第155話-A:皆にはこれからも、まだまだ先があるわ
地区予選大会終了後、まさかの…。
「お互いに、礼!!」
「「有難うございました!!」」
審判に促されて互いに握手をするノエルとマチルダに、観客たちが惜しみない大歓声と拍手を浴びせる。
隼人と静香が加入し、さらに六花がコーチに就任した事で、スイス全土からの注目を集めたアレクシス高校だったのだが。
それでも結局は1回戦を2勝3敗という結果となり、悲願の2回戦進出は果たせず。
今大会も毎年恒例の、1回戦敗退という結果に終わってしまった。
ステラの壊滅的なまでのクジ運の悪さによって、1回戦からいきなりスルヴァン・モントレアス女学園と試合をする羽目になってしまったという不運も、勿論あるのだが。
それでも選手たちは六花の指導の下、間違いなく成長していた。
敗れた3試合のいずれもが胸を張っていい立派な試合だった。スルヴァン・モントレアス女学園を相手に本当に良く戦ってくれた。
特にシングルス1での、あの『高校生最強』の異名を持つマチルダを相手に、あわやジャイアントキリング達成かと思わせる程のノエルの奮闘ぶりには、多くの観客たちが胸を打たれたようだ。
「ノエル、お疲れ様。本当に良く頑張ったわね。」
「ううっ…藤崎コーチ…。」
だがそれでも負けたノエルにしてみれば、勝利と言う結果に繋げられなければ何の意味も無い。
六花に優しく慰められたノエルだったが、それでも悔し涙が止まらなかった。
隼人と静香がシングルス1まで必死にバトンを繋いでくれたのに、2人の頑張りと想いに報いる事が出来なかったからだ。
しかも隼人に至っては既に引退しているというのに、止むを得ない事情があったとはいえ、無理を言って試合に出て貰ったというのにだ。
「皆、今日は本当にお疲れ様。残念な結果に終わってしまったけど、それでも今日の試合が皆の人生の全てだとは思わないでね?」
それでも六花は、敗北した隼人たちを決して責めなかった。
猫みたいに自分の身体にしがみつく彩花の肩を優しく抱き寄せながら、相変わらずの穏やかな笑顔で真っすぐに隼人たちを見据えたのだった。
何故なら隼人たちはプロではなく、アマチュアの学生の選手だからだ。
何よりも『勝つ』事を厳しく求められ、『仕事』としてバドミントンをやっているプロの選手たちとは、置かれている立場が全く異なるのだ。
隼人たちがアマチュアの学生である以上は、バドミントンは『教育の一環』であり、『人間として立派に成長させる為の手段』に過ぎない。
それさえ果たす事が出来てしまえば、極論を言ってしまえば大会での勝ち負けの結果など、六花にとっては至極どうでもいい話なのである。
とは言えアレクシス高校の上層部や関係各所が、これから六花とステラに対して何を言ってくるのかは分からないのだが…。
「皆にはこれからも、まだまだ先があるわ。今日の試合には負けてしまったけど、それでも負けた悔しさをバネにして、今日の経験を糧に立派に成長してくれればいいと、私はそう思っているの。」
六花の言葉に、神妙な表情で耳を傾ける隼人たち。
これがプロの試合であり、六花がプロの監督やコーチだったのであれば、六花は隼人たちに対して『何故勝てなかったのか』を厳しく追求しなければならなかっただろう。
それに先程静香が六花の忠告を無視して黒衣を暴走させた件についても、もし六花がプロの監督やコーチだったのであれば、六花は静香の事を物凄い剣幕で怒鳴り散らさなければならなかったはずだ。
それでも六花が静香に対して怒らなかったのは、静香が身体への負担が大きい諸刃の剣である朱雀天翔破を、六花の言いつけをしっかりと守って最後まで使わなかったというのも勿論あるのだが。
何よりも隼人たちがアマチュアの学生の選手である以上は、プロとは指導する目的が全く違うからだ。
六花が隼人たちに告げたように、重ねて言うが部員たちを『人間として立派に成長させる事』が目的なのだから。
そしてそれは今の隼人たちの表情を見れば、その六花の目的は充分に達成されたと言っても問題無いだろう。
今日の敗戦という結果を全員が真摯に受け止め、真剣な表情で真っ直ぐに六花を見据えている。
