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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第4章:地区予選大会編
55/135

第55話:お母様にとって、私は一体何なんですか?

 こっちの親子もこっちの親子で、大概だな…。

 一方その頃、名古屋市にある静香の実家の、朝比奈家の豪邸。

 聖ルミナス女学園の寮から一週間ぶりに実家に帰ってきた静香が、食堂でメイドの女性たちに周囲を囲まれながら、様子と2人で専属のシェフが作った朝食を食べていた。

 とても美味しそうにパンを次々と口の中に入れた静香が、あっという間にパンが置かれていた皿を空にしてしまう。


 「すみません立花さん。パンのお代わりをお願い出来ますか?」

 「はい、かしこまりました。お嬢様。」


 とても穏やかな笑顔で、メイドの女性に空になった皿を差し出す静香。

 その静香の食べっぷりに、メイドの女性は思わず苦笑いしてしまったのだった。

 まあ静香の食事の世話をする者の立場としては、自分たちが用意した食事を静香が残さず綺麗に食べてくれるのは、心の底から嬉しいと思っているのだが。


 「相変わらずの見事な食べっぷりザマスね。太るとか考えないザマスか?」

 「その分運動すればいいんですよ。ちゃんと栄養とカロリーを計算しながら、お代わりを頂いていますし。そもそも私はアスリートなので身体が資本ですから。」

 「その心意気は見事ザマス。私に言わせればダイエットだとかで安易に食事を抜くような愚か者など、所詮は三流ザマス。そもそも食べ物を粗末にするような愚か者は許さないザマスよ。」


 椅子にふんぞり返っている様子の言葉を耳にしながら、コンソメスープを飲む静香。

 まあ、それに関して『だけ』は、静香も様子と同意見だ。

 人は食べなければ生きていけない。命を維持出来ない。

 だからこそ人は全ての食材に対して、感謝の心を持たなければならないのに。

 それなのに飲食店で自分たちが注文した料理を平気で大量に残したり、食材を粗末に扱う光景をSNSでアップして大炎上してしまう者たちが、どうして後を絶たないのか。

 そういった者たちを、静香は心の底から軽蔑していた。


 「…ご馳走様でした。」


 やがて朝食を食べ終えた静香が、両手を合わせて静かに目を閉じ、祈りを捧げた。

 朝食を作ってくれたシェフに対して、食事の世話をしてくれた周囲のメイドの女性たちに対して、自分の血肉となってくれた食材たちに対して、その全てに心からの感謝を。

 その想いを胸に秘めながら、静香は感謝の気持ちを込めてご馳走様をしたのだった。

 

 「そう言えば静香さん。ロビンから聞いたザマスが、昨日は見事に県予選進出を果たしたそうザマスね。」


 食後のコーヒーを優雅に飲んでいた静香だったのだが、ふと様子がそんな事を言い出した。

 ロビンではなく、山田なのだが…。


 「私は昨日までセバスと共にデンマークまで海外出張に行っていたので、試合を観ていなかったザマスが…。」

 「はい。名古屋地区の大会MVPにも選ばれました。」


 一瞬、様子に対して、はにかんだ笑顔を見せた静香だったのだが。


 「何を喜んでいるザマスか。そんな物は朝比奈家の令嬢たる物、至極当然ザマス。」

 「…はい。」

 「常々言っているザマスよ。やるからには中途半端は絶対に許さないと。たかが地区予選如きを制した程度で、そんなに浮かれていてどうするザマスか。」

 

 静香が圧倒的な強さで地区予選を制したにも関わらず、そんな静香を全く褒めないどころか叱責までした。

 まあ、いつもの事なのだが。それでも静香は様子に対して、心の底から憎悪を抱いたのだった。

 様子はいつもそうだ。静香が何をやっても、どんな成果を挙げても、静香の事を全く褒めてくれない。

 テストで100点を取っても。運動会で1位になっても。初めて自分の力だけで料理を作ってみせた時も。

 朝比奈家の令嬢ならば、それ位は出来て当然だと。


 だからこそ静香は、母親の愛情という物を知らない。

 そして胸の奥底で、今も本気で思っているのだ。

 バドミントンのプロ選手になったら…いいや、もし仮になれなかったとしても、大人になったら家を出て独立して、お母様の事をゴミクズのように捨ててやるんだと。

 朝比奈コンツェルンを継ぐなんて冗談じゃない。私の人生は私の物なのだと。私の生きたいように勝手に生きてやるんだと。

 

