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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第4章:地区予選大会編
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第48話:譲れない物があるのは、僕も同じだ

 隼人VS詩織。その壮絶な戦いの結末は…。

 学生の部活動の大会といえども、勝負の世界とは残酷な物だ。

 勝った者が先に進み、負けた者はそれで全てが終わってしまう。

 

 県予選で彩花と戦うと約束した隼人。

 県予選で静香に会うと誓った詩織。


 どちらも譲れない想いを胸に秘めているのだが、その想いを叶える事が出来る者は、この試合に勝利した1人だけなのだ。

 それこそが残酷な勝負の世界の掟。学生の試合といえども決して例外ではない。

 そして隼人も詩織も、その事を承知した上で、今こうして決勝の舞台を戦っているのだ。


 「1-0!!」


 隼人の渾身のスマッシュが、情け容赦なく詩織の足元に突き刺さる。

 なんて事の無い、ただのスマッシュなのだが、それでも威力も速度も、彩花のシャドウブリンガーや静香の維綱にも迫る程の代物だ。


 隼人は派手な必殺技こそ持ち合わせていないが、それでもプレーの1つ1つが高校生離れした高い完成度を秘めている選手なのだ。

 RPGで例えるならば魔法やスキルは一切使えないものの、基本能力値が非常に高く、『たたかう』コマンドが滅茶苦茶強いキャラクターと言うべきか。

 その隼人の強烈なスマッシュを見せつけられた観客が、凄まじい大声援を隼人に送ったのだが。


 「須藤君のスマッシュの速度は、およそ390km/h…トッププロ平均値の400km/hにも迫る数値…日本人高校生の390km/hは、藤崎六花選手の高校時代の410km/hに次ぐ数値…。」


 それでも詩織は何かに取り憑かれたかのような瞳で、ブツブツ、ブツブツと、隼人のプレーを分析。

 その詩織の表情からは、先程までのような内気さ、弱々しさは微塵も感じられない。


 「…はあっ!!」

 「スマッシュの速度と左腕の角度、須藤君の視線の向きから、到達予測ポイントとタイミングを分析…。」


 そして放たれた2撃目のスマッシュを、今度は完璧に捉えて見せたのだった。

 まさかの詩織の予想外のプレーに、観客たちは大騒ぎになってしまう。

 あの隼人のスマッシュを、これまで地区予選で誰も太刀打ち出来なかった隼人のスマッシュを、詩織は完璧に攻略してみせたのだ。

 さらに詩織の勢いは、まだまだ止まらない。

 

 「ドロップショットのインパクトの際に、須藤君の左腕がスマッシュの時より1cm程度下がっている…。」


 今度はフェイントでドロップを放つ隼人だったが、まるでその事を最初から予測していたかのように、詩織が既にシャトルの落下地点で待ち構えていたのだった。


 「ドロップショットの精度は素晴らしいが、来ると分かっていれば容易に対処可能…。」


 そしてカウンターで放たれた詩織の渾身のロブが、隼人の遥か後方のラインギリギリに突き刺さる。


 「1-1!!」


 審判が詩織のコールと告げた途端、またしても観客から大声援が送られたのだった。

 まさかのダークホースの登場。あの隼人が、あんな地味で内気な詩織を相手に、ここまで苦戦させられるとは。

 予想外の事態に、取材に訪れていた記者たちも大騒ぎになってしまう。


 「おいおいおいおいおいおい!!何だあの月村詩織とかいう選手!?今すぐにデータを集めて俺に報告しろ!!」

 「これはもしかしたら、ジャイアントキリングが有り得るかもしれねえな!!」

 「とんでもないダークホースが現れたもんだ!!これは記事のネタになるぞ!!」


 慌てて記者たちが詩織にカメラのフラッシュを浴びせるが、その張本人となってしまった詩織もまた、目をうるうるさせながら大騒ぎになってしまっていた。


 「あわわわわわ!!私みたいなクソ虫なんかが、須藤君からポイントを奪うなんて~~~~~~(泣)!!」

 「どうだ見たか須藤!!これぞ月村の必殺技の『アナライズ』だ!!いかに貴様といえども容易く破れる代物では無いわ!!わ~~~~~~ははははははは!!」

 「ま、増田監督!!そんな大声で騒がないで下さい~~~~~~!!恥ずかしいですぅ~~~~~~~(泣)!!」


 犬川高校の監督を務めるマッチョが、隼人に対してドヤ顔を見せつける。

 アナライズ…直訳すると『分析』という意味なのだが、まさに詩織は対戦相手のデータを試合中に分析し、即座に対応する事に極めて長けた選手なのだ。

 そしてその分析の精度はプロのスコアラー顔負けの凄まじい代物であり、どんな選手だろうと詩織のアナライズからは絶対に逃げられない。

 それを駆使した『絶対防御』から繰り出されるカウンターこそが、詩織の必勝パターンなのである。

 これまで地区予選で詩織と戦ってきた者たちは、誰もが詩織のアナライズによってプレーを完全に丸裸にされてしまい、絶対防御を攻略出来ないまま立て続けにカウンターを浴びせられ、無様な惨敗を喫してしまったのだが。


