第107話-A:まだまだ賞味期限は切れちゃいないよ
少子高齢化の影響が、こんな所にも…。
2024年8月3日の土曜日の、午前8時。
満天の青空が広がる中、三津菱マテリアル名古屋の選手たちを乗せた大型の社用バスが、聖ルミナス女学園に向かって軽快に走っていた。
今日は六花からの要請を受けて、聖ルミナス女学園バドミントン部との練習試合にやってきたのだが。
「お前ら。もうすぐ聖ルミナス女学園に到着するが…くれぐれも生徒たちに対してナンパとかしないようにな?」
そんな選手たちに対して席を立って、穏やかな笑顔で冗談交じりに呼びかけたのは、三津菱マテリアル名古屋のキャプテンを務める雷堂迅だ。
来年の3月からリーグ戦が始まる予定の、日本のバドミントンのプロリーグのJBL。
そのJBLに所属するチームである、迅の生まれ故郷の福岡を本拠地に置く福岡ブラックファルコンズが、本来ドラフト1位で指名予定だった隼人が引退を宣言した事で方針転換し、今年のドラフトで迅を1位指名する事を先日公式発表した程の実力者だ。
迅は今回のパリオリンピックには代表に選抜されながらも、日程が妻の出産予定日と被ってしまったからという理由から、代表入りを辞退したのだが。
それでもその実力は『日本人最強』とまで呼ばれている程で、彼が代表を辞退しなければ、低迷が続く日本のバドミントンの救世主に成り得たとまで言われている程だ。
この件に関しては彼の勤務先の三津菱マテリアル名古屋に、抗議の電話が連日殺到する程の騒ぎになってしまったのだが。
それでも迅は何の迷いも無く、記者会見において記者たちに対して即答したのだ。
オリンピックなんぞ、俺にとっては至極どうでもいい。愛する家族の方が遥かに大事に決まっていますよ…と。
「お前はいいよな雷堂。俺たちと違ってあんなにも美人で優しくて、おっぱいが大きい奥さんがいてくれてよぉ。」
そんな迅に対してチームメイトの1人が、迅の冗談に対して笑顔で冗談で返し、他のチームメイトたちも、そうだそうだ!!と高々と笑う。
「お前と違って今ここにいる俺たち全員が、悲しい事に独り身なんだよなぁ…!!」
「そんな俺達にとって聖ルミナス女学園との練習試合は!!まさに楽園に行くような物だ!!」
「もう嫌だぁ!!あんなオバサンやBBAだらけの職場なんて、もう嫌だぁ!!」
そんなチームメイトたちの叫びに、思わず苦笑いしてしまう迅。
この日本において深刻な社会問題になっている、慢性的な少子高齢化。
その影響もあってか現在の三津菱マテリアル名古屋は、事務員や食堂の女性が全員漏れなくオバサンやBBAばかりという、彼らのような独り身の男性たちにとっては地獄のような過酷な労働環境なのだ。
会社としても一応求人は出しているのだが、何故か応募してくるのがオバサンやBBAばかりで、若い女性たちが全然応募してくれないらしい…。
そんなオバサンやBBAばかりの職場で働いている彼らにしてみれば、可愛い女の子たちばかりの聖ルミナス女学園は、確かに秘密の花園とも言うべき代物かもしれないが…。
「アンタたち。雷堂の言う通りだよ。アタシらは今からバドミントンの試合をやりに行くんだからね?」
そんな彼らに対して席にどっかりと腰を降ろしながら、三津菱マテリアル名古屋の監督を務めるBBAが、呆れたような笑顔で苦言を呈したのだった。
現役時代は社会人のクラブチームの一七銀行豊橋支店に所属し、目立った成績こそ残せなかったものの日本代表に何度も選抜され、世界を舞台に活躍。
引退後は三津菱マテリアル名古屋からのスカウトを受けて監督に就任し、名実共に日本最強チームへと成長させた、六花や美奈子、内香と同様に文句無しの『名将』だ。
「はぁ…聖ルミナス女学園のバドミントン部の子たちが羨ましいぜ。だって俺たちと違って監督が巨乳美人なんだろ?」
「はっ、何言ってんだい。アタシだってまだまだ賞味期限は切れちゃいないよ。」
「いえ、とっくに切れてます。馬場監督(泣)。」
社員たちの絶望の言葉に、ゲラゲラと笑うBBAだったのだが。
そうこうしている内に、バスが無事に聖ルミナス女学園に到着したのだった。
駐車場にバスを止めた後、警備員たちの誘導を受けた迅たちが体育館へと向かっていく。
「来た!!三津菱マテリアル名古屋だ!!」
「雷堂迅もいるぞ!!」
