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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第2章:中学生編
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第20話:駄目なお母さんで本当に御免ね

 こんな鬱展開をやらかして本当に御免ね。

 その日の夜、仕事を終えて帰宅した六花は、支部長からの脅しを受けた事を隠した上で、彩花がJABSの強化指定選手として選抜された事、その一環として彩花の聖ルミナス女学園行きが決まってしまった事を、とても辛そうな表情で彩花に伝えたのだが。


 「やだよ!!私、聖ルミナス女学園になんか行きたくない!!」


 当たり前の話だが、彩花に猛反対されてしまったのだった。

 六花に渡された聖ルミナス女学園の入学案内のパンフレットが入った封筒を、彩花が開封すらせずに怒りの形相で壁に叩きつける。


 「私、ハヤト君と一緒に稲北高校を受験するって言ったよね!?なのに何で私が聖ルミナス女学園に行く事になってるの!?」


 生まれてから15年間、今まで一度も六花に見せた事の無かった、六花に対しての怒りの表情。

 とても鋭い眼光で、彩花は六花の事を睨みつけている。

 そんな彩花の豹変ぶりを、六花が悲しみの表情で見つめていたのだった。


 「ねえ、お母さん!!何で!?何でよぉっ!!」


 例えば彩花が稲北高校の受験に落ちてしまい、聖ルミナス女学園が手を差し伸べてくれたので仕方が無く入学した、という形だったのであれば、彩花は六花に対して何も文句は言わなかっただろう。

 それは受験に落ちた彩花が悪いのであって、六花には何の罪も責任も無いのだから。


 だが今回の件に関しては、事情がまるで違う。

 大人たちの身勝手な都合によって、彩花本人の意志や希望を確認する事もしないまま、一方的に彩花の進学先を勝手に決められてしまったのだ。

 こんなの、彩花が六花に対して激怒するのは当たり前の話だ。それは六花も痛い程理解していた。


 「…彩花ぁっ!!」


 だからこそ目に涙を浮かべながら、六花は彩花をぎゅっと抱き締めたのだった。

 とても力強く…しかし彩花を壊してしまわないように、とても優しく。


 「御免ね、彩花…!!駄目なお母さんで本当に御免ね!?」

 「…お、お母さん…。」


 生まれて初めて、六花は彩花に怒鳴られた。反抗された。

 これまで15年間もの間、母子家庭である事に対して何一つとして不平不満な態度を示さず、それどころか常に六花に対して可愛らしい笑顔を見せ続けてくれた彩花にだ。

 それが六花にはとても辛かった。とても悲しかった。


 だがそれでも六花は彩花に、何としてでも聖ルミナス女学園に入学して貰わなければならないのだ。

 何故なら彩花を説得出来なければ、支部長の魔の手によって玲也が職場を解雇されてしまい、隼人と美奈子が路頭に迷う事になりかねないのだから。

 こんな、あまりにも理不尽な、支部長による身勝手なエゴによってだ。


 そして自分を抱き締める六花の身体が震えているのを、彩花は敏感に感じ取っていた。

 六花は何をするにしても…唯一彩花のプロ入りだけは、理由をしっかりと説明した上で猛反対していたのだが…それでも常に彩花の意志を最大限に尊重してくれている、とても優しくて素敵なお母さんだ。

 その六花が。他でもない六花が。彩花が稲北高校に行きたがっている事を理解した上で、それでも彩花に聖ルミナス女学園に行って欲しいと懇願してきたのである。


 「…お母さん、突然怒鳴っちゃったりして御免…。」

 「彩花…。」

 「だけどお母さん、一体何があったの!?私の聖ルミナス女学園行きが決まったのは、私がJABS名古屋支部の強化指定選手に選ばれたっていうだけの話じゃないよね!?」


 そう、JABS名古屋支部で六花の身に「何か」があったのだ。

 それを彩花は子供ながらも、敏感に感じ取ったのである。

 六花に抱き締められながら、彩花は悲しみの表情で六花に問いかけたのだが。


 六花とて彩花に対し、事の詳細を伝えたい。真実を彩花に明かしたい。

 だが今ここで彩花に対し、「支部長に脅された」などと真実を明かすわけにはいかないのだ。

 そんな事をしようものなら彩花の事だ。支部長の下まで怒鳴り込みに行き、玲也さんをクビになんかするな、お母さんを脅すなと物凄い剣幕で迫るに違いない。


 だが幾らJABSの強化指定選手に選抜されたとはいえ、所詮は一介の中学生でしかない彩花如きが幾ら叫ぼうが、どうにかなるような代物では無いのだ。

 「権力」「地位」というのは彩花が想像している以上に、とてつもなく「重い」代物なのだから。

 それこそ支部長の方から彩花に対して、聖ルミナス女学園行きを強要されるだけで終わりだろう。

 そう…六花と玲也のクビを彩花にちらつかせた上でだ。


 かといってスイスのプロリーグで10年連続優勝という、史上初の快挙を成し遂げた英雄・六花と言えども、JABS名古屋支部においては所詮は平社員であり、支部長の部下という立場でしかない。

