第133話-A:コートの上では容赦は無しだ
はねバドの綾乃ちゃんのパクリですw
だがそんな迅たちの熱い想いも虚しく、午後から始まったシングルスの3試合は、まさに『帝国』デンマークの独断場となってしまったのだった。
「ゲームセット!!ウォンバイ、デンマーク代表、アンナ・フランケリー!!ツーゲーム!!14-21!!13-21!!」
「ゲームセット!!ウォンバイ、デンマーク代表、コミー・クリスチャンセン!!ツーゲーム!!12-21!!13-21!!」
シングルス3、シングルス2共に、デンマーク代表の前に完敗。
日本最強のクラブチームの三津菱マテリアル名古屋。そのトップ3に君臨する2人をもってしても、『世界』の壁はこんなにも分厚くて高い代物だというのか。
だがこれこそが来年の世界選手権大会の優勝候補の筆頭、『帝国』デンマークの実力なのだ。
かくして今回の国際親善試合は、最終戦のシングルス1を待たずして、この時点で3敗を喫した日本代表の敗戦が決まってしまったのである。
『お待たせ致しました。只今より最終試合、シングルス1。日本代表、雷堂迅 VS デンマーク代表、羽崎亜弥乃の試合を開始致します。』
それでもデンマーク代表に対して、最後に意地だけは見せなければならない。
既に日本代表の敗戦は決まってしまったが、せめて主将である自分が、亜弥乃にだけは土を付けてやろうと。
迅は今、その決意に燃えていたのだった。
「お互いに、礼!!」
「「よろしくお願いします!!」」
観客席からの大歓声を盛大に浴びせられながら、互いにがっしりと握手をする迅と亜弥乃。
「頼んだぞ雷堂!!」
「どうか最後に一矢だけは報いてくれ!!」
「『雷神』の実力、そいつに見せつけてやってくれぇっ!!」
審判からシャトルを受け取った迅に対して、客席から悲痛な叫びが届けられる。
観客たちに言われずとも、迅は最初からそのつもりだ。
決意に満ちた表情で、亜弥乃を見据える迅だったのだが。
「雷堂さん。貴方の事はお母さんから聞いていますよ。何でも『社会人ナンバーワン』だとか『雷神』だとか言われてるそうですね。」
そんな迅に対して、亜弥乃が穏やかな笑顔で語りかけてきたのだった。
「…ああ、手前味噌だがな。」
「隼人君や静香ちゃんと戦えなかったのは残念だけど…それでも雷堂さんには期待していますよ?どうか私の事を楽しませて下さいね?」
「それは俺のセリフだ。世界ランク2位の実力、とくと味合わせて貰おうか。」
対称的に決意に満ちた表情で、亜弥乃を見据える迅。
本来ならは日本人であるはずの亜弥乃が、母親の内香と共にデンマークに帰化してまでデンマーク人となり、国際試合にもデンマーク代表として出場している。
一体この2人に何があったのか。どうしてそこまでして日本を去ったのか。それは迅には分からない。
それでも1つだけ言えるのが、この親子が日本という国に対して、何かしらの絶望を抱いた事に間違いないという事だ。
「『社会人ナンバーワン』…そして『雷神』…そんな雷堂さんなら、出し惜しみする必要なんか無いですよねえ!!」
そう…迅の目の前で亜弥乃が纏った漆黒の黒衣。それが何よりの証拠だ。
黒衣。それは忌まわしき『絶望』の象徴。
BBAから聞いた話だと、内香も日本にいた頃に黒衣に呑まれてしまったらしいのだが。
詳しい事情はBBAにも分からないらしいのだが、一体何がこの2人を、黒衣に呑まれる程までに追い込んでしまったというのか…。
妖艶な笑顔で自分を見据える亜弥乃の姿に、迅は深くため息をついたのだった。
「…羽崎。お前の事情はよく分からんが、それでもコートの上では容赦は無しだ。」
