第112話-A:せめて藤崎監督に、勝利という名の恩返しを
聖ルミナス女学園のダブルスの試合が、遂に開幕です。
こうして楓の1回戦敗退という大波乱があったシングルス部門ではあったが、それでも大会は予定通り、全て滞り無く進んでいった。
そして午前中のシングルスの試合が全て終了した後、昼休憩を挟んで午後1時から、いよいよダブルスの部門が開始。
そのダブルスにおいて色々な意味で今大会最も注目されているのが、六花率いる聖ルミナス女学園の、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんのダブルスペアだ。
大会運営スタッフによるコートの整備が無事に終了した後、コート上に姿を現した六花たちに客席から浴びせられたのは…歓声と罵声だ。
あの時、隼人の引退記者会見において、絵里の口から六花の冤罪が大々的に公式発表されたのだが。
それでも第99話で本部長の女性秘書が懸念していた通り、一度失った信用を取り戻すというのは本当に容易ではないのだ。
この辺の事は社会人の読者の皆さんなら、身に染みて理解して下さるとは思うが…。
絵里によって冤罪の報道が公式に行われた後でさえも、今もこうして六花に対して罵声を浴びせる者たちが、少なからず存在しているのである。
己の保身に走った前支部長による愚行のせいで、六花は何も悪くないのに、とんだとばっちりを食らってしまったのである。
「三ツ矢さん、河田さん。いよいよインターハイの本戦が始まるわ。準備は出来てるわね?」
「「はい!!」」
それでも六花は自らに浴びせられた不当な罵声に対しても決して怯むこと無く、相変わらずの穏やかな笑顔で、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんを見つめていたのだった。
準備運動と柔軟体操を終えた三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんが、真っ直ぐに六花の事を見据えている。
そんな2人に、精一杯の応援の言葉を送る静香たち。
そして聖ルミナス女学園の制服を着た彩花が、相変わらずの無気力に無表情でベンチにちょこんと腰を降ろしながら、まるで公園で遊んでいる子供たちの様子を自宅の屋根の上から眺める猫みたいに、静香たちの事をじっ…と見つめていた。
「大変長らくお待たせ致しました。只今よりインターハイのバドミントンの部のダブルス部門の、Aブロックの試合を開始致します。」
ウグイス嬢のアナウンスと同時に、国立代々木競技場が大歓声に包まれる。
いよいよだ。2人にとって一生の財産として思い出に残る事になる、全国の猛者たちが集うインターハイ本戦が、遂に始まるのだ。
「まずは第1コート第1試合。愛知県代表、聖ルミナス女学園3年、三ツ矢亜美&1年、河田たまペア VS 沖縄県代表、珍巣光高校3年、剛田健介&3年、猿山和也ペア。続く第2コートは…。」
ウグイス嬢のアナウンスと同時にコート上に姿を現したのは、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの1回戦の対戦相手の、ゴリラと猿だ。
コート上で猿がニヤニヤしながら瓦の山を高く積み上げ、それをゴリラがニヤニヤしながら手刀の構えを見せ…。
「どぅるるるるるるるるるるるあああああああああああああああああああああ!!」
強烈な威力の手刀で、瓦の山を粉々に粉砕してしまったのだった。
何と言うゴリラの凄まじいパワーなのか。客席から歓声とどよめきの声が、惜しみなくゴリラに浴びせられた。
「ふははははは!!『王者』だか何だか知らんがなぁ!!貴様らなど俺様のパワーバドミントンで粉々に粉砕してくれるウホぉっ!!」
粉々になった瓦をニヤニヤしながら綺麗に片付ける猿を尻目に、ゴリラが派手なガッツポーズを見せながら、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに対して豪快な笑顔で勝ち誇る。
それでも三つ編み先輩もオカッパ頭ちゃんも決して怯む事無く、ただ真っ直ぐにゴリラと猿の事を見据えていた。
「お互いに、礼!!」
「「「「よろしくお願いします!!」」」」
審判に促されて握手を終えた4人に、客席から大歓声が届けられ、他の同時進行している9試合を尻目に、観客の視線が一斉に三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに注目する。
これ程の屈強なパワープレイヤーを相手に、『王者』聖ルミナス女学園のダブルスペアはどう挑むのかと。
