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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第3章:高校生編
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第26話:まだまだ賞味期限は切れてないわよ?

 美奈子の指導の下で、必死に練習をこなす隼人たちですが…。

 怪我の防止の為の準備運動と柔軟体操を終えた後、まずは基礎練習に入る隼人たち。

 腕立てや腹筋などといった筋トレの後、グラウンドを10周。

 さらにショートスプリントや反復横跳びなどで、徹底的に下半身を鍛え上げる。

 全身汗だくになりながらも、隼人たちはそれらを何とか必死にこなしていった。


 美奈子が隼人たちに課した練習メニューに「練習の為の練習」は存在しない。

 無駄な物など何1つ無く、その全てが実戦を想定した代物になっているのだ。


 例えば腕立て伏せや腹筋などの筋トレは、強烈な威力のサーブやスマッシュを、撃つのにも返すのにも必要不可欠だ。

 グラウンドを周回して持久力を鍛えるのも、試合がフルセットまでもつれ込んだ場合、試合時間が1時間近くかかってしまうバドミントンにおいては絶対に必要不可欠だ。

 さらにショートスプリントや反復横跳びなどで下半身を鍛えるのも、常にコート上を走り回る事になるバドミントンにおいては絶対に必要不可欠だ。


 美奈子はこれらの意図をしっかりと部員たちに伝え、その練習がどんな意味を持って行われているのか、それをしっかりと考えながら練習に取り組むようにと、部員たちに釘を刺している。

 幸いな事に部員たちは皆、隼人を含めて真面目でいい子たちばかりであり、美奈子が最初に言っていたように、練習の1つ1つに『気持ち』を込めて取り組んでくれていた。

 ただ1人…未だに不貞腐ふてくされた態度を取り続けている竜一を除いて。 


 「くっ…!!はあっ…はあっ…!!」

 「どうしたの隼人君?貴方までバテてたら皆に示しが付かないわよ?」

 「ああ、分かってるさ!!母さん!!」


 左手で50kgのハンドグリップを何度も握り締め、必死に握力を鍛えている隼人に、美奈子が穏やかな笑顔で声掛けをする。

 この握力トレーニングも、相手の強烈な威力のスマッシュでラケットを吹っ飛ばされないようにする為に、絶対に必要不可欠な代物だ。

 もう何度もハンドグリップを握り締めている隼人の左手は、既に疲労が蓄積してガクガク震えているものの、それでも隼人は全く根を上げなかった。


 「うおおおおおおおおおお!!47ぁ!!48ぃ!!49ぅ!!ごじゅううううぅぅぅぅぅ!!」


 目の前の美奈子に対抗してみせるかのように、ハンドグリップを握り締める左手に『気持ち』を込める隼人。

 そんな愛しの息子の姿を、美奈子が慈愛に満ちた瞳で見つめていたのだった。


 (そうよ、頑張りなさい隼人君。そしてもっともっと強くなりなさい。)


 隼人をプロにするつもりは毛頭無いが、それでもバドミントンプレイヤーとしても、人間としても、立派に成長して欲しいと。

 そんな事を考えながら美奈子が他の部員たちに目を光らせると、ほとんどの部員たちは美奈子の意図をしっかりと理解し、『気持ち』を込めながら真面目にハンドグリップを何度も握り締めてくれているのだが。

 

