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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第1章:激動の聖ルミナス女学園バドミントン部編
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第102話-A:貴女は何も悪く無いわ

 新支部長登場。

 こうして翌日の14時、六花が運転するJABSの社用車の白いライトエースが、聖ルミナス女学園の制服を着た彩花を助手席に乗せて、稲北高校の制服を着た隼人を送迎にやってきたのだった。


 「隼人、お待たせ〜。」

 「こんにちは。六花さん。」


 出迎えた隼人と美奈子に対して、彩花と一緒に車から降りた六花が穏やかな笑顔を見せる。

 対照的に彩花は相変わらず怯えた表情で体を震わせ、布団の上にウンコをして飼い主に叱られた猫みたいに、六花の身体にしがみつきながら縮こまってしまっていた。

 かつて黒衣に呑まれていた頃のような暴虐さは、今の彩花からは最早微塵も感じられない。

 まるで六花に助けを求めるかのように、ただただ六花の傍で震えているだけだ。

 そんな彩花の肩を六花が、とても穏やかな笑顔で抱き寄せている。


 「ハ、ハヤト君…。」

 「こんにちは。彩花ちゃん。」


 目の前の彩花の変わり果てた姿に心を痛めながらも、それでも穏やかな笑顔で彩花に挨拶をする隼人。

 それでも彩花は隼人に対して怯えた表情で、まともに目を合わせる事さえも出来ずにいたのだった。

 やはり隼人の五感どころか第六感まで奪ってしまった事に、深い罪の意識を感じているのだろうか。

 それに関しては、勿論彩花は何も悪く無い。

 それは隼人自身もしっかりと理解しているが、それでも彩花に対して軽々しく、そんなの気にするなよ、あははははははwwwwwなどといった無責任な言葉は到底掛けられなかった。

 そんな事をした所で、かえって彩花を苦しめるだけだという事は、隼人も理解しているのだから。


 周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果、彩花は聖ルミナス女学園で生き地獄を味合わされ、その苦しみと悲しみの果てに黒衣に呑まれてしまい、最終的に日本学生スポーツ協会から、学生スポーツからの永久追放を言い渡されてしまった。

 彩花は何も悪く無いのに。むしろ彩花は被害者だというのに。

 一体全体、どうしてこんな事になってしまったのか。

 目の前の彩花の惨状を目の当たりにさせられた隼人は、支部長…昨日六花から電話で聞いた話だと、本部長からクビを言い渡されたらしいが…ここまで彩花を追い込んだ彼に対して、改めて怒りを感じていたのだった。 


 「それじゃあ、今からJABS名古屋支部まで隼人を連れて行くわね。後部座席に乗ってくれる?」

 「あ、はい。」


 そんな隼人に対して、穏やかな笑顔で告げる六花。

 記者会見が始まる16時まで、残り2時間。

 時間的な猶予は充分に持たせてあるが、それでもこんな所で、いつまでも悠長に立ち話などしてはいられない。


 「六花ちゃん。隼人君の事、よろしく頼むわね。」

 「はい、任されました。美奈子さん。」

 「隼人君。JABSでは六花ちゃんの言う事を、ちゃんと聞かなきゃ駄目よ?」

 「うふふ。それじゃあ行きましょうか。」


 かくして美奈子に穏やかな笑顔で見送られながら、六花が運転する車が隼人と彩花を乗せて、JABS名古屋支部に向かって走り出したのだった。

 西尾張中央道を南下して蟹江インターに入り、そこから高速道路を利用して、あっという間に名古屋に到着。

 六花が営業や販促の仕事で使っているのだろうか。ふと、隼人が後方の荷物置き場に視線を移すと、ラケットやシャトル、シューズ、ネットなどといったバドミントングッズが、しっかりと整理整頓されてダンボールの中に綺麗に置かれていた。


 その車の中で、隼人が夏休みの宿題をマジで昨日の内に全部終わらせたとか、六花がインターハイ終了後に、今度こそマジで静香に肉じゃがをご馳走する事になったとか、そんな他愛無い会話を笑顔でする隼人と六花。

 そんな2人の会話に彩花は割って入る事無く、ただただ黙って耳を傾けている。

 車の運転にはドライバーの性格が出ると言われているが、六花が運転する車は隼人と彩花への優しさに満ち溢れた、とても穏やかな走りをしていたのだった。


 そして事故も交通トラブルも無く、無事にJRセントラルタワーズに到着した隼人と彩花は、六花に案内されながらエレベーターで27階へ。

 エレベーターの扉が静かに開かれると、果たして隼人の眼前に広がっていたのは、オフィス内でとても忙しそうに事務作業に追われている、六花と同様にリクルートスーツを着たJABS名古屋支部の社員たちの姿だった。


 あの大会の準備はどうなってる?

