第130話-A:やっぱり私は惜しいと思うもの
デンマークのトッププロを相手に躍動する隼人と静香。
果たしてスコットとローレンは、プロとして意地を見せられるのか?
隼人と静香が世界トップレベルのダブルスペアを相手に、ファーストゲームを快勝。
この衝撃的な展開に観客たちは熱狂し、隼人と静香に対して盛大な歓声を浴びせた。
これまでこの2人がダブルスを組んだ事など一度も無いだけに、ネコタチペアみたいにちゃんと連携が取れるのかと、不安を抱いていた観客も多かったのだが。
しかし蓋を開けてみれば連携が取れるどころか、まるで互いにシンクロし合っているかのように、一糸乱れぬコンビネーションを見せてくれたのである。
以前、七三分け頭は自らの教え子であるネコとタチの事を、『高校生最強のダブルス』だと自画自賛していたのだが。
もしかしたら隼人と静香こそが、本当の意味での『高校生最強のダブルス』だと言えるのかもしれない。
とは言えネコタチペアと違って2人は別々の高校に通っており、そもそも学生の試合では混合ダブルスは、
「男女の接触の危険性があり、青少年の健全な育成に相応しくない」
などという理由から禁止されている。
それ以前の問題として隼人はそもそも引退しているし、静香は学生スポーツからの永久追放処分を受けているので、この2人が今後試合でダブルスを組む機会など、最早訪れる事は無いのかもしれないが。
「ねえねえスコット。」
そんな中で亜弥乃が目をうるうるさせながら、ベンチに座ってスポーツドリンクを一気飲みして、盛大に一息ついているスコットに問いかけたのだが。
「隼人君と静香ちゃん…美味しかった(泣)?」
「……(汗)。」
亜弥乃のとんでもない爆弾発言に、スコットは呆れた表情で溜め息をついたのだった…。
「…亜弥乃。俺はいつもレギュラーシーズンで、ヘリグライダーと試合をする度に思うんだけどよ。」
「何よぉ。」
「お前ってさ、たまに変な事を言い出すよな(汗)?」
「だってだってだってだってだって〜〜〜〜〜〜〜〜〜(泣)!!」
隼人か静香のどちらかと、シングルス1で戦いたかったのに。その事を隼人を通じてBBAに伝えたのに。
それなのに大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果、こうして隼人と静香がダブルスを組む事になってしまったのだ。
その隼人と静香を同時に味わえるなんて、何て羨ましいのかと。
亜弥乃はマンボウみたいに頬を膨らませながら、とても不服そうな表情でスコットを睨みつけていたのだった。
「で、亜弥乃のしょ~もない冗談はともかくとして…どうだった?ローレン。隼人君と静香ちゃんは。」
「強いですね。」
右手でメガネをクイッとしながら、ローレンは内香にはっきりと告げたのだった。
実際に隼人と静香を相手に戦ったからこそ、よく分かる。
隼人も静香も間違いなく、今すぐに欧米諸国でプロ入りしたとしても、充分に通用する程の実力と才能の持ち主だという事を。
だが。
「それだけに私は心の底から惜しいと思っていますよ。須藤隼人君はこの試合を最後に今度こそ引退、朝比奈静香君も学生の大会には出られないのでしょう?」
「ええ、そうね。」
そう、ローレンの言う通り、隼人は既に引退しており、静香に至っては学生スポーツからの永久追放処分を受けているのだ。
それぞれ事情は違うが、周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果としてだ。
これ程の実力と才能の持ち主が、一体全体どうしてこんな事に…それをローレンは心の底から残念に思っているのである。
「私も2人を何とかしてヘリグライダーに誘えないか、色々と模索している所よ。」
「ですが本気でプロを目指している朝比奈静香君はともかくとして、須藤隼人君は既に引退しているのでしょう?そんな彼をスカウトした所で、とてもいい返事が貰えるとは思えませんが…。」
「そうね。だけどやっぱり私は惜しいと思うもの。特にこんな凄い試合を見せつけられたら、猶更ね。」
何しろ内香の目の前で隼人と静香が、トッププロのスコットとローレンを相手に互角以上に渡り合い、ファーストゲームを奪って見せたのだ。
そんな隼人が引退だなんて、そうそう認められる物では無い。
内香がそう思ってしまうのも、無理も無いだろう。
静香とて学生スポーツからの永久追放処分を食らっている以上、このまま日本にいた所で試合が出来ずに、飼い殺しにされてしまうのが目に見えている。
もしかしたら伊万里と同様に、社会人チームに活躍の場を移すのかもしれないが。
それでも内香は静香には日本などではなく、もっと高いレベルの、もっと充実した、デンマークという充実した環境の中で、その素晴らしい実力と才能を存分に発揮して欲しいと考えているのだ。
