第154話-A:絶対に諦めるもんか
アレクシス高校にとって悲願となる2回戦進出を賭け、シングルス1の試合に臨むノエル。
その壮絶な試合の結末は…。
こうして隼人と静香が勝利した事で2勝2敗となり、アレクシス高校は何とか2回戦進出に望みを繋ぐ事が出来た。
次のシングルス1に出場するノエルが勝利すれば、アレクシス高校は悲願となる2回戦進出を果たす事が出来るのだが。
『続きまして第1コートにおいて、第1試合のシングルス1、アレクシス高校2年、ノエル・アンダーソン VS スルヴァン・モントレアス女学園3年、マチルダ・モーリスの試合を開始致します。』
それでも相手は『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園。そんなに簡単に勝たせてくれるような甘い相手ではない。
シングルス1においてノエルの前に立ちはだかるのは、スルヴァン・モントレアス女学園バドミントン部の部長にして、名実共にスイスにおける『高校生最強』のマチルダ。
既に地元のシュバルツハーケンを初めとしたプロチームの複数球団が、彼女を競合覚悟でドラフト1位で指名する事を公言している程の実力者だ。
そんな化物みたいな選手を相手に、これからノエルは2回戦進出を賭けて戦わなければならないのである。
「ノエル。相手は文句無しのスイスにおける、高校生最強プレイヤーよ。だけど例え相手が誰だろうとも決して気圧されずに、貴女自身のバドミントンを見失わないでね?」
「はい!!藤崎コーチ!!」
それでも今のノエルに、迷いも恐れも無い。
決意に満ちた表情で、六花に対して力強く頷いたのだった。
ダブルス2試合で連敗を喫してしまったものの、それでも隼人と静香がシングルス1まで必死にバトンを繋いでくれた。
しかも隼人に至っては既に引退しているにも関わらず、チームメイトの家族の訃報という止むを得ない事情で仕方が無かったとはいえ、無理を言って試合に出て貰ったのだ。
隼人と静香の頑張りと想いを、絶対に無駄にする訳にはいかない。
その決意を胸に秘め、ノエルは威風堂々とコートへと向かって行く。
「それでは藤崎コーチ、行ってきます!!」
「はい、行ってらっしゃい。」
まるで母親のような慈愛に満ちた笑顔で、コートに向かうノエルを送り出す六花。
かくして互いに2回戦進出を賭けた運命のシングルス1の試合が、遂に始まろうとしていたのだった。
「お互いに、礼!!」
「「よろしくお願いします!!」」
審判に促され、互いにがっしりと握手を交わすノエルとマチルダ。
そんな2人に大勢の観客たちが、惜しみない声援を浴びせたのだった。
「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!アレクシス高校2年、ノエル・アンダーソン!!ツーサーブ!!」
「さあ、行くわよ!!」
一方その頃、遠征先のローゼンヌの体育館に辿り着いた大型バスから、シュバルツハーケンの選手たちが今日の公式戦に出場する為に、ゾロゾロと降りてきたのだが。
「おいダクネス、一体何をそんなに熱心にスマホを見てるんだ?」
チームメイトの男性が、スマホを覗き込んでいるダクネスに声を掛けたのだった。
「今日のアレクシス高校の試合の結果速報だよ。」
「おお、そう言えばお前の妹さんが、シングルス1で出るんだったよな?」
「うむ。今現在そのシングルス1の真っ最中なんだ。」
ダクネスの言葉でチームメイトの男性が、興味深そうに自分のスマホで試合速報を確認する。
地区予選の結果速報は本戦とは違い、ネットでは文面での結果速報が流れるのみで済まされ、公式でのテレビやネット配信などの生中継は行われない事になっている。
とは言え現地で試合を録画した観客の誰かが、そのうち動画サイトやSNSに動画を配信するのかもしれないが。
「おいおい、あの須藤隼人がシングルス3で出てるのかよ。確か引退したとか言ってたはずだよな?」
「チームメイトの身内の不幸だとかで、急遽出る事になったそうだ。」
「しかも、あのフレア・ハーベルトを相手にストレート勝ちかよ。来年のドラフト会議の目玉選手だぞ。凄ぇなおい。」
「本人は既にSNSで、うち以外から指名されたら大学でプレーする事を公言してくれているようだがな。うちがスコアラーとして誘っている須藤隼人の事が、心の底から気に入ったからだそうだ。」
「がはは、何じゃそりゃ。」
それ程の実力者ならばスコアラーなんぞではなく、もういっその事引退を撤回させて、選手として契約したらどうなんだと。
そんな事を考えていたチームメイトの男性だったのだが。
「で、肝心の、お前の妹さんの試合速報は…と。」
必死に奮闘するノエルだったのだが、それでも現実は…そして覆しようの無い実力差は残酷だ。
これが勝負の世界である以上は、弱者が強者に叩きのめされるというのは、仕方が無い事なのである。
