表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第2章:中学生編
19/135

第19話:天才は、作れる

 急転直下。

 かくして全日本中学校バドミントン大会の全国大会は、六花以来となる大会3連覇を期待されていた隼人が、まさかの1回戦で敗北。

 その隼人を負かした沙織が、父親の病気を理由に2回戦を棄権して突如静岡に帰郷するという、前代未聞の大波乱を巻き起こす結果となってしまった。

 そして隼人と沙織に匹敵する程のスター選手が他に存在しなかった…というか隼人と沙織が中学生としては異常な強さだっただけなのだが…とにかく要の選手がいなくなった全国大会は一気に盛り上がりを失ってしまう。


 まずテレビ夕日によって放送が予定されていた、シングルス最終日の地上波での全国生中継が、隼人が早々に負けたのでは視聴率が見込めないという理由でスポンサーが降板した事から、急遽放送中止に。元々放送する予定だったバラエティ番組が予定通り放送される事となった。

 2日目以降の観戦チケットも、客側の都合による払い戻しは出来ないとチケット裏面に記載されていたにも関わらず、窓口に払い戻しを求める客が殺到する騒ぎになってしまう。

 そして転売ヤー共によってオークションサイトで高額転売されていた観戦チケットも、一気に値崩れする事態になってしまった。

 最早隼人は本人の意志に関わりなく、日本のバドミントン界において、それ程の影響力を持つ存在になってしまっていたのである。


 そんな騒ぎの中で無事に帰宅した隼人と彩花、楓ら3年生は、バドミントン部を引退。

 それぞれの志望校への受験に向けて、本格的に受験勉強に励む事となった。

 そして夏休みが終わり、2学期が始まった2023年9月1日。

 隼人と彩花、楓の3人が、受験生たちで満室となった図書館で、あーだこーだ言いながら受験勉強に励む最中。

 パソコンメガネを装着した六花が、JABS名古屋支部においてデスクトップパソコンと向き合い、慣れた手つきでWordを使って書類の制作を行っていた。


 流暢なブラインドタッチで、物凄い速度でキーボードをタイプして次々と文字とデータを入力し、書類を完成させていく。

 この書類は、これまで六花が仕事で視察に訪れた様々な学校で目を付けた、有力選手のデータを分析、集計した物だ。

 それぞれの選手の詳細な能力の分析や、長所、短所、性格、さらにはプロ入りの意志があるのか否かに至るまで、グラフ付きでとても分かりやすく記載されている。


 六花が制作した書類は、ローカルイントラネットによって社内の全てのパソコンと共有されており、社員の誰もが自由に閲覧する事が可能となっている。

 この書類のデータを元に、社員たちは六花が目を付けた有力選手たちを即座に把握、共有し、後々の育成やサポートなどに活かす事が出来る。

 これも六花に与えられた、JABS名古屋支部における大切な仕事の1つなのだ。


 元々は六花がシュバルツハーケンでプレーしていた頃から、引退後に何かの役に立つかもしれないからと、ExcelやPowerPoint、Accessと一緒にスイスで資格を取って来たのだが、それがまさか本当に役に立つ日が来ようとは。

 隼人が全国大会で初戦敗退した件もそうだが、世の中本当に何があるか分かった物では無いと…六花はタイピングをしながら思わず苦笑いしてしまったのだった。


 「藤崎さん。支部長がお呼びです。応接室まで至急来てくれとの事です。」


 そんな中でJABS名古屋支部の若手の女性社員が、六花に声を掛けて来たのだった。


 「分かったわ。有難う。」

 

 だが至急来てくれとは…一体どんな話があるのだろうか。

 女性社員に穏やかな笑顔で軽く手を振った後、六花はパソコンメガネを外して作業を中断して応接室へと向かい、扉を軽くノックする。

  

 「支部長。藤崎です。」

 「開いているよ。入りたまえ。」

 「はい、失礼します。」

 

 六花が扉を開けると、果たしてそこで待っていたのは、ソファに座っている支部長の姿だった。

 テーブルの上にはA4サイズの封筒に入れられた、何かの書類のような物が置かれていたのだが。 


 「忙しい所をわざわざ済まなかったね、藤崎君。まあ掛けたまえ。」

 「それで私に至急の用件とは、一体何なのでしょうか。」 

 

