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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第2章:中学生編
18/135

第18話:やっぱり全国は広いなぁ

 遂に始まった全国大会。

 周囲から六花以来となる大会3連覇を期待されている隼人ですが…。

 そして2023年8月1日。

 全国の学生たちが夏休みを満喫している最中、日本の首都・東京に位置する東京体育館において、全日本中学生バドミントン大会の全国大会が遂に始まった。

 全国の47都道府県の県予選を勝ち抜き、代表に選抜されたシングルス94名、ダブルス47組の強豪選手たちが、一斉に東京体育館に集結。

 この中から優勝という栄光を掴み取る事が出来るのは、シングルス1名、ダブルス1組のみ。

 どれだけ勝ち進んでも、たった一度の負けで全てが終わってしまう。そして敗者復活戦も存在しない、まさに一発勝負の過酷なトーナメントだ。


 東京体育館にはJABS本部の職員たちの他、全国の強豪の高校の監督やスカウトたちも多数集まり、有力選手をスカウトしようと真剣な表情で目を光らせている。

 試合は各地の県予選と同様に複数のコートで数試合を同時に行い、シングルスの試合を午前中に、ダブルスの試合を午後に実施。

 そして準決勝2試合と3位決定戦、決勝戦は1つのコートで1試合ずつ行うという方式だ。


 今大会一番の注目選手は、やはり過去2大会を圧倒的な強さで優勝し、六花以来となる大会3連覇が期待されている、周囲から「神童」との異名で呼ばれている隼人だ。

 今回の大会でも、果たしてどれ程の活躍を見せてくれるのか。


 「それでは只今より第4コートにおいて、Dブロック1回戦、愛知県代表・平野中学校3年・須藤隼人選手 VS 静岡県代表・草野中学校3年・片桐沙織選手の試合を開始します。」


 多くの人々が注目し、彩花たち平野中学校バドミントン部の部員たちもベンチから声援を送る最中、遂に隼人の試合が始まったのだった。


 「お互いに、礼!!」

 「「よろしくお願いします!!」」


 審判に促され、互いに元気よく挨拶して握手をする隼人と沙織。


 「ファーストゲーム、ラブオール!!愛知県代表・平野中学校3年・須藤隼人!!ツーサーブ!!」


 審判に促された隼人が力強く審判に頷き、強烈なサーブを沙織に放つ。


 「さあ、油断せずに行こう!!」


 それを打ち返す沙織。さらに打ち返す隼人。

 常人には決して目で捉え切れない、全国レベルの凄まじいラリーの応酬が、隼人と沙織の間で繰り広げられる。


 ところで六花は以前、隼人と彩花に言っていた。

 勝負の世界とは、常に何が起こるか分からない物なのだと。

 ジャイアントキリングと呼ばれている、誰もが予想もしなかった大番狂わせが、常に起こり得る物なのだと。

 そう、この会場に集まった誰もが、過去2大会のような隼人の圧倒的な活躍ぶりを期待していたというのに。


 今回の全国大会は、隼人が圧倒的な強さで決勝まで勝ち残る事を想定して、視聴率が見込めるからとテレビ夕日が貴重な朝のバラエティ番組の放送枠をわざわざ潰してまで、大会最終日のシングルスの試合を全国生中継する予定だったというのに。

 それなのに一体全体…何がどうしてこうなったのかと。

 試合を観戦していたテレビ夕日の関係者たちは、目の前の有り得ない光景に、誰もが青ざめてしまっていたのだった…。

 

 「ゲーム!!静岡県代表・草野中学校3年・片桐沙織!!19-21!!チェンジコート!!」

 「よしっ!!」


 ファーストゲームを隼人から奪い、笑顔でガッツポーズを見せる沙織。

 とても厳しい表情で、そんな沙織を見据える隼人。

 「神童」須藤隼人、まさかの1回戦で大苦戦…そのまさかの現実に会場全体がざわついてしまっていた。

 あの隼人が。過去2大会を圧倒的な強さで制し、六花以来となる大会3連覇を周囲から期待されている隼人が。

 まさかこんな1回戦から、このような無様な醜態を晒す事になろうとは。


 勿論隼人は沙織の事を決して見くびってなどいないし、当たり前の話だが自身の強さに天狗になってもいない。

 隼人はスイスでの幼少時に、自身の油断と慢心が原因で人生初の敗北を喫してからというもの、例え相手が超初心者だろうと絶対に油断せずに、全身全霊をもって対戦相手を叩きのめすのだと…そう六花と美奈子に心から誓ったのだから。

