第七話 『謁見』
鎖骨に拳銃を突きつけながら、ノアクラは一階へと戻った。
「ただいま」
ノアクラはロビーのまる、エンドロに手を振る。
「おかへひぃ〜!!!」
横たわるbeepの上に座りながら、まるは盛大にご飯を頬張っていた。黒いアタッシュケースにあったものだ。まるの能力の代償は、食事などのエネルギー補給で賄える。失った血がすぐに戻る原理は分からないが、とにかくそうらしい。
「やっぱり上に仲間がいたんだね。隠れていたのは一人だけだったの?」
「いや、もう一人居たけど撃ち殺したよ」
「へえ、なるほど…そういう手もあったか。じゃあもう一人隠れてる可能性があるってこと?」
エンドロは鎖骨を眺める。
「いや、チームは俺とbeepの二人だけだ。といっても、信じてもらうしかないが…」
鎖骨はエンドロを睨み返しながら説明する。少々険悪な雰囲気が流れる中、まるは会話を理解できずにキョトンとしている。
「この人は鎖骨。レーダーの場所を教えて貰う代わりに命を保証することになった」
ノアクラはこっそり右手の人差し指を立てながら説明する。エンドロとまるはその人差し指をみて頷いた。ノアクラ達は事前にいくつかのサインを共有している。右手の人差し指は「本当」で、左手の人差し指は「嘘」。つまり今回は本当に命を保証するつもりで動くことを意味する。
「場所を教えれば命を助けるんだな?」
鎖骨は後ろにいるノアクラを流し目で見る。ノアクラはこくりと頷く。
「ああ、約束する。それじゃ、さっそく場所を教えて貰おうか」
ノアクラは手を上げたままの鎖骨に促す。その言葉を聞いて鎖骨はニヤリと笑った。
「…俺達のレーダーは、このビルの屋上で仲間が保持している」
少しの沈黙が流れたあと、エンドロは笑い出した。
「…はは…はははは!一杯食わされちゃったね、ノアクラ」
ノアクラは即座に自分のレーダーを見る。このビルにある全てのレーダーの動向を確認するためだ。
「…全てのレーダーが微妙に動いているわ…まじか、ミスったな…」
「ええ?ええ!??もうわけが分からないよ!どういう状況なの!?エンドロぉ〜!!」
遂にまるが爆発したため、エンドロが説明し始める。
「動いてないレーダーがないってことは、ちゃんと人が持ち運んでいるってことでしょ? さらに、チームはbeepと鎖骨の二人なのに、仲間がレーダーを持っている。つまり最初のゲームで結成したチームメンバーではない敵が、鎖骨達のレーダーを持っているって意味だよね」
「そ、そうなるのかな…?」
「加えて、仲間の一人を撃ち殺されても鎖骨とbeepは生きている。少なくとも三チームが手を組んでいたってことだよね」
まるはハッとした顔をする。
「そっか!チームの一人が殺されたなら、同じチームの人は全員死んじゃうもんね!」
一蓮托生…チームを組む際の大きなデメリットだ。戦場でチームを組めば、このデメリットを度外視できる。
「戦場の敵同士が、レーダーを預けて組んでいる。これが意味するところは…」
「ご明察だ…このビルは一人の王によって支配されている。圧倒的な力によって、何十人もの参加者が奴の配下に加わった。俺もbeepも例外ではない。このビル全体が、一日にして一つの王国と化した」
「おい、マジかよ…めんどくさいことになってきたな」
鎖骨の説明でノアクラは冷や汗を流す。可能性のひとつとして考えていた最悪の状況が、現実であると鎖骨の口から示されていく。
「王国の名前は『CE』、そして国王の名前は『リノ』。最恐の王が玉座でお待ちかねだ」
「やっぱりこの人たち殺しておくべきだったんじゃないの」
エンドロはノアクラの耳元で囁く。それが聞こえていたbeepは憤怒の表情を浮かべた。
「おいぃクソガキぃ〜…聞こえてんだよぉ…ぶち殺すぞぉ〜???」
「裏切る可能性の憂慮よりも、一緒に組むことで得られる情報を選ぶことにしただろ。チームワークが崩れるから良くないぞ、エンドロ」
結局ノアクラ達五人は組むことにした。最上階のレーダーをできるだけ回収し山分けすることを条件に。
「レーダーの場所を教えたら命を保証するといったのはそっちだ。それに、俺達もCEを崩壊させる隙を伺っていた。winwinの関係だろう?」
鎖骨は階段を上りながら反駁する。
