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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第2章:聖ルミナス女学園バドミントン部インターハイ編
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第116話-A:私たちのバドミントンを

 ネコとタチが、とある決意を…。

 「パワー、スピード、テクニック、フィジカル、コンビネーション。全てにおいてお前たちの方が上だ。」


 2分間のインターバルの最中、ベンチに座ったネコとタチは、マネージャーの女性に手渡されたスポーツドリンクを飲みながら、七三分け頭の言葉に耳を傾けていた。

 結果だけを見れば、ファーストゲームはネコとタチの快勝。

 だがそれでもネコもタチも、余裕など微塵も持ち合わせてはいなかった。


 やはり三つ編み先輩もオカッパ頭ちゃんも強い。全くもって強い。

 今回はたまたまファーストゲームを取る事は出来たが、それでも少しでも油断しよう物なら、セカンドゲームではタチが掴み取った試合の流れを、あっという間に持っていかれてしまう事だろう。

 まして聖ルミナス女学園には六花という、七三分け頭にも劣らない程の超有能な監督がいるのだから。

 だからこそ隼人ではないのだが、セカンドゲームも油断だけは絶対に許されないのだ。

 ネコとタチは今、その揺るぎない決意と危機感を胸に秘めていたのだった。


 「セカンドゲームもプラン変更は無い。立川のお陰で取り戻した試合の流れを、リスクを犯してまでわざわざ手放す理由など無いからな。」


 それでも三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの傍に、六花がいるように。

 ネコとタチにも、七三分け頭という最強の指導者が、こうして傍にいてくれているのだ。

 だからこそ『王者』聖ルミナス女学園が相手でも、ネコとタチがそう簡単に負ける事は無いはずなのだ。


 「三ツ矢も河田も確かに強い。だがそれでも勝つのはお前たちだ。セカンドゲームもこの調子で奴らを圧倒し、私たち3人で優勝を掴み取るぞ。いいな?」


 この2人と七三分け頭のオルケスタが加われば、まさに無敵だと。

 チームメイトたちの誰もが、そんな希望を胸に抱いていたのだが。

 

 「…七田監督。その事なのですが…。」


 だが次の瞬間タチが、自分たちを必死に応援してくれているチームメイトたちの希望を、わざわざぶっ壊すような真似をしでかしてしまうのである。


 「あの日、聖ルミナス女学園を理不尽に追い出された私たちを、七田監督は聖アストライア女学園に入学させて下さいました。そして私たちの事を確かな愛情をもって鍛えて頂き、このインターハイ決勝まで導いて下さいました。それについては本当にどれだけ感謝してもし切れないと、私も博子も心から思っています。」

 「…お前は一体何を言っているのだ?立川。」


 いきなりタチが昔話を語り出したもんだから、怪訝な表情になってしまった七三分け頭。

 確かにタチが言うように、七三分け頭は路頭に迷いかけていたネコとタチを拾い、聖アストライア女学園にスポーツ推薦で入学させた。

 だが今になって、その話を持ち出すとは…タチは一体どういうつもりなのか。


 「だからこれは私と博子の我儘わがままです。私たちが大恩ある七田監督に対して、どれだけ無礼な事を言おうとしているのか…それは私も博子も充分に理解しています。ですがそれでも言わせて下さい。」