だから内香は、隼人と静香のスカウトを絶対に諦めない。
今日の試合での2人の活躍ぶりを見せつけられた事で、内香は改めてその気持ちが抑え切れなくなってしまったのだった。
「諦めたらそこで試合終了だよ…私と亜弥乃が生まれ育った日本で有名な言葉よ?」
「はぁ。」
「だから私は1%でも可能性が残っている限り、隼人君と静香ちゃんのスカウトを諦めないつもりよ。」
ベンチに座って麦茶を飲んでいる隼人と静香の姿を、内香は力強い笑顔で見据えていたのだった。
そして続けて開始されたセカンドゲームでも、隼人と静香の勢いは止まらなかった。
急造コンビとはとても思えない程の、2人の息の合ったコンビプレイの前に、スコットもローレンも苦戦を強いられてしまっている。
それでもスコットもローレンも、デンマークのプロチームで活躍するトッププロだ。
プロの意地と誇りにかけて、こんな日本人の高校生なんぞを相手に、そう簡単に勝利などくれてやるつもりは毛頭無い。
「…はっ!!」
ローレンのドライブショットが、隼人の左側のラインギリギリに襲い掛かる。
どっちだ、インか、アウトか。
あまりに際どい当たりに、隼人のプレーに一瞬だが迷いが生じてしまう。
だが世界最速の競技とされているバドミントンにおいては、その『一瞬』が命取りになってしまうのだ。
「7-4!!」
審判が下した判定は、無情にもイン。
流石はトッププロが放つ一撃。まさに精密機械の如くドライブショットの超精度だ。
あちゃ~と苦笑いしながら、思わず天を仰いでしまった隼人だったのだが。
「しまった、判断をミスったか。」
「どんまい!!隼人君!!」
そんな隼人に静香が、力強い笑顔で呼びかけたのだった。
「例え隼人君がどれだけミスをしようが、私が何度だって取り返しますから!!」
「静香ちゃん…。」
「その代わり私がミスをした時は、しっかりと隼人君がフォローして下さいね!?」
そう、幾ら『神童』と呼ばれている隼人だって、それでも機械やAIなどではない。所詮は生身の人間だ。
人間である以上は、こうしてしょ~もないミスを犯す事が何度だってあるだろう。それは静香とて同じ事だ。
それをサポートしてあげるのが、パートナーの仕事なのだから。
「…ああ、勿論だ!!」
そんな静香に対して、穏やかな笑顔を見せる隼人。
プレイ再開後も、先程の自らが犯したミスに対しても決して取り乱す事無く、隼人は静香の後方で安定した守りを発揮する。
こうして隼人と一緒にプレーし、隼人に背中を守って貰えていると、詩織とダブルスを組んでいた頃と同じ…いいや、それ以上の安心感と心地良さを静香は感じていた。
「くそがぁっ!!いつまでも調子に乗ってんじゃねえっ!!」
スコットが隼人と静香の丁度中間地点に放った、渾身のメテオキャノン。
ふと、静香は桜花中学校での出来事を、まるで走馬灯のように思い出していた。
桜花中学校では静香は、そのあまりにも突出し過ぎる実力と才能を有していたが故に、校長にダブルスでの出場を強要されていた。
しかもパートナーたちが全然頼りにならない物だから、詩織との運命的な出会いを果たすまでは、常に独りよがりなスタンドプレーを余儀なくされてしまっていた。
だからこそ、このような打球においても、全て自分1人で処理する事を強要されてしまっていたのだ。
だが今現在、静香とダブルスを組んでいる隼人は違う。
詩織と同様に…いいや、それ以上に、こうして静香の全力プレーに追従し、余裕で食らいつく事が出来ているのだ。
「隼人君!!」
「はいよ!!」
静香に言われるまでもなく、既に隼人は動いていた。
こうして適切な状況判断によって、即座に静香のプレイングを活かすポジショニングをしてくれる。
隼人君になら安心して、私の後ろを任せられると。
それを静香は、改めて実感させられていたのだった。
「16-9!!」
「何なんだこいつら!?本当にダブルスを組むのが今日が初めてなのかよ!?」
驚愕の表情で、ローレンの足元に突き刺さったシャトルを睨み付けるスコット。
まるで何年もコンビを組んでいるかのように、隼人も静香も本当に息がぴったりで、コート上で躍動してしまっているのだ。
この2人がダブルスを組んだのが今日が初めてだという事実を、スコットは未だに信じられずにいたのだった。
隼人は本来ならば攻撃的な選手であり、ダブルスにおける戦術的には、今の静香のように攻め手に回るべきではあるのだが。
それでも隼人は、何でもこなせるパーフェクト・オールラウンダーだ。
だからこそ、こうして守りにおいても、存分にその実力を発揮する事が出来るのだ。
それに静香のプレイスタイルを熟知している隼人ならば、静香からの指図を受けるまでもなく、全く静香の邪魔になる事無く、静香のプレーを最大限に活かすポジショニングやプレイングをする事が出来る。
その隼人がしっかりと後方を守ってくれているからこそ、静香の夢幻一刀流による攻めが活きてくるのだ。