 その上で隼人は、沙織にファーストゲームを取られてしまったのである。


 そう…今回の試合では、単に沙織が隼人に匹敵する程の強さだった…隼人を相手に真正面からファーストゲームを奪える程の選手だった…ただそれだけの話なのである。

 ただそれだけの話なのだが、夕日テレビの関係者たちは大騒ぎになってしまっていた。

 無理も無いだろう。隼人が決勝まで勝ち進む事を前提にした上で、シングルスの最終日の試合を生中継する予定だったというのに。

 その隼人が、こんな1回戦で負けるかもしれないなどという、想定外の事態になってしまったのだから。


 「セカンドゲーム、ラブオール!静岡県代表・草野中学校3年・片桐沙織!!ツーサーブ!!」

 「行くよっ!!」


 沙織から放たれた、楓のクレセントドライブも真っ青の、渾身のドライブショット…その名も「ムーンスライダー」。

 それを隼人は沙織に向けて打ち返そうとするものの、隼人が放った打球はファーストゲームの時と同様、またしても沙織のコートの外側に落ちてしまう。


 「アウト!!0-1!!」

 「くそっ、相変わらず厄介なドライブショットだな…!!」

 

 とても厳しい表情で、沙織を見据える隼人。

 沙織のムーンスライダーは、卓球で言う所の「カーブドライブ」と呼ばれている技を、バドミントン向けに進化させた代物だ。

 強烈な横回転が掛けられたシャトルによって、ラケットで返した際に打球が捻じ曲げられてしまい、完全にあさっての方向へと飛んで行ってしまうのだ。

 そして沙織のそれは極限レベルにまで達してしまっており、あの隼人をもってしても攻略法を見いだせずに、こうして苦しめられてしまっているのである。


 だが隼人はそれでも取り乱さない。冷静さを失わない。

 あの日、スイスで人生初の敗北を喫した際、隼人は六花と美奈子に誓ったのだ。

 例えどんな状況だろうと、六花や美奈子のように冷静さを失わない、鋼の精神を持つ選手になってみせるのだと。


 「3-5!!」


 隼人の強烈なスマッシュが、沙織の足元に突き刺さる。

 確かに沙織は強敵だが、それでも隼人は諦めない。必死に食らいついていく。 


 「10-12!!」


 必死に引き離そうとする沙織だったが、それでも隼人は離れない。

 沙織はムーンスライダーだけの選手ではない。パワーも、スピードも、テクニックも、スタミナも、その全てが中学レベルを完全に超越してしまっている。隼人同様の完成されたオールラウンダーなのだ。

 だが、それでも。


 「18-17!!」

 

 粘って粘って粘って粘って、粘り抜いた末に。

 この試合、初めて隼人が沙織からリードを奪い…そして。


 「ゲーム!!愛知県代表・平野中学校3年・須藤隼人!!21-18!!チェンジコート!!」

 「さあ、ここからだ!!」


 セカンドゲームを隼人が奪い、客席から、ベンチの彩花たちから、大声援が沸き起こる。

 隼人も沙織も既に体力の限界が近付いており、既に肩で息をしていたのだった。

 無理も無いだろう。2人共互いの実力が伯仲した、しかもこんな緊迫した試合で、もう40分近くもコート上を走り回っているのだから。

 そしてテレビ夕日の関係者たちは、このまま沙織が勝ってしまうと番組の編成に多大な影響が出てしまうから、どうか隼人に勝利して欲しいと…彩花たちとは別の意味で隼人の勝利を願っていたのだった。