 「流石だな月村さん!!だが、まだまだこれからだ!!」


 だがそれさえも攻略してみせるからこそ、隼人は『神童』という異名で呼ばれているのだ。

 アナライズで動きを分析されていようが関係無いと言わんばかりに、隼人は馬鹿の1つ覚えのように、凄まじい威力のスマッシュを詩織に浴びせまくる。

 

 「どれだけ僕のデータを分析しようが、力で無理矢理捻じ伏せれば意味が無い!!」

 「くっ…この須藤君のスマッシュの威力は…っ!!」


 アナライズでデータを分析されるのであれば、圧倒的なパワーで強引に突破すればいい。

 まさに単純極まりない脳筋プレーではあるが、詩織のようなデータ分析型の選手が相手の時は、実は最も有効な攻略法でもあるのだ。

 最もそれを実行するには、それを可能にしてしまう程の圧倒的なパワーを身に着ける必要があるのだが。

 当たり前の話ではあるのだが、その『当たり前』を実践する事が、果たしてどれだけ大変な事なのか。相当なパワーが無ければ到底出来ない代物だ。

 かくして隼人の強烈な威力のスマッシュを立て続けに受けた事で、ラケットを持つ詩織の左手に『衝撃』が走り…。


 「2-1!!」


 やがて隼人にラケットを吹っ飛ばされた詩織は、隼人に易々とポイントを奪い返されてしまったのだった。

 まさかの事態に、マッチョは驚きを隠せない。


 「馬鹿なあっ!?地区予選で無敵を誇った月村のアナライズを、こうも容易く打ち破っただとぉっ!?」

 「あわわわわ!!やっぱり私みたいなクソ虫なんかが須藤君に勝とうだなんて、最初から分不相応だったんですうううううう(泣)!!」

 「弱気になるな月村ぁっ!!おい、今すぐにプロテインを用意しろ!!」


 以前、美奈子は隼人に言っていた。

 パワー、スピード、テクニック、戦術眼、スタミナ、精神力…全てを超越したパーフェクト・オールラウンダーを目指しなさいと。

 その美奈子の要求に隼人は見事に応え、今こうして詩織をパワーで捻じ伏せている。

 いや、パワーだけではない。スピードも、テクニックも、戦術眼も、スタミナも、精神力も…今の隼人は高校生のレベルを完全に超越してしまっている。

 それどころか、下手なプロが相手なら勝ててしまう程までに。


 「7-3!!」


 まさに今の隼人は、全てを超越したパーフェクト・オールラウンダーなのだ。


 「16-5!!」


 詩織も必死に隼人のデータをアナライズで分析しようとするものの、「分析?何それwwww」と言わんばかりに、隼人は詩織を力で無理矢理捻じ伏せる。

 そして。


 「ゲーム、稲北高校1年、須藤隼人!!21-7!!チェンジコート!!」


 詩織も必死に粘ったものの、それでもファーストゲームは隼人の圧勝に終わった。

 2分間のインターバルの最中、美奈子からクエン酸の粉末と麦茶を渡された隼人は、それらをゴクゴクと一気飲みする。

 クエン酸は梅干しやパイナップルに豊富に含まれており、胃腸の働きを整え、疲労の回復にも極めて高い効果があるとされている栄養素だ。

 それを豊富なミネラルを含む麦茶と一緒に飲む事で、糖分の過剰摂取…所謂いわゆる「ペッドボトル症候群」を防ぎながら適切に水分補給をする事が出来るのだ。

 それに対してマッチョが詩織に渡したのは…水で溶かしたプロテインだったのだが…。


 「ほれ月村!!プロテインだ!!これを飲んで俺のような圧倒的な筋肉を身に着けるのだ!!」

 「嫌ですぅ!!私、増田先生みたいなマッチョな身体になんか、なりたくないですぅ!!持参したスポドリを頂きますぅ(泣)!!」

 「何だとぉっ!?何故だぁっ!?筋肉こそが最強だろうがぁっ!!」


 マッチョが涙目になりながらプロテインを豪快に一気飲みする最中、記者たちは調査を終えたばかりの詩織の経歴の前に大騒ぎになっていたのだった。

 

