第3話:今日のお母さんたち、なんか怖い
いよいよ初の試合描写です。
ちなみに作者はバドミントンのルールをほとんど知らずに描いてますwwww
その後も六花は圧倒的な成績を収め続け、毎年のように優勝に優勝を重ね、世界中のバドミントン界において一躍有名人となる。
その六花の圧倒的な活躍ぶりに目を付けた日本政府は、六花に対してオリンピックや世界選手権などといった国際大会への出場を、もう何度も何度もしつこく要請し続けているのだが、その度に六花は頑なに断り続けてきた。
「日の丸には興味が無い。シュバルツハーケンでのシーズンの方が遥かに大事。」
「もし国際大会で怪我でもしたら、国として責任を取ってくれるのか。」
「国際大会での成績は査定として認めて貰えない。これは首脳陣に確認済み。」
「そもそも彩花の面倒を見ないといけないのに、スイスを離れるなど言語道断。」
「監督からは君にとって貴重な経験になるだろうから、出たいのなら出てもいいよと言われているけど、私は絶対に出るつもりはない。」
それが六花が日本政府からの国際大会への出場要請を、頑なに拒み続けている理由だ。
そして出場要請がある度に、記者会見で六花がテンプレのように毎回語る上記の言葉に対し、ネット上では世界中で、
「藤崎はプロの選手であってアマチュアではない。世界を舞台に戦う事はアマチュアに任せて、プロはプロとしてシーズンを戦う事を仕事とするべきだ。」
「いやいや、天皇皇后両陛下からの直々のご要請もあったんだろ?それさえも怒鳴り散らして断るとか、幾ら何でも無礼にも程があるだろ。何様のつもりなんだ。」
「でも娘さんの面倒を見ないといけないんだろう?藤崎はシングルマザーだって事を忘れるなよ。」
「そんなもん別に託児所にでも預けとけばいいだろ。スイスのプロリーグにはシングルマザーの女性選手向けの託児所が完備されてるんだから。」
「国際大会に出るとなると合宿も含めて、最悪数か月はチームに拘束される事になる。そうなれば取り残された娘さんがどれだけ悲しむと思っているんだ。」
「六花たん巨乳美人だよ、彩花たん可愛いよ、ハァハァ(*´Д`)」
「親子丼って美味しいよね。」
などと言った激しい賛否両論が沸き起こっていたのだが、そんな事は六花自身も百も承知だし、別に誰に何を言われようが全く何とも思ってはいなかった。
六花にとっては彩花が全てだし、日の丸を背負う事なんざ本当にどーでもいい。
彩花を養う為にシュバルツハーケンで給料を稼ぐ事の方が、優勝した所で一銭にもならない国際大会なんかで戦うよりも、遥かに大事なのだから。
その一方でシュバルツハーケンの、もう1人の日本人選手の美奈子はと言うと。
毎年辛うじてシーズンの勝ち越しを決め続けて、毎年何人もの選手がチームを去る中で、何とか選手契約を勝ち取り続ける事が出来てはいた。
だがそれでも六花程の圧倒的な成績を残すとまではいかず、国際大会への出場にも一切声が掛からなかったのである。
ネット上でも美奈子の事は全く話題にもならず、そう言えばそんな奴シュバルツハーケンにいたな、という程度の扱いだ。
六花という光に埋もれてしまった、美奈子という影。それが現実だ。
だが美奈子もまた六花と同じ理由から、国際大会には全く興味が無いようで、別に出場要請が掛からない事を何とも思ってはいないようだった。
そして西暦2019年10月。隼人と彩花が11歳になった頃。
スイスのプロリーグの、今シーズン最終戦。
既に優勝へのマジックを1とした六花は、この試合に勝てば7年連続7度目の優勝が決まるが、負ければ先程の試合で勝利して六花と星1つ差に迫り、既に全日程を終えたばかりの2位の選手との優勝決定戦へと持ち込まれてしまう。
それに対して昨日の試合に敗北し、勝てば勝率5割、負ければ自身のプロ生活初となる負け越しが決まってしまう美奈子は、絶体絶命の選手生命の危機に陥ってしまっていた。
六花も美奈子も監督やコーチから直接言われた訳では無いのだが、今日の昼に首脳陣が来季のチーム編成について話し合っていた内容を思わず立ち聞きしてしまったと、後輩の中国人のチームメイトから聞かされたのだ。
今日の試合で美奈子は、勝てば残留。
負ければ来季の戦力構想から外れ、戦力外通告を言い渡すのだと。
監督は美奈子のようなベテランのオールラウンダーは貴重だ、来季も戦力として絶対に必要な選手だと、首脳陣に対して必死に訴えていたらしい。
