表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第2章:聖ルミナス女学園バドミントン部インターハイ編
113/135

第113話-A:さあ、奏でようではないか

 何で百合用語だとネコとタチって言うんだろうね。

 こうして三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの圧勝劇に湧いたAブロックは、その後も何のトラブルも無く、第1試合の全試合が無事に滞りなく終了。

 大会運営スタッフによるコートの整備が終わった後、続いてBブロックの第1試合が行われようとしていたのだった。


 「お待たせ致しました。只今よりダブルス部門のBブロックの試合を開始致します。まずは第1コート第1試合。東京都代表、聖アストライア女学園1年、猫山博子&1年、立川若菜ペア VS 北海道代表、札幌森山高校3年、米川和弘&3年、山本雄介ペア。続いて第2コート第1試合は…。」


 ウグイス嬢のアナウンスと共に、客席から大歓声が沸き起こる。

 ネコとタチの対戦相手は、北海道屈指の強豪・札幌森山高校の、屈強な筋肉を誇る攻めと受けのホモカップルのペアだ。

 どんな守りも貫く圧倒的な攻撃力を誇る攻めと、どんな攻撃も防ぐ圧倒的な防御力を誇る受け。

 まさに『矛盾』を体現したかのようなプレーで、地区予選と県予選を圧倒的な強さで勝ち上がってきた強敵だ。


 「お互いに、礼!!」

 「「「「よろしくお願いします。」」」」


 審判に促され、互いにコート上で握手を交わす4人。

 六花率いる聖ルミナス女学園バドミントン部の部員たちは、ネコとタチが一体どんな試合を見せるのかと、固唾を飲んで見守っている。

 特に静香にとっては中学時代に因縁のある相手なだけに、複雑な表情でネコとタチの勇姿を見守っていたのだった。


 「ファーストゲーム、ラブオール!!東京都代表、聖アストライア女学園1年、立川若菜、ツーサーブ!!」


 そして、遂にBブロックの試合が始まった。

 他のコートで9試合が同時進行する最中、審判に力強く頷いた立川が、決意に満ちた表情でサーブの構えを見せたのだが。


 「さあ、奏でようではないか。私たち3人のオルケスタを!!」


 次の瞬間、七三分け頭が威風堂々とベンチから立ち上がり、胸元のポケットから突然タクトを取り出したのだった。

 そして真っすぐにネコとタチを見据えながら、右手のタクトを構える。

 およそバドミントンの試合とは何の関係も無い…と言うか、あまりにもかけ離れた七三分け頭の行動に、観客席から一斉に戸惑いの声が上がったのだが。


 「プランA1!!立川!!C5!!」


 七三分け頭が盛大に右手のタクトを振り回しながら、タチに対して的確に指示を出した。

 まさしくオーケストラにおいて、指揮者が奏者に対して指揮を執るかのように。

 その指揮に従い、タチが攻めに対してサーブを放つ。

 

