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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
第2章:中学生編
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第12話:ハヤト君はプロを目指すの?

 負けた隼人がジュース1本、彩花に奢りだ。

 かくして隼人と彩花による、新入生へのパフォーマンスを兼ねた試合が行われてからというもの、平野中学校バドミントン部には入部希望者が殺到する騒ぎになってしまった。

 去年は6人しか入部希望者がいなかったというのに。六花の影響力も勿論大きいのだろうが、やはり誰もが隼人と彩花の試合に心を奪われてしまったのだろう。

 新たに彩花も加わった事だし、今年のバドミントン部は面白い事になりそうだと…そんな事を隼人は考えていたのだが。


 彩花と一緒に立ち寄った、平野中学校のすぐ近くにある、ポケドンのカードを取り扱っているカードショップ。

 ポケドンは遊戯魔王と双璧を成す、子供たちに圧倒的な人気を誇るカードゲームである。

 どこの店でも連日のようにカードが入荷しても即完売、メーカーが24時間体勢でカードを大量生産しているものの、需要に供給が全く追い付かずに入手困難な状態が続いてしまっており、それに目を付けた転売ヤー共による高額転売が社会問題になっている程だ。


 本当マジで転売ヤー共なんて、皆死ねばいいのにね。

 まあ作者の下らない愚痴は置いといて。


 その最近のポケドンブームにあやかり、明治の時代から先祖代々受け継がれてきたものの、ここ最近は売り上げ不振に陥っていた和菓子店を、店を継いだばかりの店長が祖母の猛反対を押し切って取り潰し、新たにカードショップとして新装開店させたのが、この店だ。

 店内にはデュエルスペースも設置されており、多くの小中学生が楽しそうにカードゲームを楽しんでいる。


 その盛り上がっている店内に入る事無く、店前に設置されているチョレオの自販機に100円玉を入れた隼人は、何の迷いも無くボタンを押し、ガコンガコンと派手な音を立てて飛び出してきた缶を、とても穏やかな笑顔で彩花に差し出したのだった。

 ここ最近の物価高の影響で、多くのメーカーの自販機が値上げする中でも、チョレオだけは頑なに100円を守ってくれているので、中学生の隼人にとっては本当に有難い代物だ。

 

 「ほい、これでいいんだろ?」


 今日の試合で負けた方が、ジュースを1本奢る。

 隼人は試合前に交わしたその約束を、しっかりと彩花に対して守ってくれたのだが、それだけではない。


 「でへへ、嬉しいなハヤト君。私の好みを覚えててくれたんだ。」

 「そりゃあ、僕は何年も君の幼馴染をやってるからさ。」


 頬を赤らめながら、とても嬉しそうな笑顔で、彩花は隼人から温かい缶を受け取ったのだった。

 ホットのロイヤルミルクティー。

 スイスに居た頃から、彩花はバドミントンスクールでの練習が終わった後、よく帰りに自販機で買っていたのだ。それを隼人は覚えていてくれたのである。

 ジュースを奢ってくれた事よりも、むしろ彩花にはそっちの方が嬉しかった。


 そしてチョレオの自販機にもう1枚100円玉を入れた隼人は、これまた何の迷いも無くボタンを押し、ガコンガコンと派手な音を立てて飛び出してきた缶を取り出す。

 彩花と一緒に自販機の隣に設置されているベンチに座った隼人は、缶をガシャッと開けて一口飲み、ふうっ…と一息ついたのだった。

 今日の試合で彩花が繰り出したシャドウブリンガーを彷彿とさせる、ホットの漆黒の缶。


 「ハヤト君は相変わらずブラックなんだね。」

 「うん。ブラックコーヒー、好きなんだ。里崎さんからは変態だって笑われたけど。」

 「…む~。」


 楓の名前を出した途端、何故か彩花が頬を膨らませながら、とても不機嫌そうな表情になってしまったのだった。

 そんな彩花の態度に、戸惑いを隠せない隼人。

 ブラックコーヒーの苦みが、隼人の口の中に猛烈に広がる。


 「え?ちょ、どうしたの彩花ちゃん?」

 「何でもありませ~ん。」


 何で彩花がこんなにも不機嫌そうなのか、マンボウみたいに頬を膨らませてるのか、隼人にはよく分からなかったのだが。


 (ああそうか、もしかして彩花ちゃんは、里崎さんとも仲良くしたかったのかな?)