だがそれでも首脳陣はチームの若返りを図りたいという理由から、既に35歳となった美奈子を整理選手に…つまりは解雇の候補とする事を決断してしまったのだそうだ。
しかし、それこそがプロの現実。過酷なプロの掟。
活躍出来れば契約して貰えるが、活躍出来なければクビになる。それがプロの世界だ。
選手同士で互いの選手生命を賭けて、互いの生活を賭けて、命を賭けて潰し合わなければならない、過酷な弱肉強食の世界なのだ。
たった1年、勝ち越す事が出来なかっただけでクビなのかと文句を言う読者の方もいるかもしれないが、美奈子の35歳という年齢もあるだろうし、若返りを図りたいと言うチーム事情もあるだろう。
そして何よりもこうなってしまったのは、美奈子が今年成績を残せなかったのが悪いのだ。
だからこそ美奈子はそれを当然の事だと受け入れていたし、六花もショックは隠せなかったようだが、仕方が無い事だと割り切ってはいた。
だが運命の神様というのは六花と美奈子に対して、どこまで残酷な仕打ちをしてしまうのか。
六花の7年連続7度目の優勝、そして美奈子のクビが掛かった、2人にとって絶対に負ける訳にはいかない、それこそ2人共冗談抜きで、対戦相手を殺すつもりで勝ちに行かなければならない…今日の大事なシーズン最終戦。
その2人の対戦相手というのが…よりにもよって…。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。只今より第6コートにおいて、シュバルツハーケン所属・藤崎六花選手 VS シュバルツハーケン所属・須藤美奈子選手による、今シーズン最終戦を行います。」
女性アナウンサーの声と共に大歓声が上がる、今日も今日とてチケット即日完売、満員御礼の体育館。
バドミントンというのは両者のレベル差にも影響されるが、大体1試合につき40分から1時間程度掛かるのが一般的だ。
そんな中で日本の大相撲と同じように、いちいち1人ずつ個別に試合をしていては、時間が幾らあっても足りなくなってしまう。
だからこそスイスのプロリーグにおいては、こうして1つの体育館に複数のコートを用意して、複数の試合を同時に行うという方式で試合を進めるのが一般的であり、今日の試合では一度に8試合が同時に行われていた。
そんな中で他のコートにおいて選手たちが今も必死に戦っている最中、とても厳しい表情で互いを睨み合う両者。
藤崎六花 VS 須藤美奈子。
本来であれば日本の大相撲と同じように、同じチームの選手同士が公式戦でぶつかり合う事は無い。
だがよりにもよって本来の2人の対戦相手となるはずだった若手選手2人が、揃いも揃って試合直前になって戦力外通告を受けてしまったので、急遽この2人による試合が組まれる事となってしまったのである。
そして日本の大相撲ならば、このようなケースの場合は六花と美奈子の不戦勝となるのだが、スイスのプロリーグではそんな甘ったれた事は許されないのだ。
他に空いている選手をぶつけてでも…それこそチームメイトをぶつけてでも、試合として成立させなければならない。
「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!シュバルツハーケン・藤崎六花、ツーサーブ!!」
観客からの大歓声に包まれる最中、審判に促された六花が審判に力強く頷き、渾身のサーブを美奈子に向けて放つ。
放たれた強烈なサーブを美奈子は何とか六花のコートに向けて打ち返すも、それを六花が強烈なスマッシュで、美奈子の胸元を抉るように打ち返す。
お前は美奈子を殺す気なのかと言わんばかりの、凄まじい威力のクロスファイヤーだ。
「1-0!!」
「くっ…!!やるわね六花ちゃん!!」
美奈子にラケットでシャトルをぽ~んと返された六花は、それをとても厳しい表情で右手で受け取ったのだった。
そして再び美奈子に強烈なサーブを放ち、それを美奈子が必死に六花に向けて返す。
その美奈子を睨み付ける六花の表情からは、普段から先輩として尊敬し、自分と同じ母親としても敬愛する美奈子に対して普段見せる、とても穏やかな笑顔は微塵も感じられない。
あるのはただ、美奈子に対しての明確な「敵意」。
自分の7連連続7度目の優勝を阻止せんと立ちはだかる「敵」に向けた、情け容赦など微塵も無い「殺意」だ。
「7-3!!」
