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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第3章:高校生編
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第31話:全部

 舞台は再び稲北高校へ。

 美奈子が監督として躍動します。

 美奈子が六花に頼まれて稲北高校バドミントン部の監督を務める事になった際、現役時代の経験から心掛けている事が3つある。


 まず1つ目が、部員たちが練習や試合において100億%のパフォーマンスを発揮出来る環境を、美奈子自身の手で作ってあげるという事。


 監督である美奈子が部員たちの練習や試合の結果に一喜一憂し、結果を残せない部員たちに対していちいち腹を立てて怒鳴り散らしてしまうようでは、部員たちはビクビクしながら美奈子の顔色ばかり伺うようになってしまい、練習や試合に集中出来なくなってしまうのではないかと考えたのだ。

 そんな事になってしまえば、美奈子が


 「持ち味を存分に発揮して全力でプレーしなさい」


 なんて部員たちに言った所で、無理だろう。

 これに関しては美奈子自身も、六花と共にシュバルツハーケンでの現役時代に、その身を持って経験した事でもあるのだ。

 だからこそ自分が監督としてするべきなのは、部員たちを優しく温かく見守る事に専念する事を基本スタンスとした上で、何か技術的に気になった点があったら決して感情的にならず、「分かりやすく」「論理的に」指導してあげる事が大事なのだと…そう美奈子は判断したのである。


 2つ目は部員たちに「練習の為の練習」は決して行わせず、1つ1つの練習にどんな意味があるのかを、しっかりと納得するまで説明してあげるという事。


 例えば竜一がクソつまらないなどと文句を垂れていた基礎練習については、そもそも基礎が固まっていない内に応用に入った所で身につく訳が無いし、それ以前にプロでさえも基礎練習を決して怠らず、それどころかしっかりと時間をかけて行ってさえいるのだ。

 準備運動や柔軟体操にしても怪我の防止の為に絶対に必要…というか竜一が真面目にやらなかったせいで肉離れを起こしてしまったのは、読者の皆さんも周知の事実だろう。

 このように美奈子が考案した練習メニューに無駄な物など何1つ無いという事を、1つ1つの練習メニュー全てが実戦を想定しており、試合に勝つ為に絶対に必要不可欠な代物なのだという事を、部員たちに分からせてあげる事が大事なのだ。


 そして3つ目が、部員たちと積極的にコミュニケーションを取り、部員たちからの絶対的な信頼を得るという事だ。


 部員たちから何の信頼も得られないまま、ただ闇雲に厳しい練習ばかりを課してしまうだけでは、かえって部員たちからの反感を招いてしまうばかりか、


 「この練習に果たして本当に意味があるのか?」

 「須藤監督に言われた通りの練習をして、本当に大丈夫なのだろうか?」


 などと部員たちを不安にさせてしまうだけだろう。

 そうさせない為にも美奈子は積極的に部員たちと会話をして、信頼関係を築く事に尽力しているのである。

 会話の内容は何でもいい。それこそバドミントンとは全く関係の無い、


 「昨日の晩御飯、何食べたの?」

 「火星の魔王、私も毎週観てるけど面白いわよね。夫がメガリアル最強型のプラモデルをニヤニヤしながら買って来たのよ。」


 などといった雑談なんかでも構わない。

 年長者として、部員たちの悩みを真摯しんしに聞いてあげるのもいいだろう。

 そしてこれは隼人に美奈子の事を、部活動の最中に『須藤監督』と呼ばせなかった件にしても同様だ。

 あの後、翌日の職員会議の最中に、


 「実の息子が相手と言えども公私混同するな!!」

 「部活動の最中は『須藤監督』と呼ばせんか!!」


 などと、校長先生から一切の口出しをするなと言われていたにも関わらず、一部の年配の教師たちが我慢ならないと言わんばかりに、美奈子を物凄い剣幕で怒鳴り散らしたのだが。

 それでも隼人にはバドミントンをすさんだ気持ちではなく、六花がいつも言っているように楽しく真剣にやって欲しいと思ったからこそ、美奈子は隼人に部活動の最中においても『母さん』と呼ばせているのである。

