第153話-A:あるのか無いのか、どちらなのですか?
口は災いの元。
「お互いに、礼!!」
「「有難うございました!!」」
死闘を終えて互いにコート上で握手をする隼人とフレアに対して、観客たちが惜しみない拍手と声援を送る。
隼人に敗れたフレアではあるが、それでも『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園のレギュラーの名に恥じない素晴らしい死闘を見せてくれた。本当に良く頑張った。
互いに穏やかな笑顔で、見つめ合う隼人とフレア。
「流石だね隼人。完敗だったよ。」
「いや、君も強かったよ。まさか僕の技を完コピされるなんて思わなかったよ。」
強敵だった。今回は快勝という結果に終わったが、それでも油断や慢心が微塵も許されない程の素晴らしい選手だった。
ただ隼人の技やプレースタイルを真似されただけでなく、技の威力や精度に至るまで完全に模倣されてしまったのだから。
そう、まさしく写し鏡であるかのように。
「…私には『それ』しか取り柄が無いから。だから開き直ってスピーゲルを徹底的に磨いたの。ある意味では君と同じだね。」
だが自分を称賛する隼人に対して、フレアは複雑な笑顔を見せたのだった。
幼少時にスピーゲルという素晴らしい異能に目覚め、どんな対戦相手の技やプレースタイルをも完璧にコピーしてしまうフレアなのだが、それ故にフレアに対して
『相手の技をパクる事しか能の無い女』
などと侮蔑する者も決して少なく無いのだ。
そして実際フレアは、本当に『それ』しか取り柄の無い選手なのである。
スピーゲルに頼らずに普通に戦った場合、本当にごくごく平凡な、どこにでもいるような選手でしかない。それがフレアという少女なのだ。
それでも中学時代にフレアのスピーゲルの素晴らしさを見抜いたアフロは、スルヴァン・モントレアス女学園にフレアをスカウトした。
そして「私なんかが」などと戸惑うフレアに対して、こんな事を言い出したのである。
『スピーゲルしか能が無いなら、それならそれで大いに結構。逆に開き直ってスピーゲルを極限まで磨き上げ、誰にも負けないお前だけの武器にしてしまえ。俺がお前の事を導いてやるよ。』
と。
そしてフレアはアフロの指導の下でメキメキと頭角を現し、やがて2年生でありながらレギュラーの座を勝ち取る程の選手に成長し、幾つかのプロチームや有名大学からもスカウトが来る程の選手になるという、とんでもないシンデレラストーリーまで成し遂げたのだ。
フレアもまた、隼人と同じだ。
彩花や静香、詩織のような特別な異能を持たないからこそ、極限まで基礎『だけ』を磨き上げ、パーフェクト・オールラウンダーへと成長した隼人は、本当にフレアにとって自らの写し鏡だと言っても過言では無いのだ。
「私ね、既に幾つかのプロチームや大学から、高校卒業後にうちに来ないかってスカウトされてるんだけどね。私は今までどうするか迷ってたんだけど…。」
「うん。」
「決めた。私、高校を出たら、シュバルツハーケンに行く事にするよ。」
何の迷いも無い力強い瞳で、フレアは隼人に対して宣言したのだった。
地元のチームで愛着もあるというのもあるが、それではない。
「だって君、シュバルツハーケンからスコアラーとして誘われてるんでしょ?」
そう、隼人がスコアラーとして入団する事を勧誘されているからこその決断なのだ。
この件に関しては、今やスイス全土で話題になる程の騒ぎになっていた。
「いやまあ、そうなんだけどさ…まだ入団するって決めた訳じゃないよ?」
「君も私と一緒にシュバルツハーケンに来なよ。元々私の地元のチームで愛着もあるし、君がスコアラーを務めてくれるなら、私もプロの世界で安心して戦えるから。」
こうして実際に隼人と真剣勝負をしたからこそ、フレアには分かるのだ。
隼人になら安心して、背中を預ける事が出来るのだと。
「それに…。」
とても穏やかな笑顔で、フレアは隼人を抱き寄せる。
「今日の君、ちょっとかっこよかったから。ね?」
そして戸惑う隼人のほっぺに、そっ…と優しくキスをしたのだった。
