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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第5章:県予選大会編
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第58話:私、彩花ちゃんを倒します

 隼人との試合を終えた愛美が、静香に語った事とは…。

 「お互いに、礼!!」

 「「ありがとうございました!!」」


 審判に促されて、互いに穏やかな笑顔で握手をする隼人と愛美。

 そんな2人に客席から大勢の観客が、惜しみない声援と拍手を送ったのだった。


 「ありがとう、須藤君。私なんかの為に全力で戦ってくれて。凄く強かったよ。」

 「いえ、川中先輩こそ強かったですよ。僕にとっても貴重な経験になりました。」


 本心からの言葉を、穏やかな笑顔で愛美にぶつけた隼人。

 結果だけを見れば確かに隼人の圧勝だったが、それでも愛美は強かった。

 隼人にとって、決して油断出来るような相手ではなかったのである。

 全国から有力選手をスカウトし、毎年のようにインターハイに出場している、『王者』聖ルミナス女学園。

 レギュラー争いの過酷さは他校の比ではない中で、伊達にレギュラーの座を勝ち取っただけの事はあるのだ。

 

 「じゃあね、須藤君。2回戦も頑張ってね。」

 「はい。川中先輩も、お元気で。」


 隼人に手を振って、静香たちの元へと戻っていく愛美。

 その笑顔がどこか寂しそうだったのが、隼人には少し気になったのだが。

 そしてその直後に会場を包み込んだ、凄まじいまでの大歓声。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、稲北高校1年、里崎楓!!ツーゲーム!!7-21!!8-21!!」

 「しゃあっ!!」


 どうやら第8コートでも、楓の試合の決着がついたようだ。

 力強い笑顔で派手なガッツポーズを見せる楓とは対称的に、憔悴し切った表情で膝をついている、対戦相手の聖ルミナス女学園の選手。

 勝った者が次の試合に進み、負けた者はその時点で全てが終わってしまう。

 学生の大会というのは本当に非情で残酷で、そしてだからこそ美しいのだ。


 「部長も篠塚先輩も本当にお疲れ様でした。2人共、残念な結果に終わってしまいましたが…。」


 そして戻ってきた2人を心の底からねぎらいながら、静香が穏やかな笑顔でスポーツドリンクとタオルを手渡したのだった。

 『王者』聖ルミナス女学園の選手が、まさかの1回戦敗退。

 それも2人共『ウンコよりも存在価値が無い』と言われている、稲北高校の選手に圧倒されて敗れたのだ。

 この結果をOBたちは、一体どう受け止めるのだろうか。いずれ静香たちに苦言を呈しにやってくるのだろうか。


 だがそれでも静香は、決して無様などと思っていない。

 静香は実際に両方の試合を観ていたからこそ、断言出来るのだ。

 隼人も楓も、確かに強かったと。間違いなく全国クラスの実力者だと。

 そしてこの2人を相手に正々堂々と最後まで、全身全霊の力でもって戦い抜いた愛美たちは、間違いなく立派だったと。誰にも文句を言われる筋合いなど微塵も無いのだと。


 もし静香がこの大会で隼人や楓と戦う機会があるとしたら、決勝でどちらか片方を相手にする事になるのだが。

 隼人と楓。どちらを相手に戦う事になったとしても、いかに静香といえども死力を尽くして挑まなければならないだろう。

 その為には、まずは準決勝で彩花を倒さないといけないのだが…。


 「いいのよ。全力を出し切って須藤君に負けたんだから、悔いは無いわ。」


 静香からスポーツドリンクとタオルを受け取った愛美が、汗にまみれた顔をタオルで綺麗に拭いて、水筒の中のスポーツドリンクを一気飲みして一息ついたのだが…。

 

