんと言わんばかりに、とても鋭い眼光でマッチョを威圧しながら、校長はマッチョに対して情け容赦なく通告したのだった。
「今後は例え何があろうとも、他の部員たちが何を言おうとも、朝比奈君を特別扱いしろと…私は君にそう言っているんだ。」
「そんな!!それではバドミントン部が内部崩壊を起こす危険すらありますよ!!最悪の場合、朝比奈がいじめの被害に遭う危険性さえも…!!」
「それを何とかするのが、監督である君の仕事だろうが。」
「ば…馬鹿な…!!」
滅茶苦茶な無理難題をマッチョにふっかけておきながら、自分からは一切助力を行おうとせず、肝心の対応に関しては監督の仕事だからと、全て完全にマッチョに投げやり。
無責任極まりないとは、まさにこの事である…。
「話は以上だ。これは決定事項だ。これ以上の反論は許さんぞ。」
「そんな、校長…!!」
「君がどうしても納得出来ないというのであれば、君を解任して新しい監督を連れてくるまでの話だ。」
「…っ!!」
マッチョに対して解雇までちらつかせ、脅すような真似をする校長。
もう既に結婚しており、妻のお腹の中に自身の子供が宿っているマッチョにとって、今ここで職を失うというのは、まさに死刑宣告にも等しい代物だった。
「…分かりました。可能な限り尽力致します。」
「うむ。君の活躍に期待しているよ。」
だからこそ今のマッチョには、校長の指示に従うしか選択肢が残されていなかった。
校長に一礼して背中を向け、歯軋りしながら校長室を出ていくマッチョ。
そして廊下を歩いてしばらくしてから、とても辛そうな表情で、ガァン!!と拳で派手に壁をぶん殴ったのだった。
「こんなの、朝比奈に対して、一体どう弁明すりゃあいいんだよ!?」
静香はただ、純粋にバドミントンがしたいだけなのに。
それなのに静香のバドミントンの類稀な才能に目が眩んだ、周囲の身勝手な大人たちの下らないエゴのせいで、こうして静香は理不尽に振り回されてしまう。
天才とは、一体何なのだろうか。
才能とは、一体何なのだろうか。
少しずつだが、しかし確実に…静香の運命の歯車が狂い始めていたのだった…。
次回、ブチ切れた静香が…。




