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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第3章:高校生編
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第40話:何言ってんだ、お前

 普段は優しい人ほど、マジ切れさせると怖いって言うね。

 翌日の朝9時。いつものようにJABS名古屋支部に出社してタイムカードを押した六花は、いつものように他の社員たちに穏やかな笑顔で挨拶をしながら…いつもと違って自分のデスクではなく、真っ先に支部長室へと向かう。

 その支部長室では支部長がスマホを耳に当てながら、完全に憔悴しょうすいし切った表情で学園長と通話をしていたのだった。


 「支部長。失礼します。」

 「だから楽田さん!!その件に関しては私に責任を押し付けられても困ると、先程から何度も楽田さんに言っているではありませんか!!」

 

 余程焦っているのだろうか。六花がノックをして部屋に入ってきたにも関わらず、支部長は六花の存在に全く気付く気配が無い。

 直樹が彩花に対して虐待まがいの行為をしでかし、その結果として彩花が黒衣に呑まれてしまった件について、電話で学園長から聞かされているのだろう。

 それを支部長の電話のやり取りを少し聞いただけで、六花は一瞬で理解したのだった。

 

 「…ええ…ええ…!!ですから私は武藤君を楽田さんに紹介しただけであって!!その武藤君のやらかしについてまで私に責任を押し付けられても、正直困るのですよ!!」


 そして今、2人が言い争っている内容というのが、本来2人が腰を据えて話し合わなければならない事であるはずの


 『黒衣に呑まれた彩花を、どうやったら救えるのか』


 などではなく…よりにもよって


 『互いの責任の押し付け合い、互いの罪のなすり合い』


 のようだ。

 何という無責任な連中なのか。そして何という無様な醜態を晒しているのか。

 この期に及んでも尚、支部長も学園長も己の保身に執着し、互いに身勝手なエゴを押し付け合っているのだ。

 こんな…こんな愚かな連中が、組織のトップに君臨しているとでも言うのか。こんな連中に彩花は1ヶ月も苦しめられ続けたというのか。

 それを思うと、六花はやるせない気持ちで一杯になってしまったのだった。


 「と、とにかく、我々JABSは藤崎彩花君の黒衣の件については、一切責任を持つ事は出来ませんから!!」


 一切責任を持つ事は出来ない…その支部長のあまりにも無責任な言動に、六花は怒りを爆発させて黒衣を纏ってしまう。


 「そもそもの話、武藤君のせいでこうなったんですから!!聖ルミナス女学園の方で責任を持って、何とかして貰いますよ!?それでは!!」

 

 学園長との通話を無理矢理切った支部長が、呆れたような表情で深く溜め息をついたのだが。


 「はぁ…全く楽田さんも、一体何を考えとるだ。」

 「おはようございます、支部長。もうよろしいですか?」

 「ひぎゃあああああああああああああああああああ(泣)!!」


 そんな無様な醜態を晒す支部長を、黒衣を身に纏った六花が冷酷な瞳で睨みつけていたのだった。

 その六花から放たれる凄まじい『圧力』の前に、思わず支部長は腰を抜かして椅子から転がり落ちてしまう。


 「支部長。どうやら学園長から聞かされたようですが、彩花が黒衣に呑まれました。」

 「ふ、藤崎君!!ま、まさか君までもが黒衣を纏ってしまったとでも言うのかね!?」


 彩花が黒衣に呑まれてしまった事に関しては、先程学園長から聞かされたばかりなのだが…まさか六花までもが黒衣に目覚めてしまったとは。

 黒衣とは類稀な才能を有する者が、深い『絶望』に堕ちた際に顕現するとされている、まさに『絶望の象徴』だ。

 それを、よりにもよって…他でも無い六花が目覚めてしまったのだ。

 それがJABSにとって、何を意味する事になるのか…支部長は冷酷な瞳で自分を睨み付ける六花の姿に、完全に取り乱してしまっていたのだった。


 「ご心配なく。彩花と違って完全に制御出来てますから。」

 「そういう問題では無いだろう!?君は今、自分が置かれている立場という物を理解しているのかね!?君は我らJABSのイメージキャラクターなのだぞ!?そんな君が黒衣を纏うなど、許されるとでも思っているのかぁっ!?」