これから隼人たちは今回の敗戦の悔しさをバネに、人間としてもバドミントンプレイヤーとしても立派に成長してくれるはずだ。
そんな隼人たちの姿に満足した六花は、隼人たちに対して慈愛に満ちた笑顔を見せたのだった。
「さあ皆、まだ最後の仕事が残ってるわよ?皆の試合を最後まで観戦して下さったお客様に対して、しっかりと胸を張って挨拶をしないとね。」
ステラに笑顔で促された隼人たちは、規律正しく整列して観客たちに向き直る。
「有難うございました!!」
「「「「「「「「「「有難うございましたぁっ!!」」」」」」」」」」
そしてノエルが観客席に向かって頭を下げたのに続いて、隼人たちも…そしてステラと六花と彩花も一斉に頭を下げた。
そんな隼人たちに対して観客席から、惜しみない大歓声と拍手が届けられたのだった。
「いい試合を見せて貰ったぞ!!負けた選手たちも本当に素晴らしかった!!」
「引退しないでくれよ須藤隼人!!シュバルツハーケンにスコアラーとしてではなく、選手として加入してくれよ!!」
「朝比奈静香!!シュバルツハーケンへの正式入団を楽しみにしてるからな!?お前の実力なら充分プロでも通用するぞ!!」
そんな観客席からの温かい声援に、顔を上げた隼人たちは充実した笑顔を見せたのだった。
かくして今回の地区予選大会もまた、アレクシス高校が1回戦敗退、スルヴァン・モントレアス女学園が優勝という、毎年恒例となる順当の結果となった。
それでも校長は選手たちを立派に成長させた六花の手腕を高く評価し、今後も継続してコーチを務めて貰う事を六花に通達し、六花も力強い笑顔で快く了承した。
だが地区予選大会が終了してから数日後のアレクシス高校において、誰もが予想もしなかった、まさかのとんでもない事態が起きてしまう。
これまで『ダクネスの妹』という話題性ばかりが注目され、実力面ではそこまで評価されていなかったノエルの予想外の奮闘ぶりが、試合を観戦に訪れていた観客たちによって一斉にスマホで録画されてSNS上にアップされ、あっという間に全世界に拡散。
これがネットや新聞の記事で大きく取り上げられた事で、国外も含めた幾つかのプロチームのスカウトたちが、大慌てでノエルの下を訪れる事態になってしまったのだ。
無理も無いだろう。あの『高校生最強』との異名を持つマチルダを相手に敗れたとはいえ、あわやジャイアントキリング達成かと思わせる程の、予想外の奮闘ぶりを見せつけたのだから。
類稀な才能を持ちながら指導者に恵まれずに伸び悩んでいた選手が、有能な指導者に巡り会えた事で眠っていた才能が爆発的に開花するなんてのは、どんなスポーツでも割とよくある話なのである。
六花という最強の指導者に巡り会い、適切な指導を受ける事が出来たノエルは、それ程までの選手へと急成長を遂げたのだ。
まるでノエルの中で今まで眠っていた才能が、六花の手によって引き出されたかのように。
まさかのシンデレラストーリーを自らの手で成し遂げてしまったノエルだったのだが、それでも訪れたスカウトたちに対して、プロ入りの意志は一切無い事を通達。
祖父母が経営する農場を継ぐ為に大学で本格的に経営学を学ぶという、以前から秘めていた将来の展望は変わらない事。
そして大学卒業後もバドミントンは引退せずに地元のクラブチームに所属し、農業の片手間で練習を続け、アマチュアの大会に出場する事を宣言した。
そんなノエルに対してスカウトたちは、こんな金の卵をむざむざと逃がしてたまるかとノエルを必死に説得したものの、それでもノエルの意志は変わらなかった。
かくして今回の地区予選大会は、色々な意味で騒動を巻き起こした末に、無事に終幕したのである。
そして5月に大会本戦が行われ、地区予選を圧倒的な強さで制したスルヴァン・モントレアス女学園は、今年も見事に優勝。
優勝インタビューにおいて、今大会で誰が一番強かったかを問われたマチルダは、胸を張って堂々とインタビュアーに即答したのだった。
「地区予選大会の1回戦で戦った、アレクシス高校のノエル・アンダーソン選手が一番強かったです。」
…と。
次回、まさかの…。




