第42話:どいつもこいつも藤崎六花
遂に出会ってしまった六花と直樹。
「ああああああああああっ!!クソがぁっ!!」
その日の夕方5時。リクルートスーツ姿の直樹が、とても不機嫌そうな表情で自宅の玄関の扉をガラガラと開け放ったのだった。
そんな息子を母親が、とても不安そうな表情で出迎えたのだが。
「お帰りなさい、直樹君。面接どうだった?」
「不採用だよ!!」
「そうなの…。」
自分を理不尽に怒鳴り散らす息子の姿を、直樹の母親が悲しみの表情で見つめている。
あの日、彩花への虐待事件の責任を学園長に追及された直樹は、聖ルミナス女学園バドミントン部の彩花専属コーチを解任されてしまい、僅か1カ月で無職になってしまった。
その後も直樹はめげる事無く、小中高大と愛知県内の様々な学校に電話を掛けまくり、バドミントン部のコーチや監督として雇ってくれないかと持ち掛けたのだが、全て断られてしまったのだ。
もうすぐ5月という時期的な問題もあり、既に顧問の先生が決まっていたり、あるいは外部から既にコーチや監督を雇用済みだという学校が多かったというのもあるが、どこの学校も口を揃えて直樹にこう告げたのである。
『藤崎六花さんだったら、是非うちに来て頂けたらと思っているんですけどねえ。』
そう、六花。六花。六花。どいつもこいつも六花。
どうせ来て貰うなら直樹のような無名の選手ではなく、六花のような実績も知名度も人格も充分な人材に来て貰いたいと…どこの学校もそれを望んでいるのだ。
直樹は去年の大学選手権の愛知県予選を準優勝したという実績を、多くの学校にアピールしているものの、全くいい返事を貰えていない。
それでも今日、顧問の若手女性教師が産休でしばらく休む事になったという理由から、ようやく面接を受けさせてくれた岡崎市の中学校に足を運んだのだが、見事に不採用になってしまったのである。
聖ルミナス女学園を、たった1カ月でクビになった事を不安視されたというのもあるが、何よりも面接官を務めた校長から、直樹の人格面を問題視されてしまったのだ。
1分も面と向き合って話せば、その人がどれだけ取り繕っていても、どういう人物なのかは大体分かる。
この人に子供たちを任せるのは不安だと…校長にそう思われてしまった直樹は、見事にその場で不採用を言い渡されてしまったのである。
「ねえ直樹君。何もバドミントンのコーチに拘らなくても、普通の会社に面接を受けに行ったら駄目なの?」
直樹の母親は、そんな至極当然そりゃそうだと言わんばかりのアドバイスを、不安そうな表情で息子に送ったのだが。
「ざけんな!!俺は去年の大学選手権の愛知県予選を、準優勝した実績を誇る武藤直樹様だぞ!?しかもJABS名古屋支部の支部長からもコーチとして招聘された実績もあるんだ!!そんな俺に一般企業なんかに就職しろってのかよ!?」
それを直樹が、怒りの表情で突っぱねてしまったのだった。
その直樹の怒鳴り声に、母親は思わずビクッとなってしまう。
「だ、だけどね直樹君、どこの学校からもコーチや監督の就任を断られたんでしょう?だったらもっと現実を見ないと…。」
「うるせえっ!!」
直樹にはバドミントンの様々な大会で、多くの実績を残してきたという自負がある。
去年の大学選手権の愛知県予選で準優勝したというのも、その実績の1つだ。
それらの輝かしい実績が直樹を天狗にしてしまい、変なプライドを持たせてしまっているのか。
一般企業では働きたくない、今後もバドミントンに関わる仕事をしたいと…いいや、自分はバドミントンの指導者になるべき存在なのだと、直樹に思わせてしまう程までに。
「そんな事より腹減った!!さっさとメシにしろメシメシ!!」