「ゲーム!!スルヴァン・モントレアス女学園3年、マチルダ・モーリス!!13−21!!チェンジコート!!」
「くそっ…!!」
激しく息を切らしながら、とても悔しそうにベンチに戻るノエル。
やはりマチルダは強い。『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園の部長、そしてスイスにおける『高校生最強』の異名は伊達では無いのだ。
ノエルも必死に粘ったが、それでもマチルダとの逃れようのない実力差を見せつけられてしまっていた。
バドミントンの本場・スイス。その競技人口も競技レベルも、『バドミントン後進国』日本の比ではない。
そのレベルの高いスイスという環境下において、マチルダは名門チームの部長を任され、『高校生最強』と呼ばれる程の実力者にまで上り詰めたのだ。
その誇りと責任感を胸に秘め、マチルダはノエルとの試合に臨んでいるのである。
「お前の妹さん、ファーストゲームを取られちまったみたいだな。」
「そうだな。だが、まだまだ試合はこれからだ。」
「それでも相手が悪過ぎだな。あのマチルダ・モーリスを相手に13点も取ったのは流石ではあるけどな。」
「うむ。だが私が3年間暮らしていた日本には、こんな格言があってな。」
何の迷いも無い力強い瞳で、ダクネスは断言したのだった。
「諦めたらそこで試合終了だよ。」
「ぶはは、誰の言葉だよそりゃ。」
「安東先生。(´・ω・`)」
これからプロとしての公式戦に臨むダクネスには、現地までノエルを応援しに行く事は出来ない。
だがそれでもダクネスは、遠く離れたローゼンヌの街から、妹の奮闘を心から願っていた。
(頑張れよノエル。相手が誰であろと、最後の瞬間まで絶対に諦めるなよ?)
その想いを胸に秘めたダクネスがスマホをポケットの中に入れ、これから自らの戦場となる体育館へと歩き出したのだった。
「セカンドゲーム、ラブオール!!スルヴァン・モントレアス女学園3年、マチルダ・モーリス!!ツーサーブ!!」
だがそんなダクネスの想いも虚しく、セカンドゲームにおいてもマチルダの勢いは止まらなかった。
必死に粘るノエルを、少しずつだが確実に、情け容赦なく突き放していく。
「3−8!!」
「ノエルさん!!まだまだですよ!!」
ベンチから隼人の隣で、必死にノエルを応援する静香。
その隼人と静香の姿を、マチルダはサーブの構えを見せながらチラリと横目で見た。
日本において『神童』だの『天才』だの呼ばれ、デンマークとの国際親善試合においてもトッププロのスコットとローレンを相手に快勝した程の実力者。
それが一体どういう因果なのか、2人は今こうして活躍の舞台をスイスに移しているのだが。
(須藤隼人や朝比奈静香が、どれ程の物だろうとも…!!)
そんな2人に対してマチルダは、強い反骨心を抱いていたのだった。
(こっちは『王国』スイスでの叩き上げなのよ!!こんな毎年1回戦負けしてるような弱小校なんかを相手に、簡単に負ける訳には行かないのよ!!)
あのフレアと美鈴を相手に快勝してみせたのだ。マチルダとて隼人と静香の実力自体は決して侮ってはいなかった。
だがそれでもマチルダがこれまで18年間暮らしてきた、『王国』スイスというレベルの高い恵まれた環境、そして『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園のレギュラー争いの過酷さは、『バドミントン後進国』日本などとは訳が違う。
そんな環境下の中でマチルダは勝ち上がり、こうして名門校の部長という地位にまで上り詰めたのである。
「6-14!!」
それに比べたら、隼人と静香はどうなのか。
あれだけの実力と才能の持ち主だ。日本などという低レベルな環境下においては、過酷な競争を生き抜いたマチルダと違い、競争とは無縁の競技生活を送ってきたに違いない。
勿論本人たちも強くなるために、想像を絶する程の練習と努力を積み重ねてはきたのだろう。
それは2人のプレーを観戦した事で、マチルダも充分に思い知らされた事だ。
今回の大会では対戦機会は無かったが、もしマチルダが2人と戦えば、想像を絶する程の死闘になっていたに違いない。
「7-16!!」
だからこそ、この2人が日本ではなくスイスでプレーしていれば、2人はマチルダにとって最高のライバルに成り得たかもしれないのに。
それがマチルダには何よりも残念だったが、それはそれ、これはこれだ。
今は『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園の部長として、チームを2回戦に導く…いいや、その遥か先の優勝を成し遂げると言う、果たさなければならない使命がある。
その強い『気持ち』を込めたマチルダの渾身のスマッシュが、ノエルのコートのラインギリギリに突き刺さった。
