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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第3章:高校生編
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第46話:生徒たちを守るのも、監督の大切なお仕事よ

 高校生編完結。

 次回からいよいよ地区予選大会がスタートします。

 一方その頃、稲北高校バドミントン部では、大会出場選手を選抜する為の部内対抗トーナメントが開催され、シングルス部門は隼人、楓、駆が圧倒的な強さを見せつけ、順当にレギュラーに抜擢された。

 平野中学校にいた頃のように、隼人と潰し合うような事にならなくてホッとする楓だったのだが…ここで誰もが予想もしなかった事件が起きてしまったのである。


 「皆、整理体操は済んだわね?それじゃあ集合。」


 今日の全ての練習メニューを終えた隼人たちに、美奈子が穏やかな笑顔で呼びかけた。

 美奈子の周囲に集まった隼人たちが、一斉に美奈子に傾注する。


 「今日の部内対抗トーナメントで、晴れてレギュラーが決まった訳だけど…レギュラーに選ばれなかった子たちも、自分には価値が無いとか、これまでの努力は無駄に終わったとか、そんな悲しい事を考えないでね?」


 自分の周囲に集まった部員たちを、慈愛に満ちた笑顔で見つめる美奈子。

 とても真剣な表情で、部員たちは美奈子の話に耳を傾けている。


 「確かにレギュラーに選ばれなかった子たちは、今年の地区予選大会に選手として出場する事は出来ないけれど、それでも今ここにいる全員が私が課した練習メニューに、最後まで音を上げずに食らいついてくれたわ。その経験は皆にとって、かけがえのない財産になる。皆のこれからの人生において、絶対に無駄にはならないはずよ。」


 過酷なレギュラー争いに敗れて大会に出られなかったとしても、それだけが部員たちの人生の全てではない。

 そこに至るまでに部員たちが歩んできた厳しい道のりは、毎日美奈子が課した過酷な練習メニューに耐え続けてきたという確かな経験と実績は、いつか部員たちが卒業して立派な社会人になった後も、必ず部員たちの心の支えになるはずなのだ。

 それを美奈子は、部員たちに諭しているのである。


 「レギュラーになれなかった子たちも、堂々と胸を張って自信を持ちなさい。今の貴方たちはもう、『ウンコより存在価値が無い』だなんて言われる筋合いなんか、これっぽっちも無いのだから。」


 今ここにいる全員が、周囲から『ウンコより存在価値が無い』と言われ続けてきた現状を何とかしようという強い『気持ち』を持って、真剣に練習に取り組んでくれた。

 その部員たちの『気持ち』は、美奈子にも痛い程ひしひしと伝わってきた。

 だからこそ今ここにいる全員が、美奈子が課した厳しい練習メニューに決して音を上げず、最後まで脱落せずに食らいついてくれたのだ。

 それに関しては本当に胸を張っていい。自信を持っていい。

 そんな可愛い教え子たちの姿を、美奈子は慈愛に満ちた笑顔で見つめていたのだが…その時だ。 


 「おいおいおいおいおい須藤監督!!さっきから黙って聞いとれば、お前さんは何をガキ共に甘っちょろい事を言っとるんや!?」


 1人の老人の男性教師が突然体育館に乱入し、物凄い剣幕で美奈子を怒鳴り散らしたのだった。

 いきなりの出来事に、呆気に取られた表情になってしまう隼人たちだったのだが。


 「…名塚先生…!!」


 ただ1人、美奈子だけは、とても厳しい表情で目の前のジジイを見つめていたのだった。


 「レギュラーになれんかった奴も胸を張って自信を持てだぁ!?勝負の世界っちゅーのはな!!勝てば官軍、負ければ賊軍や!!レギュラーになれんかった連中を、そんなに甘やかして一体どないするんや!?」


