さらば柴丸…
その後も、俺は必死に走り、今の所はどうにか着いて行けている。
だが、徐々に減っていく気力とスタミナに俺は鞭を打っている内に、脳内でおかしなことを連呼していた。
(俺は風…俺は風…俺は風邪……)
ちなみに柴丸はと言うと、俺が着いてこれているのが嬉しいのかそれとも腹立たしいのか、木々の根を跳んでみたり獣道を駆け抜けたりと好き放題だ。
「ぐはぁ!ちょっと……柴丸っ…そろそろ…いてっ!!いい加減にっ……」
俺はすでに満身創痍で、残り少ないであろう気力のみで走っている。
そして案の定、すぐに限界が来てしまったのだった。
(あぁ……これはもう……ダメだ……)
俺は右手の力を抜き、リードを離した。そして立ったまま両手を膝に付いて顔を下ろし、咳き込みながらも、身体を上下に揺らしながら必死に酸素を取り込んだ。
(クソっ!やってしまった……)
「ダハッ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァッ…」
今にも倒れそうなのをこらえ、ゆっくりと顔を上げて見ると、何故かそこにはお尻を向けながらドヤ顔で息を整えている柴丸がいた。
「しっ……柴丸っ!?」
てっきり逃げてしまったと思っていた俺は、目の前にいるこいつを見て安心し、その場に座り込んだ。
「ふぅ……良かったぁ…」
(これで、一応年齢上は老犬なんて……マジで信じらんねぇよ……)
俺は、辺りの地面をゆっくりと嗅ぎまわっている柴丸に安心して、息を整えながら空を見上げた。
空は、先ほどよりも一層暗くなっていて、空気もかなり湿気を帯びてきていた。
(どうやら、ゆっくり休んではいられないな)
「さて…ッと…!」
俺は、ゆっくりと立ち上がり、リードを垂らしたまま数メートル先で用を足している柴丸の所へと向かった。
「まったくお前は、ようやくお散歩らしい事しやがって。」
柴丸の力んでいる姿にクスっと笑ってしまいながら、俺は初めて周囲を見回した。
「…………」
(あれ……?ここは……どこだ!?)
どうやら俺たちは少し開けた丘の真ん中辺りにいるようなのだが、この山にこんな場所があるなんて俺の記憶には無かったのだ。
(しまったな……途中から柴丸と足元にしか目がいかなかったせいで……迷ってしまったか……)
俺は、不安になりつつ柴丸の所へ行き、すぐにリードを手に持ってから後始末を行った。
「柴丸、少し待ってくれよ。」
(えぇーっと、俺たちが来た方向がこっちだから、おそらく神社がある方角は向こう……いや……スマホで調べるか…)
そう考えた俺は、ポケットからスマホを取り出し、現在地を確認した。
(よし、電波は大丈夫そうだ……えぇーっと……なるほど……ここは神社の裏側にあたるのか……ってことは、帰る方向は向こうだな……)
「よーし柴丸!雨が降る前に帰ろうか!」
そう言って、スマホを仕舞い、一歩踏み出したときだった。
「おわっ……!!」
柴丸は、またもや全力で走り出し、しかも俺は最悪な事にリードを手から持っていかれてしまったのだ。
「…………………」
脱兎の如きスピードで小さく消えていく背中を見ながらも、俺の口は開いたまま何の言葉も出なかった。
(まぁ…帰りの方向は合っていたし、柴丸なら一人でも無事に帰れるだろう…)
「はぁ~~」
その場に立ち尽くしながら、何だか悲しいのか空しいのかよく分からない感情が渦巻ながらも、俺はアパートへ帰る為に一歩を踏み出した。