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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第5章:県予選大会編
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第61話:それでもスピードなら俺だ

 駆VS静香、決着です。

 ファーストゲームを終えてベンチに戻り、2分間のインターバルに入った駆だったのだが、静香の圧倒的な強さの前に勝ち筋を見い出せずにいたのだった。

 美奈子による優れた指導によって秘められていた才能を存分に引き出され、中学時代よりも遥かに強くなっていた駆だったのだが。

 しかしそれでも、上には上がいる物なのだ。きりが無い程までに。


 「くっそ…あいつマジで強えわ…!!隼人と同じ位の実力なんじゃねえのか…!?」

 「天野君。最後まで諦めたら駄目よ。試合終了まで何が起こるか分からないのだから。」

 「分かってますよ須藤監督。俺は準決勝まで勝ち上がって、藤崎に借りを返さなきゃいけませんからね。」


 美奈子にそう告げる駆だったが、それでも静香の圧倒的なまでの強さを前に、心の底では気持ちが切れかけてしまっていた。

 準決勝で彩花と戦う、その為に1回戦で静香を倒すと…そう意気込んではみたものの、それでも現実は中々に厳しいと思い知らされてしまう。

 こんな化け物みたいな奴を相手に、一体どうやって勝てばいいんだと。

 

 「最後まで諦めるな駆!!まだ試合は終わっていないぞ!!」


 だがそんな駆の下に、楓に連れられた隼人が応援に駆けつけてくれたのだった。

 呆気に取られてしまった駆を、とても真剣な表情で見据えている。


 「隼人!!お前、今までどこに行ってたんだよ!?」

 「ちょっと、彩花ちゃんと六花さんに話があってな…。だけど、そんな事よりも今は君の応援の方が最優先だ。」


 静香の圧倒的な強さの前に、内心では試合を投げてしまっている駆。

 そんな駆を奮起させ、再起させ、立ち上がらせる為に、こうして隼人は六花に促されて、駆の応援にやってきたのだ。

 

 「駆。確かに朝比奈さんは強いけど、それでも最後まで希望を捨てたら駄目だ。」

 「隼人…。」

 「それに途中で諦めるなんて、君らしくないじゃないか。諦めの悪さこそが君の最大の持ち味なんじゃないのか?」


 バドミントンに限らず、どんなスポーツでもそうなのだが、試合というのは審判がゲームセットのコールをするまで、最後の最後まで何が起こるか分からないのだ。

 それこそ静香が突然負傷して棄権する羽目になるなんて事も、充分に有り得る話なのだから。それを隼人は駆に諭しているのである。

 

