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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第5章:県予選大会編
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第59話:私とハヤト君の邪魔は、誰にもさせないよ

 押忍!!

 かくしてシングルスのAブロック8試合の名勝負の興奮が未だ冷め止まぬ中、コートの整備を挟んでBブロック8試合が、8つのコートで同時に始まったのだった。

 第8コートで向かい合うのは、互いに譲れない『打倒、彩花』の想いを掲げる駆と静香。

 そして第1コートの試合は、今大会において隼人と並んで最も注目されている『神童』彩花。

 それに対するのは、西三河地区の強豪・矢野高校において1年生ながらもレギュラーの座を勝ち取った、大会随一の屈指のパワープレイヤーである二階堂力也だ。

 六花もJABSの職員として注目しており、来年から本格的にリーグ戦が開始される日本のプロの数チームも、高校卒業後のドラフト候補としてリストに挙げている程の選手だ。


 「お互いに、礼!!」

 「よろしくお願いします。」

 「押忍おす!!」


 審判に促され、互いに握手を交わす彩花と力也。

 屈強な筋肉の鎧に包まれた、日本人離れした190cm超えの長身から、小柄な体格の彩花を見下ろすような形で、とても真剣な表情で彩花を見据える力也。

 そんな力也にも彩花は決して怯む事無く、妖艶な笑顔を力也に見せている。


 これは六花がJABS名古屋支部での仕事の一環として、矢野高校の視察に訪れた際に力也本人から直接聞いた話なのだが、何でも中学までは空手とバドミントンを両方やっていたとの事だ。

 いわば『二足の草鞋わらじを履く』という奴なのだが、それでも当時は本格的にやっていたのは空手の方であり、バドミントンは友人たちに誘われるまま気分転換の一環として、中学校の昼休みや日曜日のバドミントンスクールを利用して、単に友人たちと遊びのつもりでプレーしていただけだったらしい。


 だが中学3年の夏の大会が終わり空手部を引退した力也は、バドミントンスクールでの練習中に運命的な出会いを果たす。

 たまたま視察に訪れていた矢野高校の監督が、力也の空手で養われた驚異的なパワーと瞬発力、そして彼に秘められた凄まじいまでのバドミントンの才能を見抜き、高校から本格的にバドミントンに転向しないかと、熱心に力也をスカウトしたのだ。

 そして矢野高校の監督の優れた指導によって、秘められた才能を瞬く間に開花させた力也は、見事にレギュラーの座を勝ち取る程の急成長を見せたのである。


 「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!聖ルミナス女学園1年、藤崎彩花、ツーサーブ!!」


 そんな力也を相手に、『神童』彩花は果たしてどう挑むのか。

 駆VS静香を含めた他の7試合が同時進行される最中、多くの観客たちが固唾を飲んで見守っているのだが。


 「ふふふ…くくくくく…あははははははははははは!!」


 その瞬間、妖艶な笑顔の彩花の全身から放たれた、凄まじい威力の黒衣。

 それを目の前で見せつけられた隼人も楓も美奈子も、驚愕の表情になってしまう。


 「あれは黒衣!?どうして彩花ちゃんが!!」

 「さあ、行くよ!!」


 隼人が驚きの声を上げる中で、妖艶な笑顔の彩花が力也に放ったサーブは、六花から受け継がれた渾身の威力のシャドウブリンガー。

 これまで地区予選大会においては彩花と戦った選手たち全員が、黒衣を纏った彩花の前に誰もが恐怖を抱いてしまい、五感を剥奪されてしまったのだが。


 「押忍!!」


 それでも力也は彩花の黒衣を前に全く怯む事無く、いとも容易く彩花のシャドウブリンガーを打ち返してみせたのだった。

 地区予選大会では誰も太刀打ち出来なかった、彩花の漆黒の一撃をだ。

 それに彩花の黒衣を前にしても全く怯まない、空手でつちかわれた凄まじいまでの力也の精神力。

 まさかの予想外の事態に熱狂し、興奮の声を上げる観客たち。

 隼人も楓も美奈子も、そして会場に集まったプロのスカウトたちも、誰もが驚きの表情で彩花の試合を観戦していたのだが。

 

 「ふ~ん、やるじゃん。」

 「押忍!!称賛、感謝する!!」


 それでも取り乱す事無く、余裕の表情で力也から返されたシャトルを打ち返す彩花。

 常人の目には決して捉えられない、全国レベルの選手同士による、超高速でのラリーの応酬。

 会場全体が興奮に包まれる中で、ただ1人六花だけは冷静な表情でベンチに座って腕組みをしながら、彩花の試合を穏やかに見守っていたのだった。


 「どうだ見たか藤崎!!これが二階堂に秘められた才能の真髄だ!!」


 その反対側のベンチに座る矢野高校の監督の金髪のお兄さんが、六花とは対称的に興奮しながら試合を見守っている。 


 「やはり俺の目に狂いは無かった!!二階堂!!そのままお前の自慢のパワーと瞬発力で、藤崎の黒衣を捻じ伏せてやれ!!」

 「押忍!!任せて下さい三瀬監督!!」

 