それでも迅は怯まない。何の迷いも無い決意に満ちた表情で、左手のラケットを亜弥乃に突き付ける。
「お前もバドミントンプレイヤーならば、言いたい事があるならラケットで語れ。お前のその左手のラケットで、お前という存在を俺に証明してみせろ。」
「なら存分に味わって下さいよ。私という存在をさぁっ!!」
かくして最終試合のシングルス1、迅VS亜弥乃の試合が遂に始まったのだった。
観客からの大声援に包み込まれながら、迅が決意に満ちた表情でサーブの構えを見せる。
「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!日本代表、雷堂迅、ツーサーブ!!」
「さあ、行くぞ!!」
亜弥乃に対して、強烈なサーブ放つ迅。
「0-1!!」
だが次の瞬間、迅の胸元を亜弥乃の強烈なスマッシュが抉ったのだった。
「なっ…!?」
驚愕の表情の迅の姿を、黒衣を纏った亜弥乃が妖艶な笑顔を見せながら見つめている。
亜弥乃や隼人のような左打ちの選手特有のスマッシュである、クロスファイヤー。
だが亜弥乃のそれはまさに『究極』とも呼べる程の威力と切れ味を誇っており、まさに馬上の騎士が槍で相手の胸を貫くかの如く、情け容赦無く対戦相手の胸元を抉ってくるのだ。
別に亜弥乃が名前を付けた訳ではなく、周囲が勝手にそう呼んでいるだけなのだが、その威力と切れ味故に、亜弥乃のスマッシュは戦場を駆け抜ける馬上の騎士に因んで、周囲からこう呼ばれているのである。
『ペイルライド・クロスファイヤー』と。
「おりゃあ!!」
「0-2!!」
「くそっ…!!」
まただ、また迅の胸元を、亜弥乃が放つ強烈なスマッシュが抉る。
何という威力と切れ味なのか。これ程の威力と切れ味のクロスファイヤーを味わったのは、迅はこれが初めてだった。
そしてこれが迅が未だ経験した事の無い『世界』のレベル。そして世界ランク2位に君臨する亜弥乃の実力なのだ。
「まだまだ行くよっ!!」
「それはこっちのセリフだ!!」
今度は攻勢に転じた迅が亜弥乃に対して猛攻を仕掛けるが、それでも亜弥乃の防御は崩れない。
迅が何を撃っても、どこに撃っても、亜弥乃は妖艶な笑顔で返してしまう。
亜弥乃のプレイスタイルはネコやオカッパ頭ちゃんと同じく、防御型のプレイヤーだ。
そして幼少時から母親の内香からの英才教育を受けた事で培われた、驚異的な『予測力』と『判断力』を有しており、その鉄壁の守りは彼女と戦った対戦相手の誰もが口を揃えて
「まるで壁を相手にしているみたいだ」
と言わしめる程だ。
だが亜弥乃の本来の真骨頂は、クロスファイヤーでも鉄壁の守りでも無い。
「2-5!!」
「くそっ…!!」
それは亜弥乃が織り成す、対戦相手に息つく暇も、思考する暇さえも与えない程の『超高速展開』のプレーだ。
まるで最高難度の音ゲーをプレーしているかのように、物凄く早いテンポでサーブを撃ち、物凄く早いテンポで相手のスマッシュに追い付き、物凄く早いテンポで相手のコートにシャトルを放り込む。
そしてそれを可能にする、周囲から『未来予知』とすら呼ばれる程の『空間把握能力』と、それを存分に活かす事が出来る驚異的な『瞬発力』。
「3-7!!」
それこそが亜弥乃の本来の真骨頂。そして美奈子が言う所の『一人一芸』なのだ。
「5-10!!」
迅は必死に粘るが、それでも点差はどんどん開いていく。
六花は静香たちに対して言っていた。自分が今行っている練習にどんな意味があるのか、常に『考えながら』練習しなさいと。
