第118話-A:私たちにとって大切な宝物です
聖ルミナス女学園バドミントン部インターハイ編、完結です。
そう言えば隼人の出番が全然無かったな。主人公なのにwwww
「お互いに、礼!!」
「「「「有難うございましたぁっ!!」」」」
1時間にも及ぶ壮絶な死闘を終えた後、審判に促されてコート上で互いに握手をする4人。
そんな4人に対して観客たちが、惜しみない拍手と大声援を送る。
だがオカッパ頭ちゃんはネコとタチに敗れた悔しさから、目から大粒の涙を流して号泣してしまっていた。
3年生の三つ編み先輩にとっては、これが正真正銘の高校生活の最後の試合だった。
だからこそ、優勝という最高の結果で終わらせてあげたかったのに。それなのにネコとタチに負けてしまったのだ。
「ほら、たま。顔を上げて胸を張りな。アンタは最後の最後まで立派に戦ったよ。」
「ううっ…亜美先輩…!!ぐすっ…!!」
そんなオカッパ頭ちゃんの事を、穏やかな笑顔でなだめる三つ編み先輩。
悔しい。凄く悔しい。どうして最後のあの場面で、ネコのファントムストライクを止める事が出来なかったのかと。
あそこでタイブレークに持ち込む事が出来れば、結果はまた違っていたかもしれないのに。
だがそれでも『悔しい』という気持ちを抱くのは、決して恥ずかしい事では無い。
この悔しさをバネに、今日の敗戦を糧にして、オカッパ頭ちゃんは人間としてもバドミントン選手としても、今よりももっともっと強くなっていく事だろう。
オカッパ頭ちゃんは、それだけの心の強さと向上心を持っている少女なのだから。
そんなオカッパ頭ちゃんという素晴らしい強敵に対して、ネコとタチが心からの笑顔で称賛の言葉を送ったのだった。
「観客席の皆様、そしてズコズコ動画の生配信で今日の試合を観戦なさっている皆様、大変長らくお待たせ致しました。只今よりダブルスの部門を見事に制しました、猫山博子選手と立川若菜選手への優勝インタビューを行います。」
こうしてインターハイのバドミントンの部は、予定通り17時に全試合が無事に終了。
見事にダブルスの部門で優勝を飾ったネコとタチへの、優勝インタビューが行われる事となった。
トロフィーと賞状、メダルを手に壇上に上がった2人に対して、観客席から惜しみない大歓声が届けられる。
「お二方、優勝おめでとうございます。本当に素晴らしい試合でした。」
「「有難うございます。」」
「死闘、まさに壮絶な死闘でした。まずは猫山選手に伺いたいのですが、今、どんなお気持ちですか?」
「凄く嬉しくて、そして感無量です。まさか若菜ちゃんと一緒にこんな日を迎えられる時が来るなんて、夢にも思ってませんでしたから。」
目を潤ませながら、マイクを向ける司会の男性に対して、心からの笑顔を見せるネコ。
そう、確かにネコの言う通りだ。
黒メガネのせいで聖ルミナス女学園への入学を一方的に破談にされてしまってから、一時は本気でバドミントンを辞める事まで頭をよぎってしまったのだから。
だがそれでも七三分け頭に救われた事で、無事に聖アストライア女学園に入学する事が出来、こうしてインターハイに出場する事が出来た。
そしてタチと共に、優勝という最高の結果を得る事が出来たのだ。
だからこそネコもタチ七三分け頭に対して、優勝という最高の結果で恩返しをする事が出来て、心の底から喜んでいたのだった。
「最後のファントムストライク、一体どんな気持ちで放ったのでしょうか?」
「若菜ちゃんのランサーノワールの威力が落ちてましたし、あのまま打った所で返されるだけだと思ったので、だったら私が何とかしようと…とにかく必死でした。」
「それでも猫山選手の一撃が見事に試合を決めました。三ツ矢選手と河田選手に対して、何か伝えたい言葉はありますか?」
「そうですね、2人共本当に強かった。私の一生の思い出に残る最高の、そして大切な試合になりました。三ツ矢先輩、河田さん。戦ってくれて本当に有難う!!」
その後もネコへのインタビューは続き、ネコもそれに笑顔で応える。