 今の六花の地位と権力では、彩花を助けてやる事が出来ないのである。

 だからこそ全てを穏便に解決するには、もう彩花に聖ルミナス女学園に入学して貰うしかないのだ。

 六花も頭の中では、それは分かっているのだが…。


 「…御免ね…彩花…!!」

 「だからお母さん、私はお母さんに謝って欲しいんじゃなくて、こんな事になった理由を聞いてるの!!」

 「…私には本当にもう…どうしようもないの…っ!!」

 「…お母さん…。」


 目から大粒の涙を流しながら、ただただ彩花を抱き締めて謝罪する事しか出来ない六花。

 本当なら彩花を隼人と一緒に、稲北高校へと仲良く行かせてあげたいのに。

 母親として彩花の望みを叶えてやれない自分の無力さが、とても悲しい。とても憎らしい。

 だが、それでも。

 六花は彩花から身体を離して涙を拭いて、彩花の両肩に優しく両手を乗せ、とても真剣な表情で彩花を見据えたのだった。


 「だけどね彩花。私も聖ルミナスには仕事で視察に行った事があるけど、あそこは確かに全国レベルの強豪で、設備も充実している事に間違いは無いから。」


 もう彩花の聖ルミナス女学園行きは決まってしまった事だ。決まってしまった以上は前に進むしかない。

 

 「彩花に専属コーチが付くっていう話になってるし、彩花にとっても何物にも代えがたい、きっと貴重な経験になると思うの。」

 「お母さん…だけど…。」

 「それに聖ルミナスは確かに全寮制の女子高だけど、別に私や隼人君や楓ちゃんに永遠に会えなくなる訳でも無いからね?休日にはここに帰ってきてくれても全然構わないから。」


 六花も聖ルミナス女学園に視察に行った事があるから分かるのだが、確かにあそこは強豪で、全国から多数の有力選手をスカウトしているだけあって、選手1人1人のレベルが非常に高い。

 控えの選手でさえも、他校ならレギュラーを勝ち取れる程の実力を秘めているのだ。

 彩花にとって良い刺激になるのは、六花から見ても間違いないだろう。

 それに全寮制と言っても休日は寮の調理師が休みなので、その時だけ実家に帰るという生徒も実は案外多かったりするのだ。


 だから彩花も同じように、休日にはバドミントンから離れて、このアパートに帰ってきてのんびりして貰えればいい。隼人や楓と一緒に楽しく遊んでくれればいい。

 寮生活と言っても別に名鉄1本で行ける距離だ。そんなに遠くに行く訳では無いし、何なら六花の方から車で彩花を迎えに行ってもいい。

 いや、と言うか他でも無い六花自身が、それを彩花に対して望んでいるのだが。


 それでも本当なら稲北高校に行きなさいって言いたいのに。聖ルミナス女学園なんて冗談じゃないって叫びたいのに。

 ずっと彩花と一緒にいたいって、その本心を彩花に伝えたいのに。


 「だからお願い、彩花…聖ルミナスに行ってくれないかしら?」


 自分の本心を彩花に伝えられないまま、自分の本心とは真逆の気持ちを彩花に伝えなければならない。

 こんなの六花にとっては、まさに生き地獄も同然だろう。

 読者の皆さんも想像してみて欲しい。

 目の前に恋心を抱いている人がいるのに、その人に嫌いだと言わなければならない状況に陥った時の地獄を。

 本当マジで支部長なんて死ねばいいのにね。

 

 「ね?彩花…お願いだから…。」


 それでも隼人たちを守る為に、六花は彩花に聖ルミナス女学園に行って貰わなければならない。

 その想いを胸に秘め、六花は心の中で彩花に対して何度も謝罪しながら、彩花を必死に説得したのだった。

 そして。


 「…分かったよ。もう、仕方が無いなぁ。お母さんったら本当に世話が焼けるんだから。」

 「彩花…。」


 深く溜め息をついて、渋々ながらも自身の聖ルミナス女学園行きを承諾した彩花。

 彩花にとって六花は、こんな自分なんかを女手1つでここまで立派に育ててくれた、とても大切で敬愛する母親だ。

 その六花にここまで言われたのであれば、承諾しなければ罰が当たると…彩花はそう考えているのだ。

 それに六花が言っていたように、休日にはこのアパートに帰ってきて、六花と一緒の温かい時間を過ごせば済むだけの話なのだから。


 別に聖ルミナス女学園が強豪だからとか、設備が充実しているとか、そんな物は彩花にとっては至極どうでもいい。

 ただ単に、六花に必死に懇願されたから。六花の顔を潰したくなかったから。

 彩花が聖ルミナス女学園行きを決めた理由は、ただそれだけだ。


 「御免ね、彩花…本当に御免ね。あれだけ稲北高校に行きたがってたのに…。」

 「もう、だから謝らないでってば。そんな事より私お腹空いた~。」

 「ふふふっ、じゃあすぐに晩御飯を作るわね。今日はボロネーゼよ?」


 リクルートスーツを脱いでエプロンを身に着け、早速パスタを茹でる六花。

 茹でている間に手際よく包丁で野菜を切り刻み、あっという間に彩り豊かなサラダを完成させていく。

 こうやって彩花に毎日晩御飯を作ってあげられるのも、あと半年といった所だろうか。


 だがそれでも、別に彩花と永遠の別れになるという訳でも無い。

 六花が彩花に言っていたように、休日になれば彩花と一緒の時間を作れるのだから。

 いや、むしろ六花が自分自身に対して、必死にそう言い聞かせているのだが。

 ならばせめて彩花が帰宅してきた時は、六花の愛情をたっぷり込めた豪華な手料理を、彩花にたらふく食べさせてあげようと…六花はそう考えているのだ。


 だがこの時の彩花も六花も、知る由も無かった。

 周囲の大人たちの身勝手なエゴのせいで、彩花が聖ルミナス女学園で生き地獄を味合わされる事になるという事を。

 そして身も心も深い絶望に堕ちてしまった彩花が「最悪の才能」に目覚めてしまい、それを見せつけられた六花もまた、自分が母親として何もかも間違っていたという事、彩花に対して取り返しのつかない事をしてしまったのだという事を思い知らされ、絶望してしまうのだという事を…。

 次回は中学生編の最終話です。

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