その微笑ましい光景に、観客たちは盛大な歓声と拍手を送る。
「ふふふっ、それじゃ。」
満面の笑顔を見せながら右手を振ってバイバイするフレアの後ろ姿を、隼人が唖然とした表情で見送ったのだが。
『続きまして第1コートにおいて第1試合シングルス2、アレクシス高校2年、朝比奈静香選手 VS スルヴァン・モントレアス女学園2年、李美鈴〔リ・メイリン〕選手の試合を開始致します。』
それでも時間は待ってくれない。コートの整備が終わり次第、即座にシングルス2の試合が始まるのだから。
シングルス2に出場する静香の対戦相手の美鈴は、中国からの留学生。
こちらもフレア同様に、2年生ながらレギュラーの座を勝ち取った強敵だ。
ネットのニュースによると既にJBLの名古屋ゴールデンドルフィンズと、契約面も含めて高校卒業後に入団する事で合意に達しているとの事らしい。
いかに静香と言えども、油断や慢心は絶対に許されない。
「それじゃあ静香ちゃん、後は頼ん…。」
だが隼人が静香とハイタッチを交わそうとした、次の瞬間。
「だあああああああああああああああああああああああ(泣)!?」
マンボウみたいに頬を膨らませた静香が、めっちゃ不機嫌そうな表情で黒衣を纏ったのだった…。
まさかの事態に、隼人は戸惑いを隠せない。
「静香ちゃん!?何でまた黒衣を纏ってるの(泣)!?」
「以前も言いましたよね?緊急時の着用は例外的に認められるのだと。」
「何じゃそりゃああああああああああああああああ(泣)!?」
ここで静香が美鈴に負けてしまえば1勝3敗となり、この時点でアレクシス高校の1回戦敗退が決まってしまう。
確かに静香が言うように、緊急事態なのだろうが…。
緊急事態…なのか?
「今から私の試合なので、さっさとベンチに戻ってください。しっしっ。」
「う、うん、分かったよ静香ちゃん…。」
静香にコート上から追い出された隼人が、美鈴と睨み合う静香の勇姿を、戸惑いの表情で見つめていたのだが。
「お互いに、礼!!」
「「よろしくお願いします。」」
審判に促された静香と美鈴は、互いに力強く握手をする。
「貴女が朝比奈静香アルか。スコアラーから話は聞いているアルよ。何でも夢幻一刀流とかいう古武術をバドミントンに取り入れてるそうアルな?だけど私には勝てないアルよ?」
流暢な日本語で、静香に対して勝ち誇る美鈴。
と言うか、リアルで語尾にアルとか付ける中国人を、静香は初めて見た。
「随分と日本語がお上手なのですね。」
「卒業後に名古屋でプレーする事が決まってるアルからな。向こうでの生活に不便が無いように勉強したアルよ。」
「そうなのですか。」
「今はグローバルな時代アルからな。JBLでのプロ入りの話は抜きにしても、日本語を話せるようになっておいて損は無いと思ったアルよ。」
世界有数の経済大国日本。それ故に母国中国を離れて日本で働く道を選ぶ中国人は、とても多い。
だからこそ美鈴は、仮にJBLで結果を残せずに1年かそこらでクビになったとしても、将来的に日本で就職して永住する事まで視野に入れているのである。
その為に美鈴は、ここまで完璧に話せるようになるまで日本語を勉強したのだ。
日本で暮らす事になった時に、不自由の無いように。
「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!アレクシス高校2年、朝比奈静香、ツーサーブ!!」
「さあ、油断せずに行きますよ!!」
そんなこんなで、遂に静香の試合が開始された。
静香を相手に、超高速ラリーを展開する美鈴だったのだが…美鈴が見せたプレーに隼人は思わず仰天させられてしまう。
「なっ…!?縮地法だとぉっ!?」
そう、静香の縮地法と同じ…いいや、それ以上のキレを誇る高速移動術を、美鈴は静香を相手に繰り出しているのである。
まさか美鈴もまた、フレアのスピーゲルのような完コピ技を身に着けているのかと。
「いいえ、あれは夢幻一刀流の縮地法じゃないわ。」
思わずそんな事を考えてしまった隼人だったのだが、それを六花が真っ向から否定したのだった。