 支部長に促され、ソファに座って支部長と向かい合う六花。

 だが次の瞬間、支部長は誰もが予想もしなかった、とんでもない事を言い出したのだった。


 「単刀直入に言おう。君の娘の藤崎彩花君を、我らJABS名古屋支部の強化対象選手へと指定し、バドミントンの強豪・聖ルミナス女学園へと進学させる事が決まった。学費や寮費は我々JABS名古屋支部が全額負担するので安心していい。」

 「なっ…!?」

 「さらに藤崎彩花君の専属コーチとして、今年の大学選手権の愛知県予選で見事準優勝に輝いた、名東大学を来年卒業予定の武藤直樹君を招聘しょうへいした。」

 「ちょ、ちょっと待って下さい支部長!!何を馬鹿な事を言っているのですか!?」


 顔色を変えた六花が、深刻な表情で支部長に食って掛かった。

 当然だろう。いきなり支部長が自分を呼び出して何を言い出すかと思ったら、彩花を聖ルミナス女学園に進学させるなどと言うのだから。

 冗談ではない。そんな物が到底認められる訳が無い。

 第17話で彩花が隼人に語っていたように、聖ルミナス女学園は全寮制だ。

 そこに進学させるとなると、六花は彩花と離れ離れになってしまうではないか。

 六花は子離れ出来ないのをすっ飛ばして、完全に彩花に依存してしまっているのだ。そんな物は到底耐えられる訳が無い。


 いや、それ以前の問題で、六花が承諾出来ない理由はもう1つあった。

 何故なら支部長は、肝心の彩花本人の意志をまるで考慮していないからだ。


 「学園側にも既に話は通してある。学園長の楽田さんからも、是非にとの歓迎の声を頂いてな。」

 「支部長!!彩花は稲北高校への進学を希望しています!!その彩花本人の意志を無視して無理矢理聖ルミナスに行かせるなんて、そんなの横暴では無いですか!?」


 そう、彩花は六花に語っていたのだ。

 ハヤト君と一緒に、稲北高校に進学したいと。

 たった一度しかない彩花の人生だ。だからこそ彩花本人の意志を、周囲の大人たちが最大限尊重してあげるべきではないのか。

 だが支部長は、そんな六花の抗議に全く聞く耳持たなかった。


 「あそこは毎年インターハイの地区予選を、全員漏れなく初戦敗退している弱小校ではないか。君自身も私に報告していただろう。特に目立った選手は1人もいなかったと。」

 「ですが!!」

 「天才は、作れる。それが私の持論だ。」


 支部長もまた、一歩も引かない。

 彩花の稲北高校への進学を、支部長は絶対に認める訳にはいかないのだ。

 彩花はまだ素材だ。原石だ。今後の環境次第で白くも黒くもなってしまう。

 だからこそ、あんな弱小校に彩花を進学させるなど、そんな物は彩花の持つ素晴らしい才能を腐らせてしまうも同然ではないか。

 

 「優れた才能を持つ者は、優れた環境に身を置き、優れた指導者の下で優れた指導を受けてこそ、その優れた才能を存分に引き延ばす事が出来るのだよ。稲北高校のような弱小校でそれが果たせると、君は本気で思っているのかね?」


