第68話:お前が自分の事を特別だと思ってる証拠だよ
はいはいガンダムUCのパクリパクリ。
静香がバドミントンに打ち込むようになったのは、小学1年生の頃に様子に連れられた名古屋市内のデパートにおいて、バドミントンの無料体験コーナーに参加した時からだった。
『あのバドミントンの日本代表選手・桃山賢太選手がやってくる!!』
『参加費無料、初心者OK!!ラケットとシャトルの無料貸し出し、あります!!』
そんな広告を新聞の折り込みチラシで見かけた静香は、様子にせがんで無料体験コーナーに連れて行って貰ったのである。
様子は様子でこの時までは、日本ではマイナーな競技であるが故に仕方が無いのかもしれないが、バドミントンという競技の事をあまりよく分かっていなかったようで、
「なんかラケットで羽根つきをやっているザマスね。」
という程度の認識でしかなかったようなのだが。
「それじゃあ静香ちゃん。俺が今からシャトルをポイって投げるから、それを俺に向かって打ち返して貰えないかな?」
「は~い。」
「よ~し、行っくぞ~。ほれっ。」
マイクを手にした賢太がニヤニヤ笑いながら、静香に向かって軽~く投げたシャトルが。
「えいっ!!」
静香の右手のラケットから物凄い勢いで放たれたスマッシュによって、物凄い勢いで賢太の足元に突き刺さったのである。
「…は(汗)!?」
「お母様、バドミントン、面白い!!私、バドミントンやりたいです!!」
「い、いやいやいや、いやいやいやいやいや、いやいやいやいやいやいや(泣)!!」
自分の足元にコロコロと転がるシャトル、そして満面の笑顔で様子に「バドミントンをやりたい」とせがむ静香。
次の瞬間、賢太の全身に電撃が走ったのだった。
これはもう素質があるとか才能だとか、そういうレベルの話では無い。
「き、君!!本当にバドミントンは今までやった事が無いのかい!?」
「はい、これが初めてですけど。」
「マジで!?」
「マジで。」
こんな金の卵を、こんな所で逃してたまるかと。
「奥様!!この子は過去に前例が無い程のバドミントンの『天才』です!!いずれ必ず世界を震撼させる程の選手になれますよ!!この子には絶対にバドミントンをやらせるべきだと、そう俺は思います!!」
とても興奮しながら真剣な表情で、賢太は様子に対して進言したのである。
これが、静香のバドミントンとの出会い。
そして後に周囲から『天才』と呼ばれ、プロのバドミントン選手として大活躍する事になる、静香の始まりの物語なのである。
当時、後に『神童』と呼ばれる事になる隼人と彩花は、まだスイスにいた。
そして第18話で隼人と互角の死闘を繰り広げた沙織もまた、当時は父親の仕事の都合でイギリスにいた。
それ故に当時の静香は、国内のバドミントンにおいては敵無しだった。
名古屋市内のバドミントンスクールにおいて秘められた才能を存分に開花させ、めきめきとバドミントンの腕を上げ、やがて小学生でありながら高校生とも互角以上に渡り合える程までに強くなってしまう。
そう…。
「強くなってしまった」のだ…。
静香は小学生時代、出場した全ての大会において、ぶっちぎりの強さで優勝。
朝比奈家のガラスケースには、やがて大量のトロフィーが飾られる事になるのである。
そんな静香の事を、いつの間にか周囲の大人たちは賢太と同様に『天才』だと称賛するようになってしまっていた。
そう…。
「称賛されるようになってしまった」のだ…。
圧倒的な強さで優勝に優勝を重ねた静香ではあったが、それでも心の中では物足りなさで満ち溢れていた。
隼人や彩花、沙織のような、互いに研鑽し合えるライバルが周囲に1人もいない。
静香がどれだけ試合に勝っても、どれだけ優勝を重ねても、誰も静香の事を満足させてくれない。誰も静香と互角に渡り合ってくれない。