「待って直樹君。実は直樹君にお客様がいらしてて、先程から応接室でお待ち頂いているんだけど…。」
この母親の言葉に、直樹は怪訝な表情になってしまう。
「客だぁ!?俺は名古屋に知り合いなんざ居ねえぞ!?」
「そ、それがね、そのお客様というのが…。」
「ゴチャゴチャゴチャゴチャうるせえんだよ!!俺は今、物凄く機嫌が悪いんだ!!客の相手なんざ、してられねえんだよ!!」
どんな客が来ているのかまでは知らないが、とっとと追い出して晩飯にしてやろうと、直樹はズケズケと応接室へと向かっていく。
「あああああああクソが!!六花!!六花!!六花!!六花!!六花!!どいつもこいつも藤崎六花!!」
電話越しに何度も何度も聞かされた忌々しい名前を連呼しながら、直樹は応接室の扉を派手に開け放ったのだが。
「マジでムカツクんだよ!!死ね!!藤崎六花ぁっ!!」
果たして扉を開け放ったその先には、直樹に名前を連呼された六花が、ソファに座って優雅にお茶を飲んでいたのである…。
予想外の人物の登場に、直樹は驚きを隠せない。
「なっ…!?ふ…藤崎六花!?何でここに居るんだよ!?」
「何でって、貴方に用があったからに決まっているでしょう?学園長から貴方の住所がここだって聞かされてね。」
「んだよ、あのクソジジイが!!俺をクビにしたくせに余計な事をペラペラと!!」
「貴方のスマホにも何度も電話を掛けたんだけど…。」
「面接中だったから出れなかったんだよ!!」
「そうなの。」
「ああああああああああああっ!!…ったくよおっ!!」
とっても不満そうな表情で、直樹はどっかりと六花と反対側のソファに座ったのだった。
仮にも年長者である六花に対して、この無礼極まりない態度。
そんな直樹を、六花が厳しい視線で睨みつけていたのだが。
「…それで、俺に用って何なんだよ!?」
「……。」
「おい!!黙ってたら分かんねえだろうがよ!!」
「……。」
こいつは一体何を言っているんだと…六花は本気で怒りを爆発させたのだった。
彩花の事を謝ろうともしない。それどころか彩花の母親である自分の事を、とてもウザそうな表情で睨みつけている。
どんな用件で自分がここに来たのか位、言われなくても分かるはずだろうに。
ソファに座って向かい合う直樹と六花の姿を、直樹の母親が不安そうな表情で見つめている。
「…ああそうかそうか、分かった分かった。今、思い出したわ。」
やがてニヤニヤしながら六花にそう告げた直樹は、慌てて応接室を出て行ったのだが。
1分程経って戻ってきた直樹は、六花の目の前のテーブルの上に、彩花のスマホと財布を無造作に投げつけたのだった。
「…おらよ。これで文句ねえだろ。」
そう言えば彩花からスマホと財布を取り上げたままだったという事を、直樹は今頃になって思い出したのである。
「じゃ、確かに返したからよ。おい、お袋!!メシにしろメシメシ!!」
だが、それだけ言い残して応接室を出て行こうとした直樹の右手首を、六花が怒りの表情で左手で掴んだのだった。
「な、何だよ!?まだなんかあんのかよ!?」
「…まだ話は終わってないわよ?」
一体何なんだ、こいつはと…六花は直樹に対して本気で怒りを顕わにしていた。
一般常識が欠落しているとか、礼儀作法がなっていないとか、周りへの気配りが出来ていないとか、最早そういうレベルの話ではない。
何でこんな奴が支部長にスカウトされたのかと…何でこんな奴が彩花専属のコーチとして雇われたのかと…六花はやるせない気持ちで一杯になってしまっていた。
「大体の事情は彩花から全て聞かされたわ。どうして貴方は彩花に対して、あんな酷い真似をしたのかしら!?」