 このジジイは5年前に稲北高校を定年退職したのだが、今の稲北高校の現状に危機感を抱き、今年の1月に自分を再雇用しろと校長に迫ったのである。

 校長としても最近は教師や職員の人手不足が深刻な問題になっていた事から、確かな経験と実績のあるベテランのジジイが、自ら再雇用を持ち掛けてくれたのは渡りに船だと、喜んで非正規の職員として再雇用に応じたのだが。

 ジジイはうれいていた。今の稲北高校の現状もそうだが、産休の若手女性教師に代わって監督に就任した、美奈子の甘過ぎる指導方針についてもだ。


 そもそもの話、この稲北高校は『農業』の学び舎として、多大な実績と伝統を誇る学校のはずだ。

 それなのに少子高齢化の影響だか、今の令和の世の中を生き残る為だか何だか知らないが、最近になって校長が『あぃてぃー科』なる訳が分からないクラスを創設した有様だ。

 その『あぃてぃー科』というのがどんな物なのかと覗いてみれば、コンピューター…若いもんは『ぱそこん』などと呼んでいるようだが…とにかくそれと『たぶれっと』とかいう平べったい得体の知れない何かを使った、『しーげんご』とかいう意味不明な授業をしているではないか。


 これまで明治時代に創設以来、この稲北高校は稲沢市が誇る『農業』の伝統校として、数多くの優良農家を排出し続けてきたというのに。

 いつまでも農業だけの学校でいるようでは到底生き残れないなどと、意味不明な事を校長はほざいていたが、何を弱気な事を言っとるんだと。

 それがジジイには何よりも耐えられなかった。心の底から憂いていた。


 このバドミントン部にしてもそうだ。『ウンコより存在価値が無い』などと言われ続けてきた弱小部を、美奈子がどんな厳しい指導で変えてくれるのかと期待してみれば。

 蓋を開けてみれば美奈子は厳しい指導どころか、部員たちを全く怒鳴り散らそうともしないばかりか、あのような優しい笑顔を見せている有様ではないか。

 こんな奴が監督を務めていて、このバドミントン部は本当に大丈夫なのかと。

 

 「名塚先生!!私の指導には一切口を挟むなと、校長先生から言われていた(24話参照)はずですよね!?」


 そんなジジイに対して、美奈子が不服そうな表情で反論したのだが。


 「確かに校長からそういう指示を受けていたけどなぁ!!お前さんの指導を見てたらイライラして、もう見ていられなくなったんや!!」


 ジジイもまた一歩も引かずに、美奈子を睨み付けたのだった。

 そんなジジイに対して怯む事無く、真っすぐに睨み返す美奈子。

 今ここで監督である美奈子がジジイに屈してしまっては、部員たちを不安や混乱に陥れてしまうだろうから。

 美奈子は監督として、部員たちを身体を張ってでも守ってやらなければならないのだ。

 

 「この子たちは確実に強くなっています!!私が課した練習に誰もが音を上げずに、ここまで耐え抜いて頑張って強くなったんです!!名塚先生にとやかく言われる筋合いはありませんよ!!」

 「お前んたぁは遊びでバドミントンをやっとるんじゃないんやぞ!?これは勝負の世界なんやぞ!?勝たなあかんのやぞ!?だからもっと厳しく指導しろと言っとるんや!!」

 「確かにプロの世界なら、そうでしょうね!!ですがこれは学校の部活動なんですよ!?勝敗よりも大切な事があるでしょう!?他に生徒たちに教えなければならない事があるでしょう!?」