 「な、何だぁ!?いきなり何やってんだ!?あの監督は!?」


 いきなり予想もしなかった事をやらかしてきた物だから、攻めが慌ててネコの後方にスマッシュを放ったものの。


 「猫山!!C4!!」


 まるでそこに攻めがスマッシュを打つことが最初から分かっていたかのように、七三分け頭がタクトの先端をスマッシュの落下地点に向けたのだった。

 その指示を受けたネコが物凄い勢いでスマッシュに追いつき、いとも容易く右手のラケットでスマッシュを返してしまう。


 「ふ、ふざけやがって!!何なんだあの監督は!?俺達の動きを予測してるのか!?」

 「立川!!A1、S1!!」


 超高速のラリーの最中に立て続けに七三分け頭からの指示が飛ぶ最中、驚愕の表情を見せる受けの一瞬の隙を見抜いた七三分け頭が、タチにスマッシュを打つよう指示。

 それに従い高々と飛翔したタチが、左手のラケットに漆黒の闘気を纏わせる。


 「これが私の、ランサーノワールだぁっ!!」


 そしてタチの左手のラケットから放たれた漆黒のスマッシュが、情け容赦なく受けの足元に襲いかかった。

 その漆黒の光に包まれたシャトルを、受けが慌ててカウンターでネコに返そうとしたのだが。


 「そんな物で、この俺の守りを崩せるとでも…っ!!」


 それでもタチのランサーノワールのあまりの威力に、受けはラケットをふっ飛ばされてしまったのだった。


 「ぐああああああああああ!!ば、馬鹿なああああああああああああっ!?」

 「1-0!!」


 審判のコールと共に、国立代々木競技場が大喧騒に包まれてしまう。

 地区予選でも県予選でも鉄壁を誇っていた受けの守りを、タチがいとも容易く貫いてしまったのだ。


 ランサーノワール。直訳するとフランス語で「漆黒の槍」という意味だ。


 まさにその名の通り漆黒の槍のごとき一撃によって、受けの鉄壁の盾を粉々に粉砕してしまったのである。

 精密さは静香の維綱には劣るものの、それでも威力だけならば上回っていた。

 だが問題なのは、そこではないのだ。


 「ふ、藤崎監督!!あれ、アリなんですか!?」


 困惑の表情で、愛美が六花に対して説明を求めたのだった。

 そりゃそうだろう。いきなり七三分け頭がタクトを振り回しながら、誰がどこに動いてどんなプレーをするのかを、試合中にネコとタチに暗号のような物で指示を出したのだから。


 「ルール上は問題無いわ。実際に私の現役時代にも、スイスのアマチュアのクラブチームで似たような事をやっていた監督がいたのよ?」

 「そ、そうなんですか…。」

 「だけどあの3人が凄いのは、そこじゃないのよ。」


 ネコとタチの試合をじっ…と見つめながら、六花は神妙な表情で、戸惑いを隠せない愛美たちに解説をしたのだった。

 確かにバドミントンの試合において、監督が試合中に選手に対して指示を出すというのは、別にルール違反でも何でも無い。

 六花が言うように七三分け頭の行動は、全くルールに抵触していないのだ。


 だがバドミントンは、世界最速の競技だとされている。


 試合中に超高速でラリーが飛び交い、トッププロが放つスマッシュの速度が400km/hを超えるバドミントンにおいて、監督が『プレー中の選手に対して』的確に指示を出すなど、実はそうそう簡単に出来る事では無いのだ。

 それをネコとタチに対して見事にやってのけた七三分け頭も、確かに凄いのだが。


 その七三分け頭から『プレー中に』『暗号で』立て続けに送られる指示を、超高速でのラリーが飛び交い目まぐるしく試合展開が変わる最中においても、何の迷いも無く的確に実行してしまうネコとタチも、それはもう凄まじいとしか言いようがないのだ。

 ネコとタチの優れた状況判断力もそうだが、3人が互いの事を心の底から信頼し合っていなければ、到底出来ない芸当だろう。

 曲がりなりにも七三分け頭が、高校生最強のダブルスだと断言しただけの事はある。


 「6-1!!」


 攻めが放った渾身のスマッシュを、またしてもネコは涼しい表情で返してしまう。

 受けの鉄壁の守り同様に、相手のどんな攻撃も返してしまう、ネコの防御技のクリスタルウォール。

 このネコの鉄壁の守りがあるからこそ、タチのランサーノワールの破壊力が活きてくるのだ。

 そしてこの2人のプレーを最大限まで高める、七三分け頭が奏でるオルケスタ。

 まさにこの3人はBブロックのダブルス部門において、圧倒的な存在感を放っていたのだった。

 それこそ先程のAブロックの1回戦を圧勝した、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんでさえも、この3人の前では霞んでしまう程までに。


 「13-2!!」


 強い。強過ぎる。

 北海道での県予選を圧倒的な強さで勝ち上がった攻めと受けさえも、ネコとタチの恋人同士らしく一糸乱れぬコンビネーション、そして七三分け頭のオルケスタの前に、成す術もなく蹂躙されていく。