 それにプロならともかく学校の部活動の範疇はんちゅうにおいては、何もそこまで公私の区別を厳しくする必要なんか無いだろうと…そう美奈子が判断したというのもある。


 と言うか隼人に『須藤監督』なんて呼ばれたら、むしろ美奈子の方が目をうるうるさせて泣きたくなってしまうからだというのが本音なのだが…。

 

 そういった美奈子の尽力もあって…というか竜一を叩きのめして部から追い出してくれた美奈子に、部員たちが心の底から感動したというのが大きかったのだが、とにかく美奈子は部員たちとの間に強い信頼関係を結ぶ事には成功した。

 元々隼人も含めて全員が真面目でいい子たちばかりだというのもあるが、とにかく普段の練習に『気持ち』を込めて、全員が真剣に取り組んでくれているのだ。

 こうして美奈子という最強の指導者を得た今の稲北高校バドミントン部は、これまで「ウンコより存在価値が無い」と言われていたのが信じられない程までに活気に満ち溢れ、部員たち全員が躍動していたのだった。


 そして美奈子が監督に就任してから、1週間が経過した頃。

 1セット5ポイント制の実戦形式の練習において、隼人と駆が対戦する事になった。

 2人は中学時代に戦った経験が無いので、これが初の対戦という事になる。

 

 「ワンセット、ファイブポイントマッチ、ラブオール!!1年4組・須藤隼人、ツーサーブ!!」

 「さあ、油断せずに行こう!!」


 審判役の女性部員に促された隼人は、左打ちの変則モーションから強烈な威力のサーブを放つ。


 「ひゅ~、怖ぇ~!!相変わらず凄ぇ威力のサーブだな!!隼人!!」


 それを駆が笑顔で隼人に打ち返すが、さらに隼人がカウンターで、駆の反対側のラインギリギリに向けて、強烈な威力のスマッシュを放つ。

 この瞬間、誰もが隼人の得点を確信したのだが。


 「リズムを上げるぜ!!」


 静香の縮地法にも劣らない凄まじい速度で、あっという間に隼人のスマッシュに追いついた駆が、難なく隼人のコートにシャトルを打ち返したのだった。

 予想外の出来事、そして駆のあまりのスピードに、観戦していた部員たちの誰もが驚きを隠せない。


 「今のを追い付くのか!!やるな駆!!」 

 「『一人一芸』!!俺は須藤監督に、この誰にも負けないスピードをアピールするぜ!!」


 どれだけ隼人がラインギリギリを狙っても、それを駆はいとも容易く追い付いてしまう。

 中学時代の地区予選の決勝で彩花に負けたのが、余程悔しかったのだろう。

 駆の持ち味のスピードは中学時代よりも、さらに磨きが掛かっていたのだった。

 隼人を相手に、バドミントンを楽しく真剣にプレーする駆。

 その愛しの教え子の勇ましい姿を、美奈子が慈愛に満ちた笑顔で見つめていたのだった。


 その圧倒的なスピードという『一人一芸』でもって、隼人を追い詰める駆。

 いや…追い詰めているはずなのだが。部員たちの誰もが、駆が隼人を追い詰めているように見えているのだが。

 それなのに、隼人を追い詰めているはずの駆が、どうして。


 「4-0!!」


 逆に隼人に追い詰められてしまっているのか。

 部員たちの誰もが信じられないといった表情で、目の前の光景を見せつけられていたのだった。

 一体全体、何がどうしてこうなったのか。

 駆は隼人のスマッシュを立て続けに拾っているのに。攻めているのは駆の方のはずなのに。試合の主導権を握っているのは間違いなく駆のはずなのに。

 それなのに、逆に隼人の方がマッチポイントを迎えてしまっているのだ。

 