 ネコが不安そうな表情で、タチの左腕をぎゅっと両腕で抱き締める。

 そしてネコとタチが頷き合った後、タチは何の迷いも無い決意に満ちた瞳で、とんでもない事を七三分け頭に告げたのだった。


 「七田監督。セカンドゲームではオルケスタは不要です。」

 「な、何だと!?」

 「どうかセカンドゲームでは、私と博子のバドミントンをさせて下さい!!」


 まさかのタチの爆弾発言に、七三分け頭もチームメイトたちも思わず仰天してしまう。

 オルケスタは不要って。いきなりタチは何を馬鹿な事を言い出すのか。

 確かに六花の奇策によってオルケスタを攻略されはしたものの、それさえも七三分け頭は六花の策に対して、しっかりと対応したではないか。

 それにネコとタチがここまで圧倒的な強さで決勝まで勝ち上がってこれたのは、間違いなく七三分け頭のオルケスタがあればこそだろうに。


 それなのにタチは七三分け頭に対して、オルケスタは不要だと言い出したのである。

 一体タチはどういうつもりなのかと、チームメイトたちが唖然とした表情でネコとタチを見つめていたのだが。 


 「…いきなり何を言い出すかと思えば…だがお前の事だ。何か理由があっての事なのだろう?」


 それでも七三分け頭は決して取り乱す事無く、またネコとタチを頭ごなしに否定する事もせず、真っすぐにネコとタチを見据えたのだった。

 この七三分け頭の態度もまた、指導者としての優秀さを現わしていると言える。


 「ならば遠慮せずに話してみろ。何故私のオルケスタが不要だと言い出した?」

 「三ツ矢先輩と河田さんにぶつけてみたいんです!!七田監督のオルケスタに導かれるのではなく、私たちのバドミントンを!!」


 とても真剣な表情で、七三分け頭に訴えるタチ。

 そう、今までネコもタチも、七三分け頭のオルケスタに導かれ、このインターハイ決勝まで勝ち進むことが出来た。

 それも対戦相手が可哀想になってしまう程までの、圧倒的なまでの強さでだ。


 だがそれは裏を返せばネコもタチも、所詮は七三分け頭の操り人形に過ぎないのではないのか。

 それで三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに勝利して優勝した所で、果たして本当の意味での勝利だと、優勝だと言えるのか。

 堂々と胸を張って心からの笑顔で、トロフィーとメダルを受け取る事が出来るのか。

 それをネコとタチは、地区予選の頃から危惧していたのである。


 勿論、ネコもタチも七三分け頭には、心の底から感謝している。

 黒メガネから聖ルミナス女学園のスポーツ推薦を、あまりにも理不尽な理由で一方的に取り消された際、彼が自分たちの事を拾ってくれたお陰で、ネコもタチも今もこうしてバドミントンに打ち込む事が出来ているのだから。

 七三分け頭がいなければネコもタチも、今頃どうなっていただろうか。

 その七三分け頭に対してオルケスタは要らないと告げるというのは、それは七三分け頭に対する最大の無礼だ。それはネコもタチも充分過ぎる程までに理解していた。


 だがそれでもネコとタチは、その無礼を承知の上で、七三分け頭に懇願したのである。

 七三分け頭に導かれてのプレーではなく、自分たち本来のバドミントンで、三つ編み先輩やオカッパ頭ちゃんに全力でぶつかり合いたいと。

 そうしなければ胸を張って、堂々と優勝トロフィーを受け取れないのだと。

 