六花が放ったロブが正確無比の精度で、美奈子の背後のラインギリギリに突き刺さる。
その六花の精密機械の如き神業、美奈子にも劣らない技術を見せつけられ、観客たちは六花に対して感嘆の声を挙げる。
美奈子もベテランとしての経験と技術を駆使し、オールラウンダーとしての対応力を武器に何とか六花に追いすがるものの、それでも六花との点差は徐々に開くばかりだ。
観客たちが大歓声で六花と美奈子を応援する最中、隼人と彩花もまた玲也に連れられて、客席から2人の試合を観戦していたのだが。
「…ねえ、ハヤト君…。」
「何?彩花ちゃん。」
「今日のお母さんたち、なんか怖い。」
「うん…そうだね。」
彩花は体を震わせながら隼人の身体にしがみつき、今にも泣きそうな表情で、敬愛する母・六花の戦いぶりを見つめていたのだった。
そんな幼馴染の肩を優しく抱き寄せ、とても真剣な表情で2人の試合を見つめる隼人。
「隼人。彩花ちゃん。お母さんたちの戦いぶりを、しっかりとその目で焼き付けておくんだよ。お母さんたちの真剣勝負をね。」
「ねえ玲也さん。どうして2人共、あんなにも怖い顔してるの?お母さんたちはいつも、会う度に優しく笑い合ってるのに。」
「それがプロの試合だからだよ。それにお互いに大事な物を賭けた試合だからね。今日の試合は…。」
隼人の右腕にしがみつく彩花の頭を優しく撫でながら、玲也は悲しみの表情で2人の試合を観戦していた。
本来ならば同じチームの選手同士が公式戦で戦う事は無いはずなのに、運命の神様は残酷な仕打ちを六花と美奈子にしてしまった。
六花はこの試合に負ければ、2位の選手との優勝決定戦に持ち込まれてしまう。
美奈子はこの試合に負ければ、チームから戦力外通告を言い渡されてしまう。
互いに何があろうとも、どんな事をしてでも、絶対に負けられない一戦。
それこそ対戦相手を殺してでも、本気で勝ちにいかなければならない一戦。
だからこそ玲也は、この2人には本来の対戦相手であった若手選手と戦って欲しかったのに。
そうすれば六花も美奈子も鼻クソをほじりながら楽勝で勝利し、六花は7年連続7度目の優勝、美奈子も勝率5割をキープして最終戦を終えて、何とか戦力外通告を避ける事が出来て、互いに笑い合う事が出来ていたはずなのに。
それなのにこんな大事な試合で、どうしてこの2人が潰し合わなければならなくなってしまったのか。それが玲也には何よりも歯痒かった。
「ゲーム、シュバルツハーケン・藤崎六花!!21-12!!チェンジコート!!」
やがてファーストゲームをもぎ取った六花が、よぉしっ!!と雄叫びを上げながら、右拳を強く握り締めてガッツポーズをする。
だがその表情には笑顔は無く、依然として厳しいままだ。
その一方で六花に圧倒的な実力差を見せつけられた美奈子もまた、激しく息を切らしながら厳しい表情で六花を睨みつけていた。
チェンジコートの為に先程まで互いがプレーしていたコートまで移動し合い、すれ違う六花と美奈子。
だが2人の表情に笑顔は無い。ただ厳しい表情のまま、無言ですれ違うのみだ。
「セカンドゲーム、ラブオール!!シュバルツハーケン・須藤美奈子、ツーサーブ!!」
そして始まった運命の第2セット。美奈子の渾身のサーブを六花が弾き返し、それを美奈子が一気に間合いを詰めて、六花の背中に向けて強烈なスマッシュを放つ。
逆を突かれた六花は反応が遅れ、シャトルが情け容赦なく六花のコートに突き刺さった。
「0-1!!」
自身の選手生命を賭けた一撃。美奈子の気迫がシャトルに乗り移ったかのようだ。
美奈子は必死だ。ここで自分が負ければ首脳陣から戦力外通告を言い渡され、チームを去る事になってしまうのだから。
だから例え普段から可愛がっている六花が相手だろうと、美奈子は決して容赦はしない。
「はぁっ!!」
「1-1!!」
「くっ…!!」
だがその気迫による一撃を帳消しにするかの如く、精密無比の精度で放たれた六花のロブが、美奈子のコートの右角ギリギリに突き刺さる。
六花もまた、美奈子に対して決して容赦はしない。
勿論自身の7年連続優勝が懸かっているというのもあるが、何よりもここで優勝するのとしないのでは、契約更改での査定に大きな影響が出てしまうだろうから。
「3-1!!」
それに六花と美奈子とでは、置かれている立ち位置という物が全く違う。
美奈子には愛する夫である玲也が傍にいてくれるが、六花はそうではないのだ。