 涼しい表情の隼人に対して、とても厳しい表情の駆。

 駆は隼人が何をしたのかという事を、瞬時に理解したのだった。


 「こ、こいつ…!!須藤監督が佐久間先輩にしたのと全く同じ事を、俺にしてきやがった…!!」


 コート上を縦横無尽に走り回っている駆に対して、必要最小限の動きだけで済ませている隼人。

 そう…美奈子が竜一との対戦で見せつけたのと同じように、隼人の動きには全く持って「無駄」が無いのだ。

 無駄が無いからこそ、こうして自身のスタミナの消耗を最小限に抑える事が出来ているのだし、無駄が無いからこそ、こうして必要最小限の動きだけで駆を追い込む事が出来ているのである。


 駆は確かに圧倒的なスピードでもって、隼人のスマッシュを立て続けに拾う事が出来ているのだが、それは隼人によって「拾わされていたから」なのだ。

 まるで隼人の掌の上で踊らされているかのような感覚を、駆は感じていたのだった。

 あの日、美奈子と戦った時の竜一と同じように。


 「…はっ!!」


 隼人が放った渾身のサーブに、必死に右手のラケットを伸ばす駆だったのだが。

 

 「くそっ!!それでも俺は諦め…っ!?」


 だが次の瞬間、駆のラケットを避けるかのように、隼人のサーブの弾道が突然変化したのだった。


 「なああああああいいいいいいいいっ!?」

 「ゲームセット!!ウォンバイ、1年4組・須藤隼人!!ワンゲーム!!5-0!!」

 「ドライブショット…!!マジかよ…!!」


 最後の最後に繰り出したのは、楓の株を奪うかのようなキレのあるドライブショット。 

 隼人は何でもこなせるオールラウンダーだ。竜一との試合で見せつけたように、楓や沙織ほど凄くはないがドライブショットも操れるのだ。

 かくして実戦形式の練習における隼人と駆の試合は、隼人の勝利で幕を閉じたのである。


 「お互いに、礼!!」

 「「有難う御座いました!!」」


 互いに爽やかな笑顔で、握手をする隼人と駆。

 そんな2人に対して祝福の声を上げる、周囲の部員たち。

 お前、凄ぇな。などと笑顔で隼人を褒め称える駆だったのだが。


 「天野君。スピードが凄いのは認めるけど、それを活かす為の持久力がまだまだ足りていないわね。」


 そんな駆に美奈子が、とても穏やかな笑顔でアドバイスを送ったのだった。


 「短期決戦に持ち込む事が出来ればいいんだけど、今のままだと持久戦に持ち込まれたら終盤に息切れしちゃうわよ。」

 「それは俺も自覚してるんすよ。だから毎朝登校前に軽くですけどランニングをしてるんすけどね。」

 「そうね。それに加えて天野君は食生活も改善するべきね。」

 「はあ!?食い物もっすか!?」


 駆に対して頷いた美奈子は、自分の考えを論理的に分かりやすく説明してあげた。

 美奈子は駆の体つきを一目見ただけで、駆が持久力という弱点を自覚した上で、毎朝ランニングを欠かさず行っているという事を瞬時に理解した。

 それは確かに評価すべき事なのだが、駆の身体には持久力を高めるために必要な栄養素が足りていない。美奈子はそれを瞬時に見抜いたのである。


 その上で美奈子が駆に提案したのは、たんぱく質や鉄分、ビタミンCを意識して摂取する事だ。

 毎日の主食として豚肉やレバー、卵、魚介類などを意識して食べるようにした上で、副菜としてピーマンやパプリカ、ブロッコリー、ひじきなどを、食後にフルーツを食べるのもいいとの事だ。