 「…ああ、そうだな隼人。確かにお前の言う通りだわ。」


 隼人に励まされた駆が、決意に満ちた表情で立ち上がる。

 そうだ、隼人の言う通りだ。諦めの悪さこそが駆の最大の持ち味なのだ。

 確かに静香は強い。駆の見立てでは恐らく隼人とほぼ互角の実力者だ。

 大学生や社会人…いいや、それどころか下手なプロが相手なら勝ててしまう程だろう。

 だが、だから何だと言うのだ。その隼人の練習相手を毎日務めているという自負が、駆にはあるのだから。


 「俺は負けねえよ!!お前から貰ったエナジーを、ケツの穴に注入したからなぁっ!!」


 うほっ。


 「セカンドゲーム!!ラブオール!!稲北高校1年、天野駆!!ツーサーブ!!」

 「さあ、反撃開始と行かせて貰うぜ!!」


 かくして2分間のインターバルを終えた後に、遂に開始されたセカンドゲーム。

 審判に促されて強烈なサーブを放った駆は、サーブを放つと同時に前に出る。

 それを予測していた静香が、ガラ空きになった駆の背後に高々と、そして正確無比の精度で、ラインギリギリに向けてロブを打ち上げる。

 だが、それこそが駆が周到に用意した罠。


 「リズムを上げるぜ!!」


 突然急停止した駆が物凄い速度で反転し、あっという間に静香が放ったラインギリギリのロブに追い付いてしまう。

 そう、静香にロブを打たせる為に、駆はわざと背後をガラ空きにしたのだ。

 自分の持ち前のスピードで、静香を翻弄する為に。


 「あれを追い付くのですか、天野君…!!」

 「確かに朝比奈、お前は凄ぇよ!!夢幻一刀流だか何だか知らねえが、悔しいがパワーもテクニックも、お前の方が上だろうよ!!」


 物凄い速度でシャトルに追い付いた駆が、静香に強烈なカウンターを浴びせる。


 「けどな!!それでもスピードなら俺だぁっ!!」

 「くっ…!!」


 それを静香は何とかラインギリギリに返すものの、またしても駆は追い付いて静香にカウンターを浴びせる。

 これこそが駆の最大の戦術にして持ち味。誰も寄せ付けないスピードでどんな打球にも反応して追い付いてしまう事で、相手の攻め手を封殺してしまうのだ。

 そしてその戦術を可能にするのが、美奈子によって徹底的に鍛え上げられた持久力だ。


 「このまま持久戦といこうじゃねえか!!朝比奈ぁっ!!」


 以前までの駆はスピードこそ突出していながらも、それを活かす為の持久力が足りていないと、第31話で美奈子から指摘されていた。

 だがその持久力不足という弱点も、美奈子のお陰ですっかりと改善されているのだ。

 それどころか持ち味のスピードを活かした、持久戦へと持ち込む事が出来る程までに。

 それだけの血の滲む程の努力を、駆は美奈子の下で重ねてきたのである。


 「ファーストゲームの時とは、まるで違う…!!やはり天野君にとっての須藤君は、かけがえのない心の支えとなっている、まさに親友とも呼べる存在なのですね…!!」


 どれだけ静香がラインギリギリを狙ってスマッシュを放っても、どれだけ静香がドロップやロブでフェイントを交えようとも、それさえも駆は持ち味のスピードを駆使し、何度も何度も な ん ど で も 追い付いてしまう。

 そして。


 「1-0!!」

 「しゃあっ!!オラァッ!!」


 この試合に必ず勝つんだと、静香を倒すんだという、駆の『気持ち』が込められた魂のスマッシュが、遂に静香の足元に突き刺さった。

 その駆の『気持ち』は、美奈子にも痛い程伝わってきたのだった。

 そしてこの駆のポイントは、静香が今大会において初めて許した先制点でもあるのだ。

 ファーストゲームこそ静香に圧倒されてしまった駆だったが、このセカンドゲームでは駆の巻き返しが期待出来るのではないかと、熱狂する観客だったのだが。


 「審判。タイムをお願いします。」

 「タイム!!ターーーーーイム!!」


 そんな中でも静香は、今大会で初めて先制点を奪われたという事態にも全く動揺する事無く、冷静な態度で審判にタイムを要求したのだった。

 そして観客たちが固唾を飲んで、一体静香が何をするつもりなのかと見守る最中。

 ラケットを左手に持ち替えた静香が、決意に満ちた表情で。


 「ちょ、朝比奈、おま(汗)!?」


 何と自らの右拳で、自分の頬を派手に殴ったのである。

 まさかの静香の自傷行為に、流石の駆も驚きを隠せない。

 当然、観客たちも大騒ぎになってしまい、あまりの騒ぎに同時進行していた他の6試合も一時中断する事態になってしまっていたのだが。

 

