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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第3章:高校生編
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第29話:本当に下らないですね

 始業式の後、早速バドミントン部の練習に参加する静香ですが…。

 無事に入学式を終えて帰りのホームルームを済ませた静香は、寮の食堂で昼食を済ませた後、真っすぐにバドミントン部の練習場である体育館へと向かう。

 そして更衣室でジャージ姿に着替えた静香はラケットを手に、威風堂々と体育館に姿を現したのだった。

 体育館には既に何人もの部員たちが大勢集まっており、皆とても楽しそうな笑顔で談笑していた。

 全国から数多くの有力選手をスカウトしたというだけあって、確かに部員の人数もレベルも他校とは比べ物にならないようだ。


 中学時代は誰も自分のレベルに付いて来れず、天才であるが故の孤独を味合わされてしまった静香だったのだが、この聖ルミナス女学園では今度こそ自分を満足させてくれる人に巡り合えたらと。

 そんな想いを胸に秘めながら、静香は穏やかな笑顔で部員たちの輪の中に割って入る。

 だが、その彼女たちの和やかな雰囲気は、監督の登場によって一気に緊迫した空気に飲み込まれていく事になるのである…。


 「オラオラオラァっ!!いつまでもダラダラと、くっちゃべってんじゃねえぞ!!お前らぁっ!!」


 黒メガネを付けたガラの悪い、右手に竹刀を手にした中年男性の監督が、生徒たちに対してガンを飛ばしながら威風堂々と現れたのである。

 いきなり理不尽に黒メガネに怒鳴られたもんだから、それまで和やかに談笑していた部員たちが一斉に静まり返ってしまう。


 「お前らよく聞け!!今年の3月をもって定年退職した顧問の鈴木光子先生に代わり、今日からお前らの監督を務める事になった古賀だぁっ!!」


 部員たちの誰もが、黒メガネの怒鳴り声に恐る恐る傾注していたのだが。


 「いいか!?これまで鈴木先生はお前らに対して、相当ぬるい指導をしていたようだがな!!俺はそんなに甘くはねえからな!?俺たち聖ルミナス女学園は名門故に、OBの皆様方から『常勝』を義務付けられた存在だ!!それ故に一切の妥協を俺は許さんぞ!!」


 稲北高校バドミントン部の監督に就任した美奈子とは対称的に、黒メガネは部員たちに対して、必要以上に威圧的な態度を取っていたのだった。

 この黒メガネは2014年にデンマークで開催された、バドミントンの世界選手権大会で日本代表メンバーとして選抜された経験があり、その実績を買われてJABS名古屋支部の支部長から監督就任を要請されて快諾したのだ。


 だが日本のプロ野球に『名選手は名監督にあらず』ということわざがあるように、選手として実績を残したからといって、監督としても有能とは決して限らない。

 静香は黒メガネの一挙手一投足を一目見ただけで、瞬時に判断したのだった。


 (ああ、この人は…とんでもなく無能な指導者ですね…。)

 「じゃあ早速練習を始めるからな!!まずは準備運動と柔軟体操からだ!!モタモタやってねえでさっさとやれオラぁっ!!」


 そんな静香の侮蔑の視線など知る事無く、部員たちを必要以上に怒鳴り散らして怯えさせ、右手の竹刀を床に叩きつけて威圧する黒メガネ。

 て言うか竹刀って。時代錯誤もはなはだしい。一体いつの時代の指導者なのか。

 これが一般企業なら悪質なパワハラだとかで、逆に従業員から訴えられてもおかしくはないレベルだろう。

 言われた通り準備運動をしながら、目の前の黒メガネの無様な醜態に、呆れたように溜め息をつく静香。

 いちいち部員たちを威圧しないと、まともな指導もろくに出来ないのかと。


 「何やってんだお前!?準備運動も碌に出来ねえのかぁっ!?」

 「ひ、ひいっ、すいません!!」


 静香が懸念していた通り部員たちの何人かが、黒メガネに対してすっかり怯えてしまっており、全く練習に身が入っていないようだった。

 ああいう見境なしに怒鳴り散らす指導者が1人でもいると、選手たちは監督やコーチの視線や機嫌ばかりを気にするようになってしまい、練習や試合に集中出来なくなってしまう物なのだ。

