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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第5章:県予選大会編
65/136

第65話:貴方は紛れもなく天才よ

 隼人VS楓、決着です。

 ファーストゲームでは楓の7枚刃のクレセントドライブの前に翻弄されていた隼人だったのだが、セカンドゲームでは一転して攻勢に転じていたのだった。

 楓が繰り出す様々な弾道のクレセントドライブに即座に対応し、隼人は情け容赦なく楓のコートに打ち返していく。

 それでも楓は諦めずに、隼人に対して必死に食らいついていく。

 2人が繰り広げる、まさに準決勝に相応しい名勝負に、観客たちが笑顔で大声援を送っている最中だった。


 「亜弥乃、気付いてる?楓ちゃんがクレセントドライブを打つ際、打つ弾道によって右肘の位置が少しズレてるって事に。」


 突然内香が、こんな事を亜弥乃に対して言い出したのだった。


 「うん。今、隼人君に返されたドロップカーブを打つ時、右肘が少し右にズレてたね。さっきのフォークの時は上。シュートの時は左。」

 「そうよ。よく見てるわね亜弥乃。偉いわ。」


 とても慈愛に満ちた笑顔で、亜弥乃の頭を撫でてあげる内香。

 大好きな母親に褒められながら頭を撫でられて、恥ずかしそうな笑顔を見せる亜弥乃を、雄二と力也が唖然とした表情で見つめていたのだった。

 楓がクレセントドライブを打つ時に生じている癖は極めて僅かな代物であり、雄二も力也も内香と亜弥乃に言われるまで全然気付かなかったのだ。

 それこそ一般人には、後で動画でじっくりと検証でもしないと見破れないレベルだろう。

 それなのに、この2人は…一体何をどうしたら、こんなにあっさりと短時間で見抜けてしまえるのか。

 これが世界ランク1位・デンマーク代表の『魔王』羽崎亜弥乃、そしてその母親の羽崎内香だというのか。


 「6-4!!」


 隼人のロブが精密無比の精度で、情け容赦なく楓の後方のラインギリギリに突き刺さる。

 ファーストゲームの時と同様、スコア上は互角。

 だがそれでも試合を支配しているのは、完全に隼人の方だった。


 「隼人君、楓ちゃんの癖を完全に見抜いてるわね。だって楓ちゃんが打つ前から既に動いているもの。」

 「お、押忍…言われてみれば…!!」


 内香の言葉に、力也は驚きの表情で隼人を見つめている。

 亜弥乃と内香にも驚かされたが、こんな短時間で楓の癖を見抜いた隼人も隼人だ。

 それだけならまだしも、楓のこんな極めて僅かな癖に対して、どうして隼人はこんなにも即座に対応出来てしまうのか。

 何という凄まじい動体視力、そして反射神経なのか。

 こんなの真似しろと言われても、力也には到底無理な話だ。


 「9-5!!」


 少しずつ、しかし確実に、隼人は楓を突き放していく。

 普段は一緒のチームで練習している仲間同士だが、こうして実際に敵として戦ってみると、楓は改めて隼人の凄さという物を思い知らされてしまう。

 恐らく隼人は楓がクレセントドライブを打つ時の癖を、もう完全に見抜いてしまっているのだろう。

 サーブを打つ構えを取りながら、楓は先月の地区予選大会の期間中の練習中に、美奈子から言われた言葉を思い出していたのだった。


 『里崎さん。クレセントドライブの変化のバリエーションを増やしたのはいいんだけどね、打つ弾道によって右肘の位置が少しズレてるわよ。』


 ある日の実戦形式での練習中、チームメイトの女子生徒に対してクレセントドライブを放った楓は、美奈子から突然こんな事を言われたのだが。


 『はい。知ってました。』

 『えええええ!?知ってたの!?』


 あっけらかんとした笑顔で即答した楓に、美奈子は驚きの表情を見せたのである。

 その楓は何の迷いもない力強い瞳で、美奈子の事を見据えていたのだった。


 『別にいいんですよ。私は別に須藤監督とだけ試合をする訳じゃありませんから。それに変に癖を直そうとして逆にフォームが崩れてしまったら本末転倒ですからね。それこそ最悪イップスになってしまいますよ。』

 『それはまあ、そうなんだけどね。』

 『だから敢えて癖は直しません。このままでいいんです。』


 かつて忠実トラフォンズの監督を務め、8年の在籍期間で4度もの優勝を成し遂げた名将・越智博光は、退任後に執筆した自らの著書において、こんな事を記していた。

 癖を直そうとして下手にフォームを崩す位なら、その癖を逆に活かす事を考えろと。

 相手に癖を見抜かれているのなら、それを逆に武器にする事を考えろと。

 その著書を図書館で読んだ楓は、成程そんな考え方もあるんだと、思わず関心させられたのだが。


 「10-6!!」

 「なっ…!?さらに弾道が大きくなっただと!?」


 楓が繰り出したドロップカーブの弾道のクレセントドライブが、物凄い勢いで隼人の目の前で急上昇して急下降。

 まるで一筋の流星のように、情け容赦なく隼人の後方のラインギリギリに突き刺さったのだった。

 そう、相手に癖を見抜かれていようが、そんな物は関係無い。

 楓が美奈子と話し合った上で出した結論…それは


 『癖を見抜かれていても相手が返す事が出来ない程までに、クレセントドライブの威力と切れ味に、極限まで磨きをかける』


 という、まさに完全に開き直った脳筋プレー極まりない代物なのだ。

 