 「…成程な。立川。お前の言いたい事は分かった。」


 そんなネコとタチの真っすぐな想いを、正面からしっかりと受け止めた七三分け頭は。


 「何とも恥ずかしい話だが、私にはこの歳になっても、妻も子供も居ないのだがな。」

 「七田監督?」 

 「我が子が立派な大人になるまで成長して、親元を離れて独立するというのは…きっとこんな気持ちなのだろうなぁ。」


 まるで達観したかのような笑顔で、目の前のネコとタチを見据えていたのだった。

 七三分け頭はネコとタチを、今まで愛情をもってしっかりと鍛え、ここまで立派に育て上げ、インターハイの決勝まで導いてきた。

 それは七三分け頭がネコとタチの事を、聖アストライア女学園のエースという枠だけに収まる存在などではないと、そんな確信を抱いていたからだ。

 この2人ならばいずれ必ず、低迷する日本のバドミントンを救い、世界を震撼させる程の選手になってくれるはずだと…そんな壮大な期待を胸に秘めていたからなのだ。

 そのネコとタチが、今まさにオルケスタという籠の中から解き放たれ、自らの力で羽ばたこうとしているのである。


 それはまさに、我が子が親元を離れて独立する時の気持ちと同じ。

 よくぞここまで育ってくれたという嬉しさと同時に沸き起こるのは、可愛い我が子が自分の前から居なくなってしまうという寂しさ。

 今のネコとタチは七三分け頭にとって、まさにそんな存在なのだろう。


 「…いいだろう。やってみせろ。」


 ならば七三分け頭がタチに反論する理由など、何も無い。

 嬉しさと寂しさが混ざり合った複雑な感情を抱きながら、七三分け頭は右手のタクトを胸元のポケットにしまったのだった。


 「七田監督…!!」

 「これはお前たちの大会だ。主役はあくまでもお前たちであって、監督の私はあくまでも脇役でしかないのだからな。」

 「「有難うございます、七田監督!!」」


 深々と頭を下げるネコとタチに対して、力強い笑顔で頷く七三分け頭。


 「ただし!!やるからには決して手を抜くなよ?悔いだけは絶対に残さぬように、最後の最後まで全力で戦うのだ。いいな?」

 「「はい!!」」


 頭を上げたネコとタチは、とても清々しい笑顔を七三分け頭に見せた。

 聖ルミナス女学園のスポーツ推薦を、黒メガネによって理不尽に破談にされてしまったネコとタチではあったのだが、それはある意味では逆に幸運だったのかもしれない。

 何故なら黒メガネというクズではなく、こんなにも素晴らしい指導者と巡り合い、ここまで立派に成長する事が出来たのだから。


 「お待たせ致しました。只今よりセカンドゲームを開始します。」

 「行こう、若菜ちゃん!!」

 「うん、博子!!」


 やがて2分間のインターバルが終わり、ウグイス嬢からのアナウンスと共に、ネコとタチが互いに手を繋ぎ合いながらコートへと向かう。

 これから先、ネコとタチが、どこまでバドミントンを続けていくのかは分からない。

 七三分け頭が期待するように2人揃ってプロの選手になり、いずれは「ネコタチペア」とでも呼ばれるようになって、ダブルスの部門で世界を舞台に戦うのか。 

 それとも大学までで綺麗さっぱりバドミントンを辞めて、どちらかが専業主婦となり、どちらかが一般企業に就職するのか。


 どちらに転んだとしても今のネコとタチならば、2人で一緒にしっかりと、希望に満ちた未来への道を歩んでいけるはずだ。

 そんな希望を胸に秘めながら、七三分け頭はネコとタチの後ろ姿を見つめていたのだった。


 「セカンドゲーム、ラブオール!!聖アストライア学園1年、猫山博子、ツーサーブ!!」


 そして遂に始まったセカンドゲーム。

 このままの勢いでネコとタチがセカンドゲームも奪い、見事に優勝を決めるのか。

 それとも三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんが意地を見せ、ファイナルゲームまで持ち込むのか。

 観客の誰もが4人が織り成す超高速ラリーに熱狂し、心からの声援を懸命に送る最中。


 「ここだぁっ!!」


 三つ編み先輩のスナイプショットが、ネコとタチの真ん中に襲い掛かった。

 静香の維綱をも上回る精密さで放たれた、必殺必中の狙撃。

 だがそれに対して、ネコとタチは。


 「若菜ちゃん!!」

 「博子!!」

 「「いくよ!!」」


 何とシャトルに向かって『2人同時に』突撃し…。 


 「「ファントムストライク!!」」


 互いにクロスするような形で、2人が交錯したと思った瞬間。

 いつの間にかネコがカウンターで放ったスマッシュが、オカッパ頭ちゃんの足元に突き刺さっていたのである。

 一体全体、何が起こったのか。というか今の2人のプレーは何なのか。

 あまりのネコとタチの奇想天外なプレーの前に、国立代々木競技場が一瞬の静寂に包まれてしまったのだが。


 「あ…ええと…ラ、0-1!!」


 呆気に取られてしまった審判が、慌ててネコとタチのポイントをコールした次の瞬間、一転して物凄い大声援がネコとタチに送られたのだった。

 三つ編み先輩もオカッパ頭ちゃんも、今まで一度も見せなかったネコとタチのスーパープレーに、思わず唖然としてしまっている。 


 「ちょお!!一体何なんですか!?今の2人の技!?」


 愛美が戸惑いの表情で、六花に説明を求めたのだが。

 