 確かに彩花にとって楓は一緒に試合をした仲だし、部長を務めている楓に聞いてみたい事も、日本に来たばかりの彩花には色々とあったのだろう。

 だから今日こうして楓と3人で帰らなかった事が、彩花には気に入らなかったのかもしれない。

 

 (そうだな、明日の練習後は里崎さんも誘って、3人で一緒に帰る事にしようかな。)


 そんなアホな事を考えていた、鈍感な隼人なのであった。

 おい馬鹿やめろ。


 「…ねえ、ハヤト君。」


 ふと、ロイヤルミルクティーを一口飲んだ彩花が、どこか不安を帯びた表情で、突然隼人に切り出したのだった。

 そんな彩花の表情に、一瞬戸惑ってしまった隼人だったのだが。


 「ハヤト君はプロを目指すの?」


 彩花の突然の問いかけに、隼人はとても真剣な表情になったのだった。

 残っていたブラックコーヒーを一気飲みし、空になった缶をゴミ箱の中に入れる。

 ブラックコーヒーの苦みが、隼人の口の中に猛烈に広がる。


 「…正直言って、まだ分からない。いきなりプロと言われても実感が湧かないからさ。」


 そう言えば隼人が先日、六花と彩花のアパートまで遊びに行った際、六花が言っていた。

 JABSは今、日本にもバドミントンのプロリーグを設立させようと、色々と忙しく動き回っている所なのだと。

 早ければ来年の3月にも主要10都市を本拠地とした10チームが設立され、10月にはドラフト会議が行われる予定らしい。


 これまで日本にはスイスなどの欧米諸国と違い、バドミントンのプロリーグが存在しなかったので、隼人には今いちピンと来なかったのだが。

 実際に彩花の口からこんな事を言われた事で、隼人はそれが…日本のプロリーグ設立が現実なのだという事を、改めて思い知らされたのだった。


 日本にはこれまでプロリーグは存在しなかったのだが、六花や美奈子のようにスイスでプロとしてプレーしていた日本人選手を、隼人は何人か知っている。

 そして先日ニュース番組で特集が組まれていたのだが、デンマークにも現在プロとして活躍している、先日の世界選手権大会にもデンマーク代表としてダブルスに出場した、日本人の若手の女性選手がいるらしい。