 学校の部活動である以上は、勝敗よりもバドミントンを通じて部員たちを『教育』し、人として立派に『成長させる事』を最優先すべきだと主張する美奈子。

 何故なら隼人たちはプロの選手ではない。学生なのだから。

 確かに美奈子の主張は指導者として100億%正しい代物であり、誰にも文句など言われる筋合いなど無いのだが…。 


 「何やお前さんは!?生意気にも年長者の俺に意見しようってのかぁっ!?」


 怒り心頭のジジイが顔を赤らめながら、突然美奈子の頬を拳で殴ったのだった。


 「がっ…!!」

 「母さん!!」


 ジジイに殴られて膝をついて、その場に崩れ落ちてしまった美奈子。

 まさかの事態に体育館が、部員たちの悲鳴に包まれてしまう。

 慌てて隼人が心配そうな表情で、美奈子の下に駆け寄ったのだが。


 「部活動の最中は『須藤監督』と呼ばんか!!このたわけが!!」

 「ふざけるなぁっ!!一体何なんだアンタはぁっ!?」


 美奈子を殴った事は至極当然の行為であると言わんばかりに、興奮しながら隼人を見下すジジイ。

 そんなジジイに対して、隼人は怒りを爆発させたのだった。

 どうしてこんな酷い事を、このジジイは平気で出来るのか。

 美奈子の言っている事は監督として、何1つ間違ってなどいないというのに。


 そんな隼人の姿に嫌な胸騒ぎを感じた楓が、慌てて自分の鞄の下に駆けつけ、鞄の中からスマホを取り出して110番通報をしたのだった。

 もし美奈子だけでなく、隼人までもがジジイに暴力を振るわれてしまったら…。


 『はい、こちら緊急通報センター。どうされました?』

 「もしもし、警察ですか!?バドミントン部の練習が終わった後に、監督が教師に暴力を振るわれたんです!!」

 『暴力事件ですね。分かりました。どうか落ち着いて私の質問に答えて下さい。場所はどこですか?』

 「愛知県稲沢市の、稲北高校の第1体育館です!!」

 『稲北高校の第1体育館ですね。了解しました。現場のすぐ近くに巡回中のパトカーがいますので、直ちに現場に急行させます。それまではどうか落ち着いて、無茶な行動だけは決してしないで下さいね。』

 「はい!!よろしくお願いします!!」


 泣きそうな表情でスマホの通話を切った楓だったのだが、そんな楓の通報に気付いているのかいないのか、ジジイが今も高圧的な態度で隼人と壮絶な怒鳴り合いを繰り広げている。

 隼人がブチ切れるのは当然だ。何しろ大切な母親が目の前で理不尽に殴られたのだから。

 しかも目の前のジジイは、その事を反省するどころか、当然の事だとさえ思っているのだ。

 その隼人の怒りや悲しみは、部員たち全員に痛い程伝わっていたのだった。


 「駄目よ隼人君。貴方は大会に出ないといけないのよ?もし貴方に何かあったら…!!」

 「だけど、母さん!!」

 「隼人君は下がっていなさい。生徒たちを守るのも、監督の大切なお仕事よ。」


 それでも立ち上がった美奈子が殴られた口元を右腕のジャージで拭い、何の迷いもない力強い瞳で、一歩も怯まずにジジイを睨み付ける。

 監督である自分が殴られるのは別に構わないが、部員たちを…特に大会に出場する隼人たちを傷付けさせる訳にはいかないのだ。

 もし万が一の事態が発生し、隼人たちが試合が出来なくなる程の重篤な怪我を負ってしまうような事態になってしまったら…。


 「名塚先生!!私の生徒たちに手出しはさせませんよ!!」


 その決意を胸に秘め、隼人を庇うかのようにジジイの目の前に立ちはだかった美奈子。

 

 「何やお前!?まだ俺に立てつくつもりなんか!?おい!!」

 「うっ…!!」


 そんな美奈子を今度は平手打ちしたジジイだったのだが、その時だ。


 「警察だ!!全員その場を動くな!!」

 

 楓からの通報を受けて物凄い勢いで駆けつけてきた3名の警察官が、美奈子を殴ったジジイを物凄い勢いで取り押さえたのだった。

 熟練の逮捕術によって一瞬で床に取り押さえたジジイの手首に、手錠をかける警察官。


 「18時5分、暴行の現行犯で逮捕!!」

 「な、何やと!?ふざけるなやぁっ!!俺が何したって言うんや!?何で俺が逮捕なんかされなきゃならんのや!?おい!!」

 「自分が彼女に何をしたのか、アンタは本当に理解していないのかぁっ!?」

 「須藤監督が年長者たるワシに歯向かったから、教育的指導として殴っただけやろが!?お前んたぁこそ一体何を考えとるだ!?」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらパトカーに連行されていくジジイの無様な姿を、楓たちは唖然とした表情で見つめていたのだが。