 「く、くそが…何でこの俺が…こんな下らねえ事を…っ!!」


 ただ1人、竜一だけは…明らかに不満そうな表情で右手のハンドグリップを握り締めていたのだった。


 「…佐久間君。」


 そんな竜一の無様な姿を見せつけられた美奈子は、呆れた表情で深く溜め息をつき…皆が見ている目の前で、とんでもない事を口走ってしまうのである。


 「退部届は出さなくていいわ。」

 「あぁ!?」


 いきなりの美奈子の爆弾発言に、竜一も他の部員たちも驚きの表情で呆気に取られてしまう。 


 「一生懸命頑張っている他の子たちの迷惑になるもの。やる気が無いなら別に引き止めはしないから、もう荷物を纏めて帰りなさい。」

 「何だとコラァ!?」

 「最初に言ったはずよね?私は練習やプレーの1つ1つに『気持ち』を込めない選手は、公式試合にも練習試合にも一切出さないって。」


 竜一が明らかに不貞腐れた態度で、『気持ち』を込めずに練習を行っているというのは、もう誰が見ても明らかだ。

 周囲から「ウンコより存在価値が無い弱小」とまでさげすまれ、近年は大会に出場しても全員が無様に初戦敗退してしまっている、稲北高校バドミントン部。

 その現状を何とかしてやろうという隼人たちの『気持ち』は、美奈子にも痛い程ひしひしと伝わっていた。


 だが目の前の竜一は違う。美奈子が課した練習メニューに対して不服そうな態度を隠さず、真面目に練習に取り組んでくれていない。

 しかも美奈子は隼人たちに対して、決して頭ごなしに有無を言わさず練習メニューを課しているのではない。

 その練習メニューをどういった意図で組んでいるのか、どういった意味があるのかという事を、しっかりと隼人たちに分かりやすく伝えた上で練習を行わせているのだ。


 その上で竜一は、美奈子の練習メニューに不満を示したのである。しかも美奈子に対して不貞腐れた態度でだ。

 つまり竜一には、やる気が無いのだ。やる気が無い生徒の面倒まで、いちいち見ていられないと…美奈子はそう考えているのである。

 美奈子としても、出来れば竜一には心を入れ替えて、真面目に練習に取り組んで欲しいと願っていたのだが。

 この様子だと、最早それは望めないようだ。


 「ふざけんなよてめえ!!俺様は稲北高校バドミントン部のシングルス部門レギュラー!!佐久間様だぞ!?その俺様を試合に出さねえとは、一体どういう了見だ!?」

 「レギュラーだろうと何だろうと関係無いわ。だって佐久間君、練習の1つ1つに『気持ち』を込めてないもの。」

 「うっせえ!!さっきから基礎連ばかりでクソつまらねえんだよお!!さっさとシャトルを打たせろや!!あああああああんっ!?」


 物凄い形相で、美奈子にガンを飛ばす竜一。

 そんな竜一に全く怯む事無く、美奈子は腕組みをしながら威風堂々と、真っ直ぐに竜一を見据えている。

 一触即発の雰囲気に、体育館の空気がピリピリと震えてしまう。

 だがここで竜一が妖艶な笑顔で、美奈子に対してとんでもない暴言を吐いてしまったのだった。


 「そもそもの話よぉ!!何で俺より弱ぇ奴の指示に従わねえといけねえんだよ!?」

 