 そう、六花はJABSのイメージキャラクターだ。JABSの…いいや、日本のバドミントン界の『象徴』とも言うべき存在なのだ。

 それ故に六花には外回りの営業活動や広報活動の際に、JABSの職員の誰よりも『人格』や『潔癖さ』、『清廉さ』を厳しく求められているのである。

 声優やアイドルが所属事務所から、イメージが傷つくから酒や煙草は一切禁止だとか言われたりするのと、まあ似たような物だ。

 その六花が。誰よりも清らかさを厳しく求められている存在である、JABSのイメージキャラクターを務める六花が。よりにもよって黒衣に目覚めてしまったのである。


 「許すも何も、私と彩花に黒衣を顕現させたのは、他でも無い貴方たちでしょう?支部長。」


 勿論六花とて、そんな事は百も承知だ。

 自分がJABSのイメージキャラクターとして、一体何を求められているのかを。

 だが六花の言うように、ここまで自分と彩花を追い詰めたのは…他でも無い支部長だ。

 その支部長から今更イメージキャラクターがどうこう言われた所で、今の六花の胸には全く響かなかった。響く訳が無かった。


 「貴方が嫌がる彩花を無理矢理聖ルミナスに行かせたせいで、絶望した彩花が黒衣に呑まれてしまった訳ですからね。」

 「そ、それに関しては武藤君の責任だ!!私はただ武藤君を学園長に紹介しただけ…!!」

 「その武藤君を支部長が学園長に紹介したせいで、こんな事になってしまったのでしょう?貴方に責任は一切無いとは言わせませんよ?」

 

 有無を言わさぬ『圧力』でもって、支部長の反論を一切許さない六花。

 その六花の冷酷な瞳の前に、支部長はすっかり腰を抜かして、完全に気圧されてしまっている。

 その支部長の無様な姿に、六花は呆れたように溜め息をついたのだった。

 今、ここで支部長に責任を追及した所で、すぐに彩花の黒衣がどうこうなる訳ではない。

 六花には彩花の為に、成さねばならない事があるのだ。


 「で、では君は、私に一体どうしろと言うのかね!?」

 「私の要求は3つです。まず何があろうと彩花の大会出場を認めて下さい。あの子は隼人君や朝比奈さんと、公式試合で戦いたいと言っていますから。」

 「な、何を馬鹿な事を言ってるのだね!?今の黒衣に呑まれた藤崎彩花君を表舞台に出すなど、我らJABSが世間からどう思われるのか…!!」

 「その黒衣を何とかする為に、彩花には隼人君や朝比奈さんと、公式の舞台で試合をさせなければならないと…私はそう言っているのですよ。」


 彩花は六花に、涙ながらに語っていたのだ。

 ハヤト君だけじゃなく、静香ちゃんとも公式の舞台で全力で戦いたいと。

 その望みを叶えてあげる事こそが、彩花の黒衣を浄化する鍵になるのではないかと…そう六花は支部長に言っているのだ。

 その為には彩花にも隼人にも静香にも、何としてでも県予選まで勝ち進んで貰わないといけないのだが…まぁこの3人なら県予選までなら楽勝で勝ち進む事だろう。

 勿論勝負の世界に絶対は無いので、万が一3人が地区予選で負けた時の事も考えてやらないといけないのだが。


 「それと、彩花を聖ルミナスに行かせなければ玲也さんが職を失うとか言っていた事…今すぐに取り消して下さい。さもなくば…。」

 「そ、その事なのだがね、藤崎君。確かに私は、ミズシマ商事の社長の水島君とは旧知の仲だが…。」


 今度は逆に支部長を脅そうとする六花だったのだが、支部長は六花に対して引きった笑みを浮かべながら、とんでもない事を言い出したのである。


 「いかに知人が経営している会社とはいえ、全くの部外者である私に人事権などある訳が無かろう?ははは、ははははは…。」


 次の瞬間、六花が腰を抜かしている支部長を物凄い形相で睨みつけながら、バァン!!と、物凄い勢いで机に右手を思い切り叩きつけたのだった。

 