七三分け頭はネコとタチに言っていた。バドミントンは将棋やチェスと同じであり、常に盤上の状況を分析し、最善の一手を導き出し、対戦相手を詰ませる事が大事なのだと。
ツルピカ頭は迅たちに言っていた。バドミントンにおいてはどんなプレーにおいても、何故そのプレーをするに至ったのかの『根拠』が必要なのだと。
史上最速のスポーツだとされているバドミントンにおいては、プレー中に常に目まぐるしく刻一刻と変動する状況の中で、それに対応する為の『判断力』と『思考力』を強く要求される。
だからこそバドミントンにおいては、プレー中に『考える』事が極めて重要な要素になるのだ。
それを六花も七三分け頭もツルピカ頭も、教え子たちに熱心に伝えたのである。
だが亜弥乃の本領である『超高速展開』のプレーの前では、その『考える』事すら情け容赦なく封殺されてしまう。
次から次ヘと目まぐるしく超高速でプレーを展開させる事で、対戦相手に息つく暇も、思考する暇さえも微塵も与えない。
こんな事をされよう物なら、並のプレイヤーならば心がへし折られてしまっても不思議ではないだろう。
亜弥乃が対戦相手に強要しているのは、まさに全くの初心者に最高難易度の音ゲーをプレーさせるような物だ。
その全く持って容赦の無いプレー故に、亜弥乃はデンマークにおいて『魔王』の異名で呼ばれるようになってしまったのだ。
「9-15!!」
逆に亜弥乃にとって相性が悪い相手が、今この場には居ない彩花だ。
どれだけ対戦相手に考える暇を与えない超高速展開のプレーを強要しようが、あーだこーだと難しい事を一切考えずに本能でバドミントンをプレーし、猫みたいにシャトルを追いかけ回す彩花にとっては、考えるもクソも無いのだから。
読者の皆さんも考えてみて欲しい。目の前で飼い主が笑顔で振り回す猫じゃらしを、猫がいちいち『考えながら』追いかけ回したりするだろうか…?
「11-18!!」
「まさに『魔王』!!だがそれでも最後まで諦めてたまるかよ!!」
それでも迅は、亜弥乃に屈しない。
何の迷いも無い力強い瞳で、怯む事無く真っ直ぐに亜弥乃を見据えている。
「くらえっ!!」
「12-18!!」
迅の左手のラケットから繰り出された強烈な威力の雷光閃が、亜弥乃の足元に落雷の如く突き刺さる。
雄叫びを上げながらガッツポーズを見せる迅を、亜弥乃が妖艶な笑顔で見据えていたのだった。
「いいねえいいねえ!!楽しくなってきたよ!!」
伊達に『雷神』などと呼ばれているだけの事はある。
迅は間違いなく、世界レベルにおいても充分に通用する程のプレイヤーだ。
いかに亜弥乃と言えども、油断や慢心は一切許されない強敵だ。
そして親善試合とはいえ、これ程の凄腕のプレイヤーと戦える事に、亜弥乃は心から喜びを感じていたのだった。
だがそんな迅の懸命のプレーも虚しく…。
「ゲーム、デンマーク代表、羽崎亜弥乃!!13-21!!チェンジコート!!」
ファーストゲームを奪ったのは、圧巻の強さを見せつけた亜弥乃だった。
互いにベンチに戻り、2分間のインターバルに入る迅と亜弥乃。
実際に戦ってみたからこそ分かる。亜弥乃は間違いなく強い。伊達に世界ランク2位に君臨しているだけの事はあるようだ。
女性マネージャーに渡された麦茶を一気飲みして、ふうっ…と一息つく迅だったのだが。
「どうだい?雷堂。実際に羽崎と戦ってみた感想は?」
「あいつの世界ランク2位の称号は、ハリボテじゃないって所ですかね。」
「そうだね。だけどアンタたちはこんな連中と、世界選手権で戦う事になるんだよ?」
コミーとじゃれ合う亜弥乃を神妙な表情で見据える迅を、BBAが穏やかな笑顔で見つめている。