そしてこんな言葉で、インタビューを締めくくったのだった。
「お父さん、お母さん、いつも私の事を見守ってくれて有難う!!」
「有難うございました!!猫山選手へのインタビューでした!!」
そんなネコに観客席から、惜しみない拍手と大声援が届けられる。
本当に両親から愛されているんだなと、そう周囲に思わせるネコの満面の笑顔だった。
「そして次は立川選手に伺います。ファーストゲームが終わった後、七田監督に頭を下げておられましたが、一体何を話しておられたのでしょうか?」
「三ツ矢先輩や河田さんを相手に、私たち本来のバドミントンで戦いたいと…だからオルケスタは使わないで欲しいと、そう七田監督にお願いしました。」
「成程、七田監督がセカンドゲームからオルケスタを使わなくなったのは、それが理由だったのですね。」
「そうですね。七田監督には本当に感謝しています。ですがそれでも決勝戦は、七田監督におんぶにだっこではなく、自分たちの力だけで戦ってみたいと、そう思ったんです。」
こうして自分で口にしてみると、改めてタチは七三分け頭に対して、とんでもない事を口走ってしまったんだなと思う。
ネコの言うように聖ルミナス女学園への入学を破談にされ、路頭に迷っていた所を、七三分け頭は何も言わずに拾ってくれて、ここまで鍛え上げ、育ててくれた。
その大恩ある七三分け頭に対して、ある意味では歯向かうような行為をしでかしてしまったのだから。
七三分け頭は全く気にしていないどころか、むしろネコとタチがよくぞここまで成長してくれたと、喜んでくれていたようなのだが。
それでもタチは今日という日の事を、一生忘れる事は無いだろう。
「来年から日本でもバドミントンのプロリーグのJBLが開幕します。今回の優勝は各チームのスカウトの皆さんに対して、絶大なアピールになるかと思われますが、立川選手は猫山選手と一緒に、プロの選手になりたいという気持ちはありますか?」
「今はまだちょっと分からないですね。いきなりプロと言われても実感が全然湧かないですし。取り敢えず今は博子と一緒に、残りの高校生活を全力で満喫したいと考えています。」
その後もタチへのインタビューは続き、タチもそれに笑顔で応えたのだが。
「では最後に立川選手。何か皆さんに伝えたい言葉はありますか?」
「ならば少し込み入った話になるので、マイクをお借りしたいのですが…よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。」
タチはネコの肩を優しく抱き寄せながら、先程までとは一転して真剣な表情で、司会の男性から受け取ったマイクに向かって語りかけたのだった。
「どこから情報が漏れたのか、既にネットで大騒ぎになっているので、ご存じの方も多いと思われますが…私と博子は聖ルミナス女学園に、スポーツ推薦での入学が決まっていたのですが、それを古賀前監督によって理不尽に取り消された経験があります。」
そう、ネコとタチが百合カップルだからという理由だけで、聖ルミナス女学園へのスポーツ推薦での入学を、黒メガネによって一方的に取り消された、あの日の忌まわしい出来事を。
既にネットを通じて全世界に広まってしまっており、聖ルミナス女学園も黒メガネも記者たちの取材に対して、一連の報道は全て事実だと公式に認めてしまっているのである。
インターネットというのは本当に恐ろしい物だ。ネコもタチも誰かに告げ口などしておらず、それこそ両親にしか話していないのだが。
本当に一体全体、どこから情報が漏れたのだろうか…。
「この件に関して、いつまでも古賀前監督の事を憎んでいる訳では無いのですが…と言うか古賀前監督は朝比奈さんへの不祥事で、日本のバドミントン界から永久追放になったみたいですが。」
それでもタチは何の迷いもない力強い瞳で、はっきりと告げたのだった。
「何にしても古賀前監督に、そして聖ルミナス女学園の職員の人たちに、今日ここまで私たちが頑張って来れたという事を見せつける事が出来て、本当に良かったです。入学拒否した私たちに優勝をかっさわられて、ざまあみろってね。ははっw」
