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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第3章:動乱の日本代表編
131/133

第131話-A:度肝を抜かしてやりな

 百合VS百合。

 「お互いに、礼!!」

 「「「「有難うございました!!」」」」


 審判に促され、隼人はローレンと、静香はスコットと、穏やかな笑顔で握手を交わす。

 そんな4人に客席から、惜しみない大声援が届けられた。

 第1試合のダブルス2は、隼人と静香のペアの快勝。

 高校生がトッププロに勝利したという衝撃的な事実に、大騒ぎになった記者たちが一斉にカメラのフラッシュを隼人と静香に浴びせたのだった。


 「が~~~~~~~~~~~~~~~~~はははははは!!お前ら、強ぇなぁ!!」


 そんな隼人と静香に対して、スコットが豪快に笑いながら、心からの称賛の言葉を送ったのである。

 完敗だった。隼人も静香も間違いなく強かった。

 亜弥乃の忠告通り、油断や慢心は一切合切せず、全身全霊の力でもって隼人と静香に挑んだのだが。

 それでもスコットもローレンも隼人と静香を相手に、完膚なきまでに叩きのめされてしまったのだ。

 伊達に日本において『神童』だの『天才』だの騒がれているだけの事はある。


 「「ど、どうも…。」」


 右手でメガネをクイッとしたローレンに穏やかな笑顔で日本語で通訳されながら、隼人も静香も恥ずかしそうな笑顔で、目の前で豪快に笑うスコットを見つめていた。

 実際に戦ったからこそ、スコットには分かる。

 隼人も静香も、今すぐに欧米諸国でプロ入りしたとしても、充分に通用する程の逸材だ。

 しかも2人共、まだ16歳で将来性もある。


 「なあ、お前ら!!高校を出たらデンマークに来い!!コルソルトデビルに来い!!歓迎するからよ!!」


 居ても立っても居られなくなってしまったスコットは、こんな金の卵をこのまま逃してたまる物かと、興奮しながら隼人と静香をスカウトしたのだが。


 「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 このスコットの言葉に亜弥乃が目をうるうるさせながら、物凄い勢いで飛び出してきたのである…。


 「駄目駄目駄目駄目駄目~~~~~~~~~~~~!!隼人君と静香ちゃんは、ヘリグライダーに来て貰うんからね!?最初にこの2人に唾を付けたのは私なんだからね!?」

 「いや、亜弥乃さん。貴女も知っているように、僕はもう引退…。」

 「君がこんな所で引退だなんて、そんなのやっぱり勿体無いよ!!デンマークで私やコミーちゃんと一緒にヘリグライダーでプレーしようよ!!お母さんの指導を受けようよ!!君たちは絶対にそうするべきだよ!!」


 あれだけ大々的に報道されたのだ。亜弥乃とて隼人の気持ちと事情は、充分過ぎる程理解していた。

 だがそれでも亜弥乃は隼人に対して、引退を撤回するよう迫ったのである。

 そりゃあそうだろう。何しろ亜弥乃の目の前で、あれだけ凄まじい試合を見せつけられたのだから。

 こんな、トッププロ2人を相手に快勝してしまう程の逸材を、こんな所で引退などさせてたまるものかと。


 「そうよ。亜弥乃の言う通りよ。隼人君。」

 「内香さん!?」


 そう、その想いは内香も同じだ。

 とても穏やかな笑顔で、内香は隼人の右手を両手で優しく包み込んだのだった。


 「ねえ隼人君。アンタはさ、日本のスポーツの愚かさに失望して、引退という決断をしたんでしょう?だったらデンマークはどうかな?」


 そして内香は隼人だけではなく、静香にも穏やかな笑顔で語りかける。


 「静香ちゃんもよ。アンタはその素晴らしい実力と才能を、こんな日本なんかで腐らせていい存在じゃない。それにアンタは隼人君と違って本気でプロを目指しているんでしょう?だったら猶更デンマークに来るべきよ。」

