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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第2章:聖ルミナス女学園バドミントン部インターハイ編
115/135

第115話-A:頑張れ

 がーんばれ、がーんばれ。

 こうして伊万里の優勝という形でシングルスの全試合が終了したインターハイは、昼休憩を挟んで午後からダブルスの準決勝が開始。

 準決勝では三つ編み先輩&オカッパ頭ちゃん、ネコとタチがそれぞれ圧倒的な強さを見せつけて決勝まで勝ち進み、準決勝の敗者同士による3位決定戦も無事に終了。

 インターハイ決勝戦という最高の舞台において、遂にこの両ペアがぶつかり合う事になるのである。


 「お互いに、礼!!」

 「「「「よろしくお願いします。」」」」


 審判に促され互いに握手をする4人に対し、観客が心からの大声援を送る。

 どちらもペアも、この決勝までの全試合において、最早対戦相手が可哀想になってしまう程の圧倒的な実力差を見せつけてきた。

 その両ペア同士がぶつかり合う決勝戦は、一体どんな壮絶な死闘になるのかと。

 観客の誰もがその期待を胸に秘めて、コート上の4人を見守っていたのだった。


 「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!聖ルミナス女学園1年、河田たま、ツーサーブ!!」


 審判に促され、力強く頷いたオカッパ頭ちゃん。

 3年生の三つ編み先輩にとって、このインターハイ決勝が正真正銘、高校生活最後の試合となる。

 その後は部活動を引退し、大学受験に備えて勉強に集中する事になっているのだ。

 そして六花もまた、聖ルミナス女学園がJABS名古屋支部と交わした契約により、自分たちの監督を務めてくれるのはインターハイ終了まで。

 家に帰るまでが遠足だとは言われるが、明日の午前中の新幹線で名古屋に帰還し、聖ルミナス女学園まで辿り着いた時点で、六花の任期は終了となる。

 それ以降はJABS名古屋支部に戻り、通常業務に復帰する事になっているのだ。


 こうして三つ編み先輩や六花と共にバドミントンに取り組む事が出来るのは、正真正銘この試合が最後となる。

 だからこそ、インターハイ優勝という最高の形でもって、この2人の花道を飾ろうと。

 オカッパ頭ちゃんは今、その決意をあらわにしていたのだった。

 

 「…はぁっ!!」


 その『気持ち』をしっかりと込めた、オカッパ頭ちゃんの強烈なサーブが、ネコに向けて放たれる。

 それを返すネコ。さらにそれを返す三つ編み先輩。

 世界最速の競技とされるバドミントン。そのプロにも迫る4人が織り成すハイレベルな超高速ラリーに、観客たちは大いに熱狂する。

 

 六花はこの試合前、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに言っていた。

 変に気を遣わなくていいから、ここまで勝ち進んだ貴女たちだけに許された最高の舞台を、全力で楽しんでいらっしゃいと。

 そう、六花がいつも言っているように、バドミントンは楽しく真剣に。

 だったらこの試合、ネコとタチという最強の対戦相手との試合を、どうせなら徹底的に楽しんだ上で勝ってやろうと。

 三つ編み先輩とネコは今、そんな事を考えていたのだった。


 「立川!!C2!!」


 だがそんな2人を情け容赦なく粉砕する七三分け頭のオルケスタが、無慈悲にも三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに襲い掛かった。

 右手のタクトをオーケストラの指揮者のように振り回しながら、ネコとタチに指示を出す七三分け頭。


 「猫山はC3からC5!!そこから立川はC1へ!!三ツ矢のスナイプショットが来るぞ!!」


 お前は予知能力者なのかと言わんばかりに、三つ編み先輩がスマッシュの体勢に入る前から、既に七三分け頭がタクトの先端をコートに向けていたのだった。

 

 「…はっ!!」

 「0-1!!」


 その指示に従い着弾地点に移動したタチがカウンターで放ったロブが、オカッパ頭ちゃんの後方のラインギリギリに突き刺さる。

 分かってはいたが実際に自分たちで体感してみると、七三分け頭のオルケスタはとんでもなく驚異的な代物だ。

 まるで七三分け頭のてのひらの上で、ネコやタチとペアを組まされ社交ダンスでも踊らされているかのようだ。

 先制点はネコとタチのペア。『王者』聖ルミナス女学園のペアさえも粉砕するタチのプレーに、観客たちは大いに熱狂する。

 