 「御免なさいね天野君。正直に白状させて頂きますが、私は心のどこかで油断をしていました。天野君の事を侮っていました。」


 そんな中で静香は真剣な表情で、自分の事を心配してくれている駆を真っすぐに見据えたのだった。


 「須藤君も常々仰っていますものね。『油断せずに行こう』と。」

 「お、おう…そうだな…あいつ真面目な奴だからよ…。」

 「私も地区予選の時から、それは心掛けていたつもりでしたが…どうやらこれまでの全試合で圧勝してしまった事で、心のどこかで天狗になってしまっていたようです。」


 何しろ静香は地区予選大会では、決勝戦以外の全試合を完封してしまったのだ。

 その圧倒的な強さ故に、静香は名古屋地区の大会MVPに選ばれる事になったのだが。

 それだけの圧勝劇を重ねてしまえば、誰だって心の奥底で油断や慢心を抱いてしまっても仕方が無い。誰も静香を責める事など出来やしないだろう。


 「ですが、それも今日で終わり…今後私は例え相手が誰であろうとも、どのような超初心者が相手だろうとも、一切合切油断は致しません。」


 その油断や慢心を潰す為に、静香は自分で自分の顔面を殴ったのである。

 このセカンドゲームで静香が駆に先制点を奪われてしまったのは、その油断や慢心があったからこそだ。

 そう、静香が自分で言っていたように、静香は心のどこかで駆の事を自分より格下だと見下してしまっていた。その心の隙を駆に突かれてしまったのである。

 だからこそ静香は、もう誰が相手だろうと、油断も慢心も一切しない。


 「天野君。こんな愚かな私の目を覚まさせて下さった、貴方のその強さと気迫に、私からの心からの敬意と称賛を。」


 それだけ駆に告げた静香は、決意に満ちた表情で審判に向き直る。


 「審判、お騒がせしてしまって御免なさい。試合を再開して頂けますか?」

 「ほ、本当に大丈夫なのかね朝比奈選手!?何なら顔の治療の為に、もう少し時間を使っても構わないが…!!」

 「問題ありませんよ。大会の進行の妨げになりますので、早く試合の続行を。」

 「わ、分かった!!」


 観客たちが静香の突然の自傷行為にどよめく最中、審判が高々と右手を上げて宣言したのだった。


 「で、では、朝比奈選手からの申し出により、1-0から試合を再開します!」


 審判にサーブを打つよう促される駆を、真剣な表情で見据える静香。


 「さあ…!!油断せずに行きましょう!!」

 「こ、こいつ…!!」


 まるで目の前に隼人がいるかのような錯覚を、駆は感じてしまっていた。

 そう駆が感じてしまうのは、普段から油断せずに行く隼人と互角の実力を持つ静香が、油断も慢心も完全に消し飛ばしてしまったからだ。


 「それでも勝つのは俺だ!!俺の得意の持久戦…!!」


 それでも戸惑いながらも、静香に渾身のサーブを放つ駆だったのだが。


 「…で…!?」

  

 その瞬間、静香のラケットから放たれた、一筋の『閃光』。

 静香が放った渾身の維綱が、情け容赦なく駆の足元に突き刺さった。


 「1-1!!」

 「持久戦になどさせませんよ。最も持久戦に持ち込まれても、負けるつもりは微塵もありませんが。」


 威風堂々と、駆に右手のラケットを突き付ける静香。

 持久戦に持ち込もうとする駆に対して、そうはさせまいと駆を力で無理矢理捻じ伏せたのである。

 そんな静香に対して、凄まじいまでの大声援を浴びせる観客たち。


 「さあ、最後まで油断せずに行きますよ!!」


 そこからは、まさに静香の独壇場だった。

 どれだけ駆が得意の持久戦に持ち込もうとしても、それを静香は決して許さない。

 どんな小細工も許さないと言わんばかりに、静香は駆を力で捻じ伏せてしまう。


 「2-10!!」


 駆が何をやっても、どこに打っても、静香には通用しない。

 持ち前のスピードも、静香によって力で強引に捻じ伏せられてしまう。

 そう、まるで普段の練習で隼人と対戦している時のように。


 「3-15!!」


 しかも静香が隼人のように油断せずに行くようになってしまった物だから、余計に隙が見当たらない。

 もしかしたら駆は、中途半端に静香を追い詰めてしまった事で、とんでもない化け物を作り出してしまったのかもしれない。


 「4-20!!」


 そうこうしている内に、いつの間にか静香のマッチポイントとなってしまっていた。

 激しく息を切らしている駆に対して、真剣な表情ながらも息1つ乱していない静香。

 それは駆と静香の間に存在する、誤魔化しようのない圧倒的なまでの力の差を表わしているのだ。

 

 「それでも最後の最後まで…!!諦めてたまるかよおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 隼人や楓、そしてチームメイトからの必死の声援に背中を押され、駆が渾身のスマッシュを静香に放つ。


 「るあああああああああああああああああああああああああっ!!」


 準決勝で彩花と戦う…その強い『気持ち』でもって放たれた駆のスマッシュを。


 「夢幻一刀流奥義!!天照!!」


 それを静香は、いとも容易く捻じ伏せてしまったのだった。

 彩花が力也のシューティングスターを攻略してみせた、夢幻一刀流のカウンター技で。


 「…な…に…!?」


 駆の背後に情け容赦なくポトリと落ちる、静香の『気持ち』が込められたシャトル。


 「先程、彩花ちゃんが二階堂君を相手に繰り出した天照は、所詮は猿真似のまがい物に過ぎません。」


 驚愕の表情を見せる駆に対し、静香は右手のラケットを突き付けながら、何の迷いもない力強い瞳ではっきりと宣言した。


 「今のが正真正銘のオリジナルです。」

 「ゲームセット!!ウォンバイ、聖ルミナス女学園1年、朝比奈静香!!ツーゲーム!!6−21!!4−21!!」


 そんな静香に対して、高々と勝利を宣言する審判。

 次の瞬間、凄まじいまでの大歓声が、会場全体を包み込んだのだった。

 次回、互いの健闘を称え合う駆と静香ですが…。

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