 「ゲーム、東京都代表、聖アストライア女学園1年、猫山博子&1年、立川若菜ペア!!21-3!!チェンジコート!!」


 かくしてファーストゲームは、ネコとタチの圧勝に終わった。

 充実した笑顔でハイタッチしたネコとタチとは対称的に、攻めと受けは完全に憔悴仕切った表情になってしまっている。

 その両者の真逆の姿を、静香が厳しい表情で見つめていたのだった。


 中学時代はパンチ頭のせいで、ネコやタチと戦う機会を理不尽に奪われてしまった静香ではあったのだが、それでも2人の試合を観戦する機会はあった。

 だからこそ静香は、はっきりと断言出来るのだ。


 間違いなくネコもタチも、中学時代よりも遥かに強くなっていると。


 楓が美奈子と出会った事で、今まで眠っていた潜在能力が爆発的に開花したのと同じだ。

 七三分け頭という最強の指導者との出会いが、ネコとタチをこれ程までに強くしてしまったのだ。

 それとは逆に、攻めと受けの監督はと言うと…。


 「お、お前らぁっ!!とにかく猫山と立川を止めろぉっ!!」


 2分間のインターバルの最中、憔悴仕切った表情でベンチに座りスポーツドリンクを飲む攻めと受けに対して、顔を赤くしながら全くアドバイスになっていないアドバイスをまくし立てる監督。

 だから攻めと受けが知りたいのは、『どうしたらネコとタチを止められるのか』なのだが…。


 「セカンドゲーム、ラブオール!!北海道代表、札幌森山高校3年、米川和弘、ツーサーブ!!」

 「く、くそっ…!!くそおおおおおおおおおおっ!!」


 ネコとタチに対して全く勝ち筋を見いだせないまま、もう完全に自暴自棄になりながら、タチに対してヤケクソでサーブを放つ攻め。


 「立川!!A4!!S1!!」

 「1-0!!」


 だが次の瞬間、タチのランサーノワールが攻めの足元に突き刺さっていたのだった。

その残酷な現実に、思わず攻めは歯軋りしてしまう。


 北海道の地区予選と県予選においては、監督が無能ながらも2人の圧倒的な実力とコンビネーションによって、強引に結果を残して見事に優勝を飾る事が出来た。

 だが全国の猛者が集うインターハイの舞台は、そこまで甘い世界では無い。

 全国レベルの大会となると選手個人の実力だけでなく、監督の指導力と采配さえも、試合に勝つのにあたって極めて重要な要素になってくるのだ。


 「5-0!!」


 背後のラインギリギリに精密精度のロブをネコに浴びせられた受けが、アウトではないのかと真剣な表情で審判に抗議をする。

 そんな受けと審判の様子を見つめているネコが、今年の3月に百合ヶ浜中学校での卒業式が終わった直後の、あの日の忌まわしい出来事を思い出していた。


 去年の全国大会優勝後、静香と同様に光子にスカウトされ、ネコとタチは聖ルミナス女学園へのスポーツ推薦での入学が決まっていた。

 それなのにタチのスマホに、光子の後任として監督に就任したばかりの黒メガネから突然電話が掛かってきて、スポーツ推薦の取り消しを一方的に通告されたのだ。


 理由は、ネコとタチが百合カップルだから。

 そんな奴らを入学させようものなら、『王者』聖ルミナス女学園の品格を汚す事になりかねないからだと。


 そんな黒メガネからの一方的な通告に、ネコもタチも一転して絶望のどん底に突き落とされてしまったのである。

 当然ながら卒業式が終わった直後なだけに、どこの高校も既に入学試験どころか、合格者の発表さえも済ませている時期だ。


 「8-0!!」


 そんな時期に突然スポーツ推薦を一方的に破談にされてしまった物だから、ネコもタチも高校に進学出来ずに路頭に迷う羽目になってしまったのだ。

 ネコとタチは百合ヶ浜中学校の校長に大慌てで事情を説明し、今から入学出来る高校を探してくれないかと、涙ながらに助けを求めたのだが。

 そんなネコとタチに対して校長が提示した選択肢は、以下の2つだった。


 1年間の中学浪人を経て、来年の高校進学を目指すのか。

 それとも高校進学を諦め、中卒で就職先を探すのか。


 一応学校としても精一杯のサポートはするが、既にどこの高校も合格発表が終わってしまっている以上は、今から進学先を探すというのは、とてもじゃないが無理だろうと…そう校長は通告したのである。

