第132話-A:誇りを持って交際していますから
ダブルス1の死闘が決着です。
ファーストゲームをリアナとラーナに奪われたネコとタチは、疲れ切った表情でベンチにどっかりと腰を下ろす。
そしてマネージャーの女性が用意してくれた麦茶を、2人で手を繋いで寄り添いながらゴクゴクと一気飲みしたのだった。
そんな2人に対して、懸命に声援を送る観客たち。
『高校生最強のダブルス』と評されているネコタチペアではあるが、それでも内香が言うように上には上が存在する物なのだ。切りが無い程までに。
それをネコもタチもファーストゲームにおいて、存分に思い知らされてしまっていたのだが。
「お疲れさん。ファーストゲームは惜しかったね。だけど勝機はまだあるよ。」
そんな2人に対してBBAは全く責める事無く、穏やかな笑顔で語りかけたのだった。
「…で、どうだい?世界レベルのダブルスペアと対戦した感想は?」
「強いですね。」
麦茶を飲んで一息ついたタチは、反対側のベンチで亜弥乃とじゃれ合っているリアナとラーナを真っすぐに見据えた。
これが『帝国』デンマークのダブルスペアの実力。『世界』の壁はネコとタチが想像していた以上に分厚く、そして高い代物だった。
だがその瞳からは、まだ希望の光が消えてはいない。
ネコもタチも、まだまだ勝利を諦めてはいないのだ。
「だからと言って私も博子も、そんなに簡単に勝利を捨てるつもりは微塵もありませんよ。セカンドゲームは本気で獲りに行きます。」
「そうだよ、その意気だ。バドミントンに限った話じゃないが、何事もアンタたちのその『気持ち』が大事なんだよ。」
とても満足そうな笑顔で、ネコとタチに対して頷いたBBA。
これから先、高校卒業後もネコとタチがバドミントンを続けるのか、それとも辞める事になるのか。それはBBAには分からない。
だが2人がどんな未来を歩む事になったとしても、今の2人のように目の前の困難に対して最後まで諦めずに懸命に挑む『気持ち』こそが、これからの2人の人生にとって絶対に必要不可欠な代物になってくるのだ。
それを2人が存分に見せてくれた事に、BBAは心の底から満足しているのである。
『お待たせ致しました。只今よりセカンドゲームを開始致します。』
そして2分間のインターバルが終わり、ウグイス嬢がセカンドゲーム開始を告げる。
う~んと背伸びをして立ち上がったリアナとラーナが、互いに穏やかな笑顔で手を繋ぎ合いながらコートへと向かっていく。
「さて、時間だよ。存分に暴れて来な。猫山、立川。」
「「はい!!」」
BBAからの激励を受けたネコとタチが決意に満ちた表情で、こちらも同じく互いに手を繋ぎ合いながらコートへと向かっていったのだった。
「セカンドゲーム、ラブオール!!デンマーク代表、リアナ・サンティス、ツーサーブ!!」
サーブの構えを見せるリアナを、じっ…と見据えるネコとタチ。
インターハイ終了後、レンバイドエンゼルを含めた欧米諸国の幾つかのプロチームからスカウトの話が来ているし、来年3月から日本でもバドミントンのプロリーグであるJBLが開幕する。
ネコとタチがJBLのドラフトの指名対象になるのは、第96話で説明したように高卒見込みとなる2年後なのだが、それでも2人の地元である東京を本拠地に置く東京ホワイトウルフズのスカウトが、早くも2人に名刺を渡しに聖アストライア女学園までやって来たのだ。
だが正直言ってネコもタチも、プロ入りに関しては心の底から迷っていた。
静香は本気でプロを目指しているとネコとタチに語っていたが、ネコもタチも今の所は将来のビジョンが全く思い浮かばないというのが現状だ。
プロとして大好きなバドミントンを仕事にするというのは、確かに魅力的だ。
それでもプロになると何よりも周囲から『勝つ』事を厳しく求められるようになり、当たり前の話だがアマチュアの時と違って『楽しい』だけではいられなくなってしまう。
それに六花や美奈子も各地の講演会で散々語っていたが、プロというのは活躍すれば六花のように億単位の金を稼ぎ出せるが、そこまでの名声と栄光を得られる選手など本当に極一握りしか存在しない。