 その上で「先に野菜から食べる」事が、健康維持の為に重要になるらしい。

 理由は作者も知らん。 


 「はあ、分かりました。帰ったらお袋に話してみますわ。」

 「ええ、騙されたと思って試してみなさい。」

 「なあ隼人。お前の『一人一芸』って何なんだよ?お前は須藤監督に何をアピールするつもりなんだよ?」


 美奈子は以前、隼人たちに言っていた。

 これだけは他の誰にも負けないと自慢出来る、『一人一芸』をアピールしてみせろと。

 楓ならクレセントドライブ、駆なら先程の隼人との試合で見せつけたスピードだろう。

 だが全ての能力が突出しているオールラウンダーの隼人は、一体何をもって美奈子にアピールするつもりなのか。

 まさかオールラウンダーである事自体をアピールするつもりなのか…駆はそんな疑問を隼人にぶつけたのだが。


 「全部。」


 あっけらかんとした笑顔で、隼人はあっさりと駆に告げたのである。


 「全部!?」

 「うん。昨日家で晩御飯を食べてる時に、母さんに言われたんだ。全てを超越したパーフェクト・オールラウンダーを目指しなさいってさ。」

 「パーフェクト・オールラウンダー!?」


 唖然とした表情の駆の姿を見て、美奈子は思わず苦笑いしてしまう。

 そう、美奈子は隼人に言ったのだ。

 パワー、スピード、テクニック、スタミナ、メンタル、戦術眼…それら全てにおいて頂点を目指してみせなさいと。パーフェクト・オールラウンダーになってみせなさいと。

 勿論それは簡単な事では無い。だが隼人ならそれが出来るはずだと、美奈子はそれを確信しているのである。

 

 「ふふふっ、期待してるからね隼人君。それじゃあ私は他の試合も見てくるから。」


 そう言い残してその場を去った美奈子は、他のコートの試合にも目を通す。

 今まで弱小校と呼ばれていただけあって、確かにほとんどの部員たちは、まだまだ技術的にも身体能力も精神面においても、全国を目指すにあたっては全然足りていない。

 それどころか地区予選さえも、1つ勝てるかどうかすら怪しいというレベルだ。

 だがそれでも部員たち全員が、今よりずっと強くなってみせるんだという『気持ち』をもって試合に臨んでくれているという事が、美奈子には痛い程ひしひしと伝わってきた。 


 「ゲームセット!!ウォンバイ、1年4組・里崎楓!!ワンゲーム!!5-1!!」

 「しゃあっ!!」


 そんな中でも特に際立っていたのが、やはりクレセントドライブを操る楓の存在だ。

 六花は美奈子に言っていた。楓ちゃんの事を鍛えてあげて頂けませんか、と。

 これまでろくな指導者に恵まれなかったせいで、その凄まじい才能を持て余してしまっている、とても可哀想な子なのだと。

 六花にタブレットPCで動画を見せて貰った時は、成程これは確かに凄い才能の持ち主だと、美奈子は素直に感嘆した物なのだが。


 「桜井さん。さっきのドロップショットなんだけどね。かくかく、しかじか…。」

 「は、はい!!アドバイス有難う御座います、須藤監督!!」

 「それと里崎さん。私1つだけ気になったんだけど…。」 


 とても穏やかな笑顔で、試合を終えたばかりの楓と対戦相手にアドバイスを送る美奈子。

 美奈子はあの時の動画を、一目見ただけで確信したのだ。

 この子には、まだまだ凄まじい伸び代がある。それだけの資質を秘めている素晴らしい選手なのだと。中学時代の顧問は3年もの間、一体何をやっていたのかと。

 そして美奈子が本気で鍛えれば、楓が秘めた素晴らしい才能を充分に引き出した上で、今よりももっともっと楓の事を強く出来るという事を。

 それこそ冗談抜きで、中学時代は歯が立たなかったという隼人や彩花にさえも、充分に食らいつける程の選手に育て上げる自信が、今の美奈子にはあった。


 「皆、シングルスの試合は全部終わったわね?それじゃあ次はダブルスの試合に入るわよ?」

 「「「「「はい!!」」」」」


 とはいえ稲北高校バドミントン部の監督という立場上、隼人や楓にばかりに構っている訳にはいかず、全員を平等に見てあげないといけないのだが。

 それでも監督を任されたからには、隼人や楓だけでなく部員全員を徹底的に鍛えて、バドミントンプレイヤーとしても人間としても、強くたくましく成長させてあげようと。

 とても慈愛に満ちた瞳で、美奈子は可愛い教え子たちが懸命にプレーする光景を見つめていたのだった。

 次回、彩花が…。

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