 「ひぎゃあああああああああああああああああああああ(泣)!!」

 「…何言ってんだ、お前…!?」


 支部長の爆弾発言に、怒りを爆発させる六花。

 こんな…こんな奴のせいで、彩花は聖ルミナス女学園で生き地獄を味合わされ、貴重な高校生活を台無しにされてしまったとでも言うのか。

 そして六花もまた、こんな奴に振り回されて、一時は彩花から本気で憎まれてしまったとでも言うのか。

 六花は許せなかった。身勝手なエゴによって自分たちを振り回した支部長の事が、心の底から許せなかった。

 それに彩花を傷付けた直樹も、証拠隠滅の為に彩花を殺そうとまでした学園長も。


 「ふ、藤崎君、分かったから!!私が悪かったから!!取り敢えず黒衣を収めたまえええええええええええええええええええっ(泣)!!」

 「…ちっ。」


 支部長に泣きながら懇願されて、六花は舌打ちしながら黒衣を解除したのだった。

 いくら支部長の事が許せないからと言って、今ここで支部長を殴って蹴って袋叩きにする訳にはいかない。

 そうしたいのは山々なのだが、そんな事をすれば立派な傷害罪となり、六花は警察に捕まってしまうからだ。

 それで罰金で済ませられるならまだいいが、起訴されて裁判で実刑判決を言い渡されて刑務所に放り込まれてしまったら、折角再会出来た彩花と再び離れ離れになってしまうではないか。

 そんな物は、とてもじゃないが六花には耐えられなかった。


 「はぁっ!!はぁっ!!はぁっ!!ひいっ!!ひいっ!!ひいいいいいいいいいいいいいいっ(泣)!!」


 だからこそ、今ここで六花がすべきなのは、こんなゴミクズみたいな支部長に暴力を振るう事では無い。

 彩花の為に、今、成すべき事を成さなければならないのだ。


 「最後の要求ですが…以前も言いましたが、私を聖ルミナスに出向させて下さい。彩花専属のコーチ兼任マネージャーとしてね。」


 支部長は以前、六花に言っていた。

 六花のような何時でも何処でも甘えられる存在は、今の彩花には不要だと。

 だがその結果、直樹の暴走によって、彩花はこんな事になってしまったのだ。

 だからこそ、もう同じ過ちは二度と繰り返させない。


 「支部長のお望み通り、私が彩花を最強の選手に育て上げてみせると言っているのですよ。あんな武藤直樹とかいうゴミクズクソコーチなんかと違ってね。」


 今度は六花が。他でも無い六花自身が。

 愛情をしっかりと込めて、彩花を鍛えないといけないのだ。

 もう六花は支部長に、一切の反論を許すつもりは無かった。


 「わ、分かった!!分かったから!!もう君の好きなようにしてくれぇっ(泣)!!」

 「では今から学園長に電話を繋いで下さい。私から学園長に事情を説明しますので。」

 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい(泣)!!」


 言われた通りスマホを操作して、学園長のスマホに電話を掛けた支部長。

 そのプルルルルル鳴ってるスマホを、六花が支部長から強引に奪い取って耳に当てたのだが。


 『な、何だね渋谷君!!まだ私に何か話が…!!』

 「藤崎です。」

 『ひぎゃああああああああああああああああああああ(泣)!!』


 電話越しからでも、六花は即座に理解したのだった。

 学園長が怯えながら、椅子から滑り落ちて腰を抜かしてしまったのだという事を。


 「彩花から大体の話は聞きました。よくもまあ彩花を酷い目に遭わせてくれましたね。」

 『あ、あれは武藤君が勝手にやった事であって、私は何も知らされていなかったのだ!!私とて武藤君がまともな指導をしてくれると期待していたというのに、まさかあのような事態になるとは…!!』

 「貴方は学園の最高責任者なんですよね?自分の学園の生徒が外部のコーチから虐待されていたというのに、知らなかったなどという言い訳が通じると本気で思っているのですか?それに…。」


 一呼吸置いてから、六花は電話越しの学園長に対して怒りを顕わにしたのだった。

 