 「ところで私はデンマークまでの出張ついでに、パリオリンピックの代表選手に選ばれた、ヘリグライダー所属の羽崎亜弥乃はねさきあやの選手の試合を観戦する機会があったザマスが…。」

 「ああ、あの世界ランク1位の…。」

 「彼女の勝利に対する『執念』は、並々ならぬ物があったザマスよ。地区予選如きで満足しているような今の静香さんとは、比べ物にならない程ザマス。」

 

 ヘリグライダー。デンマーク語で直訳すると「神聖なる騎士」という意味なのだが、スイスにおけるシュバルツハーケンと同様に、デンマークでバドミントンをやる者なら誰もが憧れる名門チームだ。

 その名門チームに高校卒業後に加入し、彼女専属のコーチ兼任マネージャーに就任した母親と共にデンマークに帰化までした、日本人の女性選手、羽崎亜弥乃。

 ヘリグライダーでのシーズン中の活躍だけでなく、様々な国際大会にデンマーク代表として出場し、圧倒的な強さで優勝に優勝を重ね、今では若干20歳にして堂々の世界ランク1位だ。

  

 「そう言えばデンマークで商談していた企業が、羽崎選手のスポンサーだったザマスが…その縁もあって羽崎選手と話をする機会があったザマス。何でもバンテリンドームナゴヤでの県予選を、お母様と一緒に観戦しに行くと言っていたザマスよ。」

 「羽崎選手が名古屋に?しかも羽崎内香はねさきうちかさんも一緒に?」


 様子の予想外の言葉に、驚きを隠せない静香。


 「ですがパリオリンピックの開会式が、もう来月末に迫っているのでしょう?代表チームとのパリでの事前合宿だってあるでしょうし、そんな暇があるんですか?」

 「お母様が羽崎選手に持ち掛けたらしいザマスよ。須藤隼人君と藤崎彩花さんの試合を、どうしても羽崎選手に生で観戦させてあげたいと。」

 「…そうですか…。」


 この日本において『神童』だと騒がれている隼人と彩花なのだが、まさかバドミントンの強豪デンマークにおいても、そこまで注目される程の選手になっていたとは。

 彩花が『あの』六花の娘だからというのもあるだろうが、それだけでは到底そんな事にはならないだろう。間違いなく隼人と彩花の活躍があってこその代物だ。

 何しろ世界ランク1位の選手が、パリオリンピックの開会式が来月末に迫っている中で、たかが愛知県の高校生の県予選の試合を観戦する為『だけ』に、わざわざデンマークから名古屋に訪れるというのだ。

 こんなの、最早異例どころの話では無い。

 

 「あ~たにその気があるのなら、あ~たを羽崎選手に会わせるよう、お母様に便宜を図ってもいいザマスが…。」


 その暴虐的なまでの戦いぶりから、亜弥乃はデンマークにおいて『魔王』との異名まで付けられてしまった程だ。

 まさに名実共に『世界最強』であり、一部の解説者からは六花と互角か、それ以上の実力者だとの評価までなされている。

 そんな亜弥乃との対談は静香にとって、何物にも代えがたい経験になるだろうと。

 そんな事を考えていた様子だったのだが、突然静香のスマホから軽快な着信音が鳴り響いたのだった。

 画面に映し出された発信元を見た静香が、とても穏やかな笑顔を見せる。


 「…っと、御免なさい、お母様。藤崎コーチから電話です。」

 「ぬぁんですってええええええええええええええええ!?」

 「はい、どうされました?藤崎コーチ。」


 顔を赤くしながら怒りの形相になる様子を無視して、静香がスマホを耳に当てた。


 『突然電話しちゃって御免なさいね、朝比奈さん。今、時間は大丈夫だった?』

 「はい、問題ありませんよ。藤崎コーチ。」

 『昨日は私と彩花の為に尽力してくれて本当にありがとね。そのお礼と、朝比奈さんと彩花の県予選への出場祝いも兼ねて、朝比奈さんを昼食に誘いたいと思ってるんだけど…今日のお昼って時間空いてるかしら?』