 さらにイギリスでもプロとして活躍し、去年現役を引退したばかりの日本人の女性選手が、現在はブリストルでバドミントンスクールを経営しているらしいのだが。


 「だけど母さんからは、僕のプロ入りを猛反対されてるよ。」


 そう、美奈子は隼人のプロ入りには猛反対しているのだ。

 普段は何をするにも隼人の意志を尊重する美奈子にしては珍しく、隼人のプロ入りの話になると一転して頭ごなしに否定するのである。

 一見すると隼人の未来の選択肢を奪っていると取られかねないが、それでも隼人は美奈子の自分への想いを充分に理解しており、美奈子を責めるような真似は出来なかった。


 何故なら隼人は彩花と共に、目の前で見せつけられてしまったのだから。

 六花が美奈子の選手生命に引導を渡してしまった、あの試合を。

 7年連続優勝を決めたというのに全く笑顔を見せず、とても辛くて悲しそうな表情で、美奈子に優しく抱き締められながら大粒の涙を流して号泣していたのを。

 あんな物を目の前で見せつけられたのでは、隼人も美奈子が自分のプロ入りに猛反対するのを責める事など、到底出来る訳がないのだ。


 「プロなんてろくなもんじゃないからってさ。まあ母さんの言いたい事は僕にもよく分かるよ。僕も正直、プロになりたいかと聞かれても…返答に困るだろうな。」

 「うん、私もお母さんから反対されてるよ。私をプロの選手にしたくないって。」


 隼人と彩花をプロの選手にしたくない。

 そのプロの舞台でプレーしていた当事者である、六花と美奈子だからこその「重い」言葉だと言えるだろう。

 確かに隼人自身にも1人のアスリートとして、自分の力がプロの…そして世界の舞台で、一体どこまで通用するのかというのを試してみたい気持ちはある。

 だがそれでも弱肉強食のプロの世界がどれだけ過酷なのかという事も、そんな世界に息子を送りたくないという美奈子の想いも、隼人は充分に思い知っているつもりだ。

 だからこそ隼人は彩花にプロになりたいのかと問われても、「なりたい」と即答出来なかったのだ。


 「でもまあ先の事は、まだまだ分からないけどさ。」


 話がどんどん暗くなりそうだったので、隼人は無理矢理話題を切り替える事にした。

 隼人の言うように、今プロがどうとか言われてもピンと来ない。

 そもそも隼人も彩花も、母親から猛反対されているのだから。

 そんな先の事よりも今は、隼人も彩花も目指さなければならない目標がある。


 「今は大会の出場メンバーに選ばれる事を考えようよ。」


 そう、全日本中学生バドミントン大会。

 それに出場する平野中学校の、代表メンバーに選ばれる事だ。

 愛知県に存在する439もの中学校。その全てにバドミントン部が存在している訳ではないのだが、いずれにしても県予選を勝ち上がり、愛知県代表として全国大会への出場を目指すのだ。

 スイスのプロリーグと違いトーナメント方式であり、敗者復活戦も存在しない。

 つまり負けたら、その時点で全てが終わってしまう…まさに一発勝負の大舞台だ。


 「僕は県予選で彩花ちゃんに、今日の借りを返す事が出来たらいいなって…そう心から思ってるよ。」


 1校につきシングルス4名、ダブルス2組が出場する事になっている。

 そしてトーナメント方式なので、当然ながら同じ中学の選手同士が…つまりは隼人と彩花が敵同士としてぶつかり合う事も有り得るのだ。


 「私、ハヤト君とダブルスを組みたかったんだけどな~。」

 「仕方無いよ。大会規定で男女がダブルスを組めない事になってるんだからさ。」

 「世界選手権大会だと混合ダブルスの部門があるのに?」

 「こればっかりは僕に文句を言われてもなぁ…(汗)。」

 

 なんか男女が激しく接触し合う可能性がある混合ダブルスは、青少年の健全な育成に相応しくないとかで、色々な学校のPTAがJABSに圧力を掛けてきているらしい。


 「ちぇっ。まあいいよ。」


 隼人に奢って貰ったロイヤルミルクティーを飲み干し、ベンチから立ち上がって隼人の隣に置かれていたゴミ箱に缶を捨てる彩花。

 そして彩花は穏やかな笑顔で、隼人に右手を差し出したのだった。


 「そろそろ帰ろっか。あまり遅くなると美奈子さんも心配するよ?」

 「うん、そうだね。」


 隼人が右腕の腕時計で時間を確認すると、丁度17時になった所だった。

 差し出された右手を優しく右手で掴み、彩花の手を借りて立ち上がる隼人。

 残り1年となった最後の中学校生活。バドミントン部も夏の大会までで引退となり、その後は高校受験を目指しての受験勉強の日々が待ち受けている。

 だがそれでも去年までと違い、今年は隼人の隣には彩花がいてくれる。

 それが隼人には何よりも嬉しくて、同時にワクワクが止まらなかった。

 これから彩花と過ごす事になる中学校生活が、どんな楽しい物になるのかと。


 そんな事を考えながら、隼人はママチャリに乗る彩花と並走しながら、クロスバイクを自宅のアパートまで軽快に走らせたのだった。

 いよいよ始まった平野中学校バドミントン部の練習。

 今年は夏の大会までの短い期間とはいえ彩花が加入したのですが、そこへ予期せぬトラブルが…。

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