それどころかバドミントンスクールでの練習の時でさえも、いつの間にか静香の全力プレーに誰もついていく事が出来なくなってしまっていたのである。
まさに当時の静香は、天才であるが故の孤独だったのだ。
それでも静香はバドミントンが好きだ。それは紛れもない事実だ。
何かバドミントンに活かせればと他のスポーツも色々とやってみたが、やはり一番しっくり来たのがバドミントンだったのだ。
世界最速の競技とされているバドミントン。あんなにヘナヘナなシャトルを静香が思い切りスマッシュすると、スコーンという心地よい音を立てて物凄い速度で飛んでいく。これが中々に爽快で面白い。
他の競技では決して味わえない楽しさを、静香はバドミントンに感じていたのだ。
だから静香は、バドミントンを続けた。
今は例え自分を満足させる者が、誰1人としていなかったとしても。
やがて自分の心を満たしてくれる者が、必ず自分の前に現れてくれると信じて。
そんな静香が聖ルミナス女学園に入学し、後に隼人や彩花と運命的な出会いを果たす事になるのは、また先の話である…。
「皆、聞いてくれ。定年退職した緒方先生に代わって、今日からバドミントン部の監督を務める事になった増田だ。今後ともよろしくな。」
そして静香は中学生になり、地元名古屋の桜花中学校に進学。
バドミントン部に入部した静香の前に姿を現したのは、派手にポージングをするマッチョな監督だった。
そんなマッチョの姿に周囲の部員たちは、ヘラヘラ笑いながら和やかな雰囲気を醸し出している。
ただ1人、真っすぐにマッチョを見据える静香を除いて。
そして、その日の練習が終わった後。
「失礼します。増田監督。ちょっといいですか?」
制服に着替えて職員室にやってきた静香が、ノートパソコンでデスクワークをしているマッチョに話しかけたのだが。
「おう、どうした朝比奈。」
「監督にお願いがあるのですが…今後はバドミントン部の活動において、どうか私を特別扱いしないで頂けますか?」
とても真剣な表情で、静香はマッチョにそう懇願したのだった。
小学生時代の静香は同世代どころか、高校生にすら勝ててしまう程の強さだったが故に、周囲の大人たちから『天才』だと大絶賛されてしまっていた。
それ故に当時の一部の大人たちの中には、静香1人だけを特別扱いする者たちも少なからずいたのだが、今後はそういうのを止めて欲しいと、静香はマッチョに懇願したのである。
理由は明白だ。静香は何にも縛られる事無く、ただ純粋にバドミントンに打ち込みたいからだ。
それに自分が周囲から特別扱いされよう物なら、他の部員たちが静香の事を、一体どういう目で見るようになってしまうのか。それを静香は恐れているのである。
「あのな朝比奈。お前の言わんとしている事は、俺も理解出来るけどな。」
だが真剣な表情の静香に対して、マッチョは苦笑いしながら苦言を呈したのだった。
「お前のその発言自体が、お前が自分の事を特別だと思ってる証拠だよ。」
「は、はぁ…。」
そのマッチョからの予想外の言葉に、納得はしながらも戸惑いを隠せない静香。
マッチョ自身も静香の事は、過去に前例が無い程のとんでもない天才少女だと、事前に職員会議の時に聞かされていた。
だからこそ教師の中には、静香の事を特別扱いするべきだと、無条件でレギュラーに抜擢するべきだと、真剣な表情でマッチョに主張した者たちも何人かいたのだが。
それでもマッチョ自身もまた静香と同様に、そういう特別扱いには否定的な考えを持っているのだ。
『天才』だろうと何だろと、それでもバドミントン部に所属するからには、静香は周囲と平等な立場の部員の1人なのだと。
「とはいえ、お前のその歳で、そんな事を堂々と面を向かって言えるってのは大したもんだ。お前、将来は大物になるんじゃないのか?」
「いえ、そんな…。」