 まさかの竜一の暴言に、唖然とした表情になってしまう部員たち。

 仮にも監督である、しかも目上の人間である美奈子に対して、この無礼な態度は一体何なのか。

 竜一は今、天狗になっているのだ。

 稲北高校バドミントン部のシングルス部門レギュラー・佐久間様に対して、何だその口の利き方は…などと。

 しかも昨日、あれだけ隼人にボコられたにも関わらずだ。


 「…ふうん、佐久間君。貴方そんな事を言っちゃんだ。」


 これまで自分が監督として就任するまでは指導者が誰もおらず、生徒たちだけで練習をさせていたという稲北高校バドミントン部。

 だからこそ竜一は増長し、そして竜一を止められる者、苦言を呈する事が出来た者が、これまで1人も存在しなかったのだろう。

 ならば美奈子が今ここで、竜一に対して教育的指導を施さなければならない。


 「なら佐久間君。今から私と打ちましょうか。」

 「何ぃ!?」

 「佐久間君の望み通り、バドミントンではっきりと白黒つけましょうと…私はそう言っているのよ。」


 その決意を胸に秘めた美奈子は真剣な表情で、威風堂々と竜一に宣言したのだった。

 まさかの美奈子の言葉に、隼人たちは驚きを隠せない。


 「もし佐久間君が私に勝てたら、部に残ってもいいわ。と言っても今の佐久間君を試合に出すつもりは毛頭無いから、それでもいいのならだけど。」

 「何だとコラぁ!?」

 「だけどもし佐久間君が私に負けたのなら、大人しく部から去りなさい。」


 鞄からラケットを取り出した美奈子は、右手のラケットを竜一に突き付け、何の迷いも無い力強い瞳で真っすぐに竜一を見据える。

 本気なのだ。本気で美奈子は、バドミントンで竜一をフルボッコにするつもりなのだ。

 流石の竜一も予想外の美奈子の態度に、戸惑いを隠せずにいるようなのだが。


 「ちょお、須藤監督!?」

 「里崎さん。悪いんだけど審判を務めてくれる?判定は公正にね?」

 「いや、それは別に構わないんですけど、本当に大丈夫なんですか!?」


 力強い笑顔を見せる美奈子に、楓が不安そうな表情を見せる。

 何しろ美奈子は今年で40歳。しかも引退してから既に5年が経過しているのだ。

 ブランクがある上に、年齢的にも無理があるのではないか。

 楓の不安そうな表情が、美奈子に対して無言でそう訴えていた。


 いや、楓だけではない。今この場にいる部員たち全員がだ。

 ただ1人…腕組みをしながら冷静な態度を崩さない隼人を除いて。

 そして美奈子が本気だと悟った竜一は、美奈子を馬鹿にしながらゲラゲラと高笑いしたのだった。


 「ぶははははは!!賞味期限が切れたBBA如きが、俺に勝てると思ってるのかよ!?」

 「あら。私、まだまだ賞味期限は切れてないわよ?」

 「けっ!!藤崎六花にボロ負けしてシュバルツハーケンをクビになった奴が、偉そうによぉ!!」

 「情け容赦なく心の傷を抉ってくれるのね。そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」


 と言うか六花に負けてシュバルツハーケンから戦力外通告を受けた事に関しては、勝負の世界なのだから仕方が無い事だ。

 そんな事は美奈子は重々承知しており、だからこそ美奈子は別に六花の事を憎んでなどいないのだが。

 むしろ美奈子は今も先輩と後輩として、ママ友として、六花との間に良好な関係を築き続けているのだ。

 そもそもの話、美奈子が稲北高校バドミントン部の監督に就任したのは、他でも無い六花に頼まれたからなのだが。


 「いいぜ!!今からてめぇに、俺様という存在を思い知らせてやるよ!!」

 「試合は1セットのフルポイント(21点)でいいかしら?」

 「おいおいおいおいおい、あんまり無理すんなよBBA!!せいぜい試合中にひいひい言わねえように気を付けるこったなぁ!!」


 かくして美奈子と竜一による、竜一のバドミントン部残留を賭けた試合が開始される事となった。

 他の部員たちが心配そうな表情で美奈子を見つめる最中、ただ1人隼人だけは冷静沈着な態度を崩さず、腕組みをしながら真っすぐに美奈子を見据えている。


 「ワンセットマッチ!!ワンゲーム、ラブオール!!須藤美奈子、ツーサーブ!!」

 「な、なあ隼人…須藤監督は本当に大丈夫なのかよ?だって引退してからもう5年も経ってるんだろ?」

 「ああ、何も問題は無いよ。」


 楓の試合開始のコールが響き渡る最中、心配そうな表情で隼人に声を掛ける駆だったのだが。


 「今の母さんが、佐久間先輩如きに負ける訳が無いさ。」


 そんな駆の不安を打ち消すかのように、何の迷いもない力強い瞳で、隼人は駆にはっきりと断言したのである。

 そんな絶大な信頼を自分に寄せてくれる愛しの息子に見守られながら、美奈子はシャトルを手にする左手に力を込める。


 「さあ、おしおきの時間よ?佐久間君。」

 「おしおきされるのは一体どっちだろうなぁ!?ひゃははははははは!!」

 「…はっ!!」


 何の迷いもない力強い瞳で、美奈子は竜一に強烈な威力のサーブを放ったのだった。


 次回はおしおきの時間だ。

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