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運命の分かれ道

 

 それからしばらくの間、俺はこれ以上余計な雑用を押し付けられないようにと考え、大家が友人と出かけるのを待ってから1階へと下りる事にした。


(来たな………)


 大家が車に乗り、走り出したのを無事に見届けた俺は、約束通り柴丸のお散歩へ行く事にした。




 自己主張が激しい外階段の鉄が軋む様な不快音を聞きながら1階へと下りる途中、俺はふと面白いことを思いついた。

 それは、もしもあのふくよかな大家が上ろうとした時に、錆で薄くなった底が抜けたら、一体大家はどれくらい慌てた顔をするのか。そして、その奇跡のような場面を俺がたまたま目撃してしまったら。


(フフッ…これはなかなか面白そうだな……)


そんなことを妄想してたら、何だか少しだけ気分が晴れた気がした。



(おっと……俺もそんな事を考えて喜ぶ歳でもないんだし、いい加減成長しないとだよなぁ……)


 俺は少しだけ、自分に気合いを入れた。



 1階に着くと、そこには可愛らしい舌を少し出しながら、こっちを向いて勢いよく尻尾を振りまくっている柴犬の柴丸が座って待っていた。



「おぉ柴丸。今日も元気そうでなによりだな。」



 お散歩セットを手に取り、声をかけながら頭を撫でてやると、さらに振りを加速させ、細目で耳を低くしながら、何だかとても嬉しそうに見えた。




(今日は嫌な天気だな……)



 俺は徐々に黒くなってきてる空を眺め、リードを右手に握ってから柴丸に言った。



「よし、行こうか柴丸!」



 柴丸は、待ってましたと言わんばかりに吠え、俺の予想を遥かに上回る力でリードを引っ張った。




「おわっ!!ちょ…柴丸ー!!」




 俺はその勢いに引っ張られ、その結果として、夢中で走る事になった。



(ちょっ…まだ寝起きなのに、全力ダッシュ…とかっ……ウッ)



 柴丸は、そんな事など知るはずもなく、しばらくの間走ると、緩い登坂のルートを軽快に走って行く。



「まっ…待て柴丸!そっちの方向はやめとこうって!!」



 しかし、テンションが上がってしまっている柴丸に、俺の声が届くはずもなく、俺は緩い坂道を走ることになった。


(このままのペースなら……いや待てっ!!まさかこの道はっ!!ま…マズい……!)


 俺は咄嗟に考えた、どうにかして柴丸を止められないかと。


 何故なら今、柴丸が向かっている方向に見える山には、学生達、特に体育会系の部活に所属している者達に人気の、神社へと続くドS参道がある。


 ただでさえ今、この少しずつ勾配がきつくなっていく登坂を走っているのに、もし柴丸があの神社へ向かう参道を選べば、いくらスタミナに多少の自信を持っているこの俺でさえも、ほぼ間違いなくリードを離してしまうだろう。


 それに、テンションが上がったままの飼い犬を逃がしてしまったら、恐らく何らかしらの事故等に巻き込まれるかもしれない、それはつまり、俺の責任が問われ、最悪の場合あのボロ安アパートにも居られなくなると言うことだ。


(それは流石に……マズいよな……)


 そうこう考えている内に、俺たちはもうすぐ、坂の頂上に差しかかる所まで来ていた。


 そして俺のスタミナもかなり減ってきている。


(よしっ…あそこの分かれ道で、柴丸の行く方向を変える事が出来たら……後は下り坂のみ!俺のスタミナならギリギリ持つはず!!)



 俺は柴丸の首輪が外れないように敢えて少し後ろに下がり、リードを張って、タイミングを計った。



(まだ……まだだ……もう少し…)



 そして俺たちは、運命の分かれ道に来た。



(ここだ!!!)


「うぉぉぉおお!!!しぃ~ばぁ~まぁ~るぅぅううっ!!!」



 俺は、理想の位置、理想のタイミングで全身の力を一気に出し、歯を食いしばりながら、思いっきりリードを引っ張った。


「止まってくれぇぇええ!!!」


柴丸は、動きこそは止まったのだが、短いうめき声を何度も出しながら、尚も前へ前へと進もうとしている。


(なんて奴だ……だが、この力なら首が閉まっていくだけ……柴丸もこれ以上逆らうのは自殺行為だと分かるは……ず……アッ…)



 柴丸は、その一瞬の隙を見破るかのように、力を抜いて少し下がり、勢いよく神社のあるドS参道へと走り出した。


 俺の右手にあるリードは柴丸の一連の動きで一つの大きな波を打ち、その波は力むのなら腕を引っこ抜くぞと言わんばかりの勢いで迫ってくる。



(クソっ……ここまでかっ……)



俺は、すぐさま腕の力を抜いて、その波を受け入れた。



(ッ……)



 力を抜いていたおかげで、もろに食らう事はなかったのだが、やはり咄嗟の事すぎて、完全ダメージを逃がす事は出来なかった。



「おわっ……!!!」



 結局俺は、この猛獣と言わんばかりの柴犬を止めることは叶わず、一番最悪なルートへと進む事になってしまった。


(こうなった以上、もう腹を括るしかないよな……)


依然として柴丸は止まる事はなく、息を上げながら見た背中は、以前よりも大きく見える気がした。


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