第33話:お母さん、助けてよ
1ヵ月近くもお待たせしてしまいましたが、FF14のパッチ7.0のメインクエストがようやく片付いたので、執筆活動を再開致します。
一般的に人間の徒歩での移動速度は、大体4~5km/h程度だとされている。
それ故に本来の彩花なら5時間もあれば、20km先の自宅のアパートまで何とか歩いて帰れる計算になるのだが。
直樹による虐待行為によって生き地獄を味合わされ、身も心も限界までボロボロになってしまった今の彩花では、5時間で20kmを踏破するというのは到底無理な話だった。
しかも直樹に財布を取り上げられてしまったせいで無一文になってしまった彩花は、道中でスーパーやコンビニに立ち寄り、飲み物や食べ物を購入する事すらままならないのだ。
直樹によって課された過度のオーバーワークのせいで全身がギシギシと悲鳴を上げる中、何度も休憩を挟みながら何時間も歩き続ける彩花。
全く土地勘が無い場所ではあるものの、それでも津島方面の線路を目印に、ひたすら西へ西へと向かっていく。
お母さんに会いたい、お母さんに助けて欲しい…ただその想いだけを胸に秘めて。
「はあっ、はあっ、うっ…あぐっ…!!」
何度も休憩を入れてはいるものの、それでも何時間も歩き続けたせいで、両足がズキズキと筋肉痛に襲われてしまっている。
それに空腹も、既に限界が近くなってしまっている。
水分に関してはトイレを利用する為に立ち寄ったコンビニで、手を洗うついでに水道水を飲む事でどうにか補給する事が出来た。
だが直樹に財布を取り上げられて無一文になってしまったせいで、彩花は食料品を購入する事すら出来ないという有様なのだ
今はまだ4月下旬で過ごしやすい気候だから良かったものの、これが真夏の炎天下だったら、今頃彩花は熱中症でぶっ倒れてしまっている事だろう。
それでも彩花は、弱音を一切吐かずに歩き続ける。
お母さんに会うという希望を胸に秘め、ひたすら西へ西へと。
聖ルミナス女学園に入学する以前の、六花と2人きりの穏やかな日々を回想しながら、疲労と筋肉痛と空腹に襲われながらも、彩花は決して挫けない。
「も、もう少しだ…!!もう少し…!!」
やがて彩花が自宅のアパートの最寄り駅である名鉄勝幡駅まで辿り着いた頃には、もうすぐ夜8時になろうとしていた。
名古屋から20kmもの道のりを、彩花は8時間も掛けて見事に歩き通したのだ。
逆に言うと本来なら5時間で踏破出来る距離でありながら、直樹のせいで身も心もボロボロになってしまった彩花は、踏破するのに8時間も掛かってしまったのである。
勝幡駅の入口の壁にもたれかかって座り込み、激しく息を切らしながら一旦休憩する彩花。
津島方面に向かう電車から降りてきた乗客たちが、一体何事なのかと怪訝の表情で彩花を見つめている。
いや、まだこれで終わりでは無い。ここからさらに自宅のアパートまで歩かないといけない。
幸いな事にここから自宅までは、そんなに距離は離れていない。大体1km前後といった所だろうか。
これまでの20kmもの道のりと比べたら全然大した事は無い。たったの20分の1ではないか。
自らの両頬をバチンと両手で叩き、気合を入れ直した彩花は決意を秘めた表情で立ち上がり、再び自宅のアパートまで歩き始めたのだった。
もうすぐ5月になるとはいえ、夜はまだまだ冷える。
彩花は空腹だけでなく寒さにも耐えながら、今度は通い慣れた道を北へ北へと歩き始めた。
「お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん…!!」
まるで縋るかのように、何度も何度も「お母さん」と連呼する彩花。
何の連絡も無しに…というか直樹にスマホを取り上げられてしまったせいで、連絡すら出来ない状態で突然帰宅するのだ。
六花は彩花の姿を見て、びっくりするだろうか。
いや、六花の事だ。今のボロボロの彩花の姿を見た瞬間、感極まって有無を言わさず彩花の事をぎゅっと抱き締めてくれるに違いない。
そして心配そうな表情で、一体どうしたの?聖ルミナスで何があったの?などと、彩花の事を質問攻めにするのだろう。
