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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第1章:激動の聖ルミナス女学園バドミントン部編
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第105話-A:皆は私みたいには、決してならないでね?

 六花率いる聖ルミナス女学園バドミントン部、始動です。

 こうして2024年7月24日の水曜日の、朝8時。

 インターハイが終了するまでの期間限定ではあるが、それでも六花率いる聖ルミナス女学園バドミントン部が、遂に始動したのだった。

 首元にネクタイを締めてリクルートスーツを身に纏った六花の前に、聖ルミナス女学園バドミントン部の部員たちが一斉に集合。

 今まさに、練習前のミーティングが行われようとしていたのだが…。


 その六花の隣に設置されたパイプ椅子に、聖ルミナス女学園の制服を着た彩花が、無表情で無気力に座っていたのだった。

 あの日、あの記者会見において、1人の心無い記者のせいで彩花の心が完全に壊れてしまい、まさに生きる屍も同然になってしまったのだ。

 

 六花が作った料理は全て美味しそうに平らげるし、トイレに行きたくなれば勝手に行くし、六花と一緒にお風呂に入り、六花と一緒のベッドで寝る。

 だがそれ以外は、こうして無表情で無気力に座っているだけだ。

 六花が何を問いかけようと、彩花は何1つ応えようとしないのだ。

 周囲の愚かな大人たちが、自分たちの身勝手なエゴによって、彩花の事をここまで追い込んでしまったのである。

 そう…彩花の心を壊してしまう程までに。

 そんな彩花の惨状を目の当たりにさせられて、静香たちは戸惑いの表情になってしまっていたのだが。


 「皆、聞いてくれる?皆も聞かされてると思うけど、取り敢えずインターハイが終了するまでは、私が監督代行として引き続き皆の面倒を見る事になったわ。短い期間だけど、皆、よろしくね。」


 そのよどんだ空気を取っ払おうと、六花が穏やかな笑顔で元気よく、静香たちに呼びかけたのだった。

 インターハイが終了するまでの短い期間ではあるが、任されたからには監督代行として、六花は皆の面倒を責任を持って最後まで見るつもりだ。

 

 「さて、早速練習を始めたい所なんだけど…その前に私から皆に対して、1つだけ言っておくことがあるわね。」


 それだけ静香たちに告げた六花は、鞄から1枚の貼り紙とマスキングテープを取り出し、ベタベタと壁に貼り付けた。

 稲北高校において美奈子が隼人たちに対して呼びかけたのは、『気持ち』『一人一芸』『心遣い』の3つ。

 それにならって、六花が静香たちに呼びかけたのは。


 『バドミントンは、楽しく真剣に。』


 六花が壁に貼った張り紙に、黒のマジックで大きく書かれていたのだった。


 「皆の中には朝比奈さんや篠塚さんみたいに、本気でプロを目指して頑張ってる子たちもいるかもしれないけれど…それでもバドミントンの楽しさや面白さだけは、この先何があっても絶対に忘れないでいて欲しいと…そう私は思っているの。」


 六花の言葉に、静香たちは神妙な表情で耳を傾けていた。

 『王者』聖ルミナス女学園バドミントン部。

 それ故に関係各所やOBたちから寄せられる厳しい視線は他校の比ではなく、それこそ欧米諸国のプロ以上に、何よりも『勝つ』事を厳しく求められている。

 先日の県予選でも1回戦で…それも『ウンコより存在価値が無い』稲北高校の隼人と楓に敗北した2人が、観戦に来ていたOBたちから物凄い剣幕で怒鳴り散らされた程だ。


 その話を静香から聞かされた六花は、正々堂々と最後まで死力を尽くして戦い抜いた2人を、どうしてねぎらってやらないのかと…そんな事を考えていたのだった。

 プロならともかくアマチュアの学生の大会で、そこまで厳しく要求するのかと。


 「皆は私みたいには、決してならないでね?」


 だからこそ六花は悲しみに満ちた笑顔で、いつも隼人と彩花に対して言っている言葉を、静香たちにも呼びかけたのである。


 バドミントンは、楽しく真剣に…と。


 練習や試合を真剣にやるのは当たり前だが、その真剣さの中でも、どうか『バドミントンの楽しさ』を忘れないでいて欲しいと。

 六花は静香たちに…というか静香は既に呑まれてしまっているのだが…自分のように暴走した黒衣に呑まれて欲しくは無いから。

 その六花の想いを敏感に感じ取った静香たちは、この人なら黒メガネと違って自分たちの事を正しく導いてくれるはずだと、期待に満ちた瞳で六花の事を見つめていたのだった。

 