「スリーセットマッチ!!ファーストゲーム、ラブオール!!愛知県代表、聖ルミナス女学園3年、三ツ矢亜美!!ツーサーブ!!」
「はぁっ!!」
審判に力強く頷いた三つ編み先輩が、強烈な威力のサーブをゴリラに向けて放つ。
それを妖艶な笑顔で打ち返すゴリラ。さらに打ち返すオカッパ頭ちゃん。
県予選を勝ち抜いた精鋭揃いの選手たちによる、全国レベルの超高速ラリーに、観客たちは大いに熱狂する。
「食らえウホぉっ!!これが俺様のスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルスマッシュいいいいいいいいいいいいいいいいえええええええええええええええええええええああああああああああああああああああ!!」
やがてオカッパ頭ちゃんの一瞬の隙を見出したゴリラが、強烈な威力のスマッシュをオカッパ頭ちゃんの足元に向けて、情け容赦無くぶちかましたのだが。
「1-0!!」
次の瞬間、ゴリラの足元にシャトルが突き刺さっていた。
「…は…!?」
一体全体何が起きたのかと、全然意味が分からないといった表情のゴリラ。
そして一瞬の静寂の後、国立代々木競技場が凄まじい大喧噪に包まれたのだった。
あまりの騒ぎに他の同時進行している9試合が、一時中断してしまう程までに。
「確かに剛田先輩のスマッシュの威力は、凄まじいですけど…。」
その大騒ぎの中でもオカッパ頭ちゃんは決して動じる事無く、何の迷いも無い力強い瞳で、右手のラケットをゴリラに突き付けながら断言したのだった。
「それでも静香ちゃんの維綱の方が、もっともっと凄いですよ。」
「な、何だと…!?」
そう、確かにゴリラのスーパーウルトラ(ry)の威力は凄まじかった。それ自体は決して間違いでも何でもない。
だがそれでもオカッパ頭ちゃんは、普段の練習で毎日のように静香の維綱を食らっているのだ。
それに比べたらゴリラのスーパー(ry)の威力など、全然大した事は無いのだ。
「これが河田さんの絶対防御技、オーロラカーテンよ!!」
「朝比奈さんの維綱さえも返す程のカウンター技よ!!そう簡単に破れはしないんだから!!」
「行け!!たま!!そのまま圧倒しちゃえ~~~~~~!!」
聖ルミナス女学園の部員たちが大喜びしながら、一斉にオカッパ頭ちゃんに声援を送る。
そして六花は彩花の隣のベンチに座りながら、相変わらずの穏やかな笑顔で、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの勇姿を見守っていたのだった。
「ふ、ふざけやがって!!オーロラカーテンだとぉっ!?まさか俺様のスマッシュを返しやがるとはぁっ!!」
「剛田!!あのオカッパ頭の鉄壁の守りは、そう簡単には崩せねえ!!あの三つ編みを狙うぞ!!」
「ああ、そうだな!!」
猿の助言を受けたゴリラが、今度は三つ編み先輩に集中砲火を浴びせる。
テニスや卓球でもそうなのだが、弱い方を集中的に狙うというのは、ダブルスの基本戦術の1つだ。それ自体は別に何も間違ってはいない。
だがゴリラも猿も、失念していたのだ。
三つ編み先輩も間違いなく、『王者』聖ルミナス女学園にスカウトされ、強豪揃いのバドミントン部においてレギュラーを勝ち取る程の実力者なのだという事を。
そして三つ編み先輩もまたオカッパ頭ちゃんと共に、六花による優れた指導を受けているのだという事を。
「6-1!!」
三つ編み先輩が放ったスマッシュが、情け容赦なく猿の左側のラインギリギリに突き刺さった。
まるでスナイパーライフルによる狙撃のような精密無比の精度と速度に、猿は悔しそうな表情で歯軋りする。
「し、審判!!今のはアウトではないのですか!?」
「確かに際どい当たりではあるが、それでも判定はインだ!!」
「ええい、くそがぁっ!!」
大慌てで猿が審判に抗議するも、それでも審判は厳格な態度で猿の抗議を跳ねのけたのだった。
三つ編み先輩の必殺のスマッシュ、スナイプショット。
威力よりも精密さと速度を重視したスマッシュであり、まるで針の穴を通すかのような精密精度で、対戦相手が見せた僅かな隙を貫き通すのだ。
「13-2!!」
オーロラカーテンによる鉄壁の守りをみせるオカッパ頭ちゃんの援護を受けながら、スナイプショットで次々とゴリラと猿のコートを狙って狙撃していく三つ編み先輩。
三つ編み先輩もオカッパ頭ちゃんも、インターハイという最高の舞台で躍動していた。
まるで六花によって、今まで眠っていた潜在能力が引き出されたかのように。
「ゲーム、愛知県代表、聖ルミナス女学園3年、三ツ矢亜美&1年、河田たまペア!!21-5!!チェンジコート!!」