スイスのプロリーグでは一般企業と同じ程度の稼ぎしか得られない選手の方が圧倒的に多く、それどころか1年持たずにクビになってしまう選手も物凄く多いらしいのだ。
来年3月に開幕するJBLでは選手たちが路頭に迷ってしまわないように、日本のプロ野球と同じように『戦力外通告が出来る期間』という物が設けられる予定らしいのだが。
それでも活躍出来なければクビになるというのは、JBLでも同じはずだ。
だからこそネコもタチも心の奥底では、こんな事を考えてしまっているのだ。
どちらかが一般企業に就職して、どちらかが専業主婦になって、安定した収入を稼ぎ出し、安定した生活を選択した方がいいのではないかと。
「2-5!!」
ネコとタチの渾身のファントムストライクを、軽々と返してみせたリアナ。
これが、これこそが、その過酷な欧米諸国のプロの世界において大活躍を見せている、まさしく『トッププロ』の実力だ。
今でこそ『高校生最強のダブルス』などと呼ばれているネコとタチだが、プロというのはそういう連中が揃いも揃ってドラフトで指名されて一斉に集結し、毎日のように潰し合いをしている過酷な弱肉強食の世界なのだ。
そんな過酷な世界で今もこうして生き残り続け、大活躍を見せているリアナとラーナの事を、ネコもタチも本当に凄いと思っているし、心の底から尊敬もしている。
だからこそバドミントンプレイヤーとして、こんな凄い人たちとプロの舞台で戦ってみたいという気持ちも、ネコもタチも持ち合わせているのだ。
「7-10!!」
必死に食らいつくネコとタチだが、それでもリアナとラーナは情け容赦なく突き放す。
そんなネコとタチに対して、観客席から必死の声援が届けられる。
プロになるのか、ならないのか。
それはネコとタチも分からない。正直言って静香と違い心の底から迷っている。
だが、それでも。
「12-13!!」
「よ~し、1点差だ!!何とか食らいつけ!!ネコタチペア!!」
ネコの渾身のドライブショットが、ラーナのラケットを空振り三振させた。
世界レベルのトッププロを相手に必死の粘りを見せるネコとタチに、観客席から惜しみない大歓声が届けられる。
そう、先の事はまだ分からないが、今は目の前の素晴らしい強敵を相手に、全身全霊の力でもって勝ちに行く事に全神経を注ぐべきだ。
それこそが自分たちを相手に全力で戦ってくれている、リアナとラーナに対しての最大の礼儀になるのだから。
「やるわね!!だけど私たちにもプロとしての意地があるのよ!!」
「13-16!!」
だが必死に粘るネコとタチを、ラーナのスクリュードライブが情け容赦なく粉砕する。
これで再び3点差。ネコとタチに傾きかけていた流れを、再びラーナに引き戻されてしまった。
これが、これこそが、『帝国』デンマーク代表のダブルスペアの実力なのだ。
「17-20!!」
ネコもタチも最後の瞬間まで諦めずに懸命に食らいつくも、それでも点差がどうしても縮まらない。
そして…。
「ゲームセット!!ウォンバイ、デンマーク代表、リアナ・サンティス & ラーナ・サンティスペア!!ツーゲーム!!16-21!!18-21!!」
かくして第2試合のダブルス1は、リアナとラーナの勝利に終わったのである。
互いに力強い笑顔でハイタッチを交わすリアナとラーナ。『高校生最強のダブルス』を相手に、プロとしての意地と尊厳を存分に見せつけた試合だった。
ネコもタチも懸命に粘ったが、それでも一歩及ばなかった。
だがそれでも2人に悔いは無い。全身全霊の力でもって世界のトッププロを相手に挑み、最後まで正々堂々と戦い抜いた結果として敗れたのだから。
そしてそんな自分たちに対して決して手を抜かず、全力で戦ってくれたリアナとラーナに対して、ネコもタチも心の底から感謝していた。
「お互いに、礼!!」
「「「「有難うございました!!」」」」
互いに息を切らしながら、ネコはラーナと、タチはリアナと、とても充実した笑顔で握手を交わす。
