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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第2章:中学生編
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第13話:退部届は出さなくてもいいわ

 いよいよ本格的に始まった、平野中学校バドミントン部の練習。

 しかしそこへ予期せぬトラブルが…。

 以前、楓が彩花に言っていたのだが、平野中学校のバドミントン部は真剣に全国大会への出場を目指している。

 それ故に楓が組んだ練習メニューは相当ハードな代物であり、部員たちの誰もが汗だくになりながら、必死に練習に取り組んでいたのだった。

 まずは準備運動や柔軟体操の後に、持久力強化の為のランニング。

 そこから腕立て伏せや腹筋、背筋、スクワットなどといった筋トレに続き、さらに反復横跳び、ショートスプリントなどの足腰を鍛えるトレーニングを行う。

 これらを終えた後に、ようやくラケットを使った練習を行う事になるのだが、シャトルはまだ打たずに、まずは素振りを100回。


 「23!!22!!21!!20!!」


 楓の元気のいい掛け声と共に、必死にラケットの素振りをする部員たち。


 「皆、しっかり声を出して!!」

 「「「「「はい!!」」」」」

  

 隼人と彩花はスイスでもっと過酷な練習メニューを毎日こなしていたので、流石に余裕で食らいついているのだが。

 新入部員の何人かは過酷な練習メニューを前に既に脱落してしまっており、今にも死にそうな表情で体育館の壁にもたれかかり、倒れ込んでしまっていたのだった。

 隼人と彩花の試合に感動させられた者や、六花の影響でバドミントンに興味を持った者たちが、ちょっとバドミントンをやってみようかと軽い気持ちで入部届を出したのだが…まさかここまで練習メニューが過酷だとは想像もしていなかったのだろう。

 それでも楓は、そんな彼らを決して責めようとはしなかった。


 「無理はしなくていいから、自分の出来る範囲までで構わないから、出来なくても私は皆を責めないから、まずは与えられた練習メニューを全力で継続してこなす事を考えなさい。」

 「出来る範囲だけでも毎日継続する事で、必ず皆の力となって返ってくるから。ね?」


 楓は穏やかな笑顔で新入部員たちに対し、そう諭したのである。

 

 「よ~し、そこまで!!皆、本当によく頑張ったね!!5分休憩!!」


 楓の号令によって、全身汗だくになって床に座り込み、休憩する部員たち。

 そんな彼らの1人1人に声を掛け、体調を把握し、ねぎらいの言葉を送る楓。

 顧問の先生が部内最強の実力者である隼人ではなく、実力的には隼人より格下である楓を敢えて部長として指名したのは、楓のこの天性のリーダーシップや、こうした周囲への気配りや配慮が出来る人物である事を考慮しての物なのだ。


 そして生徒たちに穏やかな笑顔で麦茶が入ったコップを提供する、顧問の教師を務める定年間近の年配の女性。

 本来なら彼女が楓の代わりに、皆の指導をしてやらないといけない立場なのだが。

 残念ながら彼女はバドミントンの知識も、技術も、経験も、何1つ持ち合わせていない。いわばズブの素人だ。


 だからこそ楓に、皆の指導を完全に一任してしまっている…本当に申し訳なく思っているのだが、それでも楓は嫌な顔1つせずに笑顔で快諾してくれたのだ。 

 彩花も言っていたが、この顧問の先生に指導者としての資質があれば、楓は今よりもずっと強くなっていただろうに。


 「皆、聞いてくれる?皆も知っての通り6月から地区予選が始まるわ。それまでに私たちは8人の代表選手を決めて、大会を運営するJABS名古屋支部に名簿を提出しないといけない。シングルス4人、ダブルス2組のね。」


 5分の休憩を終えて立ち上がった部員たちに、楓が凛とした態度で語りかける。

 そう、楓が言うように、早くも6月から大会の地区予選が始まるのだ。


 まずは6月の土曜日の4日間を利用して、愛知県の尾張地区、名古屋地区、東三河地区、西三河地区の4ブロックに分かれて地区予選を行う。

 隼人と彩花が所属する平野中学校は稲沢市平和町に存在するので、尾張地区での出場だ。

 そして地区予選でシングルス8ブロック、ダブルス4ブロックによるトーナメントを行い、最後まで勝ち上がったシングルス8人、ダブルス4組が尾張地区代表として、7月から名古屋のドルフィンズアリーナで開催される県予選に駒を進める。