 まさかの思ってもみなかった、突然の六花からの食事の誘い。

 どの道今日は軽くトレーニングをしてから、後は久しぶりに身体を休めて1日中のんびりするつもりだったのだ。

 六花も彩花に言っていたが、休む事もアスリートとしての大切な仕事の1つなのだから。

 だから六花の誘いを断る理由など、何も無かった。


 「はい。大丈夫ですよ。」

 『良かったわ。ご馳走を沢山作ってあげるから、楽しみにしていてね。うふふ。』

 「藤崎コーチの手料理なのですか!?」

 『ええ。外食でもいいけど、それだと味気ないでしょ?』


 てっきりその辺のファミレスにでも連れて行かれる物だと思っていたのだが、まさか六花の手料理をご馳走になれるとは。

 ますますもって断る理由など、何も無かった。


 『じゃあ私と彩花のアパートに朝比奈さんを招待するわね。何なら食材の調達ついでに、朝比奈さんを車で迎えに行こうか?』

 「よろしいのですか?何から何までお世話になります。」

 『これ位、別に構わないわよ?だって朝比奈さんは私と彩花の恩人ですもの。何か食べたい物とかリクエストはあるかしら?』

 「そうですね…。」


 顎に右手を当てて、少しだけ考え込んだ静香だったのだが。


 「なら藤崎コーチに、肉じゃがを作って頂けたら嬉しいです。」


 少し恥ずかしそうな笑顔で、静香は六花にそう要求したのだった。

 肉じゃが。家庭の味。お母さんの味。

 その静香のリクエストは、静香が『母親の愛』という物に飢えているという事を現わしているのだろうか…。


 『本当にそんなのでいいの?』

 「はい、是非。藤崎コーチの手作りの肉じゃがを食べてみたいです。」


 六花は一瞬、静香からの予想外のリクエストに、呆気に取られてしまったようなのだが。


 『分かったわ。肉じゃがね。彩花と朝比奈さんへのたっぷりの愛情を込めて作ってあげるから、楽しみにしていてね?うふふ。』

 「はい、凄く楽しみにしています。」


 とても穏やかな笑顔で、六花は静香からのリクエストを受け入れたのだった。


 『じゃあ待ち合わせ場所はどこがいいかしら?』

 「では名鉄の山王駅さんのうえきの前で待ち合わせでどうでしょうか?私の家はナゴヤ球場のすぐ近くですから。」

 『山王駅ね。分かったわ。』

 「今日はウエスタンリーグの試合があるので、ナゴヤ球場の近辺はかなり混雑するでしょうから、だったら山王駅で待ち合わせた方が…。」


 だがその時、静香から無理矢理スマホを強奪した様子が、怒りの形相で六花を怒鳴りつけたのだった。


 「ちょ、お母様!?」

 「あ~たの料理を静香さんに食べさせるなど冗談では無いザマス!!料理に何を盛られるか分かった物ではないザマスからね!!」

 「お母様!!いきなり何を言い出すのですか!?」

 「せいぜい県予選で藤崎彩花さんが静香さんに踏んずけられて、ギシギシアンアンされるのを楽しみにしているがいいザマスよ!!」


 それだけ告げて、一方的に六花との通話を切った様子。

 そんな様子から無理矢理スマホを強奪した静香が、怒りの形相で様子を睨み付けた。

 無理も無いだろう。折角の六花からの昼食の誘い、しかも手料理を振舞ってくれるという話だったというのに、それを静香の気持ちも考えずに一方的に台無しにしてくれたのだ。

 様子にしてみれば、大会期間中は彩花という『敵』の専属コーチである六花からの食事の誘いなど、冗談では無いと思っているのだが。


 「一体どういうつもりなのですか!?お母様!!」

 「あ~たの食事ならば当家の専属シェフに、ちゃんとした物を責任を持って作らせるザマス。そもそも藤崎六花さんは、あの藤崎彩花さんの母親ザマスよ?」

 「だったら何だと言うのですか!?」

 「藤崎彩花さんとは県予選で戦う事になる敵だというのに、その敵からの施しを受けてどうするのかと言っているザマス。」

 「敵!?何を言い出すのですか!?彩花ちゃんは…!!」