 「三ツ矢のスナイプショットは朝比奈の維綱さえも凌駕する程の、超精度の精密さと速度を誇るスマッシュだ。まるでスナイパーによる狙撃のようにな。」


 その観客たちの大声援に包まれながら、七三分け頭は悔しそうな表情を見せる三つ編み先輩を見据えていた。


 「だがそれ故に配球さえ丸裸にしてしまえば、これ程攻略しやすいスマッシュは無い。特に驚異的な動体視力を誇る立川にとってはな。」


 そう、相手の動きを迅速に分析してしまう七三分け頭のオルケスタの前では、威力よりも精密さと速度を重視した三つ編み先輩のスナイプショットは、あまりにも相性が最悪だと言えるのだ。

 バドミントンに限らず、どんなスポーツでもそうなのだが、試合をする上でプレースタイルによる相性という物は、どうしても避けては通れない代物なのだ。

 読者の皆さんに誤解の無いよう言っておくが、三つ編み先輩は間違いなくプロレベルに匹敵する程の優秀な選手だ。

 実際にオカッパ頭ちゃんと一緒に、こうして圧倒的な強さでインターハイ決勝まで勝ち進む事が出来ているのだから。

  

 「0-3!!」


 だがネコとタチの采配を振るっているのが、オルケスタという強力な手札を有する七三分け頭だというのが、三つ編み先輩にとっての不運だったと言える。

 どれだけの精密射撃を、どれ程の速度で放とうが、七三分け頭のオルケスタで迅速に分析されてしまっては、ひとたまりも無いのだから。


 「それを私が対策していないと思いましたか?七田監督。」


 だがネコやタチに七三分け頭がいるように、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんにも傍にいてくれているのだ。

 自分たちを優しい笑顔で正しく導いてくれる、六花という最強の指導者が。


 「私のスナイプショットが七田監督に読まれているのなら!!」

 「な、何だと!?」


 何と三つ編み先輩はスマッシュを打つ直前、いきなり両目を閉じてしまったのである。

 そこから放たれたスマッシュが、先程までのスナイプショットとは打って変わって、七三分け頭のオルケスタでさえも分析出来ない程の予測不能な荒れ球となって、情け容赦なくタチに襲い掛かる。

 そりゃあそうだろう。両目を閉じて視界を遮った状態でスマッシュを打つという事は、打った張本人である三つ編み先輩でさえも、どこに打球が飛ぶか分からない事を意味するのだから。

 打った張本人でさえも打球の行方が分からないのに、七三分け頭が打球の行方を分析する事など出来る訳が無いのだ。


 「1-3!!」

 「やってくれたな、藤崎監督。私のオルケスタの真髄を見抜いたと言うのか。」

 

 とても厳しい表情で、穏やかな笑顔を見せる六花を見据える七三分け頭。

 七三分け頭のオルケスタは、盛大にタクトを振っている光景に目を奪われがちだが、決してそれだけが本質ではない。

 実際には対戦相手の視線や筋肉の微妙な動きや癖を迅速的確に分析し、そこから対戦相手の動きを予測する技なのだ。


 ならば対策は単純明快だ。動きを読まれてしまうのであれば、打った張本人にも予測不能なスマッシュを打たせればいい。


 勿論言うのは簡単だが、実際にはそんなに簡単な話では無い。

 打った張本人にさえも、打球の行方が予測不能だという事は。


 「アウト!!3-6!!」


 当たり前の話だが、こうしてスマッシュが明後日の方向に飛んでいき、アウトになってしまうリスクも背負ってしまうのだ。

 だが、それでも。


 「5-7!!」

 「よおしっ!!まだまだ行けるよ!!三ツ矢さん!!」

 

 三つ編み先輩が放ったスナイプショットが、ネコの足元に突き刺さる。

 そんな三つ編み先輩に愛美が、力強い笑顔で声援を送ったのだった。

 そう、こうして通常のスナイプショットと組み合わせる事で、七三分け頭に対して単純にして強烈な二択を迫る事が出来るのだ。

 まるでスナイパーによる狙撃のような、精密さと速度を兼ね備えたスナイプショットに、打った張本人にもどこに打球が飛ぶか分からない荒れ球を混ぜ合わせれば。


 「アウト!!8-12!!」


 こうしてアウトになってしまうリスクは当然負ってしまうものの、そのリスクに対して充分にお釣りが来る程の威力を発揮するのだ。

 未だネコとタチがリードしている展開ではあるものの、それでも試合の流れは間違いなく、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに傾きつつあった。

