第151話-A:僕自身が、どうしたいのか
2年生に進級した隼人と静香。
そして2025年4月。2年生に進級した隼人と静香は、チームメイトたちと共に貸し切りのバスに揺られ、地区予選大会の会場となる体育館へと足を運んでいた。
スイスの高校の公式大会は日本と違い4月に地区予選が行われ、5月の大型連休中に日本で言う所の全国大会が執り行われる事になっている。
とはいえ引退した隼人は試合には出ないので、もっぱらスコアラーとして静香たちを陰から支える役割を務める事になっているのだが。
それがまさか、こんな事になってしまうとは…一体誰が想像しただろうか…。
「ステラ先生~~~~~~!!クジ運が悪過ぎますよ~~~~~~!!」
「ご、御免なさい…(泣)。」
めっちゃ目をうるうるさせたノエルが、ステラに対して文句を言ったのだった。
午前中の開会式が無事に終了後、続いて各校の顧問や監督による、トーナメントのクジ引きが実施されたのだが。
隼人たちアレクシス高校の1回戦の相手に決まったのは…まさかのスイスの高校バドミントンの頂点に立つ強豪、『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園だ。
毎年のように大会で優勝をかっさらい、プロチームにも多数の名選手を輩出している全寮制の女子高で、まさにスイス版聖ルミナス女学園とも言うべき存在だ。
それ故に記者たちから、『常勝』という異名で呼ばれるようになってしまったのだが。
そんなスイスナンバーワンのチームを相手に、自分たちのようなクソ虫みたいな弱小校ごときが、1回戦からいきなり試合をする羽目になってしまったのだ。
部員たちがステラのクジ運の悪さを呪うのも、仕方が無いと言えるだろう。
スルヴァン・モントレアス女学園…本来ならば桜花中学校時代に様子からの指示で、静香に帝王学を学ばせる為の海外留学先となるはずだった女子校だ(第83話参照)。
静香が六花の養子としてスイスで暮らす事になった際も、それを聞きつけたスカウトがアパートまで訪れて静香を熱心にスカウトしたのだが、それを静香は丁重に断ったのだ。
静香は、隼人や彩花と一緒の高校生活を送りたいから。
そして六花の養子として、六花と一緒の人生を送りたいと思っているから。
その因縁のスルヴァン・モントレアス女学園を相手に、まさかいきなり1回戦から試合をする事になるとは。
既にシングルス2での出場が決まっている静香は、何だか感慨めいた物を感じていたのだった。
だがアレクシス高校に襲い掛かった不運は、それだけでは済まなかったのである。
ステラと六花に断りを入れて、早速スコアラーとしてチームと別行動を取り、スルヴァン・モントレアス女学園の練習を見に行こうとした隼人だったのだが。
「ス、ステラ監督…!!」
「どうしたの?レティシア。」
シングルス3に出場予定の女子部員がスマホを手にしながら、ステラに対して青ざめた表情になってしまっていた。
そしてステラに対して、とんでもない事を口にしてしまったのである。
「今、お母さんからLINEが届いて…!!入院中のお爺ちゃんの容体が急変したって…!!もういつ亡くなってもおかしくないから、早く病院に来て看取ってあげなさいって…!!」
「え!?」
「本当に御免なさい!!私、今すぐに病院に行かないと!!」
とても申し訳なさそうに、ステラに対して深々と頭を下げた女子部員。
もう試合が1時間後に迫っている、こんなタイミングで…隼人たちは唖然とした表情になってしまっている。
「そんな…!!じゃあシングルス3は一体どーすんだよ!?」
同じく青ざめた表情になってしまった男子部員の姿に、ノエルは沈痛な表情になってしまっていた。
スイスの高校の大会では日本とは違い、出場メンバーの変更が認められてはいるのだが。
引退した隼人は今回のような不測の事態があった場合に備えて、本人の同意を得た上で選手登録自体は済ませてあるものの、それでも原則試合には出ずにスコアラーとしての役割を果たす事になっている。
かと言って今年入部したばかりの1年生の3人の女子部員は、いずれもがバドミントンを始めたばかりの素人だ。とても大会に出せるレベルではない。
そして未だ心が壊れたままで、今も猫みたいに六花の身体にしがみついている彩花に至っては論外だ。
この状況を打破する為の、たった1つの選択肢…それは…。
「お願い隼人!!レティシアの代わりにシングルス3に出てくれる!?」
意を決したノエルは隼人に対して、深々と頭を下げたのだった。
「ノエルちゃん!?」
「貴方の事情は分かってる!!だけど、それでも貴方に試合に出て欲しいの!!このままじゃ私たちは、不本意な形で大会を終える事になっちゃうから!!」
相手は強豪のスルヴァン・モントレアス女学園。