ファーストゲームを亜弥乃に奪われてしまった迅ではあるが、それでも迅の心は折れていない。迅の瞳からは闘志が消えてはいない。
まだ迅は、亜弥乃に勝つのを諦めてはいない。
それを迅が見せてくれただけで、BBAは心の底から満足していたのだった。
その心の強さは『世界』を舞台に戦うのにあたって、絶対に必要不可欠になるのだから。
「ですが俺は心から残念に思いますよ。あいつや羽崎監督がデンマークに帰化なんかしなければ、今頃は日本も『バドミントン後進国』と呼ばれる事なんか、これっぽっちも無かったでしょうにね。」
「そうだね。だけど現実は非情だ。今の羽崎親子は日本人じゃない。正真正銘のデンマーク人なんだよ。」
迅と共に、神妙な表情で亜弥乃を見据えるBBA。
一体亜弥乃と内香に何があったのか。どうして日本を捨ててデンマークに移住する事になったのか。それはBBAには分からない。
ただ1つだけ言えるのがBBAが言うように、今の2人はデンマーク代表であって、日本代表の敵だという事だ。
亜弥乃の圧倒的な強さばかりに目を奪われがちだが、監督の内香もまた六花や美奈子と同様に、指導者として極めて有能な人物だ。
ここ数年は低迷が続いていたデンマーク代表チームを、あっという間に世界最強軍団へと育て上げてしまったのだから。
もし日本代表が予選リーグを突破した場合、この2人が来年1月にデンマークで開催される世界選手権において、最大最強の敵として立ちはだかる事になるのだ。
「セカンドゲーム!!ラブオール!!デンマーク代表、羽崎亜弥乃!!ツーサーブ!!」
「さあ、行くよ!!」
そしてセカンドゲームにおいても、亜弥乃の勢いは止まらなかった。
ペイルライド・クロスファイヤーが迅の胸元を抉り、鉄壁の防御が迅の雷光閃を粉砕し、超高速展開のプレーによって迅の身体も精神も情け容赦なく疲弊させていく。
「3-8!!」
黒衣を纏った亜弥乃のプレーは、まさに『魔王』その物だった。
迅も決して心を折られる事無く懸命に立ち向かうが、それでも亜弥乃によって冷酷無比に粉砕されてしまう。
「7-14!!」
むしろ心を折られてしまったのは迅ではなく、他ならぬ観客の方だった。
『社会人最強』の『雷神』の実力をもってしても、『世界』の壁はこんなにも分厚く、そして高い代物なのかと。
「10-19!!」
それだけに観客の誰もが、こんな事を考えてしまう。
隼人や静香が、そしてネコタチペアが、今日1日限りなんて馬鹿な事を言わずに、このまま日本代表に残り続けてくれたらと。
心が壊れてしまった彩花が復活して、日本代表に加わってくれたらと。
そうすれば日本代表は、世界を舞台に戦い抜けるかもしれないのに…と。
「ゲームセット!!ウォンバイ、デンマーク代表、羽崎亜弥乃!!ツーゲーム!!13-21!!14-21!!」
まさに世界ランク2位のトップランカーに相応しい、圧倒的な実力を見せつけた亜弥乃。
迅も懸命に挑んだものの、それでも亜弥乃には及ばなかった。
大はしゃぎする亜弥乃に笑顔で抱き着くコミーの微笑ましい姿を、迅が息を切らしながら見つめている。
完敗だった。まさに世界ランク2位に相応しい強敵だった。
だがこれで終わりではない。迅たち三津菱マテリアル名古屋の3人は、こんな連中と来年の世界選手権で戦う事になるのだから。
今回の敗戦をバネにして、迅たちはもっともっと強くならなければならないのだ。
「お互いに、礼!!」
「「有難うございました!!」」
その決意を胸に秘めた迅は、審判に促されて笑顔で亜弥乃と握手を交わし、互いの実力と健闘を称え合ったのだった。
次回、動乱の日本代表編、完結です。