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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第2章:聖ルミナス女学園バドミントン部インターハイ編
111/135

第111話-A:まるで意味が分からないわよ

 インターハイ本戦が遂に開幕です。

 シングルスの部門に楓が出場しますが…。

 そして、2024年8月6日の火曜日。

 東京都の国立代々木競技場において、インターハイのバドミントンの部の激闘が、遂に始まった。

 まずは午前8時からシングルスの試合が行われ、聖ルミナス女学園のダブルスペアが出場するダブルスの試合は、昼休憩を挟んで午後1時からとなる。


 当初の予定ではダブルスの試合を午前中に、シングルスの試合を午後から行い、シングルスの準決勝と3位決定戦、決勝がテレビ中継される予定だったのだが。

 隼人の引退宣言、彩花の学生スポーツからの永久失格処分に伴い、視聴率を見込めないと判断したスポンサーが降板を表明した事で、予定されていたテレビ中継が急遽中止に。

 それに伴い、こうしてシングルスの試合を午前中にやる事になってしまったのだ。


 そして今回の国立代々木競技場に集まった観客の数は、収容人数13000人に対して、たったの4000人。

 インターハイ本戦という大舞台にも関わらず、バンテリンドームナゴヤで開催された県予選において記録した15000人に、遥かに及ばない数字だ。

 やはり『2人の神童』と称される隼人と彩花が不出場になってしまった事が、今回の集客数に現れてしまったのだろうか。

 最早隼人は本人が望む、望まないに関わらず、それだけの存在に成り果ててしまったのである。

 その隼人は、本来なら自分が出場する予定だった、目の前で繰り広げられているインターハイの死闘を、美奈子たちと共に神妙な表情で見つめていたのだが。


 「只今より第1コートにおいて、愛知県代表、稲北高校1年、里崎楓選手 VS 京都府代表、皆月女子高校1年、水瀬伊万里みなせいまり選手の試合を始めます。」


 その楓の試合において…誰もが予想もしなかった、まさかの事態が起きてしまったのである。


 「お互いに、礼!!」

 「「よろしくお願いします。」」


 互いにがっしりと握手を交わした後、審判からシャトルを受け取ってサーブの構えを見せる楓。

 本来なら県予選の準決勝で隼人に敗れた楓は、今この場には居ないはずだった。

 今こうして伊万里と戦うのは、本来なら県予選の決勝戦まで勝ち進んだ、隼人か彩花のどちらかになるはずだったのだ。


 それが周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果、隼人は引退を表明し、彩花に至っては学生スポーツからの永久追放処分となったばかりか、心が壊れて廃人と化してしまった。

 その結果、準決勝に進んだ楓が、こうして繰り上げでインターハイに出場する事になってしまったのである。


 こんな不本意な形でインターハイに出場する事になってしまい、楓は内心では正直複雑な心境だったのだが。

 それでも出るからには、隼人や彩花の分まで全力を尽くそうと。

 今の楓はしっかりと気持ちを切り替え、何の迷いも無い力強い瞳で、対戦相手の伊万里を真っ直ぐに見据えていたのだった。


 「スリーセットマッチ、ファーストゲーム、ラブオール!!愛知県代表、稲北高校1年、里崎楓、ツーサーブ!!」

 「さあ、油断せずに行くわよ!!」


 決意に満ちた瞳で、伊万里に対してサーブを放つ楓。

 それを返す伊万里。さらにそれを返す楓。

 インターハイという最高の舞台で繰り広げられる、一流の選手同士による高レベルの超高速ラリーに、観客たちは大いに熱狂する。


 ところで以前、六花は言っていた。

 勝負の世界に絶対は無いのだと。常に何が起こるか分からない物なのだと。

 誰もが予想もしなかった、いわゆる「ジャイアントキリング」と呼ばれる大番狂わせが、どんな競技においても常に起こり得る物なのだと。


 敗れたとはいえ『神童』隼人を苦戦させ、さらに欧米諸国の複数のプロチームからのスカウトさえも受けた楓。

 その対戦相手は中学までの実績が全くの皆無の無名選手で、これまで全く何の話題にもならなかった伊万里だ。

 だからこそ今回の試合は、楓の圧勝で終わるだろうと…観客の誰もがそんな事を考えていたというのに。

 それなのに一体全体、何がどうして、こんな事になってしまったのか。


 「ゲーム、京都府代表、皆月女子高校1年、水瀬伊万里!!11-21!!チェンジコート!!」


 ファーストゲームを奪ったのは、まさかの伊万里だった。

 それも、ただ奪ったのではない。観客の誰もが度肝を抜かれる程の圧倒的な強さでだ。


 激しく息を切らしながら厳しい表情で、楓は美奈子たちが待つベンチへと戻っていく。

 2分間のインターバルを与えられた楓は、美奈子の隣のベンチにどっかりと腰を降ろし、美奈子が用意してくれた水筒の中に入っている麦茶を、盛大に喉に流し込んだのだった。


 当たり前の話だが、楓は決して油断も慢心もしていない。

 県予選で隼人を苦戦させ、形はどうあれインターハイへの出場を果たした事に対して、決して天狗にもなっていない。

 そう…油断も慢心もせずに全身全霊の力で伊万里とぶつかり合った結果として、こうしてファーストゲームを圧倒されてしまったのである。

 自慢の7枚刃のクレセントドライブ…その7色の変化自在のドライブショットを、伊万里に次々と攻略されてしまった楓だったのだが。

 

