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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第3章:動乱の日本代表編
123/135

第123話-A:君は自分の立場を理解しているのか

 日本代表チーム、始動!!…したんだけど…。

 こうして隼人、静香、凪沙という主力3人に代表入りを辞退されてしまった日本代表だったのだが、だからと言って時間は悠長に待ってはくれない。

 当初の予定通りに10月末のデンマーク代表との国際親善試合に向けて、残りのメンバー11人で名古屋市内の体育館を借りて、9月下旬から11月下旬までの期間に週に1度、土曜日限定で全員で集まり、本格的に練習が行われる事となった。

 その際に発生した交通費や食費、宿泊費などは、選手へのサポートの一環として、JABS名古屋支部を通じて国から選手たちに全額支給される事になっている。

 そして12月から1月まで1カ月もの合宿を行い、合宿終了後に世界選手権大会が行われるデンマークへと飛び立つ予定となっている。

 

 「皆、今日は忙しい中、本当によく集まってくれた。今日から週に1度の土曜日だけだが、来月に迫ったデンマーク代表との試合に向けて、本格的に練習を行う事になった。」


 今回代表に選抜された迅たち11人の選手たちに向かって、ツルピカ頭が真剣な表情で檄を飛ばす。

 そんなツルピカ頭に対して、駆けつけてきた大勢の記者たちが、一斉にカメラのフラッシュを浴びせたのだった。


 「目指すのはあくまでも世界選手権大会の『優勝』だ。その前哨戦として俺達はデンマークを相手に本気で勝ちに行く。親善試合だからと言って半端な気持ちで挑む事だけは絶対に許さんぞ。いいな?」

 「「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」」


 かくしてツルピカ頭の指導の下、週に1度の日本代表の本格的な練習が、遂に始まった。

 大勢の記者たちに見守られながら、怪我の防止の為の準備運動や柔軟体操を入念に行い、ランニングや筋トレなどの基礎トレーニングを無事に終えて、いよいよ実戦形式の練習に入ったのだが。


 「何だ今の中途半端な踏み込みは!?古田ぁっ!!」


 迅にスマッシュをあっさりと返された女子大生の選手が、ツルピカ頭に物凄い剣幕で怒鳴り散らされてしまったのだった。 


 「打つ前から迷いを見せるな!!何を打つにしても腹をくくって決めて打て!!前回覇者のデンマークは強いぞ!?そういった気の弱い所を少しでも見せたら一瞬で呑まれるぞ!?いいな!?」

 「は、はい!!」


 代表選抜メンバーを記者会見で発表した際、ツルピカ頭は記者たちに対し、こう宣言していた。

 目指すのは、あくまでも『優勝』。その為の妥協は一切しないと。

 美奈子や六花とは全くの真逆の、『厳しさ』を全面に押し出した指導。

 これは日本代表の監督として選ばれた以上は、何が何でも世界の頂点を獲るんだという『覚悟』の現れだと言えるだろう。

 実際、ツルピカ頭は女子大生を激しく怒鳴り散らしながらも、言っている事の筋はしっかりと通っていたし、絶対にオーバーワークにならないように、しっかりと選手全員の動きに気を配っていた。

 隼人と静香に人格面を酷評されてはいるものの、それでも指導者としては有能な部類に入る人物だと言える。


 「バドミントンにおいて重要なのは『根拠』だ!!何故そのスマッシュをその位置に打ったのか!?そのポジショニングをしたのは何故なのか!?1つ1つの全てのプレーにおいて『根拠』が必要なんだ!!」


 さらにツルピカ頭の熱い指導が続き、迅たちは汗だくになりながら必死に食らいついていく。

 社会人屈指の強豪であるエルシックス名古屋のコーチを任されているだけあって、厳しいながらも彼の指導には確かな理論が込められていた。


 「よ〜し!!時間だ!!5分間休憩!!」


 そうこうしている内に5分間の休憩時間に入り、選手たちの誰もが汗だくになりながら床に座り込み、女性マネージャーが用意してくれた麦茶を盛大に一気飲みする。

 そんな最中、鞄の中に入れていたスマホを取り出した男性選手が、途端に青ざめた表情になって慌てて電話を掛けたのだが。

 やがて通話を終えた男性選手が、深刻な表情でツルピカ頭の下に駆け寄ってきたのだった。


 「鶴田監督、ちょっといいですか?」

 「どうした?川野。」

 「その、凄く言いにくい事なんですけど…。」


 さっきまで元気良く練習に取り組んでいた男性選手の突然の変貌ぶりに、思わず「?」という表情になってしまったツルピカ頭だったのだが。

 やがて意を決した男性選手が、この場にいる誰もが予想もしなかった、とんでもない事を口にしたのである。


 「さっき俺の勤務先の社長からLINEが届いたんですけど、親会社が月曜日の朝一に取引先に収める製品の発注を忘れてたとかで、どうしても今日中に作って納品して欲しいと言ってきたらしんです。」

 「何ぃ!?」

 「それで社長が材料屋さんに頭を下げて、何とか今日中に材料を納品して貰える事になったので、今から戻って残業してでも、今日中に完成させて納品しないといけなくなったんです。なので今日の練習はこれで切り上げさせて貰いますけど、いいですよね?」


 第107話-Aでも述べたのだが、社会人のバドミントンの選手は、何もバドミントンだけが仕事という訳では無い。

 バドミントンだけに集中していればいい環境にある、欧米諸国のプロチームに所属する選手たちとは、事情が全く異なるのだ。

 それ故に今回のように、選手の勤務先において何かしらの深刻なトラブルが発生した場合、場合によっては練習や試合を途中で切り上げてでも、勤務先でのトラブル対応を最優先にしなければならない時だってあるのである。