 そして4地区のシングルス32人、ダブルス16組によるトーナメントを行い、決勝まで勝ち上がったシングルス2名と優勝したダブルス1組が愛知県代表として、8月から東京体育館で行われる全国大会に出場するのだ。


 なお地区予選では原則として、同じ学校の選手同士が対戦する事は無い。

 よってシングルスでの出場を目指す隼人と彩花が、大会で敵同士としてぶつかり合うのは、県予選になってからになる。


 「そこで毎年の事なんだけど、5月の連休中の期間を利用して、部内対抗トーナメントを行う事にしたわ。8人の代表選手を決める為の試合をね。」


 もっとも隼人と彩花が大会に出場する為には、まずは楓が提案した部内対抗トーナメントを勝ち上がらないといけないのだが。 


 「皆にはクジ引きでシングルス4ブロック、ダブルス2ブロックに分かれて貰って、最後まで勝ち上がった8人に代表として県予選に出場して貰うわ。つまりは今ここにいる全員に、公平にチャンスが与えられてるって事よ。部長の私も含めてね。」


 誰が大会に出場するのか、単純に実力勝負で決めるという事だ。

 部員同士でトーナメントを行い、組み合わせも完全にクジだけで決め、最後まで勝ち残った者が代表に選ばれ、一度でも負けたら出られない。

 確かに単純で分かりやすく、部員たちに悔恨を残さないやり方だと言える。


 「逆に言うと代表に選ばれる為には、トーナメントを勝ち上がって頂点を取らないといけない。皆が自分の手で競争相手を蹴落として、自分の力で代表の座を勝ち取らないといけないのよ。その為には皆にはもっと練習を…。」


 だが楓がさらに言いかけた、その時だ。


 「おい、ちょっと待てよ。」


 ガラの悪い新入部員の男子たちの何人かが不満そうな表情で、楓に対してイチャモンを付けて来たのだった。

 楓に対してガンを飛ばしながら、高圧的な態度で楓に迫る、ガラの悪い新入部員の男子たち。


 「冗談じゃねえよ!!5月の連休中ってゴールデンウィークかよ!?全国を目指すとか言ってたけどよ!!まさかそこまですんのかよ!?」

 「さっきから走り込みとか筋トレとかばっかでよお!!やっとラケットを握れると思ったら、今度は素振りばっかじゃねえかよ!!」

 「クソつまんねえなあ!!早くシャトルを打たせろや!!おい!!」


 彼らの横暴な態度に楓もまた一歩も引かずに、部長らしく凛とした態度で、自分に因縁を付けるガラの悪い新入部員たちを見据えている。

 だが彩花は見抜いていた。楓の両手が僅かに震えているのを。

 部長として皆の前で毅然とした態度を取りながらも、それでも内心では横暴な態度で自分に迫る彼らの事を怖がっているのだ。


 無理も無いだろう。いくら部長だと言っても、楓とて普通の女の子なのだから。

 それでも楓は皆を守る為に、部長として一歩も引かずに凛とした態度で、横暴な態度を取る彼らに対して孤独に立ち向かっているのだ。

 そんな楓の姿に彩花は、ある種の感動のような物を感じていたのだった。 


 とはいえ彼らが「つまらない」などと批判した走り込みや筋トレなどは、確かに正直言って地味でつまらなくて辛い代物だ。

 だがそれでもバドミントンに限った話ではないのだが、試合に勝つ為には極めて重要な練習内容なのだ。


 まず準備運動や柔軟体操は、練習中や試合中の怪我を防ぐ為には絶対に必要な代物だ。

 そしてバドミントンは両者のレベル差にもよるが、試合がフルセットまで持ち込まれた場合、1試合につき大体40分から1時間程度かかるとされている。

 それだけの時間をぶっ通しでコート上を走り回らないといけないので、持久力を鍛えないと話にならないし、力強いサーブやスマッシュを撃つためには相応の筋力も必要になる。コート上を縦横無尽に動き回る為の瞬発力だって必要になる。