 これでは持ち味を存分に発揮して全力でプレーしろなんて言われた所で、無理だろう。

 そんな事も理解出来ないのかと、静香は目の前の黒メガネを軽蔑していたのだった。 


 バドミントンの名門と呼ばれ、全国各地から有力選手をスカウトしてかき集め、毎年のようにインターハイに出場している強豪・聖ルミナス女学園。

 それ故に控え選手でさえも、他校なら充分にレギュラーを張れる程の実力者揃いだと言われている。

 だからこそ静香は、ここでなら思う存分バドミントンに熱中出来ると、中学の頃のような退屈な思いをしなくて済むだろうと、そんな希望を胸に抱いていたのだが。

 監督がこれでは、最早それは望めなさそうだ。


 「皆、準備運動と柔軟体操は済ませたわね?それじゃあ、これから新入生の子たちに話しておきたい事があるんだけど。」


 準備運動や柔軟体操を一通り済ませた後、新入生たちに対して穏やかな笑顔で声を掛けたのは、聖ルミナス女学園バドミントン部の部長を務める3年生・川中愛美かわなかまなみ

 竹刀を手にする黒メガネの威圧感ある視線に怯みながらも、新入生たちに対して健気に気丈な態度を見せている。

 彼女は黒メガネと違い、まさしく部長として相応しい人物のようだ。それを静香は一目で見抜いたのだった。

 

 「まず皆に知っておいて貰いたいのは、うちの部の古くからの伝統となっている、レギュラーの選抜方式についてよ。」

 

 聖ルミナス女学園バドミントン部では毎日の部活動において、準備運動や柔軟体操を終えて身体のコンディションを整えた後に、まずは練習の前に1セットのフルポイント制(21点)で1日1試合の総当たりのリーグ戦を行うとの事らしい。

 それでシングルス3名、ダブルス2組の上位の者がレギュラーに選抜されて公式大会に出場する事になる。

 そしてランキングはレギュラーが決まった時点でリセットされ、次の公式大会を目指して再びリーグ戦をやり直すとの事だ。


 つまり勝てば試合に出られる。負ければ試合に出られない。総当たりのリーグ戦なのでクジ運の悪さに左右されてしまう事も無い。

 確かにこれなら誰もが平等にレギュラーを目指す事が出来、完全な実力と結果によって選抜される事になるので、部員たちからの不平不満も出ない。

 成程上手いやり方だと、静香は心の底から感心したのだった。

 だが。


 「以上だけど、ここまでで何か質問はあるかしら?」

 「部長。おおよそ理解しましたが、シングルス部門のレギュラーが3名なのは何故なのでしょうか?シングルスの大会出場枠は確か4名だったはずでは?」


 確かに静香の言う通りだ。インターハイのバドミントン部門の地区予選と県大会は、中学校での大会と同様に1校あたりのシングルスの出場枠は4名だったはずだ。

 それなのに聖ルミナス女学園バドミントン部の、シングルスのレギュラーが3名とは。

 静香からの当然の質問に他の部員たちも、うんうん、と賛同したのだが。


 「その事なんだけどね。なんか今年はシングルス部門で特別枠が用意されてるらしいの。」

 「特別枠…ですか?」

 「ええ、私にはよく分からないんだけど…事前にレギュラーに選抜されている子が1人いるとかで…。」


 事前に選抜済みの部員が1人いるとは。

 一体どういう事なのかと、静香は顎に右手を当てて考え込んでしまう。

 他の部員たちからも不公平なんじゃないかと、不平不満の声が出ているのだが。


 「その部員が誰なのか、部長は知っておられるのですか?」

 「私も知らされてないの。とにかく今年のシングルスの枠は3名だからって、始業式の後に学園長から直接言われたのよ。」

 「ですが、それでは他の皆さんも納得しないのでは?どなたなのかは存じませんが、私たちが必死に競い合っている中で、1人だけ何の競争もせずに無条件でレギュラーに選ばれるなど…。」


 静香が皆の気持ちを愛実に対して代弁しようとした、その時だ。


 「グダグダ言ってんじゃねえぞ朝比奈ぁっ!!時間が勿体ねえだろうがぁっ!!お前らはとにかくレギュラーの座を目指して、川中から言われた通りに潰し合ってればいいんだよぉっ!!」