 「同じチームに所属する仲間だと言いたいザマスか?しかしよく考えるザマス。彼女は県予選で戦う事になる相手ザマスよ?」


 何の前触れもなく突然緊迫した空気になってしまった事で、周囲の使用人の女性たちが互いに寄り添いながら心配そうな表情で、静香と様子の事を見つめている。

 怒りの形相で様子を睨む静香と、そんな静香に対して一歩も怯む事無く睨み返す様子。

 互いに睨み合う緊迫した状況の中…やがて溜め息をついた静香が様子から視線を逸らし、うつむきながら呟いたのだった。


 「…お母様にとって、私は一体何なんですか?」


 今更こんな質問をした所で、どうせ返ってくる言葉は決まっているだろうが。


 「突然何を言い出すザマスか?静香さん。」

 「いいから私の質問に答えて下さい。」


 とても真剣な表情で自分を見据える静香に対して、様子は呆れたように深く溜め息をつきながら、何の迷いもなく即答したのだった。


 「そんな物は決まっているザマスよ。あ~たはいずれ私の跡を継ぎ、朝比奈コンツェルンの総帥となるべき娘ザマス。」


 そう、静香は様子の一人娘だ。

 正真正銘、様子が自らの腹を痛めて産み落とした、遺伝子適合率100億%の、朝比奈一族の正当な血筋を引く後継者なのだ。それ以外の一体何があるというのだろうか。

 そしてそれは静香にとって、ある程度予測していた回答だったのだが。


 「…そんな事は聞いていないのですよ…!!」

 「何ザマスって?」

 「お母様にとって!!私は一体何なのかと!!そう私は聞いているのですよ!!」

 「言っている事が理解出来ないザマスね。あ~たは私の跡取り娘。それ以外の何があるというザマスか?」

 「…っ!!」


 これが六花なら、彩花に対して何の迷いもなく、こう言うだろう。


 貴女は私にとって、大切な宝物よ。

 例え周囲からどう思われようとも、私はもう貴女を一生離さないわ。

 すーはーすーはー。くんかくんかくんか。ずもももももももももも。


 そういった事を様子は、これまで静香が産まれてから16年間もの間、一度も静香に対して言ってくれた事が無いのだ。

 いや、分かってはいた事なのだが…それでも静香は様子に対して、改めて失望させられたのだった。

 所詮、この人は私の事を、只の後継者だとしてしか見てくれていないのだと。

 この人は私の事を、ちっとも愛してくれてなどいないのだと。

 どうせこの人の事だ。朝比奈一族の高潔なる血筋を残す為なら、40歳ニートの小太り醜悪男とだって喜んで縁談を組むに違いない。


 「…ちっ、まあいいですよ。」

 「どこに行くつもりザマスか?」


 舌打ちしながら食堂を出て行こうとする静香に、背後から呼びかける様子だったのだが。


 「トレーニングですよ。何か文句ありますか?」


 それを静香は様子に背中を見せたまま、とてもウザそうに答えたのだった。

 それが今の静香と様子の、歪な親子関係を体現してしまっていると言える。


 「別に構わないザマスが、程々にしておくザマスよ?オーバーワークで身体を痛めるような愚物など、所詮は三流ザマスからね。」

 「ええ、だから今日は軽めに済ませるつもりです。では行ってまいります。」


 威風堂々と食堂を出ていく静香だったのだが、去り際に通りかかった使用人の女性に対して、とても申し訳無さそうな表情でポツリと呟いたのだった。


 「…御免なさい、騒がせてしまって…それと朝食、ご馳走様でした。」

 「…お嬢様…。」


 とても心配そうな表情で、静香の後ろ姿を見送る使用人の女性。

 そしてトレーニングルームに向かう静香の瞳からは、大粒の涙が溢れていたのだった…。


 羽咲綾乃じゃないからな。羽崎亜弥乃だからな。

 羽咲有千夏じゃないからな。羽崎内香だからな。

 

 次回から県予選大会編です。隼人と彩花が久しぶりの再会を果たします。

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