「9−19!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…!!」
ノエルも必死に奮闘するが、それでも残酷にも点差はどんどん開いていく。
「10−20!!」
とうとうマチルダのマッチポイントとなってしまい、いよいよノエルは本格的に追い詰められてしまっていた。
あと1点取られてしまえば、アレクシス高校の1回戦敗退が決まってしまうのだ。
観客の誰もがマチルダの勝利と、スルヴァン・モントレアス女学園の2回戦進出という、最早恒例となってしまっている光景を想像していたのだが。
「まだよ!!まだ私は終わってない!!」
それでもそんな事は絶対にさせないと言わんばかりに、ここからノエルはマチルダを相手に驚異的な粘りを見せつけた。
「11-20!!」
そう、ノエルとて六花という最強の指導者の下で毎日のように鍛えられ、隼人や静香という最強のチームメイトと共に切磋琢磨しているのだ。
『高校生最強』だろうと何だろうと、簡単に勝利をくれてやるつもりは微塵も無い。
「12-20!!」
ノエルの渾身のドライブショットが、マチルダのラケットを空振り三振させる。
「13-20!!」
あと1点取れば、マチルダの勝ちなのに。
「14-20!!」
その最後の1点が、マチルダはどうしても奪えない。
「15-20!!」
マチルダに、その最後の1点をノエルは奪わせない。
「最後の瞬間までぇっ!!絶対に諦めるもんかああああああああああああああっ!!」
「16-20!!」
まさにノエルの意地と信念の6連続ポイント。ここからファイナルゲームに持ち込むというジャイアントキリングを成し遂げる事が出来るのか。
ベンチに座る六花から送られる的確な指示、そして隼人や静香らチームメイトたちの熱い声援が、ノエルの背中を後押しする。
そのノエルの凄まじい気迫に、マチルダは一瞬だが気圧されてしまったのだが。
「しっかりしろマチルダ!!たかが6連続ポイントを取られた位で、そこまで気圧されてどうする!?」
だがそれを決して許さないのが、アフロという六花にも劣らない最強の指導者なのだ。
「プロの世界ではこんな事は日常茶飯事だぞ!!こんな事でいちいち取り乱していては、プロの世界では到底戦っていけないぞ!!」
「監督…!!」
「お前は立派なプロの選手になるんだろう!?藤崎六花みたいなスター選手になって、ご両親に楽をさせてやりたいんだろう!?だったら何があろうと、どんな状況だろうと気持ちを強く持て!!お前が今まで築き上げてきた物を決して見失うな!!」
かつてドイツのプロチームで10年間プレーした経験のあるアフロだからこその、説得力のある『重い』言葉だ。
そう、アフロの言うように、こんな事でいちいち取り乱す訳にはいかない。
既にマチルダの下にはシュバルツハーケンを含めた複数球団のスカウトが挨拶に来ており、今年のドラフト会議において競合覚悟で1位指名する事を通達されている。
出来れば地元で愛着のあるシュバルツハーケンでプレー出来ればと思ってはいるが、それでも指名されればマチルダは、どこのチームにも行くつもりだ。
(そうだ、私はプロの選手になるんだ!!そして藤崎六花さんみたいなスター選手になって沢山稼いで、ここまで私を大切に育ててくれたパパとママに恩返しをするんだ!!)
もしスルヴァン・モントレアス女学園の監督が黒メガネのような無能だったなら、このままマチルダはズルズルと流れを失い、ファイナルゲームにまで持ち込まれていたかもしれないのに。
去年の彩花 VS 静香の県予選準決勝第2試合でもそうだったのだが、指導者の存在や采配さえも、試合の流れを大きく変えてしまう物なのだ。
もう今のマチルダに、ノエルに対しての恐れも戸惑いも微塵も無い。
こんな事で取り乱していては、弱肉強食の過酷なプロの世界では到底生き残れないだろうから。
「その為にも!!私はぁっ!!」
必ずプロのスター選手になって、パパとママに恩返しをする。
その強い『気持ち』を込めた、マチルダの必殺のスマッシュが。
「こんな所でぇっ!!負けるもんかあああああああああああああああっ!!」
ノエルのラケットを吹っ飛ばし、凄まじい勢いでコートに突き刺さったのだった。
「ゲームセット!!ウォンバイ、スルヴァン・モントレアス女学園3年、マチルダ・モーチス!!ツーゲーム!!13−21!!16−21!!」
「よっしゃああああああああああっ!!」
雄叫びを上げガッツポーズをするマチルダに、観客たちが凄まじい大歓声を浴びせる。
その様子をマチルダに敗北したノエルが、呆然とした表情で見つめていたのだった。
奮闘虚しく毎年恒例の、1回戦敗退が決まってしまったアレクシス高校。
悔し涙を流すノエルを優しく慰める六花ですが…。