 「それじゃあ早速だけど練習に入るわよ。まずは準備運動と柔軟体操から。」

 

 かくして六花の指導の下で、インターハイに向けた静香たちバドミントン部の練習が遂に始まったのだった。

 怪我の防止の為に準備運動と柔軟体操を入念に行い、その後に基礎トレーニング、さらに実戦形式のメニューへと続いていく。

 六花が静香たちに課した練習メニューに、練習の為の練習は存在しない。

 無駄な物など何1つ無く、その全てが実戦を想定した代物になっているのだ。

 練習内容はかなりハードな代物だったが、それでも六花は絶対にオーバーワークにだけはならないように、部員たち全員の挙動にしっかりと目を光らせていた。

 選手たちに絶対に怪我をさせない事も、監督としての大切な仕事なのだから。


 「ただ私に言われた通りに、機械的に練習するだけじゃ身に付かないわよ?自分が今、何の為にその練習をしているのか、その練習に何の意味があるのか、その事を頭の中で考えながら練習しなさいね?」

 「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」


 穏やかな笑顔で語る六花の言葉に、全員が元気よく笑顔で返事をする。

 六花は割と厳しめのメニューを組んだつもりだったが、それでも聖ルミナス女学園バドミントン部の部員たちは汗だくになりながらも、全員が六花が課した練習メニューに余裕で食らいついてみせたのだった。

 

 …そう…。

 六花が課した過酷な練習メニューに、全員が余裕で食らいつく事が『出来てしまっている』のだ…。


 全国各地から有力選手をスカウトした、まさに本当の意味でのオールスター集団…『王者』聖ルミナス女学園バドミントン部。

 だがそんな彼女たちが胸を張って、果たして『愛知県代表』だと呼べるのだろうか。


 例えば県予選の1回戦で楓に惨敗した、引退した愛美から部長の座を引き継いだばかりの、2年生の篠塚智香。

 彼女の実家は愛知県ではなく、神奈川県に存在しているのだ。

 そして彼女もまた楓に敗れたとはいえ、間違いなく全国クラスの実力を有しているのだ。

 本来ならば彼女こそが神奈川県代表として、インターハイに出場するべきではないのだろうか…。


 いや、彼女だけではない。聖ルミナス女学園バドミントン部の部員たち全員が…それこそレギュラーを決める為のリーグ戦で最下位になってしまった部員さえもが、他校なら余裕でレギュラーを勝ち取れるだけの実力を秘めているのだ。

 それは彼女たち全員が、中学時代にスカウトを受けて全国から集結した、最強のオールスター軍団だから。

 そんな彼女たちの姿を見せつけられた六花は、先日の優勝インタビューでの隼人の叫びを思い出していたのだった。

 