それに加えて本来シングルス3に出場予定だった女子部員が、祖父の危篤というどうにもならない事情で、急に試合に出られなくなってしまったのだ。
かと言って3人の新入部員も彩花も全く当てにならず、とても試合に出す事は出来ない。
この4人が試合に出られないとなると、部員の数が少ないアレクシス高校は、このままでは人数不足で棄権という不本意な形で、大会を終える羽目になってしまうのだ。
だからこそ消去法で、隼人に出て貰うしかないのである。
「隼人。貴方自身の意志で決めなさい。ノエルに言われたからではなく、貴方自身がどうしたいのかを。」
戸惑う隼人だったのだが、そこへ六花が穏やかな笑顔で隼人に決断を促したのだった。
ノエルに言われたからではなく、隼人自身がどうしたいのかと。
「僕自身が、どうしたいのか…。」
「貴方がどんな選択をしたとしても、ここにいる全員が、隼人の事を決して責めたりなんかしないわ。」
自分の事を心配そうな表情で見つめるチームメイトたちの姿を見据え、静かに目を閉じて考え込む隼人。
隼人が引退という決断をしたのは、日本において彩花や六花をあそこまで苦しめた身勝手な大人たちのエゴに、心底失望したからに他ならない。
そしてその気持ちは、スイスに帰ってきた今も全く変わってはいなかった。
今の所、スイスでの暮らしは日本に居た時と違い平穏その物なのだが、日本に居た頃にデンマークとの国際親善試合に『勝ってしまった』時のように、自分が試合に出る事で周囲の大人たちがぎゃあぎゃあ騒いでしまう事を隼人は危惧しているのだ。
だが、今ここで自分が試合に出ず、スコアラーとしての役目に専念するとなれば、全くの初心者の新入部員のうちのどちらかが、強豪スルヴァン・モントレアス女学園との試合に出場しなければならなくなってしまう。
それはもう、最早『試合』などとは呼べない。大勢の観客が見ている前での一方的な『公開処刑』となってしまう事だろう。そうなったら新入部員の心に、どれだけ深い傷を残す事になってしまうのか。
それどころかノエルが危惧するように、人数不足で棄権などという不本意な形で、大会を終えなければならなくなってしまうかもしれないのだ。
ノエルたちにとって一生の思い出として残る事になる大会を、そんな形で台無しにしてしまうのは、流石の隼人も不本意ではあった。
「…分かった。出るよ。」
苦笑いしながら、ノエルにそう告げた隼人。
途端にノエルの表情が、ぱぁ…っと明るくなる。
「ただし、レティシアちゃんが復帰するまでの間だけな?」
「うん!!それでいいよ!!本当に有難う!!隼人!!」
引退した隼人を無理矢理試合に引っ張り出す結果になってしまった事に関しては、ノエルは本当に申し訳なく思っている。
だがそれでも隼人の決断のお陰で、ノエルたちアレクシス高校バドミントン部は、何とか辛うじて首の皮1枚が繋がったのだ。
これで少なくとも人数不足で棄権という最悪の結末になる事だけは、何とか辛うじて避ける事が出来た。
後はスルヴァン・モントレアス女学園を相手に、全身全霊の力で挑むだけだ。
「決まりね。じゃあ1回戦のスターティングメンバーを発表するわね。」
意を決した表情で、ステラが部員たちに呼びかけた。
ダブルス2・シェリー&レイチェルペア。
ダブルス1・マイケル&トールペア。
シングルス3・隼人。
シングルス2・静香。
シングルス1・ノエル。
以上の布陣でアレクシス高校は、強豪スルヴァン・モントレアス女学園に挑むのだ。
「藤崎コーチ、早速出場選手の変更を運営に申請してくれますか?」
「ええ、分かったわ。」
「相手はあの『常勝』スルヴァン・モントレアス女学園よ。胸を借りるつもりで…。」
言いかけたステラの右肩を優しく左手で掴んだ六花が、穏やかな笑顔で首を横に振る。
顧問であるステラが戦う前から勝つ事を諦めてしまっては、この子たちは決して成長しないと、そう六花はステラに告げているのだ。
相手がどんな強豪だろうと、部員たちを奮い立たせる事が、顧問であるステラに与えられた仕事なのだと。
その六花の想いを悟ったステラは、一瞬でも勝つ事を諦めてしまった己の心の弱さを恥じたのだった。
そうだ、今回は隼人と静香だっているのだし、他の部員たちも六花の優れた指導を受けた事で着実に成長しているのだ。
そんな彼らの奮闘を、顧問である自分が信じなくてどうするというのだ。
「…そうね、違うわね。この試合、相手がスルヴァン・モントレアス女学園だろうと、全力で勝ちに行くわよ!!」
「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」
決意に満ちた表情のステラに対し、隼人たちは力強く返事をしたのだった。
次回、隼人がスルヴァン・モントレアス女学園を相手に躍動します。