 だからこそ楓が組んだ練習メニューに、無駄な物など何1つ無いのだ。

 1つ1つの地味で辛い練習メニューの全てが、試合に勝つ為に必要な代物ばかりなのだ。

 それでも彼らはそんな物など知った事では無いと言わんばかりに、楓に対して文句ばかり垂れていたのだが。


 「今、流行はやりのバドミントンだし、やってれば女子にモテそうだって思ってたのによお!!」


 1人のガラの悪い新入部員の心無い言葉を聞かされた瞬間、突然彩花が楓を庇うように割って入って来たのだった。

 とても真剣な表情で、ガラの悪い新入部員たちを見据えている。


 「君たちは、そんな理由でバドミントン部に入ったの?だとしたら一生懸命練習を頑張ってる皆の邪魔になるだけだよ。もう辞めた方がいいと思うな。」

 「ちょお、彩花ちゃん!?」


 いきなりの彩花の行動にびっくりした隼人だったのだが、新入部員たちは今度は彩花に対して因縁を付けてくる。

 そんな彼らに対して一歩も引かずに、楓を守る為に立ちはだかる彩花だったのだが。


 「んだよ、悪いかよ?あの藤崎六花の娘だからって調子こいてんじゃねえぞコラ。」


 彩花の態度に完全に頭に血が上ってしまったガラの悪い新入部員は、今度は六花に対しての暴言までやらかしてしまったのだった。


 「大体てめえの母親だってムカつくんだよ。ちょっとスイスで活躍したからって調子に乗りやがってよぉ。しかもオリンピックや世界選手権に出なかった理由が『娘の為』とか、全然意味不明のクソ雑魚女で笑えるわ。ぷぷぷぷぷ~w」


 腹を抱えて盛大に爆笑しながら、六花の事を侮辱したガラの悪い新入部員たち。

 だが、この六花への暴言を聞かされた瞬間…彩花の頭の中で「何か」がプツンと切れた。


 「…別にさぁ…私の事はいいんだよ。どれだけ悪口を言われようが、別に私自身は自分の事を大した人間だって思ってないから。」


 全身の血が沸騰するかのような、とても不快な感覚。


 「…だけどさぁ…!!」


 自分が心の底から敬愛する母親を、よりにもよってヘラヘラ笑いながら侮辱された事で、彩花の怒りは頂点に達してしまったのだった。

 彩花は許せなかったのだ。こいつらが六花に対して不当な暴言を吐いた事が。


 「何で君たちの口から!!お母さんの悪口が出てくるの!?」


 鬼のような物凄い形相でガラの悪い新入部員を睨み付け、怒鳴り散らす彩花。

 そんな彩花の姿に他の部員たちは、びっくりした表情になってしまったのだった。


 彩花は幼少時からずっと、六花の事を間近で見続けてきたのだ。

 六花が過酷なプロの世界で、16年間も必死になって頑張ってきたのを。

 その結果、身も心もボロボロになり、彩花と2人きりの時だけは弱音を吐いて、いつも試合が終わった後に彩花を優しく抱き締めて、す~は~す~は~くんかくんかしながらも、それでも試合になると勇猛果敢に、必死になって戦い続けた六花の姿を。