そこへ体育館の外で待ち構えていた記者たちが、一斉に迅たちにカメラのフラッシュを浴びせたのだった。
無理も無いだろう。なにせ社会人ナンバーワンのチームが女子校との練習試合に赴くというだけでも異例なのに、オリンピックの代表選抜を蹴った迅の試合なのだから。
「雷堂選手!!今回の聖ルミナス女学園との練習試合における、意気込みを聞かせて頂けますか!?」
「先日開幕したパリオリンピックにおいて、日本代表はバドミントンの部門で、またしても惨敗を喫しました!!その件に関して代表を辞退した身として、どう思われますか!?」
「聖ルミナス女学園には『天才』と称される、高校生ナンバーワンとの評価もある朝比奈静香選手がいますが、雷堂選手はどう評価なされていますか!?」
質問攻めにする記者たちから警備員たちに守られながら、迅たちは威風堂々と体育館に向かっていく。
やはり社会人ナンバーワンのチームというだけあって、今回の練習試合における記者たちの注目度は相当高いようだ。
そんな記者たちからの質問攻めに対して、余裕の笑顔で堂々と応える迅。
『日本人最強』と呼ばれて常日頃から注目されているだけあって、こういう事には迅も慣れっこなのだろう。
そうして迅たちが警備員たちに誘導されながら、体育館の入り口に辿り着いたのだが。
「完全非公開とは一体どういう事なのかね!?藤崎監督は一体何を考えとるだ!?」
「我々はこの学校のスポンサーだぞ!?今回の練習試合を観戦する権利がある!!」
「いいから私たちを体育館に入れなさいよ!!」
迅たちの目に映ったのは、体育館の入り口で通せんぼしている警備員たちに対して、鬼のような形相でぎゃあぎゃあ喚き散らしている、多数の聖ルミナス女学園の関係各所やOBたちの姿だった。
今回の練習試合はオバサンと六花の意向により完全非公開にするというのは、迅たちも事前に知らされてはいたのだが。
実際にこういう光景を目の当たりにさせられると、聖ルミナス女学園がバドミントンにおいて『名門』なのだという事を、迅たちは改めて思い知らされてしまう。
これがその辺にある普通の高校だったのなら、ここまでの騒ぎには決してならなかっただろうに。
インターハイを最後に部活動を引退する3年生に対しての最後の思い出作りが、今回の練習試合の目的の1つであり、それ故に外部からの余計な横槍など入れたくない、というのが理由らしいのだが…。
そんな事を考えながら、迅たちが警備員たちに入場を促されて体育館の中に入った、次の瞬間。
「「「「「「「「「「いらっしゃいませ~(笑)。」」」」」」」」」」
とっても慈愛に満ちた笑顔で両手を広げながら、静香たちが迅たちを優しく出迎えたのだった。
彼女たちに満面の笑顔で見つめられた三津菱マテリアル名古屋の選手たちが、思わず目から大粒の涙を流して号泣してしまう。
「天使だ…俺たちの目の前に天使たちがいる…(泣)!!」
「駄目だ、この子たちが可憐過ぎて、俺もう直視出来ねえよ…(泣)!!」
「嫌だああああああ!!もうあんなオバサンだらけの職場になんか戻りたくないいいいいいいいい!!俺は今日からこの学園で平和に暮らすんだああああああああ(泣)!!」
女性たちがオバサンやBBAしかいないという、まさに地獄のような過酷な職場環境にいる上に、さらに独身男性で付き合ってる彼女も居ない彼らにとって、目の前にいる静香たちの存在は刺激が強過ぎたようだ…。
静香たちの可憐な姿に三津菱マテリアル名古屋の選手たち全員が、心の底から感動してしまっていたのだった。
「何言ってんのお前ら(泣)!?」
既婚者の迅にだけは通用しなかったようだが。
「馬場監督。本日は練習試合の申し出を受けて下さり、本当に有難うございます。」
「いやいや、こちらこそ。あいつらにとっても貴重な経験になるだろうよ。」
そんな騒動の最中、がっしりと互いに穏やかな笑顔で握手をする六花とBBA。
同席した教頭とオバサンもまた、BBAと握手を交わす。
その六花の傍らでは、聖ルミナス女学園の制服を着た彩花が、相変わらずの無表情で無気力にパイプ椅子に座っており、突然家にやってきたお客さんに興味を示す猫みたいに、BBAの事をじぃ~~~~~っと見つめている。
噂の巨乳美人の女監督…実際にその目で見せつけられた三津菱マテリアル名古屋の選手たちが、生唾をゴクリと飲み込みながら六花の豊満な胸を凝視していたのだが。