レーダーを渡すのではなく、あくまでレーダーの居場所を教えて貰う。それを条件としたのはノアクラであり、その点では失態を犯してしまっていた。
(まあ、鎖骨達の能力で試してみたいこともあるしな)
どちらにせよ、このビルにいる何十人を相手にするのならば、まるとエンドロの二人だけでは仲間が足りない。
鎖骨から頂いた情報は、闘いを制するのに重要なものばかりだった。CEメンバーの名前、特徴、能力を知る限り。他にもビルの構造、レーダッシュゲームで分かっていることなど。
価値のある情報を貰いすぎだとノアクラは遠慮したが、関係性を円滑にするためなら問題ないと鎖骨は言い、話を続けた。
現在はCEメンバーに鉢合わせないルートを鎖骨に案内してもらっている。通常ルートでの上がり方ではないため、ノアクラ達のレーダー反応は鎖骨達が回収したものと思われる算段だ。
「そういえばさ鎖骨、カノンって名前聞いたことある?俺の友達で、ウェイウォーに参加しているはずなんだけど」
ノアクラがゲームに参加した理由は、カノンを助けるためだ。情報収集は怠らない。
「カノン…か。確かCE結成時に聞いた名前だ。リノが直接戦ったにも関わらず逃してしまった人物と聞いたが、詳細は知らない。恐らく次のゲームへ進んだのだろう」
「なるほど、ありがとう」
(ジョーカーに見せられた映像では、カノンはレーダーを付けていた。レーダッシュゲームで満身創痍だったと考えるのが妥当だ。何とかして次のゲームへと進んだのか…?あそこまでの傷を負って…?どういうことだ)
ノアクラは疑問で頭を埋めていたが、答えが出ないため考えるのをやめた。とにかく今は目の前のゲームに集中する必要があった。
鎖骨によると、CEには二人の幹部がいる。リノは幹部を使って配下を増やしており、直接戦うことは滅多にない。鎖骨達が負けたのもその幹部だ。
また、黒いアタッシュケースに入っていたヒント「最も高い建物に終わりへと繋がる鍵は隠されている」に釣られる人が多い。CEはそうやって寄ってくる人間を狩るために、このビルを根城にしている。しかし、このビルの最上階には何もなかったと鎖骨はいう。
「幹部と鉢合わせなければいいけど」
ノアクラはそう呟きながら、拳銃で見張りを二人撃ち殺す。黒いアタッシュケースには運良くサイレンサーが入っていたので、ビル内に音が響くことはない。
「…ところでノアクラ、お前の能力は一体なんだ。情報共有をしておくべきではないのか」
鎖骨はノアクラに探りを入れる。話すのにノアクラは少し躊躇ったが、隠すのは協力に不都合だと考え、話すことにした。
「…確かにそうだな。俺の能力は、殺した人数を能力に変換する能力だよ。能力の強さによって使用人数が変わってくる。ちなみに、変換した能力はそれ自体できちんと代償がある。例えば今持ってる索敵能力の代償は、能力使用中における呼吸の禁止。強すぎる能力に変換しても代償が大きすぎて詰むから、そこは考えどころだな」
鎖骨は少し驚いた顔をする。
「なるほど、汎用性のある能力だな。これから先に殺す機会があればお前に任せた方がいいということか」
「そういうこと。ちなみに今は三人分溜まっている。ある程度の余裕はできたけど、少し心もとないな」
現在、ノアクラ達はビルの十二階まで登っていた。ビルは十七階まである。エレベーターを使用していないため、運動不足のエンドロは少しキツそうだ。
「な〜に〜?エンドロ〜!もしかしてつらいの〜?あれ〜??」
アスリートのまるは余裕綽々にエンドロを煽る。
「…う、うるさいなあ…」
ハアハアと息をあげるエンドロは、煽り返す余裕すらなくイラついている。普段バカにされているまるの反逆である。
「一旦休憩にしようか」
ノアクラはその場に座る。それに続いて他の人もふう、と一息ついて休んだ。
丁度いいからと、ノアクラは現在の状況とこれからの計画を説明する。
「索敵能力で分かってることだけど、ここから上には八人いる。その全員が最上階に居座っているということは、CEの中でも上位の連中だよね。
できれば戦闘を避けたい。一人が殺されればチームが全滅する制約の中、一人殺しても必ずしも全滅するわけではない相手と闘う。しかも相手は八人でこっちは五人。明らかに分が悪い。