頼れる身寄りが誰1人としていない、天涯孤独の身なのだ。
「7-2!!」
だから六花が。他でも無い六花が。プロの世界でしっかりと稼いで、彩花を養わなければならないのだ。
その責任と重圧、そして絶対に勝って彩花に贅沢をさせてあげるんだというハングリー精神、優勝への凄まじい執念。それが今の六花を突き動かしているのだ。
例えこの試合で、美奈子を徹底的に痛めつける事になってしまったとしても。
六花は決して、容赦はしない。
「13-6!!」
美奈子の必死の追従も虚しく、六花との点差がどんどん開いていく。
六花は美奈子の事は、本当に心の底から敬愛している。それは疑いようのない事実だ。
高校卒業後に単身スイスに渡り、日本でドイツ語を完璧に話せるようになるまで勉強したとはいえ、右も左も分からない状態だった六花を、美奈子は
「日本人の後輩が出来て、私は凄く嬉しいわ。」
などと穏やかに笑いながら、公私共に何から何まで世話をしてくれて、とても可愛がってくれた。
そして夫が交通事故で亡くなった時も、美奈子は悲しみに打ちひしがれる六花の事を親身になって支えてくれたのだ。
美奈子がいてくれなかった六花は今頃、孤独と悲しみに圧し潰されて、絶望に染まってしまっていた事だろう。
そうなれば彩花の出産が、果たして無事に終えていたかどうかさえも疑わしい。
「17-9!!」
そんな大切な人である美奈子の事を、六花は今、殺すつもりで潰さなければならない。
何故ならここで美奈子に同情して手加減でもしようものなら、わざと美奈子に負ける事を選ぼうものなら、それは自分に対して全身全霊で戦ってくれている美奈子に対しての、最大の侮辱に他ならないのだから。
それにそんな事をした所で、美奈子はきっと六花の事を物凄い剣幕で怒鳴り散らす事だろう。そんな事は六花は重々承知していた。
だから六花は、美奈子の全力に敬意で応える為に、全身全霊をもって美奈子を潰す。
「20-9!!」
いよいよマッチポイントを迎え、観客のボルテージが最高潮に達する。
今頃はスイス全土で生中継されている地上波でのテレビ放送も、視聴率がとんでもない事になっている事だろう。
いつの間にか六花の目には、大粒の涙が浮かんでいた。
それは自身の7年連続の優勝が目前となって、感極まったからではない。
自らの手で美奈子の選手生命に引導を渡さなければならないという理不尽な運命、その深い悲しみ故に。
今、六花の目の前にいるのは、既に満身創痍で肩で息を切らしている美奈子。
まだ美奈子は諦めていない。まだ美奈子の目は死んではいない。僅かな可能性に賭けて、必死に六花に食らいつこうとしている。
さあ、いらっしゃい、私はまだ諦めてないわよ、六花ちゃん。
美奈子の目が六花に対して、そう訴えていた。
(…あああ…美奈子さん…!!)
そんな美奈子に対して、六花がサーブを放つ。
それを打ち返す美奈子。さらに打ち返す六花。
常人には決して目で追う事すら出来ない、凄まじい速度で繰り広げられる、プロ同士のラリーの応酬。
だが六花の目には、美奈子がラリーの最中に生み出した一瞬の隙が…常人には決して分からない隙が…完璧に見えてしまっていた。
そう…『見えてしまった』のだ。
(この一撃で、もう全てが終わってしまう…!!)
目から大粒の涙を浮かべながら、大きく飛翔する六花。
「うわああああああああああああああああああああああああ!!」
六花が絶叫しながら、絶望の心で放った強烈なスマッシュは。
(…はぁ…六花ちゃんがシュバルツハーケンに来てくれてから…今まで本当に楽しかったなぁ…。)
穏やかな笑顔で六花を見つめながら感慨に耽る美奈子の足元に、情け容赦なく突き刺さったのだった。
「ゲームセット!!ウォンバイ、シュバルツハーケン・藤崎六花!!ツーゲーム!!21-12!!21-9!!」
まさに圧倒的な強さを見せつけ、見事7年連続7度目の優勝を飾った六花。
大歓声を上げる観客だったが、優勝したというのに六花の表情に笑顔は無かった。
今の六花にあるのは、自らの手で美奈子の選手生命に引導を渡してしまったという、残酷な現実。
「…っ!!美奈子さぁん!!」
目から大粒の涙を流しながら、目の前で崩れ落ちている美奈子に向かって、六花は思わず走り出していたのだった。
シーズン最終戦で六花に敗北し、プロ初の負け越しが決まった美奈子。
戦力外通告が濃厚となった美奈子に対して、六花は…。