「…うふっ(笑)。」
「「「「「「「「「「ぐわああああああああああああああああああああああああ(泣)!!」」」」」」」」」」
六花に笑顔でウインクされた三津菱マテリアル名古屋の選手たちが、派手にふっ飛ばされて壁に叩きつけられてしまったのだった…。
唖然とした表情で、そんな彼らの醜態を見せつけられてしまった迅。
「「「「「「「「「「きょ…巨乳美人の女監督…最高…(泣)!!」」」」」」」」」」
「だから何やってんだ!?お前らああああああああああああああ(泣)!!」
既婚者の迅にだけは通用しなかったようだが。
女性たちがオバサンやBBAしかいないという、まさに地獄のような過酷な職場環境にいる上に、さらに独身男性で付き合ってる彼女も居ない彼らにとって、目の前にいる六花のおっぱいは刺激が強過ぎたようだ…。
かくして六花とBBAによる話し合いの結果、練習試合は6コート同時進行で、1セットの21点制で行われる事になった。
その先陣を切るのは、今や名実共に聖ルミナス女学園のエースとなった静香。
それに対するのは、こちらも三津菱マテリアル名古屋のキャプテンを務める迅だ。
この対戦カードは、事前に静香と迅の双方が希望した事で成立した代物なのだが。
『天才』VS『雷神』…共に両チーム最強の選手同士の戦いは、果たしてどのような結末を迎えるのか。
「皆、聞いてくれる?練習試合を始める前に、これから皆に1つだけ言っておく事があるわね。」
そんな中、試合に備えて準備運動を行っている静香たちに、六花が穏やかな笑顔で語りかけたのだが。
「今日の試合、どんな無様な結果になったとしても、私は皆の事を絶対に怒ったりなんかしないわ。」
静香たちは、アマチュアの学生だ。
それ故にバドミントンは『教育』の為の手段であって、バドミントンを通じて心身を成長させる事を最重要にしなければならない。勝ち負けの結果など所詮は過程に過ぎない。
バドミントンが仕事であり、生きる為の手段であり、何よりも『勝つ』事を厳しく求められているプロの選手とは、置かれている立場が全く違うのだ。それを六花は念頭に置いているのである。
それに今回の三津菱マテリアル名古屋との練習試合は、インターハイを最後に部活動を引退する3年生に対しての、最後の思い出作りが目的の1つなのだから。
そこへ結果を厳しく求めるなど、野暮という奴だろう。
「だから結果なんか気にしなくていいから、今日の試合を存分に楽しんでいらっしゃい。いつも言ってる事だけど、バドミントンは楽しく真剣に…ね?」
「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」
六花に対して、力強い笑顔で元気よく返事をする静香たち。
そんな可愛い教え子たちに対して、六花は慈愛に満ちた笑顔で頷いたのだった。
「それと朝比奈さん。朱雀天翔破は使用禁止よ。それと出来れば黒衣も纏わないでね?」
さらに六花は静香に対して、穏やかな笑顔で忠告したのだが。
「藤崎監督。私はもう、黒衣は二度と纏いません。」
そんな六花に対して静香は穏やかな笑顔で、ゆっくりと首を横に振った。
「元々黒衣は彩花ちゃんと違って、私のプレースタイルと合っていませんしね。それにあの暴虐的な力は、私の美学に反しますから。」
「ええ、そうね。」
一応、静香は神衣にも目覚めているのだが、今この場では…それこそ今は六花にさえも内緒にしておこうと、そんな事を静香は考えていた。
元々神衣は黒衣と違って身体への負担が大きく、相手が日本人最強プレイヤーの迅とはいえ、こんなたかが練習試合なんぞで使うべき代物では無いというのもあるのだが。
何よりも今ここで静香が神衣を纏ってしまえば、どれ程のとんでもない大騒ぎになってしまうのか、分かった物では無いからだ。
今回の練習試合は完全非公開で行われているので、静香が今日の迅との試合で神衣を発動した所で、外の大人たちに直接見られる事は決して無いのだが。
それでも今この場にいる教頭が興奮しながら騒ぎ立て、今現在外でぎゃあぎゃあ言っている大人たちに告げ口してしまうのは間違いないだろう。
そうなれば静香は隼人や彩花と同様に、身勝手な大人たちのエゴに振り回される事になりかねないのだから。