 「犬川高校の月村詩織について、JABS名古屋支部に問い合わせたのですが、とんでもない事実が明らかになりました!!どうやら中学時代に朝比奈静香とダブルスを組んでいたみたいです!!」

 「何だとぉっ!?あの聖ルミナス女学園の『天才』朝比奈静香と!?」

 「は、はい!!何で今は別々の高校に行ってるのかまでは知らないと言われたのですが…!!」

 「マジかよ!?これはとんでもないスクープだぞ!!」


 詩織が、中学時代の静香のダブルスのパートナーだった。

 その記者の盛大な叫び声は隼人と詩織の耳にも、しっかりと届いていた。

 スポーツドリンクを口に含みながら、沈痛な表情になる詩織。

 そして隼人もまた、詩織の意外な経歴に驚きを隠せずにいたのだが。


 「月村さんが、中学時代はダブルスで出場していた…?それが何で今はシングルスに…。」

 「隼人君。今は目の前の試合に集中する事が大事よ。」


 美奈子に穏やかに諭された隼人は大きく頷き、即座に気持ちを切り替えて立ち上がったのだった。

 

 「…ああ、そうだな。その通りだ。母さん。」


 確かに詩織の経歴は気になるが、今は美奈子の言う通り、目の前の試合に集中する事が先決だ。

 ファーストゲームは結果的に隼人の圧勝に終わったが、それでも詩織は決して油断出来るような相手では無いのだから。

 隼人は静香とは面識すら無いし、何で2人がダブルスを解消して別々の高校に行く事になったのかは分からない。

 だがそんな事よりも、今はこの試合に勝って県予選に進む事の方が先決だ。


 隼人は、彩花と約束したのだから。

 必ず県予選に出場し、彩花と戦うと。

 その為にも、こんな所でつまずいてなどいられない。


 「セカンドゲーム、ラブオール!!犬川高校1年、月村詩織、ツーサーブ!!」


 その騒動の中で開始されたセカンドゲームもまた、完全に隼人がペースを握る展開となっていた。

 詩織はアナライズで隼人のデータを分析し、絶対防御によって必死に粘るものの、それさえも上回る隼人の圧倒的なパワーの前に捻じ伏せられていく。


 「5-1!!」


 勿論、ただパワーで捻じ伏せるだけでは、詩織の絶対防御は崩せない。

 美奈子が竜一との試合で見せつけた、無駄の無い動き。

 隼人はそれによって自身のスタミナの消耗を最小限に抑えつつ、スマッシュを前後左右に巧みに散らして詩織を走らせ、詩織のスタミナを情け容赦なく削っているのだ。

 

 「13-4!!」


 そこへ巧みにロブやドロップも織り交ぜ、アナライズを駆使して分析する詩織を嘲笑うかのように、詩織から立て続けにポイントを奪っていく。

 どれだけアナライズでデータを分析しようが、肝心の詩織のスタミナが尽きてしまえば意味が無いのだから。

 

 「事情はよく分からないけど、君には県予選に賭ける特別な想いがあるみたいだな。さっきの記者が言っていた、中学時代のダブルスのパートナーが関係しているのかい?」

 「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!!」

 「だけど譲れない物があるのは、僕も同じだ。」


 そう、隼人にも譲れない物がある。

 詩織が、県予選で静香と戦いたいと願っているように。

 隼人もまた、県予選で彩花と戦うと約束したのだ。


 「18-5!!」


 だから隼人は負けられない。負ける訳にはいかない。

 例え自身の手によって、詩織の願いを打ち砕く結果になってしまったとしてもだ。


 「ひ、左側にスマッシュが来る確率…100億%…!!」

 「僕もまた君と同じように…!!負ける訳にはいかないんだぁっ!!」

 「到達ポイントを予測…っ!!」


 そしてそれこそが、残酷な勝負の世界。

 それは学生の部活動の大会と言えども、決して例外ではない。

 隼人が詩織に放った、彩花への想いを込めた全身全霊のスマッシュが。 


 「…駄目…もう…左手の握力が…っ!!」


 情け容赦なく、詩織のラケットを吹っ飛ばしたのだった。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、稲北高校1年、須藤隼人!!ツーゲーム!!21-7!!21-6!!」


 審判のコールと共に、体育館が大声援に包まれる。

 県予選出場を決め、笑顔でチームメイトにガッツポーズを見せる隼人に、駆が物凄い勢いで駆けつけて隼人と肩を組み、笑顔で祝福の言葉を送ったのだった。 

 互いの健闘を称え合う隼人と詩織。

 しかし、そこへ予期せぬ事態が…。

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