ファーストゲームは前評判通りの、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの圧勝。
『王者』の貫録を存分に見せつけた2人に、客席から惜しみない大歓声が送られる。
審判から2分間のインターバルを与えられてベンチに座る2人に、愛美が満面の笑顔で麦茶が入った水筒を手渡した。
それを全身汗だくになりながら、一気飲みする2人。
そして六花から送られる的確なアドバイスに、とても真剣な、しかし力強い笑顔で耳を傾けていた。
その様子を反対側のベンチから、とても悔しそうな表情で睨み付けるゴリラと猿。
「強い…!!強過ぎるウホ…!!」
「こんな化物みたいな連中に、一体どうやって勝てって言うんだよ!?」
最早ファーストゲームの時点で、ゴリラと猿の心は完全に折れてしまったようだ。
もし聖ルミナス女学園バドミントン部の監督が黒メガネのままだったならば、これ程までの圧勝劇には決してならなかっただろう。
先日、夕食パーティーの最中、七三分け頭は六花に対して熱弁していた。
スポーツにおける監督というのは、オーケストラにおける指揮者のような物なのだと。
どれだけの才能と実力を持つ優れた選手だろうと、それを存分に引き出せる程の優れた指導者が傍に居なければ、その才能と実力を埋もれさせる結果になってしまうのだと。
それ程までに六花の存在は、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんを躍動させ、ゴリラと猿の心をへし折る程の代物になってしまっているのだ。
「ええい!!お前ら!!とにかく最後まで諦めるな!!何としてでもあいつらを止めろぉっ!!」
そんな六花とは対称的に、ゴリラと猿の監督の男性は興奮して顔を赤くしながら、全くアドバイスになっていない事を大声で喚き散らしたのだった。
沖縄県での地区予選と県予選では、ゴリラと猿の圧倒的な実力『だけ』を頼りに強引に勝ち進む事が出来た。
だが全国から猛者が集うインターハイの舞台は、それだけで勝てるような甘い世界では決して無いのだ。
何としてでも止めろとは言うが、ゴリラと猿が知りたいのは、『どうしたら三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんを止められるのか』なのだが…。
「セカンドゲーム、ラブオール!!沖縄県代表、珍巣光高校3年、剛田健介!!ツーサブ!!」
「ウ、ウホ…!!ウホおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
監督から全く何のアドバイスも受ける事が出来ず、三つ編み先輩に向かって苦し紛れのサーブを放つゴリラ。
確かに、七三分け頭の言う通りだった。
選手個人の実力だけではない。監督の指導能力と采配の差が、試合の結果にここまで大きく影響してしまう物なのか。
「10-0!!」
セカンドゲームにおいても、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの勢いは止まらなかった。
オカッパ頭ちゃんがオーロラカーテンで鉄壁の守りを見せ、三つ編み先輩がスナイプショットで次々と狙撃する。
そして試合中にも六花がゴリラと猿の弱点を情け容赦なくあぶり出し、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに対して的確に助言をする。
「15-0!!」
元々、六花は彩花と同様に、シュバルツハーケンで現役だった頃から、相手の弱点を見抜く能力に長けた選手だったのだが。
その六花の優れた能力は、監督という立場に置かれてからも、存分に活かされていたのだった。
「19-1!!」
三つ編み先輩もオカッパ頭ちゃんも、六花の事を最高の監督だと心の底から思っている。
六花の前任の黒メガネが指導者としてはクソみたいな人物だっただけに、余計に六花の有能さと優しさを身に染みて感じているのだろう。
だが聖ルミナス女学園がJABSと交わした契約により、六花が自分たちの監督を務めてくれるのは、今回のインターハイが終了するまでとなっている。それ以降はJABSの通常業務に復帰する事になっているのだ。
それを三つ編み先輩もオカッパ頭ちゃんも、心の底から残念に思っていた。
もっともっと、1分1秒でも長く、六花からの指導を受けていたかったのに。自分たちの事を導いて欲しかったのに。
だが、せめて。
そう、せめて。
六花がインターハイ終了までで、監督を退任する契約になっているのであれば。
それがどうしても、覆す事が出来ないと言うのであれば。
((せめて藤崎監督に、勝利という名の恩返しを!!))