そんな4人に対して観客席から、惜しみない大声援が届けられたのだった。
「貴女たちと戦えて本当に良かったわ。私たちにとっても得る物が大きい試合だった。」
「ラーナさん…。」
「私はリアナよ。」
タチに対して穏やかな笑顔を見せながら、心からの賛否の言葉を送るリアナ。
結果的には自分たちの勝利で終わったが、亜弥乃が言うように一切の油断も慢心も許されない強敵だった。
その素晴らしい2人に対して、最高のバドミントンプレイヤーとして、そして自分たちと同じく百合カップルとしての、最大の敬愛の証として。
リアナはタチを、ラーナはネコを優しく抱き寄せ、ほっぺにキスをしたのだが。
「ねえ、2人共。高校を卒業したら…。」
「ちょ~~~~~~~~っと待った~~~~~~~~~~!!」
ラーナが言いかけた途端に、亜弥乃が物凄い勢いでコートまで、まるで静香の縮地法みたいに一瞬で飛んで来たのである。
「「羽崎さん!?」」
「亜弥乃でいいよ。博子ちゃん。若菜ちゃん。2人共デンマーク語は分からないだろうから、私がリアナとラーナの言葉を通訳してあげるよ。」
これからリアナとラーナがネコとタチに何を言おうとしているのか、亜弥乃は何となく察したのだ。
だからこそデンマーク語がペラペラの自分が、リアナとラーナの言葉を親切に通訳してあげようと…そんな事を亜弥乃は考えていたのだが。
リアナと共に互いに頷き合ったラーナが、穏やかな笑顔でネコとタチに対して、先程言おうとした事を語りかけたのだった。
「2人共、高校を卒業したらデンマークに来ない?レンバイドエンゼルに来なさいよ。」
「2人共、高校を卒業したらデンマークに来ようよ。ヘリグライダーがお勧めだよ。」
何言ってんだこいつ。
「…亜弥乃さん。絶対嘘ですよね(汗)?」
苦笑いしながら、ドヤ顔の亜弥乃を見つめるネコ。
ネコもタチもデンマーク語は話せないが、それでもリアナが最後に『レンバイドエンゼル』と口にした所だけは、辛うじて聞き取る事が出来たからだ。
そしてそれはリアナとラーナも同じのようで、日本語は理解出来ないが亜弥乃が何を言い出したのかは大体理解したのだった。
「ちょっと亜弥乃。さっきこの2人に唾を付けた(物理)のは私たちなのよ?横取りなんて許さないんだからね?」
「別にいいじゃん!!レンバイドエンゼルはこの間のドラフトで百合カップルを指名したばかりじゃん!!これ以上百合カップルを増やして、ど~すんのよ(泣)!?」
「それはそれ、これはこれよ。」
デンマーク語なので亜弥乃とリアナが何を言っているのか全然分からないが、それでも大体の内容はネコもタチも何となくだが察したのだった。
そんな2人のしょ~もないやりとりを、苦笑いしながら見つめるネコとタチだったのだが。
「まあこんな世界ランク2位の馬鹿は置いといて…。」
「馬鹿って何よ馬鹿って(泣)!!」
「内香監督から聞いたんだけど、貴女たちも私たちと同じレズビアンなんですって?」
亜弥乃に今度こそ馬鹿正直に通訳されながら、リアナは穏やかな笑顔でネコとタチに語りかけたのだった。
「…はい、その通りです。」
「私たちにも経験があるんだけどさ、周囲から誹謗中傷されたり、学校でいじめられたりとかはしなかった?」
リアナの言葉に、一瞬真剣な表情になってしまったタチ。
今では同性愛に対して理解を示す風潮が世界的に強くなってきており、それどころか同性婚が正式に認められている国も少数ながら存在している。
日本では現状だと同性婚は法的に認められていないが、それでも国会で真剣に議論が重ねられており、一部の自治体では『パートナーシップ制度』という独自の制度を設けている所もあるのだ。
だがそれでもリアナが言うように、同性愛者に対しての誹謗中傷を行う者たちは未だに数多く存在している。キリスト教に至っては明確に禁止行為だとされているのだ。
だからこそ世間一般の常識としては、まだまだ百合カップルというのは『異質』な存在であり、それ故にネコもタチも誹謗中傷の被害に晒されていないか、リアナは思わず不安になってしまったのだが。