「18-11!!」
「あと3点で僕たちの勝利か…。」
電光掲示板に表示されたスコアを確認した隼人が決意に満ちた表情で、追い詰められて厳しい表情を見せているスコットとローレンを見据えた。
戦術的にはスタミナの消耗が激しい神衣を纏うのは、本来ならばファイナルゲームの終盤に差し掛かってからにするべきなのだろうが。
それでも最早完全に虫の息の2人に確実に止めを刺すべく、今ここでさらなる勢いをつけようと…そう隼人は思ったのだ。
勢いに乗る時は勢いに乗るっす。これバドミントンの鉄則。
「ならば出し惜しみは無しだ!!ここで一気に決める!!行くぞ!!」
果たして発動した、隼人の神衣。
驚愕するスコットとローレン。そして観客たちが一斉に隼人に大歓声を浴びせる。
「出た!!須藤の神衣だ!!」
「一気に決めちまえ!!須藤!!」
「この勝負、貰ったぜ!!」
バンテリンドームナゴヤでのインターハイ県予選決勝のファイナルゲームにおいて、隼人は彩花を相手に0-18という絶望的な状況に追い込まれながらも、土壇場で神衣に覚醒した事で18連続ポイントを奪い、まさかの同点劇を見せつけた。
その隼人の大活躍…いいや、大奇跡を知っているだけに、観客の誰もがダブルス2の勝利を確信しているのだ。
「くそっ、神衣だか何だか知らねえが、そんなこけおどし…!!」
「19-11!!」
「…で…!?」
スコットが必死の形相で隼人に向けてメテオキャノンを放つものの、それを隼人は涼しい表情で、あっさりと返してしまったのだった。
「ならばこれ…!!」
「20-11!!」
「…で…!?」
さらにローレンのラインギリギリに放たれたロブでさえも、ラインギリギリ?だから何wwwwwと言わんばかりに、隼人は静香の縮地法みたいにあっという間に追い付いて、問答無用で返してしまう。
神衣を纏った今の隼人の守りは、最早オカッパ頭ちゃんやネコ以上の鉄壁さを発揮していた。
何をやっても、どこに打っても、今の隼人は何もかも返してしまう。
得点を奪えるイメージが、まるで思い浮かばない…スコットもローレンも歯軋りしてしまっていたのだった。
いよいよセカンドゲームもマッチポイントを迎え、隼人と静香の勝利まであと1点。
その光景を観客の誰もが待ち望み、2人に向けて盛大な歓声を浴びせる。
そうはさせるものかとスコットもローレンも必死の表情で、隼人と静香を相手に超高速ラリーを繰り広げる。
そんな中で神衣を纏った隼人の黄金のスマッシュを防ぎ切れなかったローレンが、シャトルを高々と上空に打ち上げてしまった。
「しまった!!」
「貰った!!」
この好機を逃すまいと、静香が高々と飛翔してスマッシュの体勢に入る。
ここで静香が維綱を決めてしまえば、この試合も遂に終わってしまう。
隼人との楽しかったダブルスの時間も、もうこれで終わりなのだ。
今後、静香が練習や遊びで、隼人をダブルスに誘う事はあるかもしれないが。
既に隼人が引退してしまっている以上、こうして隼人と試合でダブルスを組む機会など、最早訪れる事は無いだろう。
いっその事、今ここで、維綱をわざとアウトにしてやろうか。
そうすれば隼人君との楽しい時間が、まだまだ続く事になるから。
空中でスマッシュの体勢に入ったまま、頭の中で思わずそんな事を考えてしまった静香だったのだが、即座にそれを否定し己の愚かさを恥じたのだった。
そんな事をしてしまえば、自分たちに対して全力で戦ってくれているスコットとローレンに対して失礼だし、何よりも隼人がそれを決して許さないだろうから。
最悪の場合、隼人が静香に対して失望し、静香の事を嫌いになってしまう可能性も…。
いやいやいやいや、そんなのは絶対に嫌だ、無理無理無理無理と、静香は思わず全身に悪寒が走ってしまったのだった。
だから静香は今ここで、スコットとローレンを完膚なきまでに叩きのめす。
本当に心の底から名残惜しいと思っているが、隼人との楽しいダブルスの時間を、静香が今ここで自らの手で終わらせるのだ。
だからこそ静香は今ここで、最大最強の切り札を遂に解き放つ。
「はあああああああああああああああああああああああっ!!」
全身に神衣を纏った静香が放った黄金の維綱が、情け容赦なくスコットの足元に突き刺さったのだった。
驚愕の表情で、自分の足元にコロコロと転がっているシャトルを見据えるスコット。
「神衣…だと…!?」
「ゲームセット!!ウォンバイ、日本代表、須藤隼人 & 朝比奈静香ペア!!ツーゲーム!!21-12!!21-11!!」
かくして第1試合のダブルス2は、隼人と静香の快勝に終わったのである。
「よっしゃあ!!」
「やりましたね!!隼人君!!」
とても嬉しそうに、力強い笑顔でハイタッチを交わす隼人と静香。
そんな2人に観客たちが、一斉に大歓声を浴びせたのだった。
次回、百合VS百合。