 今度の世界選手権大会、〇〇選手の出場選手登録は、しっかりと済ませてあるんだろうな?

 須藤君の引退会見、もうすぐだぞ。マスコミに配る資料の準備は大丈夫か?

 馬鹿野郎!!食後のおやつと言えば、たけのこだろうが!!きのこなんて邪道だろうが!!


 そんな社員たちの慌ただしい声が響き渡る中、六花が穏やかな笑顔で隼人に対して、オフィスに入るように右手で促した。


 「ようこそ隼人。JABS名古屋支部へ。」


 隼人はここに来るのは初めてだが、彩花はこれで2度目だ。

 そう、彩花が六花と一緒にスイスから日本にやってきて、隼人と感動の再会を果たした第8話以来だ。

 あの時の彩花は前支部長から狂気に満ちた瞳で、こんな言葉を掛けられていた。


 私は須藤隼人君にではなく、君にこそ期待を寄せているのだと。


 それが今では一転して彩花の事を『あれ』呼ばわりされ、最早使い物にならんとか暴言を吐かれる事態になってしまったというのは、何とも皮肉な話である。

 本当に今の世の中、何が起きるか分かった物では無い。


 「支部長。隼人と彩花を連れてきました。」

 「ご苦労様、藤崎さん。2人を中に入れてくれる?」

 「はい。では失礼します。」


 そんな中で六花が支部長室の扉をコンコンと軽くノックすると、中から女性の優しさに満ち溢れた声が聞こえてきたのだった。


 「さあ隼人、彩花。新しい支部長がお待ちよ。どうぞ中に入って。」


 六花に促されて支部長室に入った、隼人と彩花を出迎えたのは…六花と同様にとても優しさに満ち溢れた、2人に対して慈愛に満ちた笑顔を見せている、1人の40歳の女性だった。

 六花が言うには、彼女は元々JABS名古屋支部の経理担当だったらしいのだが、前支部長のクビに伴い、本部長から直々に抜擢されて支部長に昇格したらしい。

 彼女よりも年上で勤続年数も長いベテラン社員も何人かいるのだが、それでも彼女の能力の高さと人望を本部長に高く評価されたと、六花が隼人に語ったのだが。

 美奈子と同様に40歳とは思えない程の、とても美しくておっぱいが大きい女性だ。


 「初めまして隼人君、彩花ちゃん。私はJABS名古屋支部の支部長の八雲絵里やくもえりよ。よろしくね。」

 「須藤隼人です。今日はよろしくお願いします。八雲さん。」

 「ええ、こちらこそ。」


 がっしりと、互いに穏やかな笑顔で握手を交わす隼人と絵里。


 「彩花ちゃんも。よく来てくれたわね。」

 「う…ああ…。」

 「大丈夫よ。貴女は何も悪く無いわ。私にはちゃんと分かってるから。」


 そして絵里は自分に対して怯えた表情を見せる彩花に対して、今の彩花の心情を理解した上で優しく声を掛け、両手で彩花の右手を優しく包み込んだのだった。

 彩花は絵里の優しさを敏感に感じたのか、特に抵抗する様子もなく、怯えながらも絵里に対してされるがままになっている。

 絵里も六花から話だけは聞かされていたが、それでも目の前の彩花の惨状を実際に見せつけられた事で、改めて心を痛めていたのだった。

 だからこそ、自分が名古屋支部の新たな支部長に就任したからには、少なくとも自分の目の届く範囲においては、彩花のような被害者を絶対に二度と出させはしないと。

 絵里は改めて、その事を心に誓ったのだった。


 「さあ、こんな所で立ち話も何だから、そこのソファに座ってくれる?お茶でも飲みながらゆっくりと話をしましょうか。藤崎さん。紅茶とクッキーを用意して貰えないかしら?」

 「はい、分かりました。」


 こうして支部長室において、隼人と彩花が隣り合うように、2人に対して絵里と六花が向かい合うようにソファに座り、六花が淹れた紅茶とクッキーを堪能しながら、絵里による今回の記者会見に関する説明が、隼人と彩花に対して行われたのだった。


 まず記者会見はJRセントラルタワーズ16階にあるホテルの大宴会場で執り行われ、開始時間は16時から。さらに隼人と彩花への負担を考慮した事とJABS名古屋支部の終業時間を理由に、18時までで強制的に終了するという事。