 どちらに転んだとしてもネコとタチにとっては、とてもじゃないがバドミントンどころでは無くなる状況になってしまう可能性も…。


 「13-0!!」


 そんな事は冗談ではないと、ネコとタチは藁にも縋る思いで、東京中の高校に電話を掛けまくって事情を説明し、今からでも受験を受けさせてくれないかと助けを求めたのだが。

 そんなネコとタチに対する回答が、どこの高校も「NO」。

 自分たちは一体これからどうなってしまうのかと、絶望に打ちひしがれてしまったネコとタチだったのだが。


 「16-0!!」


 そんなネコとタチに救いの手を差し伸べたのが、聖アストライア女学園バドミントン部の監督に就任したばかりの、七三分け頭だったのだ。

 タチがスマホで聖アストライア女学園に電話を掛けた際、対応した職員が「NO」を突きつけたものの、たまたま偶然その場に居た七三分け頭が監督としての権限によって、ネコとタチのスポーツ推薦での入学を許可したのである。


 『構わん。私が許可する。猫山と立川をスポーツ推薦で入学させたまえ。全国大会を優勝したペアを、わざわざ手放す理由がどこにある?』

 『し、しかし七田監督!!もう既に我が校は入学試験を終えて、合格者を発表したばかりなのですよ!?』

 『どこの高校も同じだとは思うが、我が校もまた少子高齢化の影響で、今年の新入生が定員割れを起こしているのだろう?ならば丁度いいではないか。』

 『で、ですが!!こんな事を認めてしまえば、我が校は周囲からの笑い物になりかねないですよ!?』

 『それでこの2人に他校に進学されて、大会で活躍でもされてみろ。それこそ我が校は周囲からの笑い物になってしまうではないか。これ程のペアを、どうして入学拒否などしたんだとな。』


 その2人のやりとりをスマホ越しに聞いたタチは、目から大粒の涙を流したのだった。

 かくして七三分け頭は周囲からの猛反対を受けながらも、ネコとタチをスポーツ推薦で聖アストライア女学園に入学させたのである。

 そして七三分け頭からの過酷ながらも2人への愛情がたっぷりと込められた指導によって、ネコとタチは優れた才能をめきめきと開花させる事になる。

 七三分け頭をして「高校生最強のダブルス」と言わしめる程までに。


 「18-0!!」


 もし七三分け頭に拾われなかったら、今頃ネコとタチはどうなっていただろうか。

 それを思うと、ネコもタチもゾッとしたのだった。

 だからこそネコもタチも七三分け頭に対して、心の底から感謝していたのだった。

 それこそ、どれだけ恩を返しても、返し切れない程までに。


 「20-1!!」


 だからネコもタチも、インターハイ優勝という最高の結果を出す事で、七三分け頭に対しての恩返しとする。

 その決意を胸に秘めたネコのドライブショットが、情け容赦なく受けのラケットを空振り三振させたのだった。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、東京都代表、聖アストライア女学園1年、猫山博子&1年、立川若菜ペア!!ツーゲーム!!21-3!!21-1!!」


 その瞬間、観客席から届けられた、凄まじいまでの大声援。

 まさに圧倒的な…いいや、ここまでくると最早試合にすらなっていなかった。

 それこそ対戦相手の攻めと受けが、可哀想になってしまう程までに。

 そしてこれが『全国』なのだ。これこそが『インターハイ』なのだ。

 北海道予選を圧倒的な強さで勝ち上がった攻めと受けでさえも、こうして圧倒的な実力差を見せつけられて蹂躙されてしまう。

 それ程までにネコとタチの…そして七三分け頭の凄まじさを見せつけられた試合だった。


 「凄かったよ!!若菜ちゃん!!」

 「博子も流石だよ!!」


 観客からの大声援に包まれながら、攻めと受けが悔しそうな表情を見せるのとは対称的に、とても嬉しそうな笑顔で互いに力強く抱き合うネコとタチ。

 その2人の仲睦まじい姿を、胸元のポケットにタクトをしまった七三分け頭が腕組みをしながら、とても穏やかな笑顔で見つめていたのだった。

 また、はねバド!を盛大にパクっちゃたよ…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