事の詳細を六花に語ったら、六花は学園長と直樹に対して激怒するだろうか。
そして明日の朝にでも聖ルミナス女学園に抗議の電話を入れて、警察に被害届を出すと怒鳴り散らすに違いない。
その光景を思い浮かべた彩花は、目から大粒の涙を流しながら、今頃になって思い知る。
ああ、最初に警察に足を運んで、お巡りさんに保護して貰えば良かったのかな、と。
冷静に考えれば、最初からそうするべきだったのは分かっていたはずなのに。
だが今更後悔したところで、もう遅い。
今更時間を巻き戻す事など出来やしない。失ってしまった時間は、もう二度と取り戻す事は出来ないのだから。
そんな事よりも今は、彩花が心から望んでいる事がある。
早くお母さんの手作りのご馳走を、お腹いっぱい、たらふく食べたい。
お母さんに、ぎゅ~~~~~っと強く優しく抱き締めてほしい。
今の彩花の心の中にあるのは、ただそれだけだ。
あと少しで、それが叶う。
あともう少しで、六花がいる自宅のアパートに辿り着けるのだから。
ゴールデンウィークの期間中は、お母さんは仕事が休みなのかな。
もし休みだったら、京都の金閣寺を一緒に見に行きたいな。
ハヤト君も誘いたいけど、やっぱり部活を頑張ってるから無理なのかなあ。
そんな事を考えながら、希望を胸に抱きながら、彩花は必死になって歩き続けた。
そして。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、つ…着いた…!!」
もう周囲が真っ暗になってしまっている、夜8時半。
ボロボロになりながらも、遂に彩花は自宅のアパートに辿り着いたのだった。
「お母さん、助けてよ!!」
目から大粒の涙を流しながら、彩花がインターホンを鳴らそうとした、次の瞬間。
突然物凄い速度で車が彩花の背後に走り込み、急ブレーキ。
そして扉から勢いよく飛び出してきた、背広姿の3人の男たちが、いきなり彩花を拘束したのだった。
「んんんん~~~~~~~~~っ!!」
布のような物を巻かれて口を塞がれ、両手両足を縄で縛られ、有無を言わせず車のバックドアの中に放り込まれる彩花。
そのまま大急ぎでバックドアをバタンと閉めた男たちが、大慌てで車に乗り込んだのだった。
「よし、早く聖ルミナス女学園に戻れ!!藤崎六花君に気付かれたら大変な事になるぞ!!」
「し、しかし学園長、本当によろしいのですか!?彼女に対して、こんな拉致まがいの事を…!!」
「構わん!!藤崎君が武藤君に虐待された上に脱走したなんて事が世間にバレたら、我が校の評判はガタ落ちになるだろうが!!」
「で、ですが、これはもう犯罪なのでは!?それに彼女の気持ちを考えたら…!!」
「いいから早くしろぉっ!!」
「わ、分かりました…!!」
同乗していた学園長からの命令で、バックドアの中に彩花を閉じ込めたまま、大慌てで車を聖ルミナス女学園に向けて走らせる運転手。
彩花が脱走した事を大慌てで直樹から知らされた学園長が、事前に彩花と六花が住むアパートまで車を走らせて、虐待と脱走に関しての口封じの為に、彩花を拉致する為に待ち伏せていたのだ。
あと少しで…あと少しで、彩花は六花と再会出来たというのに。
六花の下まで、もう目と鼻の先まで迫っていたというのに。
バックドアの中に無理矢理押し込まれ、有無を言わさず何も見えない暗闇の中に閉じ込められた彩花。
その心の中にあるのは、深い深い「憎しみ」と「絶望」。
「…彩花?」
そこへようやく騒ぎを聞きつけたパジャマ姿の六花が、アパートの玄関から姿を現したのだが。
「今、彩花の声が聞こえたような気がしたんだけど…。」
六花の目の前に広がっているのは、彩花が連れ去られた直後で誰もいなくなってしまった夜の風景。
六花があと数秒早く騒ぎに気付いてさえいれば、六花は無事に彩花を保護する事が出来ていたというのに…。
「…気のせいかしら?」
その残酷な事実を知らずに首を傾げながら、六花はアパートの玄関をバタンと閉じたのだった…。
次回、限界まで追い詰められた彩花が、遂に…。