 「それは…。」

 「アンタたちはね、まだまだ『素材』よ。これからの環境次第で白くも黒くもなってしまう。だけど私ならアンタたちの実力と才能を、今よりももっともっと引き出せる自信があるわ。だから…。」


 隼人はバドミントンの引退を宣言し、静香は学生スポーツからの永久追放処分を受けてしまった。

 こんな事になってしまったのは、隼人も静香も日本において、周囲の身勝手な大人たちのエゴに振り回されてしまったからだ。

 そう…かつての亜弥乃と内香のように。

 だからこそ隼人も静香も、いつまでも日本などという腐り切った環境の中に閉じ込められてしまっていては、この素晴らしい実力と才能を腐らせてしまう事になりかねないのだ。


 だがそれでも、デンマークなら。

 日本とは比較にならない程の、デンマークという恵まれた環境の中で、自分がしっかりと英才教育を施せば。

 隼人も静香も、これからまだまだ強くなれる。いいや、自分が必ず強くしてみせる。

 その確固たる自信と決意を、今の内香は胸に秘めているのだ。


 「…辞めますよ。」


 だがそんな内香に対して隼人は、穏やかな笑顔で首を横に振ったのだった。


 「僕も静香ちゃんも今日の国際親善試合に限っては、色々と複雑な事情があって八雲さんに頼まれたので、出る事にしたんですけどね。だけど少なくとも僕はもうこれ以上、試合に出るつもりは毛頭無いです。」


 もうこれ以上、周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回されたくは無いから。

 そのせいで彩花も六花も静香も、黒衣に呑まれてしまう程までに、あそこまで苦しめられる事になってしまったのだから。

 だから隼人は、バドミントンを引退したのだ。 


 「…隼人君。私は絶対に諦めないわよ?」


 それは内香も理解しているが、それでもやはり隼人の事を諦め切れなかった。

 何しろ目の前に、こんな過去に前例が無い程の金の卵が転がっているのだから。

 隼人の右手を優しく包み込む両手に、内香はぎゅっと力を込める。


 「いや、諦めて下さいよ。」


 隼人が内香に対して苦笑いしながら文句を言った、その時だ。


 『続きまして第2試合、ダブルス1。日本代表、猫山博子 & 立川若菜ペア VS デンマーク代表、リアナ・サンティス & ラーナ・サンティスペアの試合を開始致します。』


 隼人たちが話し込んでいる間に、スタジアムのスタッフ達がコートの整備をちゃっちゃと終えた事で、ウグイス嬢が第2試合の開始を宣言したのだった。

 準備運動を終えた4人がコートに上がり、互いに軽くシャトルを打ち合い、試合への準備を着々と進める。


 「隼人君、静香ちゃん。この話は今日の試合が終わった時にでも、またゆっくりとさせて貰うわね。それじゃあ3人共、戻るわよ。」


 亜弥乃たちを連れて、デンマークのベンチへと戻っていった内香。

 そんな内香たちを神妙な表情で見つめていた隼人と静香だったのだが、ダブルス1の試合の邪魔になるからと審判に笑顔で促され、2人共慌てて日本のベンチへと戻っていく。


 「お互いに、礼!!」

 「「「「よろしくお願いします!!」」」」


 そして第2試合のダブルス1の試合が、遂に始まった。

 ネコはリアナと、タチはラーナと、それぞれがっしりと握手を交わす。

 百合カップル同士の激突…果たして一体どのような凄まじい試合になるのかと、観客たちの誰もが…そして来賓室で観戦なされておられる麻子さまも、期待に満ちた眼差しを見せている。


