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バドミントン ~2人の神童~  作者: ルーファス
Aルート第1章:激動の聖ルミナス女学園バドミントン部編
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第100話-A:ゆめゆめ忘れるなよ

 ダクネスと亜弥乃が…。

 優勝インタビューの最中に、まさかの引退発言をしでかした隼人だったのだが。

 当たり前の話なのだが、隼人をスカウトしようとしていた各国のプロチームの関係者たちが、はいそうですかと黙って引き下がる訳が無かった。

 当然だろう。ただでさえ隼人は今の時点で、下手なプロが相手なら勝ててしまう程の実力を有しているというのに、さらに伝説の闘気である神衣にまで目覚めてしまったのだから。


 「須藤君!!引退だなんて馬鹿な事を言うな!!うちのチームでプロ契約をするつもりは無いかね!?」

 「契約金と年俸に関しては、これから首脳陣との相談になるが、それでも君の満足のいく数字を出せるだけの自信がある!!」

 「君は以前はスイスに住んでいたのだろう!?だったらうちのチームでプレーする事に何の支障も無いはずだ!!」


 優勝インタビューを終えて美奈子たちと合流した隼人にスカウトたちが殺到し、大慌てで名刺を差し出しながら一斉に声を掛ける。

 だがそれらを全て無視した隼人が彼らを無理矢理振り解き、美奈子たちと一緒に威風堂々とバスへと向かっていったのだった。

 そうしてスカウトたちと押すな押すな状態になりながらも、何とかバスまで辿り着いた隼人だったのだが。


 「待ちたまえ須藤君!!君がこんな所で引退など、そんな馬鹿な事が許されると本気で思っているのかね!?」


 バスの入り口で待ち構えていた支部長が興奮して顔を赤くしながら、隼人の前で大の字になって立ちはだかったのである。


 「神衣の頂きに辿り着いた君は、低迷が続く我が国のバドミントンの『希望』なのだぞ!?そんな君が今日限りで引退など、自分勝手な事を言っとったらあかんぞ!!」


 先程、隼人の事を『天才の成り損ない』などと酷評していた癖に、隼人が神衣に目覚めた途端に一転して『希望』などと…。

 あまりの支部長の心変わりの早さに、隼人は心の底から呆れてしまっていたのだった。

 

 「…彩花ちゃんはどうなんですか?貴方はさっき、彩花ちゃんこそが『本物の天才』だみたいな事を言ってましたよね?」


 隼人の質問に、一瞬ポカン( ゜д゜)としてしまった支部長だったのだが。

 それでも隼人に対して物凄い笑顔で、とんでもない暴言を口走ってしまうのである。


 「ああ、『あれ』はもう駄目だ。最早使い物にならんわ。よりにもよって学生スポーツからの永久追放とは、本当に愚かな娘だ。期待した私が馬鹿だったわ。」


 次の瞬間、隼人の頭の中で…『何か』がプツリと切れた。

 

 「そんな事よりも肝心なのは君だ!!君にはこれから特別強化指定選手になって貰う!!稲北高校などという『ウンコより存在価値の無い』学校では、君の持つ素晴らしい才能を腐らせてしまうだけだ!!君には神奈川のバドミントンの名門の…っ!?」

 「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいい!?(泣)」


 怒りの形相で隼人は支部長の胸倉を掴み、ドン!!とバスの外壁に叩きつけたのだった。

 この期に及んでこいつは、一体何を馬鹿な事を言っているのかと。

 自らの下らない身勝手なエゴによって、あれだけ彩花の事を理不尽に苦しめておきながら、いざ彩花が使い物にならなくなった途端、『あれ』などと暴言を吐いて切り捨てた挙句、神衣に目覚めた隼人にあっさりと鞍替えしたのだ。

 さらに支部長は己の保身の為に、六花に冤罪までふっかけて懲戒解雇処分にするとまで言い出し、危うく六花の社会的地位までもが抹殺される所だった。

 しかもその件に対して支部長の口から、隼人への謝罪の言葉が一言も無いのだ。

 こんなの、隼人がブチ切れるのは当たり前の話だろう。

 