 スポーツとは、一体何なのかと。

 部活動とは、一体何なのかと。

 大会に勝つと言うのは、一体どういう事なのかと。


 「藤崎監督?どうかされましたか?」

 「え?」


 練習を途中で切り上げた静香が、心配そうな表情で六花の下に駆け寄ってきた。

 六花が何やら深刻そうな表情で考え込んでいたので、一体何があったのかと心配になって駆けつけてきたのだ。


 「…あ、ううん、何でも無いの。朝比奈さん。」

 「そうですか、ならいいのですが…。」


 そんな静香に対して、穏やかな笑顔を見せる六花。


 「そんな事より朝比奈さん。右肘はもう大丈夫なの?」

 「はい。もうすっかり完治しました。」

 「そう、良かったわ。もうあんな無茶はしたら駄目よ?」

 「心得ていますよ。あの試合の後、内香さんにも笑顔で釘を刺されてしまいましたから。自分の体調管理も碌に出来ないようではプロ失格だと。」


 六花に対して、思わず苦笑いをしてしまった静香だったのだが。


 「藤崎監督!!残り1分です!!」


 そんな中で愛美の元気のいい掛け声が、体育館中に響き渡ったのだった。

 隼人との試合を最後に現役を引退し、高校卒業後に政略結婚をする事になっている愛美は、今はこうしてマネージャーとしてチームの事を支えているのだ。

 休憩時間中に皆が口にする飲み物や軽食を作ったり、練習用のスポーツウェアやタオルを洗濯したり、後は掃除や片付け、スケジュールの管理など。

 愛美は六花に対して、これも花嫁修業の一環ですよ、などと笑っていたのだが。


 「ありがとう、川中さん。皆!!残り1分間、集中!!」

 「「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」


 こうして愛美がマネージャーの業務を行ってくれているので、六花はこうして監督として、皆の練習を見る事に集中する事が出来ていた。

 彩花の専任コーチをやっていた時はマネージャーの業務も兼任していたので、それに関しては本当に有難い事だと思っている。

 練習を切り上げて5分間の休憩時間に入った静香たちに、愛美が笑顔で麦茶とおにぎりを配ったのだった。

 六花が課した厳しい練習メニューをやり遂げた、静香たちの疲れ切った身体に、愛美の愛情たっぷりの美味しいおにぎりが染み渡る。

 

 おにぎりには疲労回復や筋肉の修復の効果があり、食べ応えもある事から小腹を満たすのにも適している。

 しかも糖質も豊富に含まれているので、筋肉の分解を抑制する効果もあるのだ。

 さらに具材を工夫する事で、たんぱく質やビタミンも効率よく補給する事が出来る。

 スポーツなどで激しい運動を行った後の栄養補給には、極めて適している食材だと言えるだろう。


 「皆、休憩しながらでいいから聞いてくれる?三ツ矢さんと河田さんがダブルスの部門で出場する、インターハイに向けての最後の仕上げとして、8月2日の土曜日に練習試合を行う事になったわ。」


 そんな中、床に座って休憩している静香たちに、六花が穏やかな笑顔で呼びかけたのだった。


 「私が練習試合の申し込みをしたら、相手チームの馬場監督からも大歓迎されちゃってね。いつも男ばかりのむさ苦しい環境で練習をさせてしまってるから、どうかあいつらを潤してやっておくれって、ゲラゲラ笑いながら言われちゃったわ。」


 8月3日の土曜日に、練習試合。

 8月4日は日曜日なので、国の取り決めにより部活動は一切禁止されている完全休養日だ。

 そして8月5日にインターハイ本戦に向けて、会場となる国立代々木競技場近くのホテルに新幹線で移動し、8月6日からいよいよインターハイの激しい死闘が始まるのである。

 その前哨戦として、六花が練習試合を組んだ訳なのだが…。


 「だけど聖ルミナスの上層部からは…特に教頭からは物凄い剣幕で猛反対されちゃってね。それでも皆にとって掛け替えの無い経験になるはずだからって、私が無理矢理ゴリ押ししちゃったわ。」

 「あの、藤崎監督。その練習試合って、一体どことやるんですか?」


 おずおずと、静香が右手を上げて六花に質問したのだった。

 男ばかりのむさ苦しい環境とは…もしかして練習試合の相手は男子校なのだろうか。

 だがこの辺りには、バドミントンの強豪の男子校など存在しないはずだが。

 学園の上層部から猛反対されたというのは、それが理由なのかもしれないが…。 


 「三津菱みつびしマテリアル名古屋。」


 だが六花の口から語られた対戦相手の名前は、何と高校ですらなかった。


 「日本最強プレイヤーの雷堂迅らいどうじん君を擁する、日本最強の社会人のクラブチームよ。うふっ(笑)。」


 六花の言葉に部員たちは、なんかもう物凄い勢いで大騒ぎになってしまったのだった…。

 次回、教頭にこっぴどく怒鳴られる六花ですが…。

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