マッチョからの心からの誉め言葉に、思わず頬を赤らめて恥ずかしがる静香。
中学生らしからぬ堂々とした振る舞いを見せている静香ではあるが、それでも静香も結局の所は、年頃の中学生の女の子なのだ。
それをマッチョは、改めて実感させられたのだった。
周囲の大人たちが何を言おうが、この子に充実した中学生活を送らせる為にも、この子の将来の為にも、この子を絶対に特別扱いする訳にはいかないな、と。
「もしかしたらお前なら、あの『神童』須藤隼人に勝てるかもしれないな。」
「ああ、あの平野中学校の…確かお母様がシュバルツハーケンでプレーしていた元プロ選手だとか。この間、テレビのスポーツニュースでやってましたよ。」
「そうだ。スイスでもお前と同じように『天才』だとか騒がれてたみたいだが。」
なんかテロ組織のせいで日本に来る羽目になったとか、幼馴染と離れ離れになってしまったとか、いつか必ず再会する事を約束したとか、そんな事がニュースで報じられていたのを、静香は今になって思い出していたのだった。
バドミントンの本場・スイス。その競技人口も競技レベルも日本の比ではない。
そこで『天才』だと呼ばれていたからには、きっと凄い選手なんだろうなぁ、と。
「ところで朝比奈。お前、確か大会ではシングルス希望だったよな?」
「はい。」
「丁度良かったじゃねえか。あいつもシングルスで出るとか報じられてたからな。お前が大会出場メンバーに選ばれて勝ち進めば、いずれ県予選で戦う機会もあるだろうよ。」
静香自身は、別に隼人には興味が無いのだが。
それでも戦う機会があるのなら、まあそれはそれで。
そんな事を静香は考えていたのだった。
「お前の望み通り、俺は最初からお前の事を特別扱いなんざするつもりは無いから安心しろ。大会に出たければ、お前が自分の手で代表の座を掴み取れ。」
「来月のゴールデンウィークに開催される、部内対抗トーナメントですね?」
「そうだ。お前が自分の事を特別扱いしてほしくないってんなら、自分の力で部の連中を捻じ伏せてみせろ。お前という存在を自分の力で周りに証明してみせろ。」
「それこそが私の望む所ですよ。」
「よっしゃ。いい返事だ。」
とても力強い笑顔を見せる静香に、満足そうな表情で頷くマッチョ。
やはり周囲が何を言おうが、この子を特別扱いするなど、絶対に許される事では無い。
それをマッチョは、改めて決意したのだった。
「もう下校時刻だ。子供はさっさと家に帰れ。しっしっ。」
「はい。それでは失礼します。」
「プロテイン飲んでくか?」
「要りません。」
「そ、そうか…。」
去り際に職員室に向かって一礼し、とても充実した笑顔でマッチョを見据える静香。
現役時代のマッチョは日本代表には一度も選抜されなかったものの、それでも毎年のように選抜会議において、最終候補として名前が残り続ける程の選手だったらしいのだが。
残念ながら指導者としては平凡な人物であり、決して有能という訳ではない。
それでもマッチョが不器用ながらも、生徒たちの事を心から大切にしてくれている人だという事を、静香は改めて感じさせられたのだった。
この人の下でなら、きっと充実した部活動を行う事が出来るのではないかと。
その希望を胸に秘め、静香は自分の自転車を停めている駐輪場へと向かっていった。
だがこの時の静香もマッチョも、想像もしていなかった。
静香の中学生離れしたバドミントンの凄まじいまでの実力、そして静香が内に秘めたバドミントンの天賦の才能に目が眩んだ、周囲の大人たちの身勝手なエゴのせいで…静香が部内で完全に孤立し、天才であるが故の孤独を味合わされてしまうのだという事を。
そして精神的に限界まで追い詰められてしまった静香が、凄まじいまでの才能を有するが故に、やがて黒衣に呑まれてしまうのだという事を…。
次回。マッチョが…。




