第17話:どうしてこんな事になった
負けた彩花が隼人にハンバーグカレーを奢りだ。
いや、確かに県予選の準決勝で、隼人は彩花に言った。
この試合に勝ったらゼニーズのスペシャルメロンパフェを奢れとか彩花が言い出したもんだから、じゃあ僕が勝ったらハンバーグカレーを奢れと。
そして準決勝でフルセットまでもつれ込んだ末に、彩花との互角の死闘を見事に制してみせた隼人は、当初の約束通りに彩花にハンバーグカレーを奢って貰う事になった。
だからこそ隼人は、てっきり近くにあるドドイチか、近所のおばちゃんがやってる食堂にでも連れて行かれる物だと思っていたのに。
それなのに…一体全体何がどうしてこうなった。
「はい隼人君、彩花、お待たせ~(笑)。」
「あっれえええええええええええええええ!?どうしてこんな事になったああああああああああああああ(泣)!?」
県予選の翌日の日曜日の、お昼の12時。
隼人は何故か六花と彩花のアパートに招待され、六花にハンバーグカレーとポテトサラダを振舞って貰っていたのだった。
いやいやいやいや、確かに彩花に対してハンバーグカレーを奢れとは言ったけれども。
確かに彩花は、その約束をしっかりと守ってくれたんだけれども。
それなのにまさか、六花から手作りのハンバーグカレーをご馳走になるなんて、聞いてないんだけれども。
まあでも六花の料理は和洋中の何を作らせても凄く美味しいから、嬉しいんだけれども。
「ちなみにハンバーグの中にチーズも入れておいたよ。チーハン、好きだったでしょ(笑)?」
「あざす(泣)!!」
チーハン、大好物なんだけれども。
そんな隼人の隣の席に座った彩花が、とても満足そうなドヤ顔をしていたんだけれども。
「さあ、冷めない内に頂きましょうか。」
エプロンを外した六花が、隼人や彩花と向かい合うように席に座る。
普段JABSで仕事をしている時のリクルートスーツ姿も凛々しくて素敵だが、今のジーパンとブラウスの素朴な私服姿も、六花の優しさと母性を引き立たせているように感じる。
そんな六花が隼人に対して、まるで隼人の本当の母親であるかのように、とても優しい笑顔を見せたのだった。
「頂きま~す。」
六花への感謝の心を示しながら、両手を合わせて頂きますをする隼人。
まずはカレーより先に、ポテト、レタス、ハムがふんだんに盛り付けられたポテトサラダを箸で掴んで、口にする。
このポテトサラダもスーパーで売られてる惣菜とかではなく、六花の手作りの代物だ。
食事をする際は隼人のように、野菜から先に食べるのが健康維持の秘訣だとされている。
理由は作者も知らん。
「美味いっ!!」
レタスのシャキシャキ感とポテトのほくほく感が絶妙にマッチして、隼人の口の中でハーモニーを奏でる。
ハムの旨味もしっかりと効いていて、ポテトの味をより引き立たせている。
栄養バランス的にも、肉と野菜を同時に摂取出来るので抜群だ。
ポテトサラダを1口食べた後、いよいよメインのハンバーグカレーを頂く。
これもレトルトの奴を温めるとかいう手抜きではなく、正真正銘六花の手作りだ。
スプーンでハンバーグの先端をサクッと切ると、中からハンバーグに優しく包み込まれながらフライパンの上で温められた、程好くトロトロになったチーズが。
そのハンバーグをスプーンで掬い、ルーを絡めてから口の中に運ぶ。
「~~~~~~~~~~~~~!!」
濃厚なチーズの風味とルーの辛みが、ハンバーグの旨味をさらに引き立たせる。
カレーとチーズの相性って本当に抜群だよね。
考え出した奴にはアイデア賞をくれてやりたいね。
さらに絶妙な焼き加減で焼かれたハンバーグから、たっぷりの肉汁が溢れて、じゅわっと隼人の口の中に広がっていく。
「うおおおおおおおおおおお!!スプーンが止まらん!!」
ルーの辛さによって口の中がヒリヒリするが、それもポテトサラダを食べる事によって見事に中和されていく。
まるで隼人と彩花を満足させる為に、六花に食べ合わせを全て計算し尽くされたかのようだ。
作者は思うんだけど、カレーとポテトサラダの組み合わせって本当に最強だよな。
騙されたと思って一度試してみろ。
「母さんの料理も美味しいけど、やっぱり六花さんの料理は最高だああああああああああああああ!!」
「もう、隼人君ったら。おだてても何も出ないわよ?」
あれ?これってバドミントンを題材にした小説だったような…。
まあいいや。
こうして六花の美味しい手料理を存分に堪能した隼人は、とっても満足そうな表情で愉悦に浸っていたのだが。
「で、2人はどこの高校に行くのか、もう決めたの?」
隼人と彩花に食後のデザートとオレンジティーを振る舞った六花が、突然そんな事を言い出した。