 その金髪のお兄さんの言葉通り、彩花がどれだけスマッシュを打ち込んでも、力也は静香の縮地法を彷彿ほうふつとさせる凄まじいまでの瞬発力でもって、いとも容易く追い付いてしまう。

 

 「俺の才能を見出して下さった三瀬監督に、俺は勝利を捧げる!!その為にも藤崎!!黒衣だか何だか知らんが、俺は今日ここでお前を倒す!!押忍!!」


 そして力也の凄まじいまでのパワーから繰り出される超威力のスマッシュが、彩花のラケットを持つ右手に情け容赦無く『衝撃』を与える。


 「押忍!!押忍!!押忍!!」


 何度も何度も何度も、持ち前の瞬発力を武器に彩花のスマッシュに追い付き、何度も何度も何度も、彩花に超威力のスマッシュを浴びせる力也。

 まさかのダークホースの登場。彩花を攻め立てる力也。

 駆VS静香を含む他の7試合が同時進行される最中、多くの観客が興奮しながら試合を見守っていたのだが…。


 「…お、おい…何だよこれ…攻めているのは二階堂…のはずだよな?」

 「あ、ああ…そうだよな…どう見ても藤崎の方が追い詰められてるよな…?」

 「な、なのに何で…二階堂の方が…。」


 やがて多くの観客が、目の前の光景に青ざめてしまっていたのだった。


 「10-3!!」

 「「「追い詰められているんだ!?」」」

 

 そう、何故かリードしているのは彩花の方なのだ。

 攻めているのは力也の方なのに。攻められているのは彩花の方なのに。

 試合のペースを握っているのは力也のはずなのに、何故か力也がリードを奪われてしまっているのである。


 「く、くそっ、何故だ!?これだけ攻めているのに、何故俺は藤崎に10点も取られているんだ!?何故俺は藤崎から3点しか奪えていないんだぁっ!?」

 「ど、どうした二階堂!?しっかりしろぉっ!!」


 激しく息を乱している力也とは対称的に、全く息1つ乱していない彩花。

 力也も金髪のお兄さんもまた、彩花にリードを奪われているという残酷な現実に、戸惑いを隠せずにいるようだ。

 そして試合を観戦している隼人もまた、一連の彩花のプレーを驚きの表情で見つめていたのだった。

 間違いない。いつも休みの日に練習に付き合ってくれている美奈子に、幼少時からもう何度も何度も食らわされた経験があるから分かるのだ。

 

 「これは…!!母さんの得意技じゃないか!!」


 そう、第27話で美奈子が竜一を徹底的に叩きのめした、『無駄の無い動き』だ。

 無駄が無いからこそ、自身のスタミナの消耗を最小限に抑え、無駄が無いからこそ、こうして必要最小限のプレーだけで力也のスタミナを奪う事が出来ているのである。

 彩花は昔から他の選手のプレーを即座に分析して、自分の技として昇華してしまう事を得意としていた。

 これによって楓はクレセントドライブを、静香は維綱や縮地法を、彩花に真似されてしまったのだが。


 「まさか彩花ちゃん、母さんの技をラーニングしたのか!?」

 「ここまでは狙い通りね。だけど油断は禁物よ、彩花。」


 ただ1人、六花だけは、まるでこうなる事が最初から分かっていたかのように、冷静な表情で腕組みをしたまま、穏やかに試合を見守っていたのだった。

 力也は確かに凄まじいまでのパワーと瞬発力を誇り、また彩花の黒衣を前にしても五感を剥奪されない程の、強靭な精神力をも持ち合わせている。

 だがそれでも本格的にバドミントンを始めたのが高校になってからだというのが響いたのか、まだまだプレーの1つ1つに粗さが残っている。言わば『経験』が足りないのだ。

 それでも金髪のお兄さんは直樹や黒メガネと違い、力也の才能を存分に引き延ばし、見事に力也を一流のバドミントン選手として導いてみせた。

 現に力也は西三河地区の地区予選大会を、優勝するまで勝ち上がる事が出来たのだから。


 だが今、力也と相対している彩花は、力也以上の化け物じみた才能を秘めている上に、六花という最強の指導者の下で、幼少時からバドミントンを本格的にプレーしてきたのだ。

 力也には気の毒だが、こればかりは本当にもうどうしようもない。

 たら、ればの話になってしまうが、もし力也が幼少時から本格的にバドミントンを始めていて、六花のような最強の指導者の下で経験を積む事が出来ていれば…。


 「いいや、まだだ!!二階堂!!お前の最大の武器はパワーだという事を忘れるな!!お前のパワーで藤崎の黒衣を無理矢理捻じ伏せろ!!」

 「お、押忍!!」


 それでも金髪のお兄さんの励ましを受けて諦めずに食らいつく力也は、彩花が力也の後方のラインギリギリを狙って放ったロブに対して、ネットギリギリの位置から高々とジャンプ。