そのタチのインタビューを、現在絶賛就職活動中の黒メガネが自宅のアパートで、デスクトップパソコンのネット中継で観戦していたのだが。
「…けっ、レズの癖に生意気なんだよ。クソガキ共が。」
そんなタチに対して謝罪するどころか、モニター越しに侮蔑の言葉を吐きかける始末なのであった…。
「最後に、今日の準決勝と決勝戦で、私たちを相手に最後の最後まで正々堂々と、全力で戦ってくれた斎藤先輩と吉川先輩、そして三ツ矢先輩と河田さんに、心からの感謝の言葉を送らせて頂きます。4人共、今日は本当に有難う!!凄く楽しかったです!!」
三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに対して、ネコと共に深々と頭を下げるタチ。
そんな2人に観客席から、心からの拍手と大歓声が届けられる。
そしてタチに名指しされた三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんもまた、そんなネコとタチに対して心からの笑顔で、惜しみない拍手を送った。
そして顔を上げたネコとタチが、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに対して、とても清々しい笑顔を見せたのだった。
かくして今回のインターハイのダブルス部門は、聖アストライア女学園のネコとタチが見事に優勝。
聖ルミナス女学園の三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんは、準優勝という結果に終わった。
静香たちは東京のホテルで一泊した後、翌日の朝に新幹線で名古屋駅に帰還。
それをもって六花は聖ルミナス女学園と交わした当初の契約通りに、任期満了に伴い監督を退任する事となった。
翌日から六花は本格的に、JABS名古屋支部の通常業務に復帰する事になる。
ただ彩花が依然としてこんな状態なので、当面は外回りの営業ではなく事務作業をして貰う事になると、絵里が六花にLINEで語っていたのだが。
「皆、本当にお疲れ様。優勝出来なかったのは残念だけど、それでも三ツ矢さんも河田さんも本当によく頑張ったわ。」
名古屋駅の新幹線の改札口前で、相変わらずの無気力に無表情で彩花に両腕でしがみつかれながら、穏やかな笑顔で静香たちを見据える六花。
この後、静香のように実家に帰る部員もいれば、聖ルミナス女学園の寮に戻る部員もいる。言わば現地解散という奴だ。
そして今日この時をもって、愛美たち3年生はバドミントン部を引退。大学受験や就職活動に本格的に精を出す事になる。
何にしても、今日から盆休みの期間中の8月15日までは、教師たちが長期休暇に入る関係上、部活動が休みとの事らしいので、存分に休んで英気を養って欲しいと…六花はそんな事を考えていたのだった。
自分の後任の監督が誰になるのかは、まだ決まっていないらしいのだが…。
「私の任期はこれで満了になるけど、それでも皆、これからも頑張ってね。そしてどうかバドミントンの楽しさ、面白さという物を、これからもずっと忘れないでいてね。」
六花の言葉に耳を傾ける静香たちの姿を、通りかかった数多くの通行人たちが興味深そうに見つめている。
1日の利用者数が100万人を超えるとされている名古屋駅。それ故に六花の姿を一目見ようと多くの人々でごった返し、ちょっとした騒ぎになってしまっていた。
中にはスマホを取り出して六花たちの写真を撮り、
「これで任期満了らしいね。藤崎監督、本当にお疲れ様。」
「準優勝は立派だよ。立派過ぎるよ。」
「相変わらずおっぱい大きいな。」
などとSNSに上げる人たちの姿も。
「藤崎監督。県予選決勝からインターハイ終了までの短い期間でしたが、それでも藤崎監督にはバドミントンだけでなく、色々な事を教えて頂きました。藤崎監督と過ごした日々は、私たちとって大切な宝物です。」