 「ファイナルゲーム、ラブオール!!愛知県代表・平野中学校3年・須藤隼人!!ツーサーブ!!」

 「さあ、決着を付けようか!!片桐さん!!」


 ファイナルゲームも、まさに一進一退の死闘となった。

 全国大会とはいえ、とても1回戦とは思えない程の、中学レベルを完全に超越した凄まじいラリーの応酬。点の奪い合い。


 「7-7!!」


 沙織がムーンスライダーで隼人から何度得点を奪っても、隼人は何度でも追いすがる。

 何度でも、何度でも、何度だって、隼人は諦めずに立ち上がる。


 「13-12!!」


 どれだけ沙織が突き放そうとしても、隼人は決して離れない。

 未だムーンスライダーを攻略出来ていない隼人だが、それでも要所はしっかりと抑え、沙織の些細なミスを決して逃さず、決めるべきポイントでは確実に決めてくる。

 そして心は熱く燃え上がらせても、その内側では冷静さを失わず、沙織のプレーを…そしてムーンスライダーを、しっかりと分析していく。

 それが出来る選手だからこそ、隼人は周囲から「神童」の異名で呼ばれているのだ。


 「19-20!!」


 いよいよ沙織のマッチポイントとなり、試合は遂にクライマックスへ。

 あと1点で沙織の2回戦進出、そして隼人の敗退が決まってしまう。

 そう…あと1点。

 だが、その「あと1点」を容易く取らせないのが、隼人という選手なのだ。


 「私はお母さんから受け継いだ、このムーンスライダーで!!優勝を掴むんだああああああああああっ!!」


 イギリスのプロリーグで活躍し、現在は引退してブリストルでバドミントンスクールを経営している、3年前に父親と離婚した母親。

 その母親への想いを胸に秘め、沙織はこの試合もう何度目かというムーンスライダーを隼人に放つ。

 強烈なドライブ回転が掛かったシャトルが激しくカーブを描きながら、情け容赦なく隼人のコートに襲い掛かった。

 弾道を読み切り、それをラケットに当てる隼人。

 勝利を確信した沙織。

 

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 だがそれでも隼人が放った渾身の一撃が、遂に沙織のコートのラインギリギリに突き刺さったのだった。


 「なっ…!?」

 「20-20!!タイブレーク!!」


 この土壇場において、遂にムーンスライダーを攻略してみせた隼人。

 何度食らいながらも諦めずに何度も分析を続け、遂に対策を編み出してみせたのだ。

 ファイナルセットは、とうとうタイブレークにまで突入してしまった。

 バドミントンではスコアが20-20になった時点でタイブレークとなり、どちらかが2点リードするか、どちらかが30点目を取るまで試合が続けられるのだ。


 「嘘でしょ…!?私のムーンスライダーを攻略された!?」

 「さあ…仕切り直しと行こうじゃないか!!」

 「これが神童・須藤隼人君の力…!!だけどっ!!」


 隼人の言うように、仕切り直しとなったファイナルセット。

 隼人と沙織の夏は、まだまだ終わらない。


 「21-21!」


 ムーンスライダーを攻略されてもなお、沙織は隼人を力で捻じ伏せてくる。

 だが隼人も、そう簡単には屈しない。


 「23-23!!」


 何度点を取られても、隼人は何度でも追いすがる。

 何度倒されても、隼人は何度でも立ち上がる。

 

 「27-27!!」


 もう永遠に続くのではないかと、観客たちが錯覚してしまう程の壮絶な死闘。

 隼人も沙織も既に体力の限界に達しており、激しく息を乱しながら全身汗だくになってしまっている。


 「29-29!!」


 そして試合は、本当の意味でのクライマックスへ。

 互いにマッチポイントを迎え、どちらかが点を取った時点で決着となるのだ。

 沙織のサーブから放たれたのは、やはり伝家の宝刀ムーンスライダー。

 隼人から攻略されてもなお、沙織はこの技に頼り続ける。

 何故ならこの技は、沙織が大好きな母親から託された、母親との思い出が沢山詰まった技なのだから。


 強烈なドライブ回転が掛かったシャトルを、またしても沙織のコートのラインギリギリに向けて打ち返す隼人。

 最早ムーンスライダーは、ただ正面から撃つだけでは隼人には通用しない。

 だが隼人なら必ずこのコースへと打ち返すだろうと…それを確信した沙織が既に待ち構えて飛翔し、スマッシュの体勢に入っていたのだった。


 「なっ…!?」

 「これで、終わりだああああああああああああああああっ!!」


 カウンターで放たれたスマッシュが、情け容赦なく隼人のコートのラインギリギリに向けて襲い掛かる。

 この試合最終盤においても、沙織のスマッシュは威力も精度も全く衰えていない。


 「させるかああああああああああああああああああっ!!」


 シャトルに向かって必死にダイブして、左手のラケットを伸ばす隼人。

 そして沙織が放ったスマッシュは…隼人のラケットをかすめ、無情にもラインギリギリへと落下したのだった。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、静岡県代表・草野中学校3年・片桐沙織!!スリーゲーム!!19-21!!21-18!!29-30!!」