 そんな2人に静香たちが、必死の表情で声援を送るのだが。 


 「ならばその流れを立川!!お前が断て!!A6、S1!!」

 「はい!!」


 そこへタチが左手のラケットに、漆黒の闘気を纏わせる。

 静香の維綱をも上回る威力を誇る、必殺のランサーノワールだ。


 「ランサーノワールが来る!!だけど流れは渡さない!!私のオーロラカーテンで止めて見せる!!」


 必殺の守りの体勢を見せるオカッパ頭ちゃんに向けて、タチの漆黒の槍が襲い掛かった。

 どんな防御をも貫く槍 VS どんな攻撃をも防ぐ盾。

 この両者の力と力による激突の行方は…。


 「くっ…ぐあああああああああああああっ!!」

 「8-13!!」


 盛大にラケットを吹っ飛ばされたオカッパ頭ちゃんが、とても悔しそうな表情を見せたのだった。

 それとは対照的に、力強い笑顔でガッツポーズをするタチ。

 そう、七三分け頭が言うように、どんなスポーツにも試合の中で『流れ』という物が必ずある。

 六花にオルケスタを攻略され、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの猛攻の前に、徐々に流れを失いかけていたネコとタチだったのだが。


 だがそれさえも、七三分け頭の想定内だったのだ。

 六花程の優秀な指導者ならば、これ位の事はやってのけてくれるだろうと。


 ならばタチのランサーノワールによる圧倒的なパワーでもって、その流れを強引に断ち切ってしまえば済むだけの話だ。

 静香の維綱さえも打ち破る程の、オカッパ頭ちゃんの絶対防御技のオーロラカーテン。

 それさえもタチによって、いとも容易く貫かれてしまった。

 その逃れようのない現実が、自分たちの絶対的な必殺技を破られたというショックが、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに対して、果たしてどれだけの心理的な影響を与えるのか。


 「13-17!!」


 ネコのクリスタルウォールが、三つ編み先輩のスナイプショットを粉砕する。

 試合の流れは間違いなく、再びネコとタチに傾いていた。

 いや、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに傾きかけていた流れを、タチのパワーによって強引に引き戻されてしまったのだ。


 「17-20!!」


 ネコとタチの猛攻が止まらない。まるで決壊してしまったダムから水が大量に溢れ出すかのように、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんが、タチに奪われてしまった試合の流れの中に呑み込まれてしまっていた。


 「くっ、まだまだぁっ!!」


 それでもオカッパ頭ちゃんがドライブショットを、ネコの後方に向けて放つものの。


 「猫山!!C6!!」


 そこへ誰もが忘れた頃に繰り出された、七三分け頭のオルケスタ。

 お返しと言わんばかりにネコがカウンターで放ったドライブショットが、強烈なカーブを描いてオカッパ頭ちゃんの左側のラインギリギリに襲い掛かる。


 「させるかあああああああああああああああああっ!!」

 「亜美先輩!!」


 完全に虚を突かれてしまったオカッパ頭ちゃんだったが、それでも三つ編み先輩が必死の表情で横っ飛びし、ネコのドライブショットに追い付いてみせた。


 「ぬあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 まさに執念によって、シャトルをネコとタチのコートに放り込むものの。


 「それは、こっちのセリフだあああああああああああああああっ!!」


 そこへ無慈悲に繰り出された、タチのドロップショット。

 タチに優しく威力を殺されたシャトルが、コロコロと乾いた音を立てながら、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんのコートのネットギリギリに転がり落ちた。


 「ゲーム、東京都代表、聖アストライア女学園1年、猫山博子&1年、立川若菜ペア!!17-21!!チェンジコート!!」


 壮絶な死闘の末にファーストゲームを制したのは、ネコとタチ。

 観客席からの大声援に包み込まれながら、ネコとタチが力強い笑顔でハイタッチをする。

 それとは対照的に三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんは、とても悔しそうな表情をしていたのだった。

 審判に2分間のインターバルを与えられ、ベンチに戻って愛美が渡してくれたスポーツドリンクを口にする、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃん。