そんな物は、静香にとっては冗談ではない。
だから静香は今日の試合で、黒衣にも神衣にも頼らずに迅に勝つ。
その揺るぎない決意を、静香は胸に秘めていたのだった。
「では藤崎監督、行ってきます。」
「はい、行ってらっしゃい。」
まるで学校に出かける娘を送り出す母親のように、静香に対して慈愛に満ちた笑顔で右手を振る六花。
そんな六花に静香は恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、そして六花の傍らでパイプ椅子に座っている彩花の前にしゃがみ込み、穏やかな笑顔で彩花に対して呼びかけたのだった。
「行ってきますね。彩花ちゃん。」
自分の頭を優しくなでなでする静香を、相変わらずの無表情で無気力に、じぃ~~~~~~~~っと見つめる彩花。
果たして彩花が、以前のような元気な姿を取り戻す日は訪れるのだろうか…。
かくして六花と彩花に見守られながら、静香たち6人の部員たちが、威風堂々とコートへと向かっていく。
果たして社会人ナンバーワンのチームを相手に、『王者』聖ルミナス女学園はどのような試合を見せるのか。
とても不安そうな表情で、静香たちを見つめる教頭。
学園長らしく、威風堂々とした態度で見つめるオバサン。
そして可愛い教え子たちを、穏やかな笑顔で見つめる六花。
それぞれの思惑が重なる中、聖ルミナス女学園と三津菱マテリアル名古屋による、完全非公開の練習試合が遂に始まった。
「お互いに、礼!!」
「「よろしくお願いします。」」
審判を務める三津菱マテリアル名古屋の選手に促され、互いに穏やかな笑顔でがっしりと握手を交わす静香と迅。
「雷堂さん。今日の試合、胸を借りるとは言いませんよ。全力で勝たせて頂きますね。」
「その心意気は見事だ。だが俺とてキャプテンとして会社の広告塔を務めている身だ。そう簡単にお前に勝たせてやる訳にはいかないな。」
社会人のバドミントンの選手は、何もバドミントンだけが仕事という訳では無い。
三津菱マテリアル名古屋の選手たちは全員が、午前中は作業着を着て工場で車の部品を作っているのだし、迅に至ってはチームのキャプテンとして、六花のように会社の広告塔としてイメージキャラクターを務めているのだ。
どこの社会人のクラブチームでもそうなのだが、チームの活動自体が仕事であり、会社の宣伝や営業の意味合いも兼ねているのだから。
だからこそ迅は完全非公開の試合とはいえ、静香を相手に無様な試合など、見せる訳にはいかないのである。
「さっきお前は、黒衣はもう二度と纏わないと、そう藤崎監督に言っていたな?」
握手を終えて静香から手を離した迅が、真っすぐに静香を見据えた。
「お前が藤崎監督に言っていた事は、俺にも理解は出来るよ。だがそれでも俺はお前の黒衣を引きずり出してやる。その上でお前の事をコテンパンに叩きのめしてやるよ。」
「なら、やってみて下さい。やれる物ならね。」
「有言実行が俺のモットーでな。」
審判からシャトルを受け取った静香が、右打ちの変則モーションの構えに入る。
夢幻一刀流をバドミントンに活かす為に、沙也加との二人三脚で編み出した、静香独自の変則モーション。
迅も事前にネットで動画を観て、静香の試合を何試合か見させて貰ったのだが、動画で間接的に観るのと実際に直接目で観るのとでは、受ける印象は全然違う物だ。
「成程、でかい口を叩くだけの事はあるようだ。」
「ワンセットマッチ!!聖ルミナス女学園1年、朝比奈静香、ツーサーブ!!」
「ならば見せてみろ!!お前の夢幻一刀流とやらをな!!」
果たして『日本人最強』と呼ばれている迅を相手に、静香の力がどこまで通用するのか。
バドミントンは、楽しく真剣に。
六花が静香たちに対して口癖のように言っている言葉を、静香は脳裏に思い浮かべる。
いかに練習試合とはいえ、迅との試合を真剣にプレーするのは当たり前の話なのだが。
そんな中でも、迅との試合を存分に楽しんでやろうと…そんな事を静香は考えていた。
真っすぐに迅を見据えながら、静香はシャトルを持つ左手に力を込める。
「さあ、油断せずに行きますよ!!」
「全力で来い!!朝比奈!!」
「…はあっ!!」
そして決意に満ちた表情で、静香は迅に強烈なサーブを放ったのだった。
静香VS迅。その壮絶な死闘の結末は…。