 社会人の読者の皆さんならば、この男性選手の今の気持ちを、身に染みて理解して下さるとは思うが…。


 「他の誰かに作業を頼む事は出来ないのか!?君は自分の立場を理解しているのか!?今の君は日本代表メンバーに選ばれているんだぞ!?デンマークとの国際親善試合が来月に迫っているんだぞ!?」


 だがそれにツルピカ頭は、露骨に不満そうな表情で異を唱えたのだった。

 強豪デンマーク代表との国際親善試合に備えてチーム力を高め、一致団結しなければならない時期だというのに。

 それがまさか、こんな不本意な形で練習を抜けられるなどと。

 他の誰かに作業を頼めないのかというツルピカ頭の反論は、代表監督としては確かに至極当然の対応ではあるのだが。


 「そうは言っても、俺の職場も深刻な人手不足なんですよ。今回の俺の代表選抜自体も、社長からグダグダと文句を言われていた位ですからね。だから今から俺が戻って対応しないといけないんです。」


 そう、彼はプロではない。社会人のクラブチームの選手なのだ。

 社会人の選手である以上は勤務先を守る為に、仕事上のトラブル対応を最優先にすべきなのは、至極当然の話なのだ。

 人員にゆとりがある大手企業のクラブチームとかだと、トラブルの内容や規模、出場中の大会でどれだけ勝ち進んだかにもよるだろうが、


 「いいからお前はバドミントンに集中してろ。」

 「あと1つ勝てば優勝だろうが。」


 とか言われるケースも当然有り得るのだろうが。

 それはバドミントンに限らずどんな競技でもそうなのだが、企業にとってのクラブチームと言うのは、自分たちの『広告塔』の意味合いも含まれているからだ。

 まして今回は日本代表に選抜されたのだ。それ故に彼が試合に出るだけで勝敗に関係無く、会社の宣伝効果としては絶大な代物になる事だろう。


 だがそれでも彼は、俺の職場は慢性的な人手不足だと言っていたのだ。

 俺が戻って対応しないといけないと、そうはっきりと言っていたのだ。

 それ程までに彼の職場は、普段から人手が全然足りていなくて、仕事が全然回っていない状態なのだろう。

 それこそ社長から、彼が代表に選抜されても祝福されるどころか、逆にグダグダと文句を言われてしまう程までに。


 そんな状況下において親会社が、製品の発注ミスという100億%親会社が悪い状況だとは言え、今日中に大特急で製品を作ってくれと泣きついてきたのだ。

 幾ら親会社の責任だとはいえ、それでも仕事である以上は対応しないといけない。

 慢性的な人手不足で、このままでは納期に間に合わない以上は、バドミントンよりも仕事を最優先にしなければならないのだ。

 だからこそ彼が代表での活動よりも仕事を最優先にするのは、社会人である以上は至極当然の事なのである。 


 「とにかく時間が無いので、すぐに職場に戻らせて頂きますね。それではまた来週の土曜日に。」

 「お、おい!!ちょっと待て!!川野ぉっ!!」


 大慌てで鞄を抱えて体育館から走り去ってしまった男性選手を、唖然とした表情で見送るツルピカ頭。

 ツルピカ頭は心の底から、男性選手に対して怒りをあらわにしていたのだが。


 「全く川野も何を考えているんだ!?デンマーク代表との親善試合が来月に迫っている、こんな大事な時期だというのに!!自分勝手にも程があるだろう!?」

 「鶴田監督。ちょっといいですか?」


 だがそこへ迅がとても真剣な表情で、ツルピカ頭に食って掛かった。


 「俺たちは以前、聖ルミナス女学園まで練習試合をしに行った事があって、当時監督を務めていた藤崎さんと直接会話をする機会があったのですが…。」


 ツルピカ頭は、確かに指導者としては有能な人物だ。それは迅も彼の指導を直接受けた事で、充分に思い知らされていた。

 だがそれでも、迅には分かるのだ。

 今のツルピカ頭には日本代表の監督として、決定的に欠けている物があるのだと。

 何の迷いも無い力強い瞳でツルピカ頭を見据えながら、迅はツルピカ頭にはっきりと告げたのだった。


 「だからこそ俺には分かりますよ。同じ優秀な指導者でありながら、それでも藤崎さんにあって鶴田監督に無い物が。」

 「何ぃ!?」 

 「貴方がそれに自分の力で気付けないようでは、いずれこのチームは空中分解しますよ?」


 隼人、静香、凪沙の主力3人に、日本代表への選抜を辞退されてしまった。

 それどころか、さらに1人の男性選手が、彼の勤務先の親会社のミスが原因で発生したトラブルだとはいえ、その対応の為に練習を途中で切り上げて勤務先に戻ってしまった。

 また来週の土曜日に来るとは言っていたが、それでも14人で始動するはずだった日本代表チームが、一気に10人にまで減ってしまったのである。


 だがこれらは、これから起こる日本代表チームの崩壊の始まりに過ぎない。

 迅が警告したように、ツルピカ頭の配慮の無さが最大の要因となって、日本代表チームはさらに危機的な状況へと陥ってしまうのである。


 少しずつだが、しかし確実に…日本代表チームの歯車が狂い始めていたのだった…。

 今回の男性選手の一連の出来事は、作者が実際に経験した事でもあります。

 親会社が製品の発注ミスをやらかしてくれたせいで、シフトを入れていたタイミーの案件を直前キャンセルせざるを得なくなってしまったって言うね。

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