そんな騒ぎなど知った事じゃないと言わんばかりに、愛美が六花に東京名物の、メープルクッキーの詰め合わせを渡した。
先程、東京駅の売店で、バドミントン部の皆で100円ずつお金を出し合って、六花の為に購入してきたのだ。
愛美が事情を説明された店員によって、熨斗で丁寧に包まれている。
「これ、つまらない物ですけど、私たちからの精一杯の感謝の気持ちです。どうかお受け取り下さい。」
「ありがとう、皆。彩花と一緒に大切に食べさせて貰うわね。」
六花におみやげを贈呈した愛美は心からの笑顔で、六花の事をじっ…と見据えた。
出来れば六花にはこれからもずっと、バドミントン部の監督を務めて貰いたかった。
前任の黒メガネが史上最低最悪のクズだっただけに、余計に六花の指導者としての優秀さが際立ってしまっているのだから。
だがそれでも六花は、稲北高校に直接雇用されている美奈子とは事情が全く違う。
六花はJABS名古屋支部の正社員であり、聖ルミナス女学園に監督として出向している立場に過ぎないのだ。
そしてJABS名古屋支部が聖ルミナス女学園と交わした契約期間は、今回のインターハイが終了するまで。
だから今日この時をもって、六花は監督を退任しなければならない。
契約は契約。こればかりは愛美たちには…それこそ六花本人でさえも、最早どうする事も出来ないのである。
「藤崎監督!!私たちへのご指導ご鞭撻、誠に有難うございました!!」
「「「「「「「「「「有難うございましたぁっ!!」」」」」」」」」」
愛美の感謝の言葉と共に、一斉に静香たちは六花に対して深々と頭を下げる。
だからこそ、せめて感謝の気持ちと一緒に、精一杯の笑顔で六花の事を見送ろうと。
皆でそう決めたはずなのに、感極まって目から大粒の涙を流してしまう部員たちが、何人か現れてしまった。
と言うか他でも無い言い出しっぺの愛美本人が、一番号泣してしまう始末なのであった。
周囲の通行人たちに見守られながら、号泣する愛美を必死になだめる静香たち。
そんな可愛い教え子たちの姿を、六花が彩花を抱き寄せながら、心からの笑顔で見つめていた。
そして六花は、心から思う。
自分の後任の監督が誰になるのかは知らないが、どうか自分がいなくなった後も、人間としてもバドミントン選手としても、強く逞しく立派に成長していって欲しいと…。
だがそんな六花の願いとは裏腹に、六花が去った後の聖ルミナス女学園バドミントン部は、急激に衰退の一途を辿る事になる。
それは六花の後任として就任した監督たちが揃いも揃って、部員たちへの暴力行為や淫行未遂などといった問題行動を立て続けに起こしまくった末に、短期間で解任されるのを繰り返すという、黒メガネ以上の無能クズ集団だったからだ。
そのとばっちりを受けた事で碌な指導を受けられず、昭和気質の根性論による無茶なオーバーワークによって、負傷する部員たちが続出してしまう。
さらに2学期になってから、静香がまたしても周囲の大人たちの身勝手なエゴに巻き込まれてしまい、一悶着あった末に彩花と共に聖ルミナス女学園を中退する事になる。
絶対的なエースを2人も失った聖ルミナス女学園バドミントン部は、最早まともに試合に勝つ事すら出来なくなる程の、かつてない程の非常事態に陥ってしまうのである。
かつて七三分け頭は、六花に対して熱弁していた。
スポーツにおいて監督というのは、オーケストラにおける指揮者のような物だと。
どれだけ素晴らしい実力と才能を持つ選手だろうと、それを最大限に引き出せるだけの優秀な指導者が傍にいてくれなければ、その素晴らしい実力と才能が埋もれてしまう事になりかねないのだと。
まさしく七三分け頭の言っていた事は、見事なまでに的中していたのだ。
その度重なる監督たちの不祥事と解任騒動の末に聖ルミナス女学園バドミントン部は、これまで『王者』と呼ばれていた事が『過去の栄光』だと言われるようになってしまう程の、長きにわたる暗黒期へと突入してしまう事になるのである…。
次回から新章突入です。
引退するって隼人が言ってるのに、周囲がそれを絶対に許さない。そんなお話になります。