 「これが私の最後の試合…相手が須藤君で本当に良かった。」


 まるで『何もかもやり切った』と言わんばかりの達観した表情で、愛美はそんな言葉を口にしたのだった。


 「…あの、部長。最後の試合って一体どういう事なんですか?」


 そんな愛美の姿に、静香は愛美の試合前から感じていた胸騒ぎが、一層酷くなっていたのだが。


 「確かに3年生の部長にとって、これが『高校生活』最後の大会ですけど…大学でもバドミントンを続けられるんですよね?それか社会人のクラブチームにだって…。」

 「いいえ、私はもう、今日限りでバドミントンを辞めるわ。」

 「んなっ…!?」


 その胸騒ぎが、愛美からの予想外の言葉で現実になってしまったのだった。

 愛美が今日限りでバドミントンを辞めるって。一体全体どうしてそんな事になってしまったのか。


 「何故ですか部長!?部長程の実力者なら、今年のドラフトでプロから指名される可能性だってあるのに…!!」


 そう、これは決して静香の誇張表現などではない。

 今日の試合では隼人を相手に惨敗したものの、はっきり言って相手が悪過ぎただけだ。

 愛美の実力ならば、来年から本格的にリーグ戦が始まる日本のプロのチームから、今年のドラフトで指名がかかる可能性だって充分にあるのだ。

 そもそも全国から有力選手が集結した聖ルミナス女学園において、愛美はレギュラーを決める為のリーグ戦において、静香を相手に1敗しただけなのだから。

 間違いなく愛美は、高校生トップクラス…それどころか下手な大学生や社会人の選手が相手なら、圧倒出来るだけの実力を有しているのだ。

 そんな愛美が、何故今日限りでバドミントンを辞めるなどと言い出したのか。流石の静香も戸惑いを隠せずにいたのだが。


 「…もう辞めるしかないのよ。私自身の意志では、もうどうにもならないから。」


 そんな静香に愛美が、どうしようもない残酷な事実を語ったのだった。

 愛美の実家は名古屋市内のプラスチック製品を製造する小さな町工場で、最近までは優秀な社員たちの尽力もあって経営は良好だった。

 だが世界規模での新型コロナウイルスの蔓延、正月に起きた大地震の影響による主要取引先の倒産、ロシアのウクライナ侵攻、物価高などといった悪影響が立て続けに発生した事で、やがて経営が急激に悪化してしまう。

 銀行への金融支援要請も断られ、このままでは会社が倒産してしまう…そんな中で取引先の大企業の社長が、とんでもない事を愛美の両親に言い出したのである。


 「私の馬鹿息子が、愛美君の事を凄く気に入っていてね。彼女が高校を卒業したら是非妻に迎え入れたいと、必ず幸せにすると、珍しく真剣な表情で私に懇願してきたのだよ。」


 そう、愛美が御曹司と結婚して、取引先の大企業に嫁入りしてくれれば、愛美の両親の会社を全力で支援する事を約束すると。いわば政略結婚という奴だ。

 愛美が静香に言うには、この御曹司とは両親の会社の取引相手の息子という関係上、以前から何度も交流があったらしい。

 彼は隼人のように真面目で人柄が良くて周囲への気配りが出来て優秀なパーフェクトイケメンの好青年で、愛美に対しても凄く優しくて大切にしてくれているらしいのだが…。

 

 「そんな、親が決めた相手と政略結婚だなんて…!!今はもう令和の時代なんですよ!?部長は本当にそれでいいんですか!?」

 「いいも悪いも無いわ。仕方が無い事なのよ。」


 悲しげな笑顔で、愛美は静香に断言したのだった。

 そう、これは政略結婚であり、愛美の個人的な恋愛感情など、『組織』という得体の知れない代物の前では全くの無力なのだから。

 このまま愛美が御曹司と結婚しなければ、愛美の両親の会社が倒産し、自分たちだけならまだしも従業員たちまで路頭に迷わせる事になりかねないのだ。

 それを防ぐ為にも、愛美は御曹司と結婚しなければならないのである。

 今の愛美にそんな奴はいないが、例え愛美に他に好きな人がいたとしてもだ。

 

 静香とて朝比奈コンツェルンの令嬢という立場上、愛美の言っている事に対して一定の理解は示していた。

 誰もが静香のように、自分の力だけで運命を切り開けるような人ばかりでは無いのだ。

 愛美の言うように、もう本当にどうにもならないのだろう。

 だが、だからといって、こんな…。


 「私なんかの事より、朝比奈さんは大会で勝ち続ける事を考えないと駄目よ?」


 何ともやり切れない表情になってしまった静香の肩を、愛美が穏やかな笑顔でポンと叩いたのだった。


 「だって朝比奈さん、プロのバドミントン選手になる事が夢なんでしょう?」

 「そ、それは…!!」

 「だから今日で引退する私なんかに、いつまでも構ってばかりいては駄目よ?私は卒業したら正式に結婚するけど、朝比奈さんはこれからもバドミントンを続けるんだから。」


 そう、静香はここで終わってしまう愛美とは違う。

 いずれはプロになって、愛美と違って輝かしい未来を、栄光を掴まなければならないのだから。

 静香程の実力者ならば日本のプロチームだけでなく、それこそ欧米諸国のプロチームから声が掛かっても決して不思議ではないだろう。

 その為にも静香は県予選を勝ち上がって、インターハイでも活躍して、スカウトたちにアピールしなければならないのだ。それを愛美は静香に諭しているのである。


 「…部長。私、彩花ちゃんに負けられない理由が、もう1つ出来ました。」


 そんな愛美の心情を瞬時に悟った静香が、決意に満ちた表情で愛美を見据えたのだった。

 