 「11-8!!」

 「何!?シャトルが消えた!?」


 1分間のインターバルを終えた直後、今度は楓のフォークボールの弾道のクレセントドライブの前に、隼人のラケットが派手に空振り三振してしまう。

 突き放そうとする隼人だが、楓はそれを許さない。

 今のクレセントドライブも隼人は楓の癖を完全に見抜き、弾道を見切っていたのだが…それでも隼人は『分かっていたのに返せなかった』のだ。

 そのあまりの変化の落差と切れ味故に、『シャトルが消えた』と隼人が錯覚してしまう程までに。


 「やるな、里崎楓…中学時代は無名の選手だったはずだが、とんでもないダークホースがいた物だな。美奈子殿の指導が余程素晴らしかったのだろうな。」

 「何よぉダクネスちゃん。楓ちゃんは、私とお母さんがデンマークに連れて行くんだからね?最初に楓ちゃんに唾を付けたのは私たちなんだからね?」

 「知らんがな。(´・ω・`)」


 マンボウみたいに頬を膨らませながら、ダクネスに対して文句を言う亜弥乃。

 そう、亜弥乃と内香とダクネスが、パリオリンピックの開会式が来週末に迫っているというクソ忙しい中において、敢えて日本にまでやってきたのは…何も隼人と彩花の試合を観戦する為だけではない。

 ダクネスが詩織をスコアラーとして勧誘したように、有望な人材のスカウトも兼ねてバンテリンドームナゴヤまで訪れたのだ。

 隼人と彩花だけではない。こうして隼人と渡り合っている楓もまた、亜弥乃やダクネスに将来性のある有望な人材だと、弱肉強食の過酷なプロの世界でも充分に通用する選手だと、完全に目を付けられてしまっているのである。

 そして準決勝第2試合で、彩花と戦う事になっている静香も、また…。


 「17-12!!」


 だがそれでも流石は『神童』隼人。楓の前に巨大な壁として情け容赦なく立ちはだかる。

 隼人はパーフェクト・オールラウンダー。パワーもスピードもテクニックも戦術眼も、極限まで磨きをかけた選手だ。

 それこそ大学生や社会人…いいや、下手なプロが相手なら勝ててしまう程までに。

 だからこそ、どれだけ楓がクレセントドライブに磨きを掛けようとも、それを持ち前のフィジカルによって、こうして強引にねじ伏せてしまっているのだ。


 「19-13!!」

 「はあっ、はあっ、はあっ…!!」


 激しく息を切らしながら、隼人の強烈なスマッシュによって自分の足元に叩きつけられたシャトルを見つめる楓。

 確かに楓は美奈子という最強の師に巡り合えた事で、平野中学校にいた頃よりも遥かに強くなる事が出来た。

 それこそ今日のように、『神童』隼人をして『少しでも油断したら食われる』とまで言わしめる程までに。

 だがそれを言うなら、隼人とて同じ事なのだ。


 「20-14!!」


 そう、美奈子からの指導を受けて強くなったのは、隼人も同じだ。

 隼人もまた美奈子という最強の師の下で、平野中学校にいた頃よりも遥かに強くなってしまっているのだから。


 (ねえ、隼人。私、知ってるんだからね?貴方は周囲から『神童』だとか『天才』だとか騒がれてるけど…そんな貴方がうちの部の中で、誰よりも必死になって一番努力を重ねてきた人なんだって事を。)


 隼人と壮絶なラリーを打ち合いながら、楓は頭の中でそんな事を考えていたのだった。

 そう、隼人は周囲から『神童』などと呼ばれる程の、六花をして『天才』だと言わしめる程の選手なのだが…楓は平野中学校で一緒にプレーしていた時から、ずっと傍で隼人の事を見続けて来たのだ。

 周囲から『神童』だとか『天才』だとか騒がれようとも、隼人がそれに決して慢心する事無く、誰よりも必死になって努力を重ねてきた光景を。

 何度も何度もラケットを振り続けている内に、マメが何度も何度も潰れて血まみれになって、あんなにも硬くなってしまった隼人の左手を。


 それでも隼人は、そんな自分の事を決して周りに自慢しようとしない。

 ほら、僕はこんなにも沢山練習してるんだぜ、などと、絶対に周りに言おうとしない。

 それどころか、先日記者が隼人の取材に訪れた際、隼人はとても照れくさそうな笑顔で、記者に対してこんな事を言い出したのだ。


 いやいや、僕なんか、まだまだですよ…と。


 以前、隼人が話してくれたのだが、スイスにいた頃に天狗になって、格下の選手を相手に人生初の敗北を喫した経験もあるのだろう。

 美奈子が言うように『周囲への心遣いを大切にしなさい』という教えを、律儀に守っているのだろう。

 だが、楓は思う。きっとそれだけではないのだと。

 恐らく隼人にとって、他人にペラペラ話せる程度の努力など…きっと努力の内に入らないに違いない。


 いつからだろうか。そんな隼人の姿を、楓が常に目で追うようになっていたのは。

 いつからだろうか。そんな隼人の傍にいるとドキドキして…こんなにも心地良いと感じるようになっていたのは。


 (まいったわ…貴方は紛れもなく天才よ。)


 隼人の強烈なスマッシュが、情け容赦なく楓の足元に突き刺さった。

 そして。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、稲北高校1年、須藤隼人!!ツーゲーム!!21-16!!21-14!!」

 「よっしゃあああああああああああああああああああああ!!」


 壮絶な死闘の末に楓に勝利した隼人は、心からの笑顔で派手なガッツポーズを見せた。

 そんな隼人に対して記者たちが、一斉にカメラのフラッシュを浴びせる。

 その隼人の雄姿を楓が激しく息を切らしながら、まるで達観したかのような穏やかな笑顔で見つめていたのだった。


 次回、静香が…。

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