そこで、俺の能力を使おうと思う。まずは殺人数をステルス能力に変換し、俺とエンドロとまるの三人を敵が認識できないようにする。鎖骨とbeepには俺たちのレーダーを預け、あたかも俺達から奪ったかのように振舞ってもらう。そしてステルス状態の俺達が、鎖骨とbeepの言動から誰がリノなのかを把握し、暗殺する。
これが最も効率的にチェックメイトをする方法だ」
「テメェらのレーダーを俺達に預けていいのかぁ…?裏切る可能性は考えねえのかよぉ〜!」
確かに、鎖骨達が裏切る可能性は未だに拭いきれない。むしろ客観的にはその確率の方が高いだろう。勢力差は未だ歴然。勝利した場合の報酬は山ほどのレーダーだが、それでも大人しくCEに従った方が安全だ。けれど…
「いいよ、裏切ったらどんな手を使ってでも殺すから」
ノアクラは軽々しくそう口にする。しかし今までの行動から、それがハッタリではないことは明らかだった。
「…随分と舐められたものだな。まあいい、その計画に乗ろう」
鎖骨は冷や汗を垂らしながらニヤリと笑う。端からノアクラを裏切るつもりはなかったが、敵ではなく味方でよかったと安堵する。
「それじゃ、そろそろ進もうか」
ノアクラ達は休憩をやめ、また階段を登り始める。コツ、コツ、と、冷たいコンクリートの音が響く。空模様は曇天。湿気のように不快な緊張感が漂う。そして遂に、最上階手前までノアクラ達は登りきった。
ノアクラと鎖骨は静かに軽く頷き合う。
(一人使用…)
ノアクラがそう念じると、まるとエンドロの姿が鎖骨達の視界から消えた。といっても、ノアクラ達はお互いの姿が見えている状態である。使用人数の多さと、使用時間の長さによって眠くなるのが能力の代償だ。
ノアクラの手汗が握られた拳銃に滲む。歩を進める鎖骨の背中を追う。踏み入れた最上階。そこには六人の男と、二人の女がいた。
「おかえり鎖骨。ちゃんとレーダーを持ってきたんでしょうね?」
金髪ツインテールで、緑のワンピースを着ている女性が鎖骨に話しかける。
「有村か。当然だ」
有村。CEの幹部と鎖骨からは聞いている。能力は五秒触れた相手に宿り木を植え付ける能力。自身の疲労や傷は全て宿り木の主に移される。代償は不明。
「どうでもいいけど早くリノにレーダーを渡せよ。まだゲームがいつ終わるか分かってないんだからさ」
「分かっている、きょー凸。そう急かすな」
青髪で学生服の男が鎖骨に顎で促す。きょー凸はもう一人のCE幹部だ。能力は自身の運を非常に良くすること。代償は不明。
そして鎖骨が向かった先に居るのが…
「ちゃっす〜鎖骨くん。調子どうよ」
「…リノ、さん。お待たせしました」
部屋の最奥に座っている、端正な顔立ちをした黒カーディガンの男。能力は全てが不明。その雰囲気はどこか飄々としており、隙のない様子を窺わせる。
(コイツが、リノ…!)
ノアクラは握っている拳銃に力を込める。チャンスは一発、外せない。
「今、そちらにレーダーを持っていきます」
鎖骨はポケットにしまってあるレーダーを取り出そうとする。だがリノはそれを左手で御した。
「あー、その前に悪いんだけどさ、一つ質問いい?」
「はい、なんでしょうか」
リノは自身の右手に持つ拳銃を眺める。そして鎖骨の方を向き直し、口を開いた。
「その後ろにいる三人は誰なん?」
「っ!!!」
ノアクラは反射的に拳銃の引き金を引く。ノアクラの放った弾丸はリノの右頬を掠めるが、しかし外れる。いや、確かに当てられたはずだが、リノがギリギリで躱したのだ。
続いてリノも撃ち、弾丸はノアクラの右太腿を貫通する。一度も感じたことのない痛みがノアクラを襲う。
「グッ………二人使用っ!!!」
痛みで倒れて悶えそうな身体を自制し、ノアクラはテレポート能力を使用する。最上階からノアクラ達五人の姿が一瞬で消えた。痛々しい血痕だけがその場に残る。
「うわ〜、裏切られちゃったよ。まさか傷を付けられるとはね〜」
掠めた頬から垂れる血をリノは親指で拭き取る。どこか嬉しそうな表情を浮かべながら。
「これからどうするの?まさか見逃すわけじゃないでしょ」
有村がリノに問いかける。リノはその問いかけに乾いた笑みをこぼした。
「そんなわけないじゃん。ちゃんと仕留めますよ、絶対に」
不気味に口角を上げながらゆっくりと立ち上がり、リノは一言呟く。
「こっちも商売なんでね」
ゲーム開始から二時間。レーダッシュゲーム最悪の火蓋が、今切って落とされた。