隼人も彩花も、もう中学3年生。隼人が出場する全国大会が開催される8月が来週にまで迫っており、そろそろ進学先を真剣に考えないといけない時期なのだが。
「僕は稲北高校に行きますよ。」
だが隼人は既に志望校を決めていたようで、何の迷いもなく1秒で即答したのだった。
隼人がオレンジティーを口にすると、芳醇な香りが隼人の口の中に優しく広がっていく。
「うちからそんなに遠くないですし、県立なら学費が安いですしね。あまり父さんと母さんに負担を掛けたくないですから。」
「あそこは私もJABSの仕事で視察に行った事があるけど、バドミントン部は弱小だったわよ?特に目立った選手は1人もいなかったし。」
「そうですけど、僕は学費が安くてバドミントンさえ出来る所なら、正直どこでもいいんですよ。」
昨日の県予選が終わった後、隼人の下には全国の私立の強豪校のスカウトたちが、一斉に大挙して押し寄せる騒ぎになってしまったのだが、彼らの誘いを隼人は全て断ったのだ。
学費に関して難色を示す隼人に対し、奨学金制度があるとか熱心に説得するスカウトも何人かいたのだが、それでも奨学金というのは聞こえはいいが、その本質は「借金」だ。
3年間もの学費や寮費、食費を奨学金でフルに補うとなると、その金額は数百万円にまで達してしまう。
無利子ではあるが、それを卒業後に全額返済しなければならなくなってしまうのだ。
なので結局は、玲也と美奈子に多大な負担を掛ける事になってしまう。そんな物は隼人にはとても耐えられなかった。
それ以前の問題として、隼人は気に入っているのだ。
玲也や美奈子との…そして六花や彩花との、この緑溢れる自然豊かな愛知県稲沢市平和町での、静かで穏やかな暮らしを。
それに遠方の高校で寮生活を送るとなると、玲也や美奈子と…そして折角再会出来た彩花や六花とも再び離れ離れになってしまう。それが隼人には何よりも嫌だった。
そこまでしてまで強豪校に通おうとは、とても隼人には考えられないのだ。
バドミントンをやりたいのなら別に強豪でなくても、単に学費が安い県立の、バドミントン部がある高校に通えば済むだけの話なのだから。
「彩花はどうするの?」
「私も稲北高校に行くよ。お母さん。」
そして彩花もまた、何の迷いもせずに即答だった。
彩花の瞳からは一片の迷いも見られない。彩花は隼人と同じ高校に通えるなら、別にどこだっていいのだから。
「ハヤト君が行くって言うなら、私も稲北高校に行くよ。」
「でもさ彩花ちゃん。確かこの間の部活中に、名古屋の聖ルミナス女学園の人たちがスカウトに来てなかったっけ?ほら、あの毎年全国に行ってる強豪の。」
「そうだけど私、はっきりと断ったよ?あそこは全寮制の女子高じゃん。あんな所に行ったらハヤト君やお母さんと離れ離れになっちゃうよ。そんなのやだよ。」
マンボウみたいに頬を膨らませながら、とても不服そうに隼人に抗議をする彩花だったのだが。
「私も彩花を聖ルミナスに行かせるつもりは無いわ。」
そんな彩花に続くかのように、六花もまた隼人に対して即答したのだった。
先程までの穏やかな笑顔とは違い、とても真剣な…というか深刻そうな表情で。
「うちから直接通える所にすればいい。確かにあそこは強豪だけど、彩花に勉強やバドミントンをさせるのに、わざわざ全寮制の所に行かせる必要性なんか無いもの。」
「六花さん。なんか顔が強張ってますよ?大丈夫ですか?」
「え?」
とても心配そうな表情で、六花を見つめる隼人。
それは六花が子離れ出来ないのをすっ飛ばして、彩花に依存してしまっているから。
彩花を失う事を、六花は極度に恐れてしまっているから。
だからこそ彩花に寮生活を送らせるなど、六花にはとても耐えられないのだ。
「ご、御免ね隼人君。大丈夫よ。」
「はあ…なら、いいんですけど。」
その事実を知らない隼人は、思わず「?」という表情になってしまったのだった。
六花は自らの気持ちを落ち着かせる為に、自分が淹れたオレンジティーを一口飲んで、ふうっ…と一息つく。
リラックス出来るハーブの成分が含まれている為か、六花の心が幾分か落ち着いたような気がしたのだった。
「まあ、そんな事よりも。」
話がどんどん暗くなりそうだったので、六花は無理矢理話題を変える事にした。
「全国大会が終わったら、2人共受験勉強を頑張らないとね~。」
そう、大会が終わったら隼人も彩花もバドミントン部を引退して、高校受験に備えて受験勉強をしないといけないのだ。
今は少子高齢化の影響で定員割れを起こしてしまっており、形だけの受験を行って受験した時点で即合格、という高校も増えているらしいのだが。