 「うわああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 「ちょ…!!待ちなさい隼人君!!」


 支部長の顔面を左拳で殴ろうとした隼人だったのだが、間一髪の所で美奈子に止められたのだった。

 美奈子に背後から羽交い締めにされるものの、それでも隼人は目から大粒の涙を流しながら、怒りの形相で支部長を睨みつけている。

 美奈子の豊満な胸が隼人の背中に当たっているのだが、今の隼人にはそんな事を気にしていられる余裕など微塵も無かった。


 「落ち着きなさい隼人君!!さっき貴方自身が彩花ちゃんに言ってたでしょう!?暴力だけは絶対に駄目よ!!」

 「だけど母さん!!こいつのせいでぇっ!!彩花ちゃんと六花さんがぁっ!!」


 目から大粒の涙を流しながら、怒りの形相で支部長を睨み付ける隼人。

 こんな…こんな奴のせいで彩花も六花も、黒衣に呑まれてしまう程までに追い詰められてしまったのだ。

 それが隼人には許せなかった。目の前の支部長の事が、どうしても許せなかった。


 読者の皆さんに忠告しておくが、いくら伝説の闘気である神衣に目覚めたからといって、隼人は聖人などでは決して無い。

 まだあどけなさが残る、未成熟の16歳の子供なのだ。

 だからこそ彩花へのとんでもない暴言を吐いた支部長に対して、隼人が暴力を振るいたいという衝動に駆られてしまうのは、仕方が無い事なのだ。


 「す、須藤君!!君は一体何をそんなに怒っているのかね!?私は君を特別強化指定選手として支援すると言っているのだぞぉっ(泣)!?」


 そんな隼人に対して支部長は、何故隼人がブチ切れたのかという事さえも全く理解出来ていないようで、腰を抜かして取り乱しながら「?」という表情をしていたのだった。

 あれだけ隼人の事を、『希望』だなどと持ち上げていた支部長だったのだが。

 結局の所は彩花と同様、隼人の事を『バドミントンマシーン』としてしか見ていないという証左だと言えるだろう。

 何しろ彩花と六花を無理矢理引き離した結果、2人が黒衣に呑まれてしまう最悪の結果になってしまったというのに、性懲しょうこりもせずに今度は隼人を美奈子から引き離し、神奈川の名門校に転校させるなどと言い出したのだ。

 学習能力が無いとか、最早そういう以前の問題で、隼人自身の気持ちを何も考えていないのである…。

 

 「美奈子殿の言う通りだ。止めておけ。須藤隼人。」


 そんな隼人の左手首を、慌てて駆けつけたダクネスが右手で優しく掴んだのだった。

 そしてダクネスの隣には、亜弥乃と内香の姿も。

 何でこんな所に3人が?パリにいるのではなかったのか。

 稲北高校バドミントン部の部員たちの誰もが、全く予想もしなかった展開に唖然としていたのだが…。


 「ダ、ダクネスさん!?」

 「い手だ。幾重もの研鑽を積み重ねた、とても素晴らしい手だ。」


 それでもダクネスは隼人の左拳を左手で優しく包み込み、もう数え切れない程の回数のラケットを振り続けた結果、すっかり硬くなってしまった隼人の左手を、穏やかな笑顔で称賛した。

 

 「お前のこの聖なる左手を、こんなクズの為に汚す必要など無いと…私はそう言っているのだ。」


 そう、隼人のこの素晴らしい左手は、決して暴力を振るう為にあるのではない。

 あくまでもバドミントンをする為に振るうべき代物なのだ。

 え?さっき黒衣の渦に対して暴力を振るっただろって?あれは彩花と静香を守る為の正当防衛であって、ノーカンだ。


 「ゆめゆめ忘れるなよ。引退してもなお、お前は立派なスポーツマンなのだという事をな。」

 「…ダクネスさん…っ!!」


 ダクネスの言葉に、目から大粒の涙を流しながら嗚咽おえつする隼人。

 今やバドミントンにおいて『スイス最強』の地位に君臨し、六花から背番号1を継承したシュバルツハーケンのエースだからこその、『重い』言葉だと言えるだろう。

 そしてダクネスもまた隼人の怒りの心を充分に理解した上で、この期に及んであのような愚かな暴言を吐いた支部長に対して、心の底から失望していた。

 こんなクズがJABS名古屋支部の支部長を務めているようでは、この国のバドミントンに未来など無いのではないだろうか…。


 「あの…皆さん揃いも揃って、何でまた俺たちなんかの所にやってきたんすか?」

 