 支部長の瞳には、どこか狂気が宿っているようにも見えた。

 そう、まるで彩花の持つ凄まじいまでのバドミントンの才能に、身も心も取り憑かれてしまっているかのようだ。


 「腐ったミカンを同じ箱の中に入れて放置しておくと、他の優れたミカンを腐らせてしまうからな。」

 「隼人君が腐ったミカンだと、支部長はそう仰りたいのですか!?」

 「当たり前やろが。私に言わせれば須藤隼人君は、藤崎彩花君に寄り付く悪い虫だ。」


 そう言えば支部長は第8話の時点で、既にその兆候が表れ始めていたようにも見えた。

 初めて彩花と対面した際に、支部長はこう言っていたのだ。


 私は須藤隼人君ではなく、君にこそ期待を寄せているのだと。

 英雄・藤崎六花の血を引くサラブレッドである君こそが、今の低迷が続く日本のバドミントン界の救世主に成り得るのだと。


 その言動が美奈子の事を馬鹿にしていると彩花に取られてしまい、彩花を激怒させるきっかけとなってしまったのだが。

 そう、あの時の彩花の推測は、確かに当たっていた。

 あの時の支部長は、スイスのプロリーグで勝率5割しか勝てなかった美奈子の事を、内心ではクズだと本当に馬鹿にしていたのだ。

 そしてその美奈子の血を引く1人息子である、隼人の事さえもだ。


 「須藤隼人君は周囲から『神童』などと呼ばれてはいるが、私に言わせれば須藤隼人君などではなく、藤崎彩花君こそが『神童』と呼ばれてしかるべきなのだよ。」


 何故ここまでしてまで支部長が、彩花を無理矢理にでも聖ルミナス女学園に行かせようとするのか。

 それは先日の県予選での準決勝で、彩花が隼人に敗北し、全国大会への出場を逃してしまったからだ。

 それだけならまだしも彩花は隼人に負けたにも関わらず、全く悔しそうな素振りも見せず、それどころか自分を負かした隼人を相手にヘラヘラと笑顔を見せ、解説の仕事をしていた六花に対しても喉をゴロゴロ鳴らしながら尻尾を立てて、公衆の面前で甘えてきた始末だ。

 それを目の前で見せつけられてしまったからこそ、彩花の性根しょうねを根本的に鍛え直さなければならないと…支部長はそんな危機感を抱いてしまったのである。


 「藤崎彩花君は須藤君とは違う。他でも無い君の、君という最強の種馬から生み出された、最強のサラブレッドなのだぞ。」


 そう、スイスのプロリーグで勝率5割しか勝てなかった、美奈子の息子である隼人ではなく。

 史上初の10年連続優勝という偉業を成し遂げた、六花の娘である彩花こそが、『神童』と呼ばれるのに相応しいのだと。


 「その最強のサラブレッドを、聖ルミナス女学園という最強の育成環境の中で、武藤直樹君という最強の指導者の下で、最強の選手として育て上げる。それの一体何が間違っていると言うのだね?」


 その為に支部長は彩花を、バドミントンの強豪である聖ルミナス女学園へと進学させる事を決めたのである。

 彩花を本当の意味で『神童』として鍛え上げ、低迷が続く日本のバドミントン界における『救世主』へと育て上げる為に。

 それに聖ルミナス女学園は全寮制の女子校だ。そこに入学させてしまえば彩花に寄り付く悪い虫である隼人を、彩花の下から物理的かつ強制的に隔離させる事が出来るのだ。


 「だったら支部長!!私を聖ルミナスにコーチとして出向させて下さい!!」


 ならばと六花もまた、支部長に対して妥協案を示したのだった。

 どうしても彩花を聖ルミナス女学園へと進学させたいのであれば、自分も一緒に連れて行けと。


 「支部長は彩花を強くしたいから聖ルミナスに進学させるのでしょう!?だったら私が彩花を最強の選手に育て上げてみせると、そう私は言っているのですよ!!」


 大学選手権の愛知県大会準優勝だか何だか知らないが、どこぞの馬の骨とも分からぬ武藤直樹とかいう奴なんかよりも、幼少時からずっと彩花の傍にいて、他の誰よりも彩花の事を知り尽くしている自分こそが、彩花の専属コーチとして相応しいのだと。