 「藤崎に見せつけてやれ!!お前の必殺技を!!」

 「押忍!!これが俺が三瀬監督との二人三脚で編み出した、ロブ殺しの一撃!!その名もシューティングスターだぁっ!!」


 その瞬発力を活かした超高度のジャンプから、190cmという日本人離れした長身を活かした、超高度の打点からのネットギリギリのラインに叩き落す渾身のスマッシュ…シューティングスター。

 対戦相手からしてみれば後方のラインギリギリに向けて放ったロブが、いきなりこんな高い打点からの、しかもネットギリギリを狙っての迎撃困難なスマッシュで叩き返されるもんだから、たまった物ではないだろう。

 これこそが力也の長身とパワーと瞬発力を活かした、小柄な体格の彩花ではラーニングしたくても物理的に不可能な必殺技。


 だが六花がJABSの仕事で矢野高校まで視察に訪れた際に、力也が六花に対して得意げにこの技を見せてしまっていた事…それが力也にとっての最大の不運だった。

 六花がビデオカメラで撮ってきた動画から、彩花は事前にこの技の詳細を六花から知らされていたのだ。

 そして、その対策さえも。 


 「夢幻一刀流奥義!!天照あまてらす!!」


 その瞬間、彩花のラケットから放たれた、一筋の『閃光』。

 静香からラーニングした夢幻一刀流のカウンター技で、彩花は力也のシューティングスターを難なく返してしまったのだ。


 「11-3!!」


 驚愕の表情の二階堂の背後に、情け容赦なくポトリと落ちるシャトル。


 「何だ今の技!?二階堂のスマッシュをあっさりと返しやがった!!」

 「今、藤崎の奴、天照って叫ばなかったか!?」

 

 観客の驚きの声を耳にした静香が、駆にサーブを放とうとした所で、驚きのあまり思わずプレーを中断してしまう。


 「んんんんんっ!?」


 天照に関しては、静香は彩花に見せていないはずなのだが…。

 いや、そう言えば地区予選大会の時に、六花が静香のプレーの動画をやけに熱心にビデオカメラで撮っていたのだが、その時に自分が対戦相手の男子生徒に天照を繰り出したのを、静香は今になって思い出したのだった。

 その時の動画を参考にして、彩花は天照をラーニングしたに違いない。

 

 「ば、馬鹿な…俺のシューティングスターを…こんなにもあっさりと…!!」

 「ねえ、あの金髪の監督さんがさあ、さっき君の最大の武器がパワーだとか言ってたけどさあ。」


 驚愕の表情を見せる力也に対して、彩花が冷酷な表情で力也を見下しながら、情け容赦なく断言したのだった。


 「君のシューティングスターなんか、静香ちゃんの維綱に比べたら全然大した威力じゃ無いよ。馬~鹿。」

 

 これまでは持ち前の強靭な精神力でもって彩花の黒衣を前に怯む事無く、五感剥奪を防いでいた力也だったのだが。

 自慢の必殺技をあっさりと彩花に返されてしまったという残酷な現実は、力也の心をへし折ってしまうのには充分過ぎた。

 驚愕の表情で、その場に崩れ落ちてしまう力也。

 

 「に、二階堂選手!!インターバルだ!!早くベンチに戻りたまえ!!」

 

 バドミントンではどちらか片方の選手が11点目を取った時点で、選手に1分間の休憩時間が与えられるのだが…。


 「いや…審判…もう無理です…お、押忍…。」


 審判の呼びかけも虚しく、遂に五感を剥奪されてしまった力也が、その場に倒れ込んでしまったのだった…。


 「に、二階堂力也選手、試合続行不可能につき、ゲームセット!!ウォンバイ、聖ルミナス女学園1年、藤崎彩花!!ワンゲーム!!11-3!!」

 「私とハヤト君の邪魔は、誰にもさせないよ。」


 金髪のお兄さんに付き添われながら担架で運ばれる力也を、冷酷な瞳で見下す彩花。

 そして六花の言いつけをしっかりと守り、黒衣を解除した彩花が誰もいなくなってしまった相手側のコートに対して、深々と頭を下げて「ありがとうございました」の挨拶をしたのだった。


 「よくやったわね、彩花。さあ、行きましょうか。」

 「うんっ!!」


 会場全体がどよめきに包まれる最中、審判に渡された書類にサインをした後、六花と共に会場を去って行く彩花。

 この後、整理体操を行い、来週の2回戦と準々決勝で戦う事になる選手の分析と対策を、六花と共にじっくりと行うつもりなのだが。


 「…っ!!」

 「ちょ、ちょっと、隼人君!?」

 「ごめん母さん!!ちょっと彩花ちゃんと六花さんの所に行ってくる!!」


 駆と静香が死闘を繰り広げている最中、隼人が美奈子に断りを入れて、大慌てで彩花と六花を追いかけに行ったのだった…。

 彩花が黒衣に呑まれてしまったという残酷な現実に対して、隼人は…。

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