 「貴方は今回の件の証拠隠滅の為に、彩花を殺そうとしたんですよね…!?」

 『そ、そんな物は藤崎彩花君の狂言だ!!そもそも証拠はあるのかね!?証拠は!?』

 「…そうですね。確かに証拠は無いですね。」


 学園長の苦し紛れの言い分に、苦虫を噛み潰したような表情になる六花。

 確かに学園長の言うように、学園長が彩花を殺そうとしたという証拠は何も無い。

 スマホやICレコーダーなどで音声が残ってさえいれば、六花もそれを証拠として警察に駆け込み、被害届を出していただろうが。

 今、六花が警察に被害届を出した所で、警察としても捜査はするだろうが、絶対的な証拠が何も残っていない以上は学園長にシラを切られ、嫌疑不十分となって終了だろう。

 だが、それでも。


 「ですが、彩花が聖ルミナスでの学校生活の最中に絶望し、黒衣に呑まれた。それは紛れも無い事実ですよ?」


 そう、大人たちの身勝手なエゴのせいで、深い絶望の底に突き落とされた彩花は、黒衣に呑まれてしまったのだ。

 それは、それだけは、六花は絶対に許すつもりは無かった。 


 『で、では君は私に対して、一体どう責任を取れと言うのかね!?』

 「先程、支部長と話をしましたが、私は本日付けで聖ルミナスに出向させて頂く事になりました。彩花専属のコーチ兼任マネージャーとしてね。まずはそれを認めて下さい。」


 だがそれでも、今の六花には彩花の為に、成さねばならない事がある。

 今ここで学園長を責めた所で、彩花の黒衣をどうこう出来る訳では無いのだから。


 『わ、分かった!!君のコーチ就任を認める!!』

 「それと彩花の専属コーチを務めていた、武藤君と話をしたいのですが。」

 『む、武藤君なら先日、今回の件で懲戒解雇したばかりだ!!だから今は我が校には在籍していない!!』

 「では彼の住所と電話番号を私に教えて下さい。」

 『も、勿論だ!!愛知県名古屋市…!!』

 「…はい…はい、分かりました。」


 学園長に教えて貰った直樹の住所は、聖ルミナス女学園からそんなに離れていない一軒家だった。

 直樹にも言いたい事は色々あるが、取り敢えずは学園長との今後の打ち合わせが先だ。


 「では今から今後の打ち合わせの為に、そちらに伺わせて頂きますので。恐らく10時半までには、そちらに着くと思います。」

 『わ、分かった、10時半だね!?警備員には私から話を通しておくから!!』

 「よろしくお願いします。それでは失礼します。」


 通話を切った六花は、未だに腰を抜かしている支部長にスマホを返したのだが。


 「そ、その、藤崎君。折角聖ルミナス女学園に、君のような高名な指導者がコーチとして出向するのだ。」


 次の支部長の何気無い発言が、六花の逆鱗に触れてしまう事になるのである…。


 「藤崎彩花君専属などと言わず、他の部員たちの練習の面倒を見てくれても…。」


 バァン!!


 「ひぎゃあああああああああああああああああああああ(泣)!!」

 「…何言ってんだ、お前…!?」


 またしても黒衣を纏って机を右手で派手にぶっ叩いた六花が、怒りの形相で支部長を睨み付けたのだった。

 確かに支部長の提案は正論も正論。本来であれば文句を言われる筋合いなど微塵も無いはずなのだが。

 

 「こちとら彩花の黒衣を何とか浄化しようと神経擦り減らしてんだよ!!他の子の面倒を見る余裕なんざ、これっぽっちもあるわけねえだろうが!!てめえのちんちんを〇〇〇して×××して△△△すっぞコラァ!?」

 「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい(泣)!!」


 小説家になろうに掲載しようものなら、作者が一発でアカウント停止になりかねないような卑猥ひわいな単語が、六花の口から立て続けに飛び出したのだった。

 六花に罵声を浴びせられた支部長が、泣きながら思わず両手でちんちんを押さえてしまう。

 そう、状況が悪過ぎた。今の状況があまりにも悪過ぎたのである。

 ただでさえ彩花の面倒を見るので手一杯の状況で、他の子の面倒など見れる訳が無いのだから。


 「…ではそういう訳なので、今から学園長との打ち合わせの為に聖ルミナスに行ってきます。終わり次第戻ってきますので。」

 「ひっぐ…ひっぐ…えっぐ…(泣)!!」

 

 そもそも聖ルミナスにはもう1人、外部から雇われた監督がいるではないか。

 他の子たちの面倒なら、その監督に任せておけばいいだろう。

 そんな事を考えながら、六花は腰を抜かしている支部長を無視し、決意に満ちた表情で支部長室を出て行ったのだった。

 次回は久しぶりに様子の登場ザマスよ。

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