最初で最後…
俺は今、物凄く不機嫌だ。
「鳴宮さん?鳴宮さん!」
と言うのも、久々の休みの日だと言うのにでかい声とノックで起こされたからである。
「なんだよ……折角いい夢見てたのに……」
俺は、布団から体を起こしてスマホを確認した。
(午前10:00か……)
「ちょっと鳴宮さん!もう起きてるんでしょう?」
思わず、普段はしない舌打ちをしてしまった俺は、一瞬だけ、この狭い部屋から声が漏れてないか心配になった。
(久々の全休だって言うのに……)
「はーい!今開けますから!」
そう返事をすると、鼓膜に響く打撃音は止み、ワンルームに静けさが戻った。
(大家のおばさん、何故か俺の休みを把握してるんだよな……)
俺は、ため息交じりにスウェットに着替え、スマホをポケットに入れてからドアを半分だけ開けた。
「おはようございます大家さん……それで、本日は何の用でしょうか……」
嫌そうな表情を浮かべながらそう言うと、大家はそんなことは気にもしない様子で微笑んだ。
「あらやだわぁ~鳴宮さんったら、もう10時ですよ。おはようだなんて……」
大家はそう続けて、日頃の鬱憤を晴らすかの様にあーだこーだと嫌味を言って来た。
(あぁ~あ、またはじまったよ……ってか、話が長いのはまぁ…しょうがないとしても……せめてこのウザったい身振り手振りだけは本当、どうにかしてほしいんだよなぁ……)
「あの…用がないなら、俺疲れてますし、眠いので……それじゃ。」
そう言って俺は、半開きのドアを閉めようとした時、ようやく大家が本題を話す気になった様だ。
「あぁ待って鳴宮さん!実は私、これから友人達と急にお茶をしに行くことになったのね……」
俺は、閉めかけの手を止めて、無言のまま大家の話に耳を傾けた。
「それでね、ほら…今日はこれから天気も悪くなるって言うし…急な話なのだけど、後5分程で友人が車で迎えに来てくれることになったのよ…だから悪いのだけれども……」
(……。)
俺は、ドアを完全に閉めたいと言う衝動をどうにか抑えた。
「それで…俺にどうしろと……?」
(どうせまた、いつもみたく面倒な事を押し付けるのだろうな……)
しびれを切らした俺がドアから少しだけ顔を出して言うと、大家は少しだけ気まずそうな顔をしながら言った。
「柴丸のお散歩をおねがいしたいのよっ!」
「ふぁっ……!?」
俺は、ドア内で驚きのあまり変な声を上げて固まってしまった。
普段は掃除や使いもしないダイエット器具達の移動やら、スーパーへ買い物の護衛及び付き添いからの荷物持ちなど、ありとあらゆる肉体労働の数々を、たかが一度だけ、そう一度だけ家賃を滞納したことを理由に、俺を散々こき使ってきたこの大家が、犬の散歩一つだけで、今日これからの俺の全休を邪魔しないと宣言したのだ。
(いける……今日こそは勝てる!!)
「お散歩コースなら柴丸が行きたい所を教えてくれるし、お散歩セットも出してあるから、お願いできないかしら鳴宮さん。」
俺は下を向きながら、震える身体を抑え小さな声で言った。
「わかりました……」
「えっ?よく聞こえなかったわ鳴宮さん今なん……」
「わかりました!柴丸のお散歩は俺が責任を持って行って来ます!」
すると大家は喜びながら俺の手を取り言った。
「まぁ!助かるわ~鳴宮さん!それじゃあ私は準備があるから、あとの事はよろしくね!」
そう言って大家は、ご機嫌な様子で階段へと進み1階へと下りて行く。
(よしっ!勝ったあぁ!)
俺は大家の背中を見送り、ガッツポーズを決めたのだった。