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倫敦 時折、春 (番外編 未來) 桜のお礼  作者: 木村空流樹


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8/8

五日目 春先 完結

 ※※※※※※※※※ 五日目 ※※※※※※※※


()れで、俺に坊主(ぼうず)を呼べと……。」


 事の顛末(てんまつ)を聞いた啓之助(けいのすけ)が、不機嫌そうにしている。


「村で流行り病で亡くなった家は一軒しかない。たがら、家の隣に家族が埋葬(まいそう)していたから、さくらさんの亡骸(なきがら)を埋めたいと思うのだが……。」


 (あき)が隣に座っている。


「都の伊藤家に帰らないと行けないだろうが……。村に坊主を呼ぶにはなかなか掛かるからな。また、母上から愚痴(ぐち)を聞かされると思うと、嫌だな。まあ、助けたのは、初めは俺だし、何かの(えん)かもしれないか……。」


 花瓶に入っている桜ノ木を見ながら、啓之助は溜息(ためいき)を吐いた。


「まあ、何かと苗の事も父上に報告しないといけないから、仕方ない。勝手させて貰ってる俺もだしな……。」


 土間にいる紅時(べにとき)は、あさげの支度を婆としている。


 どうやら婆は、さくらが疱瘡(ほうそう)だと気が付いていたらしい。隔離もしないで黙っていてくれたのには、感謝であると秋が思った。


 確かに、さくらの部屋に行くと必ず風呂が沸かしてあった。

 何かに付けて、婆は、体を流して来いと云われていた。

 啓之助が桜を触る。


「最後に歩く事も出来ないさくらさんが、舞を舞ったとは、信じられないね。其所(そこ)まで、強靭(きょうじん)な体力はないだろう。」


「でも、高砂(たかさご)を踊ってくれたのです。()の年になっても、見たかった高砂ですよ。私は(うれ)しかった。握り飯の御礼を忘れず、叶えてくれたさくらさんを、大切に思います。」


 紅時は振り返って、啓之助を見た。


「紅時さんが()うなら信じるよ。坊主を呼んで、亡骸(なきがら)も、今日にでも埋葬するよ。肝心な所は見られないわ。銭だけ飛んでくわ。散々だよ。」


「すまないな……。啓之助。」


「思ってないだろ。秋が養ってるのに、銭にならないのは、お人好しだからだぞ。銭になりそうな事ばかりしてるのに、無償って意味が解らない。父上が()えるだけだろうが……。」


 婆が啓之助を、(にら)み付けた。

 しゃもじを振りながら、顔を赤くした。


「坊っちゃんは、悪くありません。きちんと紅時様や終坊っちゃんを育てています。家庭があるのに、屋敷に戻らない啓之助様が云うのが可笑しいです。」


 紅時が水を持ってきた。婆に、飲ませている。


「戻らないといけない理由が出来たな~。仕方ない行くよ。でもな……。」


「何だよ。」


「さくらさんが寝ているのに、桜ノ枝を取りに行くのは無理がある。だから、最終日に桜を置いたのは誰だったのか……。」


「確かに……。誰か大人が、()の日だけ置いてったとかか……。」


 秋が花瓶を見たが、桜ノ木は答えない。


 婆が振り返って、溜息(ためいき)を吐いた。


「どうした……。婆が怒る事はもうないぞ。」


「坊っちゃん。紅時様が桜を好きだったのを知ってる物は誰だとお思いですか……。」


 秋と啓之助は考えてから答えを云った。


「私達と寺小屋の子供達と村の仲の良い者達だろう。」


「米の有り(がた)みを知っているのは誰です。」


「人間なら誰もだろうな。」


 婆がまた、溜息を吐いた。


「魂有る物なら、一食一晩の恩を忘れません。紅時様は幼き頃から、慈悲(じひ)深かった。神社の黒い子猫の餌を弱っている時に与えている。死期を悟った猫は、御礼をしたかった。」


「其れが、一日目から家に入って来た猫だと、云いたいのか……。紅時が餌を与えていたのは、幼い頃だ。今頃、死んでるだろう。家に来たのは黒い子猫だったぞ。」


「尻尾が二股に分かれていたでしょうが……。あれは、何十年と生きていますよ。寺小屋の女の子達から紅時様の御結び(おむすび)を与えてもらっている。何年も子供を(かい)して食べている。」


 婆が禍々(まがまが)しい物を見る目になった。


「だから、さくらさんが最後の力を出す時に、紅時様の御結びが必要だった。神社に連れて行ったのも、猫の力が発揮できる最適な場所だった。さくらさんは、高砂(たかさご)を舞える最後の望みを果たしたから、其の(まま)、亡くなった。猫に使役されたも同じ。紅時様に恩を返すためですよ。」


「でも、婆。文明開化の明治で、猫又(ねこまた)など……。」


「黒い子猫が何故、子猫の(まま)だったのかは、解りますか。紅時様と最初に会った姿で居たかったからですよ。姿など変えるのは簡単ですよ。(あやか)しですからね。」


「確かに、人智(じんち)(かい)した踊りであったな……。」


「黒い子猫も望みを果たし、桜ノ木の下に埋まってる。」


 婆は云い終ると水場に戻って、紅時の手伝いをしていた。


 啓之助が大きな声を出した。


「だから、()の家の握り飯は、紅時さんが必ず握ってた訳か……。婆の握り飯は、猫又が食べないからか……。」


 顔を向けず婆が云う。


「庭に虫が()くだけですからね。あさげの前に、啓之助様は町に御行きください。舞台の上なら、さくらさんは腐らないでしょうが、時間の問題ですよ。」


「解ったよ。早く行くって……。」


 啓之助が板場から立ち上がり、雪駄(せった)()いて、出て行こうとする。


「宜しくな。啓之助。」


 秋が手を振った。


 だが、敷居(しきい)の前で啓之助が止まっている。秋が不思議がり、近付く。


 戸の外に桜の花が、数個置いてある。

 二人は顔を見詰めて嫌な顔をした。


「桜はもう良いって……。」


 啓之助が頭を()いて、困惑していた。


 其の外で終がよたよたと庭を歩いてる。庭の桜の木の下から咲き始めの花を握っている。


「にゃ。にゃ。」


 桜ノ枝があった場所に花を置いて行く。何度か繰り返すと、秋に笑い掛けた。


「にゃ。にゃ。」


 秋が終を抱き締めると、頭を()でた。


「そうか。終は猫又(ねこまた)でも好きか……。」


「庭の桜も咲き始めたのだな。なら早く、さくらさんを送ってやらないと駄目だな。行ってくるよ。じゃあな。終、紅時さんを困らせるなよ。」


 啓之助が、走って行く方向を、終が手を振る。


「バイバイ。」


「あっ、終が、言葉を(しゃべ)ったわ。良かったわね。」


 紅時が近付きながら微笑んだ。


 春先の暖かい光が、庭先から家へ入って来ている。



 完


倫敦ロンドン時折トキオリ、春

https://ncode.syosetu.com/n8465gs/

投稿しています。宜しければお読み下さい。

最後まで読んで、頂き有り難う御座います。

よろしければ感想が頂きたいです。


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[良い点] とてもよかったです。 [一言] 応援しています。執筆頑張ってください!
[良い点] 初回投稿から完結までが早いと読みやすいです。
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