 駆の言葉に稲北高校バドミントン部の誰もが、うんうんと頷いたのだが。


 「うむ。里崎楓のスカウトと…。」

 「え!?私!?」

 「それと須藤隼人に私自身の口から、どうしても直接伝えたい言葉があってな。」


 びっくりする楓を他所に、隼人の左手を離したダクネスは、とても穏やかな笑顔を見せたのだった。


 「準決勝と決勝、いずれも素晴らしい試合だった。私にとっても得る物がとても大きかった。わざわざ日本まで観戦に来た甲斐があったよ。」

 「ダクネスさん…。」

 「それだけにお前の引退発言は、心の底から残念ではあるがな。」


 本当にダクネスは、心の底からそう思う。

 一体どうして、これ程の素晴らしい選手が。

 しかも隼人はまだ16歳だ。まだ先が、まだ未来がある選手だというのに。

 いいや、この国のスポーツの愚かさが、そこまで隼人を追い込んでしまったという事なのだろう。

 先程、心の底から失望したと亜弥乃がダクネスに語っていたのも、頷ける話だ。


 「そうだよ。ダクネスちゃんの言う通りだよ。隼人君。」


 その亜弥乃が悲しみに満ちた瞳で、隼人の隣に寄り添ったのだった。


 「羽崎さん…。」

 「亜弥乃でいいよ。」


 先程のダクネスと同様、隼人の左手を優しく両手で包み込む。


 「ねえ、隼人君。どうしても引退するの?」

 「ええ、そのつもりですよ。」

 「君の気持ちは私にも分かるよ。だけど君みたいな凄い選手が、こんな理不尽な形で引退するだなんて…そんなの、やっぱり勿体無いよ。」


 亜弥乃もまた隼人と同様に、日本のスポーツの愚かさに失望したのだ。

 それ故に亜弥乃は今の隼人の気持ちを、悲しみを、心の底から痛い程理解していた。

 だが隼人との最大の違いは、亜弥乃が引退という選択をする事無く、内香に誘われてデンマークに帰化し、活躍の舞台をデンマークに移したという事だ。

 そして名門ヘリグライダーのエースとなり、世界ランク1位となり、名実共に世界最強のバドミントンプレイヤーとなった。


 「ねえ、私とお母さんと一緒にデンマークに来ない?ヘリグライダーと契約してプロになる気は無い?」


 だからこそ亜弥乃は、隼人の顔をじっ…と見つめながら、隼人をデンマークへと誘ったのである。

 デンマークという恵まれた環境に移住した事で、亜弥乃は身も心も救われた。

 だから同じように、隼人にも救いの場を与えてあげようと。


 「君のご両親と、何なら彩花ちゃんや六花さんも一緒に連れてさ。それで私たちと一緒にバドミントンを…。」

 「もう決めた事です。僕はもう金輪際、試合に出るつもりはありませんよ。」

 「…そっか。」


 それでもユニフォームの袖で涙を拭いて、何の迷いも無い決意に満ちた瞳で、じっ…と亜弥乃を見据える隼人。

 どうやら隼人の意思は固いようだ。最早こうなってしまっては隼人の説得は不可能だろう。

 悲しみに満ちた瞳で、亜弥乃は隼人をじっ…と見つめていた。


 「失望しましたか?」

 「そうだね。だけど私が失望したのは君にじゃない。君という素晴らしい選手に引退という決断をさせてしまった、この国のスポーツの愚かさにだよ。」

 「奇遇ですね。僕もですよ。亜弥乃さん。」


 それだけ告げた隼人は、亜弥乃の手を優しく振り解き、足早にバスに乗り込んでいく。

 そんな隼人の後ろ姿を、亜弥乃と内香が悲しみの表情で見つめていたのだった。


 こうして『神童』隼人は、彩花と六花を理不尽に苦しめた日本のスポーツの愚かさに失望した事で、この日を境にバドミントンを引退した。

 練習は続けたものの本人が公言したように、公式試合にも練習試合にも一切出る事無く、表舞台から姿を消す事となった。

 かくしてインターハイの県予選大会は、身勝手な大人たちの下らないエゴに翻弄された結果、それにブチ切れた隼人が引退宣言するという、最悪の結末をもって終了する事となったのである。


 そして…。

 次回。隼人の引退発言にマスコミたちが大騒ぎした結果…。

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