 オカッパ頭ちゃんの隣には聖ルミナス女学園の制服を着た彩花が、相変わらず無気力に無表情で座っている。


 やはりネコとタチは強い。全くもって強い。

 六花の奇策のお陰で七三分け頭のオルケスタは攻略出来たものの、そこは『高校生最強のダブルス』。オルケスタを攻略した位で勝てるような生易しい相手では無いのだ。

 ネコもタチも、決して七三分け頭のオルケスタにおんぶにだっこで、ここまで勝ち上がってきた訳ではないのだから。

 七三分け頭のオルケスタにばかり目を奪われがちだが、それでもネコもタチも間違いなく全国レベルの実力者なのだ。


 「残念だったわね2人共。だけど試合はまだ終わってないわよ?」


 そんな2人に対して、ベンチから立ち上がって穏やかな笑顔で語りかける六花。

 そう、こんな状況でも選手を励まし、奮い立たせる事も、六花の監督としての大切な仕事の1つなのだ。


 「セカンドゲームも同じ方針で行きましょう。それと河田さん。ランサーノワールは確かに朝比奈さんの維綱以上の威力だけど、それでもあの技は立川さんの左腕に相当な負荷が掛かっているはずよ。1試合にそう何発も打てるとは思えないし、打てたとしても威力はファーストゲームの時より落ちているはずよ。」


 六花の分析能力も、七三分け頭のオルケスタに決して負けてはいない。

 そう、六花の言う通りだ。確かにタチのランサーノワールは静香の維綱以上の威力を誇るが、それ故にタチの左腕にかなりの負担が掛かる技だ。

 だからこそ準決勝では、ここぞと言う時の決め球として温存していたのだし、この決勝戦でも連戦を考慮してなのか、ファーストゲームでは決して乱発はしなかったのだから。

 それを六花はタチの準決勝と決勝のプレーから、即座に見抜いてしまったのである。


 「だから河田さん。自信を持ちなさい。貴女のオーロラカーテンなら必ず…。」


 六花がオカッパ頭ちゃんに言いかけた、その時だ。


 「…れ…。」


 今までずっと無気力に無表情でベンチに座っているだけで、誰が何を呼び掛けても反応しなかった彩花が。


 「…が…んば…れ…。」


 隣に座っているオカッパ頭ちゃんの左頬を、右手を震わせながら優しくなでなでしたのである。


 「頑…張れ…たまちゃん…頑張れ…。」


 そんな彩花の行動に、六花たちは驚きの表情になる。

 今までずっと、ただ無気力に無表情で座っていただけだったのに。

 その彩花が。未だに無表情ながらも、声を震わせながらも。

 こうしてオカッパ頭ちゃんに、精一杯の声援を送ってくれているのだ。


 「…彩花…!!」


 そんな彩花の行動に、六花は思わず感極まった表情になってしまう。

 隼人の引退記者会見の時に、1人の心無い記者のせいで心が壊れてしまった彩花ではあるのだが。

 それでも彩花は今、必死になって戦っているのだ。

 不器用ながらも再び立ち直ろうと、必死になって頑張っているのだ。


 「…彩花ちゃん…!!」


 そんな彩花の震える右手を、オカッパ頭ちゃんが力強い笑顔を見せながら、左手で優しく包み込む。


 「うん、私、頑張るよ。彩花ちゃんに目一杯の勇気を貰ったからさ。」

 「……。」

 「だからここで見ていてね。必ず彩花ちゃんに勝利を届けて見せるよ。」


 どんなスポーツにも試合の中において、『流れ』という物が必ずある。

 ファーストゲームにおいては六花によって傾きかけていた流れを、タチの圧倒的なパワーによって強引に引き戻されてしまった。

 だがこの彩花の必死の行動が、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんにとって、セカンドゲームにおいて流れを変える一手と成り得るのか。


 ただ1つだけ、確実に言える事がある。

 それは三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの闘志に、再び火がついてしまったという事だ。


 インターハイ決勝戦の、ダブルスの部門。

 それを制するのは、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんのペアなのか。それともネコとタチのペアなのか。

 運命のセカンドゲームが、もうすぐ始まろうとしていたのだった。


 次回、セカンドゲームにおいて、ネコとタチが決意した事とは…。

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