「…んだよ、そんな事かよ。くっだらねえなぁ。」
「くだらないですって!?」
そんな六花の怒りなど知った事では無いと言わんばかりに、六花の左手を無理矢理振りほどいた直樹が、とてもウザそうに六花に対して怒鳴り散らしたのだった。
「仕方ねえだろ!?徹底的に厳しく指導しろ、アンタや須藤隼人に絶対に甘えさせるなって、俺だって支部長からキツく言われてたんだからよ!!」
「それで貴方は彩花を、黒衣に呑まれるまで追い込んだって言うの!?」
「うるせえなあ!!そんなの知らねえよ!!あいつが黒衣に呑まれたのは俺のせいじゃねえ!!どう考えても学園長のせいだろうが!!」
六花に対して理不尽に怒鳴り散らす直樹を、そんな直樹に対して一歩も引かない六花を、母親がとても心配そうな表情で見つめている。
「彩花の身体はね!!全身筋肉痛でズタボロになっていたのよ!!明らかに貴方が課した過度のオーバーワークが原因でね!!」
「だ・か・ら!!俺だって支部長からキツく言われてたって言ってんだろうがあっ!!」
「それに食事だって完全栄養食と水道水しか彩花に与えなかったらしいわね!!こんなの家畜同然の扱いじゃない!!」
「何がいけねえんだよ!?完全栄養食なら必要な栄養素を全て補えるだろうがぁっ!!」
六花は目の前の直樹のクズっぷりを目の当たりにさせられて、はっきりと思い知らされたのだった。
こいつは確かに現役時代は有名な選手だったかもしれないが、指導者としては完全に無能なクズだと。
日本のプロ野球には『名選手は名監督にあらず』という諺がある。
選手としては有能な人物でも、監督としても有能だとは限らないという事なのだが。
六花もJABS名古屋支部で色々と直樹に関する資料を調べてみたのだが、直樹は確かに学生時代は多大な実績を残した有力選手だったようで、今年の7月に開催予定のパリオリンピックの日本代表の、最終候補にも選ばれていたようだ。
結局代表に選ばれずに落選してしまったのだが、それだけでも凄まじい偉業だと言えるだろう。
だがそんな直樹でさえも、指導者としては完全に無能だったという訳だ。
そして支部長は、こんな直樹に対して碌な調査も面談もせずに、直樹の実績ばかりに目を奪われてしまい、彩花専属のコーチとして誘いをかけてしまったのである。
その結果が、御覧の有様なのだ。六花はやり切れない気持ちで一杯になってしまっていた。
だからと言って、ここで直樹の事を責め続けた所で、何も解決などしない。
失った時間は、もう二度と巻き戻せない。彩花への虐待を無かった事になど出来はしないのだから。
だからこそ、六花が今ここで成さねばならない事は、ただ1つ。
「…武藤君。今からラケットとシャトルを持って、私と一緒に近くの公園に来なさい。」
「何ぃ!?」
「私と勝負をして勝つ事が出来たら、今回の件を許してあげるって言ってるのよ。」
そう、同じバドミントンプレイヤーとして、バドミントンで白黒付けるだけの話だ。
自分に対して左手でラケットを突き付ける六花を、直樹は一瞬驚きながらも、やがて腹を抱えながら爆笑してしまう。
「ぶはははははは!!シュバルツハーケンのエースだか何だか知らねえけどよ!!引退して2年も経ってるBBA如きが、俺様に勝てると本気で思ってるのかよ!?」
「な、直樹君!!馬鹿な真似は止めて頂戴!!」
「うるせえぞクソBBA!!そもそも、こいつが言い出した事だろうが!!」
妖艶な笑顔を見せながら、直樹は六花に対して高々と宣言したのだった。
「いいぜ。やってやんよ。けどな、大怪我しても知らねえからな!?俺様のパワーバドミントンの恐ろしさを、アンタに思い知らせてやるよ!!」
次回は六花VS直樹。