 「や…やった…!!やったああああああああああああああああああ!!」


 2回戦進出を決めて派手にガッツポーズをし、コートに飛び出してきたチームメイトの女子たちと、とても嬉しそうに抱き合う沙織。

 そして沙織に敗北して1回戦敗退が決まり、立ち上がって肩を落として天を仰ぐ隼人。

 この瞬間、六花以来となる、隼人の大会3連覇の夢は断たれる事となった。

 勝者が生まれれば、必ず敗者が生まれる。勝負の世界とはまさに非情だ。


 「お互いに、礼!!」

 「「有難う御座いましたぁっ!!」」


 それでも隼人も沙織も疲労困憊になりながらも、互いに充実した笑顔で握手を交わしたのだった。

 そんな2人に客席から、心からの声援と拍手が送られる。

 握手をしながら、互いに見つめ合う隼人と沙織。


 「あの、須藤君、有難う。凄く強かった。」

 「いや、君の方こそ強かった。今日の試合は凄く楽しかったよ。一生の思い出に残る最高の試合になったよ。」


 決して天狗になってなどいない。油断も慢心もしていない。

 全身全霊の力で沙織と戦った結果、隼人は沙織に敗れたのだ。

 だから隼人に悔いは無い。とてもすっきりとした心で沙織を見据えていた。

 確かに沙織に負けたのは悔しいし、1回戦で敗退してしまった事を彩花たちに対して申し訳なく思う。

 だがそれ以上に隼人は沙織との試合を、心の底から存分に楽しむ事が出来た。

 そしてこれ程の凄い選手と、もう一度戦いたいと…今度こそリベンジしたいと…隼人は心からそう願っていたのだった。


 「片桐さん。今度は来年のインターハイで、君と戦える日を心待ちにしているよ。」

 「うん!!私も須藤君との試合、凄くドキドキした!!凄く楽しかった!!」

 「2回戦も頑張ってね。応援してるよ。」

 「うんっ!!」


 沙織が満面の笑顔で隼人に手を振り、チームメイトと共にコートを去って行く。

 隼人もまた出迎えてくれた彩花たちに対し、精一杯の笑顔を見せる。


 「御免よ彩花ちゃん。君の分まで頑張ろうと思ったけど、1回戦で負けちゃったよ。」

 「ううん、それでも凄い試合だった!!私、凄く感動したよ!!」


 顧問の先生からスポーツドリンクとタオルを受け取った隼人に、目を潤ませながら寄り添う彩花。

 本当に凄い試合だった。正直どちらが勝ってもおかしくない死闘だった。

 そんな死闘を戦い抜いた隼人に、彩花は心の底から感動を覚えたのだ。

 そして隼人を打ち破り、2回戦へと進出してみせた沙織にも。


 世界の舞台では「バドミントン後進国」などと罵られ、ここ数年はバドミントンにおいて目立った実績を残せていない日本。

 実際に去年の12月に愛知県の学生選抜が、プロの若手を中心に編成されたデンマーク代表との親善試合において、客席から罵声が飛ぶ程の無様な惨敗を喫してしまった。

 さらに今年の2月に史上初めて日本で開催された、デンマーク代表が優勝した世界選手権においても、日本代表は1勝すら上げる事が出来ずに予選敗退を喫してしまった。


 だがそれでも、今日の試合を見せつけられた彩花は思う。

 日本のバドミントンの未来は、そう悲観した物では無いのかもしれないと。

 だって隼人の他にも、これ程の選手が日本にいてくれたのだから。


 「それにしても…。」

 「何?ハヤト君。」


 自身の汗まみれになったタオルを顧問の先生に渡した後、隼人は同時進行している他の試合を見つめながら、穏やかな笑顔で呟いたのだった。


 「やっぱり全国は広いなぁ…。」


 だが沙織が来年のインターハイで、隼人と戦う事は無かった。

 それどころか沙織は2回戦を試合直前になって突如棄権し、大会中に大慌てで静岡へと帰郷。そのまま中学まででバドミントンを引退せざるを得なくなってしまったのである。

 それは沙織のスマホに父親がうつ病を発症したとの緊急の知らせが入り、急遽静岡に戻らなければならなくなってしまったから。

 そして中学卒業後に高校に行かずに、うつ病が重症化した父親の介護をしながら、複数のバイトを掛け持ちして働かざるを得なくなってしまい、とてもバドミントンどころでは無くなってしまったのだが…。


 それは作者が、この作品のBルートの最終話を執筆後に制作予定の、沙織を主人公とした次回作での物語である…。

 次回。急転直下。

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