 その記者会見には隼人の他に、絵里と六花、彩花が同席する事になっているという事。

 本来なら絵里は彩花と六花を同席させるつもりは無かったのだが、記者たちから六花の同席を強く要請された事、さらに彩花が六花から離れたがらない物だから、止むを得ず彩花と六花も同席させる事になったらしい。


 そして記者会見が始まったら、まずは前支部長がクビになった事、絵里が新たな支部長に就任した事、改めて六花の冤罪の宣言、そして今後の六花の扱いと待遇についての説明が、絵里の口から記者たちに対して行われる事。

 その後に隼人自身の口から、今回の引退についての詳細を記者たちに説明して貰い、その後に質疑応答に応じて貰うという事。

 その質疑応答に関しても、今回の隼人の引退に関する質問以外は、一切禁止するという事。

 そして彩花の今の状態を考慮し、彩花への質疑応答は質問内容に関わらず一切禁止とし、彩花への質問が行われた時点で理由の如何いかんを問わず、問答無用で記者会見を打ち切るという事。


 これらの絵里の説明に、隼人は神妙な表情で、じっ…と耳を傾けている。

 絵里の説明は要点を押さえていて凄く分かりやすいし、何よりも隼人は絵里の言動の1つ1つからも、自分と彩花への気配りと優しさを敏感に感じ取っていたのだった。

 説明をしながら自分と彩花に対し、とても穏やかな笑顔を見せる絵里。

 そんな絵里の姿を目の前で見せつけられた隼人は、心の底から思う。


 この人が最初からJABS名古屋支部の支部長でいてくれたなら、こんな事にはならなかっただろうにな…と。


 「ところで八雲さん。」


 今回の記者会見の説明が一通り済んだ所で、世間話を色々としていた最中。

 隼人はふと、気になった事を絵里に尋ねたのだが。


 「八雲さんは、ご結婚はされていないんですか?」

 「え?」

 「その…結婚指輪を付けていないので…。」

 「…ああ。」


 そう、絵里の左手の薬指に結婚指輪が付けられていない事に、隼人は気付いたのだ。

 絵里は今年で40歳になるらしいのだが、その歳で未だに独身だというのが、隼人は何となく気になったのである。

 まあ女性の社会進出が進んだ今の世の中、生涯独身の女性も決して珍しくないし、それ故に今の日本において少子高齢化が深刻な社会問題になっているというのも、また事実なのだが…。


 「結婚はしたけど、随分前に離婚したのよ。息子が4歳になった頃にね。」

 「す、すいません、なんか踏み込んだらいけない話を…。」

 「ふふふっ、いいのよ。」


 戸惑いながら謝罪する隼人を決して責める事無く、相変わらず隼人に対して穏やかな笑顔を見せる絵里。

 絵里が言うには息子とは親権裁判の末に離れ離れにされてしまい、現在は元夫と2人で東京に住んでいるらしいのだが。

 息子はバドミントンをやっていて、インターハイのシングルス部門に東京都代表として出場する事が決まっているのだそうで、隼人が引退しなければ戦う機会があったかもしれないと、絵里は穏やかな笑顔で隼人に語った。


 しかし事情は知らないが、こんなにも美人で優しくておっぱいが大きい女性と離婚するとか、元夫も本当に馬鹿な事をしたもんだなと。

 隼人は何となく、そんな事を考えていたのだった。


 「支部長。記者会見開始時刻まで残り15分です。マスコミの皆さんも続々と会場に集まってきています。そろそろ準備をお願いします。」


 そこへ支部長室に入ってきたJABSの若い女性社員が、絵里に対して促したのだった。

 絵里と話し込んでいる間に、もうそんな時間になってしまったのか。

 楽しい時間が過ぎるのは、本当にあっという間だ。


 「分かったわ。わざわざ有難う。時間通りに始めると記者の皆さんに伝えておいてくれる?」

 「はい、分かりました。」


 女性社員が大慌てでオフィスから飛び出し、エレベーターで下の階へと降りていく。

 いよいよだ。記者たちから強く要請された、隼人の引退に関しての記者会見が、もうすぐ始まるのだ。

 記者会見なんて初めて経験するもんだから、隼人は正直緊張しているのだが。

 それでも絵里と六花が隼人の事を、精一杯サポートしてくれる事になっている。

 だから2人を信じて、自分に出来る事を精一杯やろうと…今の隼人はそんな事を考えていた。


 「それじゃ、そろそろ行きましょうか。」


 そんな隼人の事を少しでも安心させてあげようと、立ち上がった絵里は隼人と彩花に対して、穏やかな笑顔を見せたのだった。

 次回、記者会見で隼人と六花が語る事とは…。

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