 そもそも六花には、隼人と互角に渡り合える程までに彩花を鍛え上げたという実績さえもあるのだ。

 必死の表情で、六花は支部長にそう訴えたのだが。


 「それは認められんな。」 

 「何故ですか!?」

 「藤崎彩花君を本当の意味で強くする為には、君のような何時いつでも何処どこでも甘えられる存在は不要だからだ。」


 それを支部長は、あっさりと拒絶したのだった。

 真の強さを手に入れる為には、甘えは一切不要。

 つまり彩花にとって六花は、不要な存在だと…そう支部長は思っているのだ。

 彩花本人の気持ちを何も分かろうともせずに、これが彩花の為なのだと一方的に決めつけて、自分の理想だけを一方的に彩花に押し付けて。


 「いい加減に子離れしたらどうなんだね。藤崎君。君のそれは愛情などではない。ただの依存だ。」


 とても厳しい視線で、六花を睨み付ける支部長。

 支部長からの的確な指摘に、流石の六花も厳しい表情で歯軋りしてしまう。

 支部長も見抜いていたのだ。六花が子離れ出来ないのをすっ飛ばして、彩花に対して依存してしまっているという事を。


 「…私自身も、自覚はしていますよ。彩花は涼太さんが私に遺してくれた、私にとってたった1つの大切な宝物ですから。」


 だがそれでも六花は、一歩も引かない。

 いいや、彩花の為にも、今ここで絶対に引く訳にはいかないのだ。

 彩花を隼人と一緒に、稲北高校へと進学させる為に。

 

 「ですが!!どれだけ歪んだ愛情だったとしても!!母親が娘に依存する事の何が悪いと言うのですかぁっ!?」

 「言い切りおったな。」

 「言い切りましたよ!!」 


 仮にも上司である支部長に対し、一歩も引かずに怒鳴り散らして睨み付ける六花。

 このままでは六花はJABS名古屋支部を退職してでも、彩花の聖ルミナス女学園行きを何としてでも阻止し、稲北高校へと進学させようとするに違いない。

 どうせ六花の事だ。仕事なんて後で幾らでも探せばいい、などと考えているだろうから。


 実際、六花の人気と知名度、実績を考えれば、色々な学校からコーチや監督就任の要請が来ても別におかしくないだろうし、そうでなくても六花はWordやExcel、PowerPoint、Accessの資格さえも持っているのだ。

 JABS名古屋支部の社員たちからも、六花の働きぶりは物凄く優秀で色々と助けて貰っていると聞かされている。

 今ここでJABS名古屋支部を辞めた所で、六花ならば働き口には全く困らないだろう。

 

 「…出来れば、こんな手段を使いたくは無かったのだがな。」


 支部長としても、それは困る。今ここで主力の六花に辞められでもしたら大打撃だ。

 

 「須藤隼人君の父親の、確か須藤玲也君だったかな?彼が勤務しているミズシマ商事の社長である水島君とは、私は旧知の仲でね。」


 だから支部長は今ここで、禁断の最終手段を実行する事にしたのだった。


 「私の鶴の一声で、水島君に玲也君を解雇処分にさせる事だって出来ると…そう私は言っているのだよ。」

 「なっ…!?」

 「ここまで言えば…後は言わなくても分かるな?」


 とても冷酷な瞳で、六花を睨み付ける支部長。

 対称的に六花は椅子に座ったまま驚愕の表情で、その場に崩れ落ちてしまっている。

 自分がJABS名古屋支部をクビになるのは別に構わないが、それで玲也までクビにされてしまったら、美奈子や隼人は一体どうなってしまうのか。


 「もし君がこの事を他の誰かに伝えれば、その時点で玲也君が職を失う事になると思いたまえ。」

 「ちょ、ちょっと待って下さい!!支部長!!」

 「話は以上だ。これ以上の反論は許さんぞ。分かったのなら下がって業務に戻りなさい。」


 六花に反論の余地も与えないまま、応接室を出ていく支部長。

 もし六花がJABS名古屋支部を辞めるなどと言い出しても、その時点で玲也をクビにさせると…直接口には出さなかったが、支部長の冷酷な瞳が六花にそう告げていた。

 そして聡明で頭が切れる六花の事だ。その程度の事は言わなくても理解してくれている事だろう。

 

 「ああそうそう、そこに置いてある聖ルミナスの入学案内、ちゃんと藤崎彩花君に渡しておいてくれよ?」


 まさかの突然の事態に、絶望に打ちひしがれる六花。

 だが今の六花の地位と権力では、最早どうする事も出来ないのであった…。

 え?バドミントンを題材にした作品なのに、こんな鬱展開はやめろって?

 だから「はねバド!」のパクりだよって最初に言ったじゃんwwwwww

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