 「スリーセットマッチ、ファーストゲーム。ラブオール!!日本代表、立川若菜、ツーサーブ!!」

 「さあ、行くよ!!」


 タチのサーブを返すリアナ。さらにそれを返すネコ。

 4人が織り成す目にも止まらぬ超高速ラリーに、観客たちは大いに熱狂するのだが。


 「度肝を抜かしてやりな。猫山、立川。」

 「「了解!!ファントムストライク!!」」


 自信に満ち溢れたBBAの言葉と同時に、ネコタチペアのファントムストライクがリアナの足元に突き刺さったのだった。


 「1-0!!」


 その瞬間、スタジアム内を包み込む大歓声。

 驚愕の表情のリアナとラーナ。ローレンから情報だけは得ていたのだが、まさかこれ程までの威力と切れ味を誇る技だとは。

 やはり映像で観るのと実際に自分たちで体感するのとでは、全然違う物なのだ。


 「ちょいちょいちょいちょいちょ~~~~~~~~~~~~~い!!」


 そしてそれは、亜弥乃とて同じ事だ。

 ネコとタチのファントムストライクを目の当たりにさせられた亜弥乃が、思わず全身がウズウズしてしまい、またしても審判に対して滅茶苦茶な事を言い出してしまったのだった。


 「タ〜〜〜〜〜〜〜〜イム!!審判、選手交代!!リアナとラーナに代わって私とコミーちゃん!!」

 「だから亜弥乃、そんなの認められるわけが無いでしょ!?」

 「だってだってだってだってだって〜〜〜〜〜〜〜〜(泣)!!」


 目をうるうるさせながら両腕をブンブン振り回して駄々をこねる亜弥乃を、内香が苦笑いしながら背後から羽交い絞めにする。

 その母娘の微笑ましい光景に思わず審判は苦笑いしてしまうが、そんな中でもネコタチペアの躍動は止まらなかった。


 「5-3!!」


 タチのランサーノワールが、リアナの足元に突き刺さる。

 隼人と静香のペアに続いて、このままネコタチペアもデンマークのトッププロを相手に勝利するという、ジャイアントキリングを見せつける事が出来るのか。

 その期待を胸に秘めた観客たちが、ネコとタチに向かって大声援を浴びせる。

 そんな2人をリアナとラーナが、厳しい表情で見据えていたのだが。


 「流石は『高校生最強のダブルス』だと言われているだけの事はあるわね。だけど…。」

 「このまま終わらせるつもりは無いわ。私たちにだって負けられない理由があるのよ。」


 リアナとラーナはデンマークにおいて高校在籍中に、レンバイドエンゼルにドラフトで指名されたばかりの頃の出来事を思い出していた。

 2022年、ここ最近は世界を舞台に苦戦が続いていたデンマークは、その苦しい状況を打破すべく、過去にオリンピックで金メダルを獲得した実績のある、当時アマチュアのクラブチームでコーチとして勤務していたオジサンを代表監督に選抜した。

 ダブルスの部門で圧倒的な実績を残していたリアナとラーナは、一部の解説者から世界でも通用する程の逸材だとの評価も得ていたのだが、それでもオジサンはリアナとラーナを代表に選抜しなかった。


 その理由はただ1つ。リアナとラーナが双子の姉妹での百合カップルだからだ。


 リアナとラーナが世界を舞台に戦えるだけの実力を有していながら、たったそれだけの理由でオジサンは2人を代表に選抜しなかったばかりか、記者会見の場で2人に対しての侮蔑とも取れる発言までしでかしたのである。

 この件に関してオジサンは周囲から…特に同性愛者の支援団体から痛烈に批判されたのだが、とにもかくにもリアナとラーナが不在のデンマーク代表は、2022年に中国で開催された世界選手権大会の予選リーグで1つも勝てず、無様な惨敗を喫してしまう。

 その責任を取らされたオジサンは、リアナとラーナへの侮蔑発言に対する世間からの悪評もあって、代表監督だけではなくコーチとして勤務していたクラブチームさえもクビにされてしまったのだが。


 その後任として代表監督に任命されたばかりの内香が、ヘリグライダーとレンバイドエンゼルによる公式戦の最中に、試合を終えたばかりのリアナとラーナに対して穏やかな笑顔で呼びかけたのだ。