「あれは中国拳法において、箭疾走と呼ばれている技よ。」
「ぜ、箭疾走って、六花さんが現役時代に使ってた、あの!?」
走るのではなく跨ぐように移動する、夢幻一刀流の高速移動術の縮地法。
その源流となったのは、間違いなく中国拳法の箭疾走なのだ。
だがこれは、何も縮地法だけに限った話ではない。
「アチョー!!」
美鈴のラケットから静香に向けて放たれた、一筋の『閃光』。
美鈴の『気』が込められた凄まじい威力のスマッシュが、情け容赦なく静香の足元に突き刺さったのである。
「0-1!!」
まさに維綱顔負けの、自らの『気』をブレンドした美鈴の必殺の一撃だ。
先制点を奪ったのは美鈴。まるで中国拳法の演舞のような美しい構えを静香に対して見せつけ、観客たちは大いに熱狂する。
と言うか、リアルでアチョーとか叫ぶ中国人を、静香は初めて見た。
「成程、中国拳法をバドミントンに取り入れているのですか。」
「私の中国拳法は4千年の歴史を誇る世界最強の武術アル。貴女の夢幻一刀流とは歴史が違うアルよ。」
とても厳しい表情で、目の前で勝ち誇る美鈴を見据える静香。
夢幻一刀流 VS 中国拳法。
この壮絶な死闘は、果たしてどのような結末を迎えるのだろうか。
「静香!!気持ちは分かるけど黒衣を解除しなさい!!貴女とは相性が悪い力だって、貴女自身が言っていたでしょう!?」
呆れたような表情で、静香に対して呼びかけた六花。
静香の本来の持ち味は、どんな状況でも冷静さを失わない心の強さと、それを存分に活かした優れた状況判断力だ。
それによって試合状況を的確に分析し、チェスでチェックメイトを掛けるかの如く対戦相手を詰ませるのが、静香本来のプレースタイルなのだ。
だが黒衣を纏う事によって静香に襲い掛かる暴虐さは、その静香の本来の持ち味である状況判断力を殺してしまう。
だからこそ静香にとって黒衣は相性最悪の異能であり、それ故に静香は今後二度と纏わないと、隼人と六花に対して言っていたはずなのだが。
と言うか六花は、何で静香が隼人に対して怒っているのかという事を、完璧に理解してしまっているようだ…。
「しかしあの須藤隼人とかいう男、フレアが言ってたように中々の美男子アルな。」
心配そうな表情で静香を見つめる隼人を、チラリと横目で見た美鈴なのだが。
「試合が終わったら彼をデートに誘ってもいいアルかもな。あんなに強くてイケメンで誠実そうな男なら大歓迎アル。」
美鈴がニヤニヤしながら面白半分で静香をからかったつもりの、この冗談が…美鈴にとって最悪の事態を招いてしまうのである…。
「…は?」
ブチ切れた静香が六花の制止を振り切り、さらに黒衣を暴走させたのだった。
「ぎょええええええええええええええええええ(泣)!?」
まさかの事態に、なんかもう隼人は泣きそうな表情になってしまっている。
と言うか隼人は、何で静香が美鈴に対して怒ってるのかという事を、全く理解出来ていないようだ…。
いや、気付けよ。
「…全くもう~。」
呆れたような表情で、深く溜め息をついた六花。
これがプロの試合だったならば、今頃静香は監督やコーチから、一体何をやっているんだと物凄い剣幕で怒鳴り散らされているだろうが。
「なななななな、何アルかあああああああああああああ(泣)!?」
「ぶっ可愛がってあげますよ。美鈴さん。」
なんかもう物凄い形相になってしまった静香が、指をバキボキ鳴らしながら美鈴を睨みつけている。
その静香の凄まじい威圧感に、思わずタジタジになってしまった美鈴。
「ふ、ふんだ!!そんなコケ脅しが私に通じるとでも…!!」
「おらあああああああああああああああああああああ!!」
静香が放った渾身の維綱が、情け容赦なく美鈴の足元に突き刺さったのだった。
「1-1!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい(泣)!!」
なんかもう冷酷な瞳で、静香は美鈴を睨みつけている。
そのブチ切れた静香の姿に、美鈴は心の底から恐怖したのだった。