 黒メガネが竹刀をバァン!!と床に叩きつけ、静香に対して横暴な態度を取る。

 そんな黒メガネに対して、他の部員たちが完全に怯え切ってしまっているのだが。


 「はぁ…本当に下らないですね。」


 ただ1人、静香だけは盛大に溜め息をつきながら、黒メガネに対して一歩も怯む事無く、ズケズケと黒メガネの前に歩み寄って威風堂々と睨み付けたのだった。

 この聖ルミナス女学園バドミントン部の環境を少しでも良くする為にも、他の部員たちを黒メガネから守ってあげる為にも、自分がこの黒メガネをどうにかしなければならないと…静香はそう決意したのである。

 取り敢えず部活が終わった後にでも、学園長に黒メガネの解任を直談判するつもりなのだが。


 「何だ朝比奈ぁっ!!監督である俺に反抗的な態度を取るつもりかぁっ!?」

 「さっきから黙って聞いていれば、ただ皆さんに暴言を吐いて威圧しているだけ…貴方の指導者としての無能さには、ほとほと愛想を尽かされました。」

 「…何だとコラぁ…!!お前マジで舐めてんじゃねえぞコラぁっ!!」


 他の部員たちが予想外の静香の行動にびっくりしている最中、物凄い形相で静香の胸倉を右手で掴む黒メガネ。

 だが、そんな黒メガネの胸倉を逆に静香が右手で掴んだ、次の瞬間。

 

 「正当防衛確定です。」

 「ぶぼべらぁっ!?」


 いつの間にか黒メガネが、床に叩きつけられていたのだった。

 まさかの出来事に、他の部員たちは唖然としてしまう。

 一瞬、まさに一瞬の出来事だった。

 静香が流れるような、それこそ美しさすら感じる程の体捌きを行った瞬間、いつの間にか黒メガネが地に伏していたのだ。

 あまりの一瞬の出来事だったので、ほかの部員たちには何が起こったのか理解出来なかったのだが。

 

 「…夢幻一刀流奥義、鏡月きょうげつ。」

 「な…何…だと…!?」

 「以前、太一郎さんに教えて頂いた護身術が、まさか本当に役に立つ日が来るとは…正直思っていなかったのですが。」


 床に転がっている黒メガネを、冷酷な瞳で威風堂々と見下す静香。

 何なんだ、こいつは一体何なんだと…黒メガネが唖然とした表情をしていた。

 自分がどれだけ部員たちを威圧しても、こいつだけは一歩も引かず、それどころかこいつを殴ろうとした自分を、逆にこうして武力でもって制圧する始末だ。

 こいつは並の高校生じゃない。この年頃の少女らしからぬ胆力は、一体どこから出てくるんだと、黒メガネは驚きを隠せずにいたのだった。 


 「古賀監督。ぶっちゃけた話、貴方は邪魔です。今後の練習のご指導は部長にして頂きますので、貴方は黙ってて頂けますか?」

 「ふ、ふざけんじゃねえぞ、朝比奈…!!」

 「それと、貴方は他の皆さんに対して不当な暴言を繰り返し行っただけでなく、私に対しての暴力未遂行為まで行いました。よって学園長に貴方の解任を要請しますので、そのつもりで。」

 

 パンパンと両手を払った後、一転して穏やかな笑顔で部員たちに向き直る静香。

 そんな静香の事を部員たちの誰もが、驚きと羨望の眼差しで見つめていたのだった。

 そりゃそうだろう。まさしく静香は、自分たちを黒メガネの魔の手から救ってくれた救世主なのだから。


 「夢幻一刀流などと大層な事を言いましたが、鏡月自体は練習次第で誰にでも出来るようになる、極めて簡単な護身術です。よろしければ後で皆さんにも指南致しますね。」


 キャーキャー言いながら、笑顔で静香を取り囲む部員たち。

 そんな彼女たちに祝福された静香が、とても恥ずかしそうな笑顔を部員たちに見せている。

 その一方で部員たちに完全に放置されてしまった黒メガネが、とても悔しそうな表情で上半身を起こしたのだった。


 だが、このバドミントン部の練習場である体育館に…彩花の姿はどこにも無かったのだった…。 

 次回はいよいよリーグ戦開始。静香の天賦の才が躍動します。

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