それでも何が起こるか分からないから、受験勉強はしっかりとやっておいた方がいい。
「稲北高校なら別に進学校じゃないし、そこまで気にする程でも無いと思うんですけどね。」
「そうだけど、バドミントンみたいに油断せずに行きなさいよ?」
「まあ、そうですよね。」
確かに六花の言う通りだ。受験に落ちて無職とかになったら洒落にならない。
そんな事になったら、それこそバドミントンどころじゃ無くなってしまうだろうから。
六花に穏やかな笑顔で釘を刺されて、改めて気持ちを引き締め直した隼人なのであった。
「彩花は英語の勉強を、もうちょっと頑張った方がいいかな~。この間のテスト、50点だったもんね。」
「うええ、ドイツ語ならペラペラなのに~。英語ってドイツ語と全然違うんだもん。」
「少しは英語もペラペラな隼人君を見習いなさい。」
隼人は日本に引っ越して彩花と離れ離れになっていた4年もの間に、美奈子の勧めで英会話教室に通っていたり、スピードラーニングで鍛えていた時期があった。
なので隼人は日常会話に支障が無いレベルまでであれば、何とか英語を流暢に話せるようにはなっていた。
「まあ受験を抜きにしても、英語は世界共通用語だから。彩花の将来の為にも、話せるようになっておいて損は無いよ。」
「じゃあさ、じゃあさ。お母さん、そんな偉そうな事言ってるけど、肝心のお母さんは英語を話せるの?ペラペラなの?」
「I love Ayaka from the bottom of my heart(笑)。」
「うえええええええええええええええええ(泣)!?」
六花が何を言っているのか彩花にはよく分からなかったのだが、それでも何となくめっちゃ恥ずかしい事を言われてるような気がした。
というか隼人は完璧に理解出来ているらしく、めっちゃ顔を赤らめているのだが。
「I truly consider Hayato as an important part of my family(笑)。」
「あ、あの、その…六花さん…恥ずかしいんですけど…(汗)。」
なんか隼人が六花の顔を、まともに見る事が出来ていないのだが。
「I will always be by Ayaka side from now on(笑)。」
「もういいよ!!分かったから!!英語の勉強、頑張るから!!なんかお母さんがめっちゃ恥ずかしい事を言ってるような気がする(泣)!!」
「うふっ(笑)。」
慌てふためく彩花の姿に苦笑いしながら、優しくなだめる隼人。
同じ日、同じ場所、同じ時刻に生まれた、幼少時からの幼馴染の、この2人。
この2人がいずれ恋人同士になって、大学卒業後に立派な社会人になって、結婚する時が来るのだろうか。
そうなったら隼人は真面目な子だから、六花に対して頭を下げながら、
「彩花ちゃんを僕に下さい!!」
とか言い出すに違いない。
その時に六花は、隼人に対して穏やかな笑顔で、こう言ってやるのだ。
「隼人君がうちに来てよ。私たち3人で一緒に家族になろうよ。」
「藤崎隼人になってくれないかな?」
と。
六花が隼人に対して婿入りを願うのは、彩花の傍を離れたくないから。彩花に対して依存してしまっているから。
隼人が婿入りしてくれるのであれば、六花は彩花とずっと一緒にいられる。それを六花は心から望んでいるのだ。
六花は怖いのだ。どんな形であれ、彩花が自分の傍からいなくなってしまうのが。
勿論隼人の事は、六花も心から信頼している。隼人なら必ず彩花の事を幸せにしてくれるはずだと。それは六花も充分に理解していた。
だがそれでも六花は、彩花と離れ離れになるのが怖いのだ。
隼人が一般企業で働き、彩花が専業主婦になって、六花がJABSの職員として日本のバドミントンの発展に努める。
勿論先の事はまだまだ分からないのだが、そんな何気無い幸せの日々の光景を、六花は思わず頭の中で想像してしまったのだった。
彩花は隼人との間に、子供を何人作るのだろうか。
あるいは作らないのかもしれないが、それでも別に六花は構わない。
彩花が六花の傍に、ずっといつまでもいてくれるのであれば…。
「あの~、六花さん。どうしたんですか?そんなにニヤニヤしながら僕の顔をジロジロ見つめて。」
「ん~ん、何でも無い。」
なんか恥ずかしがっている隼人の可愛らしい姿を、六花がとても穏やかな笑顔で見つめていたのだった。
六花にとって大切な宝物である、隼人と彩花。
この2人とずっといつまでも、こうして静かで穏やかな日々を過ごしていたい。
六花にとっては、それだけ叶えて貰えるのであれば、他に多くは望まない。それだけでもう充分過ぎる程幸せだった。
次回は全国大会です。
六花以来となる隼人の大会3連覇は果たせるのか…。