 「今のは立川さんがスマッシュを打つと見せかけて、直前にクロスした猫山さんが時間差でスマッシュを放ったのよ。」

 「はあ!?そんな事をしたら、普通ならタイミングが少しズレただけで正面衝突しますよね!?」

 「その通りよ。だけど恋人同士として互いに繋がり合っている彼女たちだからこそ、出来る芸当なのかもしれないわね。」


 ネコとタチのコンビネーション技の、ファントムストライク。

 それは六花が言うように、互いの立ち位置の真ん中に向けて放たれたシャトルに対して『2人同時に』突撃し、どちらかがスマッシュを打つと見せかけて、どちらかが時間差でスマッシュを放つという技だ。

 右打ちのネコと左打ちのタチのペアだからこそ、可能な技なのかもしれないが。

 こんな無茶苦茶な事をされたのでは、対戦相手はタイミングを狂わされてしまい、まともに返す事など出来やしないだろう。


 だが当たり前の話だが愛美が言うように、普通ならそんな無茶な事をすれば、2人が正面衝突する事になりかねない。

 六花が言うように百合カップルとして互いに心の底から信頼し合い、身も心も繋がっているネコとタチだからこそ、出来る芸当だと言えるのだ。

 これまで七三分け頭がネコとタチにファントムストライクを使わせなかったのは、決勝戦までの隠し玉として温存していたからなのか、それとも危険性を考慮して今まで封印させていたのか、あるいはその両方なのか。

  

 「だけど問題なのは、そこじゃないわ。」


 そう、ファントムストライクの派手さばかりに目を奪われがちだが、六花はしっかりと見抜いていたのだ。


 「七田監督が、さっきからオルケスタを使っていないのよ。」

 「あ~~~~~~!!確かに言われてみれば!!」


 六花に指摘されて、思わず仰天してしまった愛美。

 ファーストゲームでは右手のタクトを盛大に振るっていた七三分け頭が、このセカンドゲームでは一転して腕組みをしながらベンチに座り、タクトを胸元のポケットにしまっていたのだ。


 「理由は私にも分からないし、わざわざ使わない理由なんて無いと思うんだけど…とにかくファーストゲームとは戦術をガラリと変えて来たのは確かよ。」


 とても厳しい表情で、ベンチからネコとタチを見据える六花。

 いきなりネコとタチの訳の分からないプレーで先制点を奪われてしまった、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんだったのだが。

 それでも三つ編み先輩もオカッパ頭ちゃんも、決して勝利を諦めてはいなかった。

 何故なら2人共、彩花から精一杯の勇気を貰ったから。

 必ず勝利を届けると、そう彩花に約束したのだから。


 「何て息の合ったコンビネーションなの!?だけど私たちは絶対に諦めない!!」


 ネコがサーブの構えを見せる最中、オカッパ頭ちゃんはベンチに座っている彩花にチラリと視線を移す。

 相変わらずの無表情で無気力に、彩花は自分たちの事を、じぃ~~~~~~っと見つめている。

 今の彩花は、ネコとタチに苦戦を強いられている自分たちの姿を見て、一体どんな事を考えているのだろうか。


 だが今は、そんな事はどうでもいい。

 今の三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんがするべき事は、ネコとタチに勝利して見事に優勝を掴み取る事だ。

 その決意を胸に秘め、オカッパ頭ちゃんはネコに視線を戻し、まるで自らに言い聞かせるように、心からの叫びを絶叫したのだった。


 「最後の最後まで、絶対に諦めるもんかぁっ!!」

 次回、三つ編み先輩&オカッパ頭ちゃん VS ネコ&タチの死闘が、遂に決着です。

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