 それもこれも、全ては彩花を養う為だ。

 六花は自分なんかの為に、今まで必死になって頑張ってくれたのだ。


 その敬愛する六花の事を…こいつらは侮辱したのだ。ヘラヘラと笑いながら。

 それが彩花には許せなかった。何よりも許せなかったのだ。

 その彩花の凄まじい怒気に、思わず後ずさってしまうガラの悪い新入部員たち。


 「ひ、ひいっ!?な、何なんだよ、こいつ!?」

 「君さあ!!マジで調子こいてんじゃねえぞコラァ!!」


 六花に暴言を吐いたガラの悪い新入部員を、壁際に追い詰めて壁ドン!!を行い、すっかり怯えてしまったガラの悪い新入部員を、至近距離から鬼の形相で睨み付ける彩花。


 「おいおいおいおいおい、彩花ちゃん!!それは流石にやばい…!!」

 「止めなさい、藤崎さん。」


 慌てて彩花を止めようとした隼人を右手で制した楓が、ガラの悪い新入部員から無理矢理彩花を引き離したのだった。

 そして彩花を庇うように前に出て、凛とした態度でガラの悪い新入部員を見据える。


 「最初に言ったはずよ。私たちは真剣に全国を目指して練習してるってね。藤崎さんの言うように今の貴方たちは、真剣に練習に取り組んでる皆の邪魔になるだけよ。」


 何だか楓は、彩花から勇気を分けて貰えたような気がした。

 真剣に練習に取り組んでいる他の部員たちに配慮してくれたばかりか、母親を侮辱された事に対して本気で激怒した彩花の、優しくも勇猛果敢な姿にだ。


 「退部届は出さなくてもいいわ。来る者拒まず去る者追わずが、うちの部のモットーだから。やる気が無いなら別に引き止めはしないから、もう荷物を纏めて帰りなさい。」

 「あんだとコラァ!?」

 「だけど、その前に…。」


 楓もまた部長として、そんな彩花に助け舟を出してやらないといけない。


 「藤崎六花さんを侮辱した件に関しては、私も黙って見過ごす訳にはいかないわ。」

 「里崎さん…。」

 「藤崎さんが怒るのは当然よ。貴方たちに藤崎六花さんの何が分かるっていうの?」


 そう、六花を侮辱されて怒ったのは、楓も同じだ。

 別に六花と直接面識がある訳では無いのだが、ネットで何度も何度も六花の動画を研究させて貰い、クレセントドライブを編み出す為の参考にさせて貰ったのだ。

 そして1人のバドミントンプレイヤーとしても、楓はスイスで多大な実績を残し、母親としても彩花をここまで立派に育て上げた六花の事を、心の底から尊敬しているのだから。


 「藤崎さんに謝りなさい。」

 「んだと、てめぇ…!!」

 「謝りなさいって言ってるでしょう!?」


 楓が真剣な表情でガラの悪い新入部員たちを怒鳴り散らすものの、それでも彼らは彩花に対して謝ろうともせず、不貞腐ふてくされた態度で体育館を出ていく。


 「けっ!!もうやってらんねえよ!!」

 「こんなクソつまんねえ部活、こっちから辞めてやるわ!!」

 「クソが!!女子にモテそうだったから入部したってのによお!!」


 唖然とした表情で、彼らが去って行った扉を見つめる他の部員たち。

 六花の影響で、あるいは隼人と彩花の試合に触発されて、バドミントンに興味を持って入部してくれた新入部員も多かったのだが。

 彼らは他の新入部員たちと違い、所詮はバドミントンに対して、その程度の気持ちしか持っていなかったという事だ。

 

 「大丈夫?藤崎さん。」


 とても心配そうな表情で、彩花を見つめる楓。

 確かに隼人を巡っての恋のライバルなのかもしれないが、それでも楓にとって彩花は、同じバドミントン部で切磋琢磨し合う仲間でもあるのだ。


 「うん…私の事を守ってくれて、本当にありがとね。」

 

 頬を赤らめながら穏やかな笑顔で、楓の右手を両手で優しく包み込む彩花だったのだが。


 「でへへ、君は凄く優しいね…楓ちゃん。」

 「ちょっ…!?」


 いきなり彩花に名前で呼ばれた事で、楓は思わず顔を赤らめてしまったのだった。

 確かに隼人を巡っての恋のライバルなのかもしれないが、彩花もまた六花を侮辱された事に対して、心の底から真剣に怒ってくれた楓に対して親近感を抱き、心を許せる相手だと思ったのだろう。


 「か、勘違いしないでよね!!別に貴女の為にあいつらを追い出した訳じゃないわよ!!貴女が言うように、真剣に練習してる皆に示しがつかないって、そう思っただけよ!!」


 楓は顔を赤らめながら、カゴの中に大量に入れられたシャトルを、左手で1つ取り出して彩花に差し出した。


 「ほ、ほら、さっさとシャトルを持って!!今度は実戦形式の練習に入るわよ!?須藤君に勝った貴女には本当に期待してるんだからね!?」


 まともに彩花と目を合わせる事も出来ず、完全にあさっての方向を向きながら、楓は顔を赤らめながら恥ずかしそうに告げたのだった。 


 「…その…彩花。」

 「…うんっ!!」


 楓からシャトルを受け取った彩花は、満面の笑顔で楓を見つめる。

 その微笑ましい光景を他の部員たちが、眼福だとか美味しく頂きましたとか薄い本の製作がはかどるとか、ニヤニヤしながら見つめていたのだった…。

 次回は大会出場メンバーを決める、部内対抗トーナメント。

 視察に訪れた六花が見守る中、圧倒的な強さを見せつける隼人と彩花ですが…。

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