 ただ1人隼人だけはジジイを無視し、とても心配そうな表情で、ジジイに顔面を殴られた美奈子の患部に、医療用の冷却シートを優しく当てていたのだった。

 そんな美奈子に女性警察官が、心配そうな表情で事情聴取を行っている。


 どうして、こんな事になってしまったのか。

 スイスのバドミントンスクールで彩花と一緒にプレーしていた頃は、こんな事は絶対に有り得なかったというのに。

 あの頃は確かに練習は過酷だったが、それでもスクールの生徒たちの誰もが充実した笑顔で、ただ純粋に競技に取り組む事が出来ていた。

 それなのに日本のスポーツ界においては欧米諸国と違い、今も暴力事件が数多く報じられている。


 今回のような学校の部活動での暴力事件もそうだが、最近ではプロ野球でも監督がサインミスをやらかした選手を殴ったとか、大相撲でも横綱が場所中に忘れ物をした付き人の序ノ口を殴ったとか、何度も何度も大々的に報じられてる始末だ。

 あまりにも暴力事件が後を絶たないもんだから、大相撲のお偉いさんが『暴力撲滅宣言』を大々的に公言する有様だ。

 どうしてこんな馬鹿げた事が、日本のスポーツ界では後を絶たないのか。


 この日本において、スポーツとは一体何なんだろうか。

 この日本において、部活動とは一体何なんだろうか。

 ただ純粋に競技に取り組む事の、一体何がいけないというのだろうか。


 パトカーがサイレンを鳴らして走り去った後も、隼人は美奈子に寄り添いながら苦虫を噛み締めたような表情で、そんな事を考えていた。


 「母さん。大した怪我じゃないと思うけど、取り敢えず保健室に行こう。」

 「ええ、有難う隼人君。皆はもう帰っていいわ。私たち大人のせいで変な騒ぎになっちゃって、本当に御免なさいね。」


 その後、警察に逮捕されたジジイは、取り調べにおいて真剣な表情で、自らの正当性を頑なに主張。

 今回の逮捕は不当逮捕であり、自分は何も悪い事などしていない、即座に釈放すべきだと、物凄い剣幕で取り調べ担当の警察官にまくしたてたのである。

 

 「俺らがまだ若かった頃はな!!仕事が出来ん奴には親方からハンマーが飛んできたもんや!!それでも親方に対して『ご指導ご鞭撻べんたつ、誠に有難うございました。』などと、逆に感謝したもんや!!」

 「教師が生徒を殴った時もな!!生徒は母親から『後で先生に礼を言いなさいよ!?』などと、逆に叱られたもんや!!」

 「それなのに何や最近の若いもんは!!ちょっとしつけただけですぐに暴力だとか騒ぎよって!!」

 「これは暴力やない!!教育や!!お前んたぁはそんな事も分からへんのか!?」


 今の令和の時代においても昔ながらの昭和気質から抜け出せていない、未だに昭和の時代に取り残されているジジイの姿に、呆れたような表情を見せる警察官。

 そんなジジイが稲北高校を懲戒解雇処分となり、刑事裁判において懲役6カ月の実刑判決を言い渡されて、刑務所にぶち込まれる事になるのは、また先の話である…。

 次回から地区予選編がスタート…するのですが。

 仕事が壊滅的に忙しくなってきた事と、地区予選編と県予選編、Bルートのプロットの見直しを行いたいと思った事から、申し訳ありませんが第47話「ごめんね、静香ちゃん」の掲載は10月5日(土)とさせて頂きます。

 いつも作品を楽しんで下さっている皆さんには本当に申し訳なく思っておりますが、どうかご理解頂きたく存じます。


 は?3連休が2回?そんなのある訳ねえだろwwwwww

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