 『ねえ、アンタたち、代表チームに入るつもりは無い?』

 『双子姉妹のレズビアンカップル。別にいいじゃないの。それこそが誰にも負けないアンタたちの個性と持ち味だと、そう私は思っているわ。』

 『私の代表選抜の選考基準はね、世界を舞台に戦えるだけの実力があるかどうか。ただそれだけよ。』


 双子の姉妹での百合カップル。

 そんな異質な存在である自分たちを、変な先入観を一切持つ事無く、内香は温かく代表に出迎えてくれたのだ。

 その大恩ある内香の為にも、例え非公式の親善試合と言えども、リアナとラーナはこんな所で高校生のペアなんぞを相手に負ける訳にはいかないのだ。

 

 「7-7!」


 精密無比の精度で放たれたリアナのロブが、ネコの背後のラインギリギリに突き刺さる。

 同点に追いついたリアナとラーナ。だがまだまだ終わらない。


 「素直に謝罪するわね!!正直言って貴女たちの事を舐めていたわ!!」

 「デンマーク語だから、何を言っているのか全然分かりません!!リアナさん!!」

 「私はラーナよ!!」


 驚愕の表情のタチに対して、ラーナが強烈なスマッシュを浴びせる。


 「これが私の、スクリュードライブよ!!」


 まさに竜巻の如く凄まじいドライブ回転によって、急激に曲がったシャトルがタチのラケットを派手に空振り三振させたのだった。


 「7-8!!」

 「ネコタチペアが逆転されたぁっ!!」


 観客たちの悲痛な叫びが、スタジアム内に響き渡る。

 楓のクレセントドライブや静香の月光さえも上回る威力と切れ味を誇る、ラーナのスクリュードライブ。

 これが『世界』のレベルなのかと、ネコもタチも厳しい表情を見せたのだった。


 リアナとラーナをダブルスの選手として代表に選抜した内香は、去年の2023年に名古屋で、今年の2024年にロンドンで開催された世界選手権大会を、その優れた手腕によって見事に2連覇へと導いた。

 ここ数年は世界を舞台に苦戦を強いられていたデンマークを、『帝国』と言わしめる程の強国へと成長させたのだ。

 そして来年の2025年に母国デンマークで開催される予定の世界選手権大会も、『王国』スイスと並ぶ優勝候補の筆頭だと評されている。


 その最強チームのレギュラーメンバーに抜擢されたリアナとラーナが、今こうしてネコとタチの前に立ちはだかっているのだ。


 「10-13!!」


 ネコとタチの奮闘も虚しく、点差がどんどん開いていく。


 「13-17!!」


 ネコもタチも懸命に粘るものの、それでもリアナとラーナに突き放されてしまう。

 これが『帝国』デンマークのトッププロの実力…あのネコタチペアでさえも太刀打ち出来ないのかと。

 ネコタチペアをもってしても、『世界』の壁はこんなにも高くて分厚い代物なのかと。

 

 「博子ちゃん。若菜ちゃん。アンタたちはさ、『高校生最強のダブルス』だと言われてるんだって?だけど上には上がいる物なのよ。きりが無い程までにね。」


 何の迷いも無い力強い笑顔で、内香ははっきりと断言したのだった。


 「リアナとラーナはね…『デンマーク最強のダブルス』なのよ。」


 ラーナのスクリュードライブが、情け容赦なくネコのクリスタルウォールを空振り三振させた。


 「ゲーム、デンマーク代表、リアナ・サンティス & ラーナ・サンティスペア!!16-21!!チェンジコート!!」


 ファーストゲームは粘るネコタチペアを突き放し、トッププロの意地を尊厳を見せつけたリアナとラーナのペアが勝利した。

 流石は世界最強の『帝国』デンマークのダブルスペアだ。いかにネコタチペアと言えども、そうそう簡単に勝たせてくれるような甘い相手では無い。

 力強い笑顔でハイタッチを交わし、2分間のインターバルの為にベンチへと戻っていくリアナとラーナ。

 そんな2人の勇姿をネコとタチが、とても厳しい表情で見つめていたのだった。

 現実にリアナとラーナみたいな人たちって居そうだよね。

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