「…そうですね。確かにラーナさんの言う通りです。色々と辛い目に遭いましたよ。」
「私はリアナよ。」
「ですが…。」
それでも何の迷いも無い決意に満ちた笑顔で、タチはネコの肩を優しく抱き寄せながら、はっきりとリアナに断言したのだった。
「誰が何を言おうと関係ありませんよ。私も博子も、誇りを持って交際してますから。」
「…そっか。」
そんなタチの威風堂々とした姿に、リアナは安心した笑顔を見せた。
この2人ならばきっと、この先何があろうとも、どんな困難が待ち構えていようとも、2人で生涯を添い遂げ続ける事が出来るのだろう。
それだけの揺るぎない決意と覚悟、そして決して変わる事の無い愛と想いを、ネコとタチは持っているのだから。
そしてそれは、リアナとラーナとて同じ事だ。
この先、例え周囲から何を言われようとも、リアナもラーナも誰にも負けない最強の姉妹百合カップルとして、最期の瞬間まで添い遂げてみせると。
目の前の素晴らしい百合カップルを見せつけられた事で、リアナもラーナも改めて、その揺るぎない決意と覚悟を胸に秘めたのだった。
『お客様にお知らせ致します。この後、昼休憩を挟みまして、午後1時より第3試合、シングルス3の試合を開始致します。皆様、試合開始まで今しばらくの間、お待ちくださいませ。』
そうこうしている内に、ウグイス嬢が昼休憩の開始を告げたのだった。
電光掲示板に表示された時刻は、11時30分を少し過ぎた辺りだ。
観客たちが売店や売り子のお姉さんたちから弁当を購入したり、あるいはスタジアム内の飲食店まで食べに行ったり、はたまた自分たちで用意してきた昼食をクーラーボックスから取り出したりと、それぞれが思い思いに昼食の用意を始めている。
言われてみれば亜弥乃たちも、確かにお腹が減ってきた。
この後、互いのチームの女性マネージャーが、昼食の手配をしてくれる事になっている。
「それじゃあ博子、若菜。私たちはこれで失礼するけど…既にスカウトから話は来ていると思うけど、レンバイドエンゼル入団の話、真剣に考えてくれたら嬉しいわ。」
「リアナさん…。」
「私はラーナよ。」
ラグビーには、ノーサイドという言葉がある。
試合中は互いに勝利を目指して真剣にぶつかり合いながらも、試合が終わってしまえば一転して互いにラグビーを楽しむ仲間同士となり、「お前、すげぇな!!」などと、互いの健闘を穏やかな笑顔で称え合う。
今のコート上の5人の光景は、まさにそれだ。
そんな笑い合う5人の姿を、迅が腕組みをしながら見つめていたのだが。
「お前ら。高校生4人が『帝国』デンマークを相手に、ここまで意地を見せてくれたんだ。」
三津菱マテリアル名古屋のチームメイト2人に対して、力強い笑顔で呼びかける迅。
そう、隼人たち高校生組が出場したダブルスが、強豪デンマークのトッププロを相手に1勝1敗という大健闘を見せたのだ。
その熱い光景に何の感傷も抱かない程、迅は人でなしでは無いのだ。
「当然、俺達大人が、あいつらに続かなきゃいけないよな?」
「おうよ!!」
「当たり前だ!!雷堂!!」
これから昼休憩の後にシングルスに出場する2人もまた、迅と同じ気持ちだ。
力強い笑顔で、2人は迅に対して大きく頷いた。
その為にも昼食をたらふく食べて、午後からのシングルスの3試合に備えて、しっかりと英気を養わないといけない。
シングルス3のアンナ。
シングルス2のコミー。
そしてシングルス1の亜弥乃。
シングルスの3試合で迅たちが戦うのは、3人共世界ランク1桁を誇る強敵だ。
だからと言って迅たち3人は、そんなに簡単に勝利をくれてやるつもりは毛頭無い。
そんな彼女たちを打ち破ってこそ、日本男児たる物なのだから。
「ようし!!皆!!景気付けに今から昼飯を食いに行くぞ!!」
その決意を胸に秘めた迅がチームの主将として、とても力強い笑顔で隼人たちに呼びかけたのだった。
果たして迅たち3人は、強豪デンマークを相手にどんな戦いを見せるのか。