その六花への想いと感謝の心を胸に秘めながら、三つ編み先輩が楓のクレセントドライブ顔負けの強烈な威力のドライブショットを、猿の後方のラインギリギリにぶちかましたのだった。
「ゲームセット!!!ウォンバイ、愛知県代表、聖ルミナス女学園3年、三ツ矢亜美&1年、河田たまペア!!ツーゲーム!!21-5!!21-3!!」
「よおしっ!!」
「やりましたね、亜美先輩!!」
OTLになってしまっているゴリラと猿とは対称的に、爽やかな笑顔でハイタッチをする三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃん。
そしてゴリラや猿との握手を終え、力強い笑顔で戻ってきた2人を、ベンチから立ち上がった六花がとても穏やかな笑顔で出迎えた。
そして静香たちも満面の笑顔で、第1試合を圧勝した2人に対して心からの労いの言葉を掛ける。
そんなチームメイトたちの喜ぶ姿を、彩花が相変わらずの無気力に無表情でベンチに座りながら、じっ…と見つめていたのだが。
「実に見事な試合だった。流石は聖ルミナス女学園のダブルスペアと言った所か。藤崎監督の指導が余程素晴らしかったのだろうな。」
その様子を七三分け頭が腕組みをしながら、聖アストライア女学園の部員たちと共に、冷静な態度で見つめていたのだった。
情け容赦なく見せつけられた、三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんの圧倒的な強さ。
全国から有力選手をかき集めた、『王者』聖ルミナス女学園バドミントン部。そのレギュラー争いの過酷さは他校の比ではない。
そんな中で2人はダブルスのレギュラーの座を見事に勝ち取り、地区予選と県予選を圧倒的な強さで勝ち進み、聖ルミナス女学園のペア同士による壮絶な決勝戦を制し、こうしてインターハイの本戦まで勝ち進んだのだ。その実力は今更語るまでも無い事だろう。
しかしそれでも七三分け頭は、全く動じる姿を見せていなかった。
「だがそれでも私は断言する。高校生最強のダブルスは、紛れもなくお前たちだとな。」
自分たちに対して力強く断言した七三分け頭の顔を、ネコとタチが真剣な表情で真っ直ぐに見据えている。
そう、ネコとタチにも不本意な形とは言え、中学時代の全国大会を制したという実績があるのだ。
七三分け頭に課された過酷な練習に耐え抜き、強豪揃いの聖アストライア女学園においてレギュラーの座を勝ち取ったという自負もあるのだ。
だからネコもタチも、圧倒的な強さを見せつけた三つ編み先輩とオカッパ頭ちゃんに対しても、決して動じる事はない。
「Aブロックの試合が全て終われば、次はお前たちの出番だ。順当に行けば午後3時といった所だろうな。それまでにしっかりと準備を進めておけよ。」
「「はい!!」」
決意に満ちた表情でネコとタチは、七三分け頭に対して力強く頷いたのだった。
次回、ネコとタチが躍動します。