「どりゃああああああああああああああああああ!!」
「7-3!!」
ここからは、まさに静香の独壇場だった。
黒衣による暴虐的な力と威圧感でもって、「中国拳法?何ですかそれwwww」と言わんばかりに、美鈴を完膚なきまでに捻じ伏せる静香。
「ふぬああああああああああああああああああああ!!」
「13-5!!」
中国拳法だろうと何だろうとお構いなしに、ただただ純粋な『力』によって、静香は無理矢理美鈴を捻じ伏せ、叩きのめし、ラケットを吹っ飛ばす。
「でりゃあああああああああああああああああああ!!」
「18-7!!」
それは本来の静香の持ち味とは程遠い、まさしく黒衣を象徴する暴虐的な戦い方だ。
普段は優しい人ほど、本気で怒らせると怖いっていうね。
「ゲーム、アレクシス高校2年、朝比奈静香!!21-9!!チェンジコート!!」
ファーストゲームを奪ったのは、圧倒的な力で美鈴を捻じ伏せた静香だった。
互いに息を切らしながら、互いのベンチへと戻っていく静香と美鈴。
「…あ~、美鈴。1つだけいいか?」
なんかもう泣きそうな表情になってしまっている教え子に対して、アフロが呆れたような表情で溜め息をついたのだった。
「大体全部お前が悪い(泣)。」
「そ、そんなぁ~~~~~~~~(泣)!!」
そう、アフロの言う通り、全部美鈴が悪いのだ。
美鈴が『隼人をデートに誘う』などと、面白半分に静香を挑発してマジ切れさせてしまったせいで、こんな事になってしまったのだから。
日本には『口は災いの元』という言葉がある。
今の美鈴と静香の状況は…まさにそれだ。
「セカンドゲーム、ラブオール!!スルヴァン・モントレアス女学園2年、李美鈴!!ツーサーブ!!」
「こ、こんなの…有り得ないアルよ(泣)!!」
なんかもう目をうるうるさせながら、サーブを放った美鈴だったのだが。
「あるのか無いのか、どちらなのですか?」
「1-0!!」
静香の怒りの月光が、美鈴のラケットを空振り三振させた。
「だ、だから有り得ないアル…(泣)!!」
「2-0!!」
静香の怒りの涼風が、美鈴のスマッシュをぶち転がした。
「ねえ美鈴さん。あるのか無いのか、どちらなのかと私は聞いているのですよ。」
「3-0!!」
静香の怒りの維綱が、美鈴のラケットを吹っ飛ばした。
「あ、有り得ない…アル…ないアル…!!ないアルないアル…(泣)!!」
「5-2!!」
静香の猛攻が止まらない。怒りの形相で美鈴から情け容赦なくポイントを奪っていく。
「ないアルないアルないアルないアル(泣)!!」
「9-3!!」
と言うか静香は、嫉妬していた。
「ないアルないアルないアルないアルないアルないアル(泣)!!」
「13-5!!」
フレアと美鈴に対して、めっちゃヤキモチを焼いていた。
「ないアルないアルないアルないアルないアルないアルないアルないアル(泣)!!」
「15-7!!」
勿論、隼人のほっぺにキスをしたフレアと、隼人をデートに誘うとか冗談をかました美鈴に対してだ。
「18-9!!」
美鈴とて『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園において、レギュラーを座を掴んだだけの事はある。
中国拳法をバドミントンに取り入れた彼女の実力は、紛れもなく本物だ。
まともに戦ってさえいれば、静香を相手に勝てはしないまでも、それなりの勝負が出来たはずなのだ。
それなのに美鈴は静香を相手に、こんな事になってしまっているのである。
「20-10!!」
美鈴の敗因は、ただ1つ。
たった1つの、シンプルな答えだ。
「ほんげ~~~~~~~~~~~~~~~~~~(泣)!!」
美鈴は静香を怒らせた。
「ゲームセット!!ウォンバイ、アレクシス高校2年、朝比奈静香!!ツーゲーム!!21-9!!21-10!!」
「よっしゃあオラァっ!!」
なんかもう物凄い形相で、静香は派手にガッツポーズをかましたのだった…。
はいはい北斗の拳のパクりパクリパクリパクリパクリパクリ!!
ほんげ~~~~~~~~~~~~~~!!