 「里崎さん。ファーストゲームは残念だったわね。だけどまだ試合は終わっていないわよ。」

 「はい、分かっています。須藤監督。私はまだ諦めてはいませんよ。」


 それでも楓の心は。まだ折れてはいない。

 まだ楓の瞳からは、闘志が失われてはいない。

 楓は伊万里に勝利する事を、まだ諦めてはいないのだ。


 「セカンドゲーム、ラブオール!!京都府代表、皆月女子高校1年、水瀬伊万里!!ツーサーブ!!」


 だがそれでも伊万里の猛攻は、セカンドゲームにおいても収まらなかった。


 「3-7!!」


 楓の闘志を嘲笑うかのように、次々と楓から華麗に得点を奪っていく。

 自慢の7色のクレセントドライブを、県予選での隼人の時と同じように、次々と攻略していく伊万里。


 「8-15!!」


 楓も伊万里を相手に得点こそ奪うものの、それ以上の勢いで伊万里に突き放されていったのだった。

 そして。


 「ゲームセット!!ウォンバイ、京都府代表、皆月女学園1年、水瀬伊万里!!ツーゲーム!!11-21!!10-21!!」

 「ば…馬鹿な…っ!!」


 その場に崩れ落ち、OTLの姿勢になってしまった楓を、伊万里が凛とした態度で威風堂々と見つめている。

 そんな楓に美奈子が慌てて駆け寄り、肩を貸して助け起こしたのだった。

 完敗だった。伊万里を相手に完全に圧倒されてしまった。

 第18話で隼人が沙織に敗れた時と同じように、まさかの伊万里によるジャイアントキリング達成。

 全く予想もしなかった事態に、国立代々木競技場に集まった4000人もの観客たちは、一斉にどよめいてしまったのだった。


 「お互いに、礼!!」

 「有難うございました。」

 「ううっ…ぐっ…!!」


 差し出された伊万里の右手を握り返す事も出来ず、楓は美奈子の肩を借りながら悔し涙を流していた。

 そんな楓の姿を、神妙な表情で見つめる伊万里。

 自分が圧倒的な強さで叩きのめした楓を決して侮蔑する事無く、かと言って派手なガッツポーズを見せる事もなく。

 自分との死闘を成し遂げた楓に対して、ただただ『敬意』の心をもって見つめていたのだった。

 そんな伊万里の姿に、楓は実際に隼人や彩花と戦った事がある経験から、思わずこんな事を考えてしまっていた。


 この子はもしかして、隼人や彩花より強いんじゃないのか…と。


 「ま、待って!!水無瀬さん、ちょっと待って!!」


 楓に背を向け立ち去ろうとした伊万里を、楓が慌てて呼び止めたのだが。


 「一体どういう事なの!?まるで意味がわからないわよ!!どうして貴女はそれだけの実力を持ってるのに、中学の全国大会に出場していなかったのよ!?」


 そう、それが楓がどうしても納得できない事なのだ。

 これ程の圧倒的な実力を持っているのであれば、伊万里は間違いなく中学の全国大会に出場する事が出来ていたはずだ。

 だがそれでも楓は伊万里の事を、平野中学校に在籍していた頃に出場した全国の舞台において、ただの一度も目撃した事が無かったのだ。


 それだけではない。これ程の実力を持っているのであれば、日本に来てから『神童』と呼ばれるようになった隼人や彩花と同じように、周囲の大人たちが決して黙ってはおらず、間違いなく大騒ぎになっていたはずだろうに。

 それなのに伊万里は中学までの実績が何もなく、これまで全くの無名選手だったのだ。

 これは一体、どういう事なのだろうか…。


 そんな楓の疑問に対して伊万里は、楓に背中を向けたまま、悲しみの表情を浮かべたのだが。


 「…色々あったんどす。色々とね。」

 「水無瀬さん…!!」


 それだけ楓に告げた伊万里は、威風堂々とチームメイトたちの下へと戻っていったのだった。


 『神童』隼人を苦戦させ、欧米諸国の複数のプロチームからのスカウトも受けた楓が、まさかの1回戦敗退。

 インターハイのシングルスの部門は開幕直後から、とんでもない大波乱が起きてしまったのである。

 まかさの事態に記者たちが一斉に伊万里に駆け寄り、カメラのフラッシュを浴びせる。

 そんな記者たちに対して決して怯む事無く、威風堂々とした態度で質問に答える伊万里。


 その様子を六花率いる聖ルミナス女学園バドミントン部の部員たちが、客席から驚きの表情で見つめていたのだが。


 「流石ですね、水瀬さん。ある程度の予想はしていましたが、まさかこれ程までに強くなるとは…。」

 「え!?朝比奈さん、彼女の事を知っているの!?」


 驚きの表情の愛美に対して、真剣な表情で頷く静香。


 「小学6年生の頃、今中わんぱくバドミントンスクールの代表として、一度だけ全国大会で対戦した経験があります。」

 「そ、そうなんだ…。」

 「その試合は、結果だけを見れば私の圧勝で終わりましたが…。」


 チームメイトたちが楓の惨敗という結果に戸惑いを隠せない最中、ただ1人静香だけは冷静沈着に、記者たちに取り囲まれている伊万里の姿を見つめていたのだった。


 「…忘れるわけがありませんよ。彼女の事を。」

 今回の話で楓に勝利した伊万里は、Aルートでは後一回出番が少しあるだけの脇役ですが、Bルートにおいて絵里の息子と同様に、物語の主要人物として深く関わっていく事になります。


 次回はダブルス部門の試合です。

 聖ルミナス女学園のダブルスペアが躍動します。

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