 「私、彩花ちゃんを倒します。必ず倒します。」


 元々彩花との戦いは、静香の彩花に対しての個人的な好奇心による代物でしかなかった。

 だが、もう事情が変わってしまった。彩花との戦いは静香1人だけの物では無くなってしまったのだ。

 愛美の…いいや、他のチームメイトたちの想いも全て受け継いで、静香は彩花と戦わなければならなくなってしまったのだから。


 「ええ、その心意気よ。朝比奈さん。」


 そんな静香に対して愛美は穏やかな笑顔で頷き、優しく頭を撫でてあげたのだが。


 「盛り上がってる所を悪いんだけどよ、朝比奈。」


 そんな中で静香たちの元に突然乱入してきた駆が、真剣な表情で静香に食ってかかって来たのだった。


 「俺だって藤崎には中学時代の借りがあるんだわ。だから準決勝で藤崎と戦う為にも、俺はお前に負けてやるわけにはいかねえな。」

 「ちょいちょいちょいちょいちょ~~~~~~~~い!!駆!!いきなり朝比奈さんに対して何やってんの(泣)!?」


 そんな駆を困惑した表情で、慌てて止めにやってきた隼人。

 静香を庇うかのように、駆の前に割って入る。


 「ごめんよ朝比奈さん。駆からナンパとかされなかった?例えば俺がお前に勝ったら俺と付き合えみたいな。」

 「いやいやいやいやいやいや隼人!!お前は俺の事を何だと思ってるんだよ!?俺だって立派なスポーツマンだっつーの!!朝比奈とは正々堂々と全力で戦うわ(泣)!!」

 「いやだって君さ。この間、大和撫子みたいな女の子が好みだとか言ってなかった?ほら、朝比奈さん、まさに君の好みにドンピシャじゃん。」

 「確かに俺はお前にそう言ったけども!!言ったけれども(泣)!!」


 そんな漫才みたいな掛け合いを繰り広げる隼人と駆の姿に、思わず静香はクスクスと笑ってしまったのだった。


 「いえ、天野君に宣戦布告をされただけですよ。どうかお気になさらないで下さいね、須藤君。」

 「そっか~、なら良かったんだけど。」


 これから静香との試合が控えているというのに、その静香に喧嘩を吹っ掛けたという理由から、駆が審判に失格処分を言い渡されたりでもしたら、マジで洒落にならない。

 そんな事になったら駆は、恐らく一生後悔する事になるだろうから。

 心の底から、隼人は安堵の表情を見せたのだった。

 そんな隼人に対して、とても穏やかな笑顔を見せる静香。


 「それよりも須藤君。私は貴方が羨ましいですよ。」

 「何で?」

 「だって、あんなにも美人で素敵でおっぱいが大きいお母様が、いつも須藤君の傍にいて下さっているではありませんか。」

 「はぁ…。」

 「須藤監督に比べたら、私のお母様は…。」


 少し寂しげな笑顔で、隼人から視線を外してうつむいてしまった静香。

 静香の言っている事の意味が、隼人にはいまいちよく分からなかったのだが。


 「朝比奈さん。お母さんの事をあまり悪く言うのは良くないと思うよ?」

 「ですが…。」

 「テレビのニュースでやってたけどさ。確か君のお父さん、君がまだ幼稚園だった頃に離婚したんだっけ?」

 「はい。お父様の浮気と浪費が原因です。それでお父様は家を追い出されてしまいました。今はどこに住んでいるかも分かりませんし、あんな最低な男の事など最早どうでもいいですよ。」

 「そんな中でも君のお母さんは、君の事を女手1つで育ててくれたんだよね?そんなお母さんの事をあまり悪く言うのは…。」


 言いかけた隼人は持ち前の優れた洞察力によって、ある1つの最悪の結論に達してしまったのだった。


 「…いや、ちょっと待ってくれ。まさか朝比奈さん、君は…。」


 美奈子は隼人の事を、家族として、息子として、ちゃんと愛してくれている。

 だが、静香はどうなんだ。ちゃんと様子に愛して貰っているのだろうか。

 その最悪の可能性に、隼人は辿り着いてしまったのである。

 とても悲しげな笑顔で、静香が隼人の事をじっ…と見つめる。

 いきなり2人が暗い表情になってしまったもんだから、流石の駆もオロオロしてしまったのだが…その時だ。


 「お待たせ致しました。Aブロックの試合が全て終了しましたので、只今よりコートの整備を行い、14時30分よりBブロックの試合を開始致します。出場選手の皆様はコートに集まり準備を行って下さいますよう、お願い致します。」


 突然流れた場内アナウンスが、隼人と静香の意識を現実へと引き戻したのだった。


 「ああ、私と天野君の試合ですね。御免なさいね須藤君。突然変な事を言ってしまって。」

 「あ、いや、別にいいんだけどさ。」

 「彩花ちゃんの試合も同時進行しますから、天野君だけじゃなくて彩花ちゃんの事も応援してあげて下さいね。それでは。」


 ラケットを手に、威風堂々とコートへと向かう静香。

 そんな静香の後ろ姿を、隼人たちが戸惑いの表情で見つめていたのだった。

 次回は彩花の試合です。

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